2020年07月09日
2020年度シーズンのサガン鳥栖レビューについて
今シーズンのサガン鳥栖のレビューはこちらのnoteの方を利用してみたいと思います。
サガン鳥栖レビュー以外のサッカー関連に関する話題はここを使おうと思っています。
よろしくおねがいします。
SAgAN Report Diary (note)
サガン鳥栖レビュー以外のサッカー関連に関する話題はここを使おうと思っています。
よろしくおねがいします。
SAgAN Report Diary (note)
Posted by オオタニ at
12:37
│SAgAN Diary
2019年12月05日
2019 第33節 : サガン鳥栖 VS コンサドーレ札幌
2019シーズン第33節、コンサドーレ札幌戦のレビューです。
■ スタメン
勝てば残留という一戦をホーム最終戦で迎えたサガン鳥栖。苦手の札幌と言えども、残留に向けて意地を見せたいところ。スタメンは、前節に怪我で途中交代した原に代わってそのまま小林が入りました。スタメンが金井でなかった理由については気になるところですが、中盤にボール保持のタイプを並べたので、最終ライン4枚で守り切る形を目指したのかもしれません。すべては、開始直後の失点でプランが崩れたのでしょうが。
--------------
■試合
この試合の最初の焦点は、攻撃時のセットアップで4-1-5の配置となる札幌に対して、最終ライン4枚の鳥栖がどのような形で対処するのかというところでした。鳥栖が出した答えは、札幌の前線に対して人数合わせは行わず、4人で最終ラインを守り切る形。その代わりに4人でビルドアップを開始する札幌に対してクエンカ、小野のポジションを上げて人数を合わせ、札幌のビルドアップ時点で制圧できればベストという布陣でした。このように、前線でのプレッシャーを優先して最終ラインの人数合わせという選択を捨てたため、その代償として最終ライン4枚で札幌の5枚(トップ+セカンドトップ+ウイング)を見なければならなくなり、サイドバックも中央に寄らなければならず、両サイドのウイングにスペースが与えられるようになります。
札幌は前線の役割は、主にジェイは中央でのターゲット、チャナティップは最終ラインと前線とのつなぎ役(もしくは運び屋)、武蔵は前線のスペース活用という分担制。チャナティップが下がって、武蔵は前線に残る形が多かったです。ボール保持の局面では、鳥栖のプレッシャーに対してチャナティップを下ろしてビルドアップの出口として活用するという策も見せつつではあったのですが、ボール保持が継続できなくとも長距離の正確なボールを蹴ることの出来る福森、菅という武器を持っている札幌にとっては、鳥栖が作ってくれた最終ラインのスペースは格好の狙いどころとなり、鳥栖が前から奪いに行きたいというお付き合いもほどほどに、角度の付いた所からロングボールを前線に送り込みます。ロングボールを送り込む先は中央のジェイ、チャンネルに走りこむ武蔵、逆サイドで待ち構えるルーカスと状況に合わせた形で使い分けます。
開始早々に菅からのクロスで先制した札幌。札幌の先制点に対して、鳥栖は準備してきた配置を変えることはなく、最終ライン4枚はそのまま。配置を変えないものの、ジェイに対する脅威をまざまざと見せつけられたことによって、(準備してきたものかどうかは分かりませんが)祐治、秀人のふたりでジェイを見るようになっていきます。
こうなってくると、中央は祐治と秀人が引っ張られるので、左サイドはチャンネル(秀人と三丸の間のスペース)に入ってくる武蔵、サイドに幅を取るルーカスの2人をどのようにして対処するのかという問題が発生。ただ、その解決のためにクエンカを下げるとカウンターの起点が低くなるので負けている状況では選択しづらく、松岡を下げてしまうと、札幌に対するプレッシャーの人数不足が発生し、長いボールを蹴らせるどころか、ビルドアップのつなぎで鳥栖の守備網を破壊されることにもなりそうということでなかなかのジレンマを抱えます。先制点を取られたことよって解決方法が難しくなり、徐々に前線からのボール奪取からブロック守備を形成するように変化していきます。
札幌としては、鳥栖の最終ライン4枚での守備が変わらない以上は、プレッシングを受けてもブロッキングの位置を下げられても、左右にボールを回して、スペースが空いたところにボールを送り込むという攻撃に変化を与える必要はなく、ボール保持攻撃でも、カウンター攻撃でも狙い目は変わりませんでした。ジェイに対しては秀人と祐治が見ていたものの、中央に2人のセンターバックを寄せると、その間のスペースというのが意外と空くもので、秀人と祐治の間に入ってくるジェイにボールが収まってしまうシーンもありました。守るべきスペースが散在している状態で最終ラインにとっては常にプレッシャーに晒されてた状況だったでしょう。
--------
鳥栖は両センターバックと小林の3人でボール保持を行います。札幌は、人数的には、トップとセカンドトップの3人が最終ラインに対して人数を合わせる事ができる状態ですが、両センターバックに対してはジェイが一人でけん制し、武蔵が原川を見る形を取りました。もうひとつのビルドアップの出口である松岡に対しても深井が見る形で、札幌は最終ラインに人数を合わせてプレッシングするのではなく、その一つ前の列の前を向いて選手を一人剥す力のある両ボランチに対するケアを厚くします。
右サイドは小野が幅を取るので菅が対応。小林がボールをもって前進するとチャナティップが付いてくるので、ここは人数を合わせられる形となり、小林も小野も対面の相手にデュエルで剥がすことがなかなかできず、前進するのに苦労している状態でした。
左サイドは三丸が幅を取っているので、ルーカスがその対応を行います。クエンカは比較的左右に自由にポジションを取っていましたが、その多くはライン間にポジションを取っていました。このクエンカに対する対応は札幌も迷うところで、進藤が出ていけばすかさず金崎がそのスペースを狙いますし、ボランチをつけるとフォワードに着けるパスコースを空ける事になります。クエンカはボールを預けてもキープ力で時間を作ってくれるので、鳥栖としては拠り所ではありました。
そのクエンカの動きによって作り上げたスペースに金崎を飛び込ませるという形は多く見られました。ボールを陣地深くまで運ぶためには非常によい形だったのですが、そこからクロスがあがってもゴール前には豊田しかいないという状況になりがちで、3センターバックを置く札幌にとっては豊田一人だけを気にしておけばよいという事になり、クロスがシュートに結び付くという場面を作り出すのに苦労していました。数的優位を作ってからのサイドの局面攻略によって、肝心の中央が薄くなるという状況です。それでもピンポイントのクロスが上がればよいのですが、決定打を生み出せるボールがゴール前に上がってきませんでした。
最終ラインを4枚で守るのはトランジションの場面で少しでも高い位置にサイドハーフを置いておきたいという意図もあります。そのリスクを負ったポジションのご褒美として、小野やクエンカがカウンターの場面でサイドのウイングバックの裏のスペースからボールを運ぶシーンは見られました。ところが、札幌としてはリードしている局面であるのでビルドアップ隊の4人を無理に攻撃に参画させる必要はなく、カウンターでボールを運ぶものの札幌は中央に最低でも3人は待ち構えている状況だったため、ゴール前の局面になるとしっかりと下がり切った札幌ディフェンス陣が迎撃を開始し、シュートに至る前で止められるという展開になってしまいました。先制点を与えてしまったという状況の難しさはカウンターの場面の方がよく示されていたのかもしれません。
-----
このままでは負けてしまうのは鳥栖。ということで、後半に入って鳥栖が配置を変更します。前半は数的同数で詰まっていた右サイドに個の力で突破が可能なアンヨンウを入れ、さらに小林に代えて松岡を右サイドバックの位置に下げて打開を図ります。前半は、数的同数を当てられた時に局面の変化が生まれませんでしたが、松岡はビルドアップでボール保持に加担しながら、ヨンウによい形でボールが渡ると、ハーフスペースの位置からインナーラップで相手のマークを引き付けてヨンウがカットインで入ってくるスペースづくりを行うなど、札幌のディフェンスラインにあらゆる選択を生み出そうと奔走します。この攻撃ができるようになって、ヨンウがデュエルで菅と勝負する機会が増え、抜けないながらも最低限でもコーナーキックを得る仕事をすることによって、徐々に鳥栖がチャンスを作っていきます。
ただし、鳥栖が得点を取るために両サイドバックの松岡、三丸が高い位置をとることによって、札幌にとっては格好のカウンターのスペースが出来上がります。札幌は、このディフェンスラインの背後のスペースをうまく使うためにジェイに代えてロペスを投入。投入直後、攻撃に出てきたサガン鳥栖に対して、次々とカウンターの矢を放ちます。
クエンカ、ヨンウというボールを持てる選手たちによって鳥栖が徐々に押し込むシーンが増えてくると、札幌はチャナティップに代えて荒野を入れて、鳥栖のボール保持に対して前線からの守備を活性化させます。鳥栖の両センターバックにロペス、武蔵、荒野がスクリーンとなって立ちはだかり、ビルドアップの出口となる原川、小野にも積極的に両ボランチを上げて封鎖を試みます。
札幌の守備が活性化したことにより、鳥栖はボールを保持することが難しくなってきます。高丘からのミドルレンジのパスもディフェンスの網にかかる機会が出てきたため、割り切って長いボールを蹴らされるようになります。鳥栖は金崎に代わってチョドンゴンを起用。ボール保持から長いボールを活用する形に徐々にシフトするということで、ハイボールに競り合える選手を追加します。また、ヨンウからのクロスボールも配球されるので、よりゴール前での「シュート」という所にパワーをつぎ込む意味もあったのでしょう。
時間が増すにつれて、札幌も撤退守備の様相を見せ始め、それに乗じて鳥栖はゴール前までは前進できるものの、ラストパスの局面では屈強な3センターバックの前に幾度となく跳ね返しを食らい、シュートすら打てない状況が続きます。最後は左サイドでのボール保持のミスからカウンターを食らって2点目を許してジエンドとなってしまいました。11本のコーナーキック、31本のクロスをゴール前に送り込むものの、決定的なシュートは後半開始早々の祐治のヘディング程度だったというのは少し寂しい試合となりました。
■ おわりに
ボールは保持して押し込んでいるように見えても、パスのズレ、トラップのズレ、ほんの少しのズレによって次のプレイにつながらず、札幌がラインを上げるきっかけとなってしまい、攻撃が停滞する場面が多く見られました。一見、パスが繋がったかのように見えても、パススピードが弱いことによって、配置と保持でせっかく作った時間と空間を浪費してしまい、相手の守備が間に合ってしまうというシーンもありました。致命的な2点目はその典型的な例ですね。パススピードの弱さとすこしのズレ、それが相手の守備網に掛かってしまう事となってラインの押し上げを許すことになります。最後は戻る気力も体力も失ってしまって失点につながってしまったのは残念です。
泣いても笑っても次は最終節です。数字上では引き分けで残留が決まる清水戦。確実にアドバンテージであるように思えるのですが、現在の鳥栖の戦術および選手構成上、守り切るという選択がなかなかできない状況ですので、もしかしたらディスアドバンテージにもなりえる状況です。
2012年からJ1リーグで戦いはじめてから一度も降格することなくこの日を迎えています。トップリーグにいるからこそ得られているものは数多くあり、その財産としてこれから得なければならないものもまだまだたくさんあります。決して大きなスポンサーがついていないサガン鳥栖ですから、一度降格してしまうとチームの状況にどのような変化が発生するのか想像がつきません。一度降格してから立て直すという選択はこのチームにとって最善でない事は明確です。何としても2020年をトップリーグでの戦い9年目となれるように、全力に悔いなしの精神で、精いっぱい戦い抜いてほしいですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
・ チャンネル
センターバックとサイドバックの間のスペースの事
■ スタメン
勝てば残留という一戦をホーム最終戦で迎えたサガン鳥栖。苦手の札幌と言えども、残留に向けて意地を見せたいところ。スタメンは、前節に怪我で途中交代した原に代わってそのまま小林が入りました。スタメンが金井でなかった理由については気になるところですが、中盤にボール保持のタイプを並べたので、最終ライン4枚で守り切る形を目指したのかもしれません。すべては、開始直後の失点でプランが崩れたのでしょうが。
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■試合
この試合の最初の焦点は、攻撃時のセットアップで4-1-5の配置となる札幌に対して、最終ライン4枚の鳥栖がどのような形で対処するのかというところでした。鳥栖が出した答えは、札幌の前線に対して人数合わせは行わず、4人で最終ラインを守り切る形。その代わりに4人でビルドアップを開始する札幌に対してクエンカ、小野のポジションを上げて人数を合わせ、札幌のビルドアップ時点で制圧できればベストという布陣でした。このように、前線でのプレッシャーを優先して最終ラインの人数合わせという選択を捨てたため、その代償として最終ライン4枚で札幌の5枚(トップ+セカンドトップ+ウイング)を見なければならなくなり、サイドバックも中央に寄らなければならず、両サイドのウイングにスペースが与えられるようになります。
札幌は前線の役割は、主にジェイは中央でのターゲット、チャナティップは最終ラインと前線とのつなぎ役(もしくは運び屋)、武蔵は前線のスペース活用という分担制。チャナティップが下がって、武蔵は前線に残る形が多かったです。ボール保持の局面では、鳥栖のプレッシャーに対してチャナティップを下ろしてビルドアップの出口として活用するという策も見せつつではあったのですが、ボール保持が継続できなくとも長距離の正確なボールを蹴ることの出来る福森、菅という武器を持っている札幌にとっては、鳥栖が作ってくれた最終ラインのスペースは格好の狙いどころとなり、鳥栖が前から奪いに行きたいというお付き合いもほどほどに、角度の付いた所からロングボールを前線に送り込みます。ロングボールを送り込む先は中央のジェイ、チャンネルに走りこむ武蔵、逆サイドで待ち構えるルーカスと状況に合わせた形で使い分けます。
開始早々に菅からのクロスで先制した札幌。札幌の先制点に対して、鳥栖は準備してきた配置を変えることはなく、最終ライン4枚はそのまま。配置を変えないものの、ジェイに対する脅威をまざまざと見せつけられたことによって、(準備してきたものかどうかは分かりませんが)祐治、秀人のふたりでジェイを見るようになっていきます。
こうなってくると、中央は祐治と秀人が引っ張られるので、左サイドはチャンネル(秀人と三丸の間のスペース)に入ってくる武蔵、サイドに幅を取るルーカスの2人をどのようにして対処するのかという問題が発生。ただ、その解決のためにクエンカを下げるとカウンターの起点が低くなるので負けている状況では選択しづらく、松岡を下げてしまうと、札幌に対するプレッシャーの人数不足が発生し、長いボールを蹴らせるどころか、ビルドアップのつなぎで鳥栖の守備網を破壊されることにもなりそうということでなかなかのジレンマを抱えます。先制点を取られたことよって解決方法が難しくなり、徐々に前線からのボール奪取からブロック守備を形成するように変化していきます。
札幌としては、鳥栖の最終ライン4枚での守備が変わらない以上は、プレッシングを受けてもブロッキングの位置を下げられても、左右にボールを回して、スペースが空いたところにボールを送り込むという攻撃に変化を与える必要はなく、ボール保持攻撃でも、カウンター攻撃でも狙い目は変わりませんでした。ジェイに対しては秀人と祐治が見ていたものの、中央に2人のセンターバックを寄せると、その間のスペースというのが意外と空くもので、秀人と祐治の間に入ってくるジェイにボールが収まってしまうシーンもありました。守るべきスペースが散在している状態で最終ラインにとっては常にプレッシャーに晒されてた状況だったでしょう。
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鳥栖は両センターバックと小林の3人でボール保持を行います。札幌は、人数的には、トップとセカンドトップの3人が最終ラインに対して人数を合わせる事ができる状態ですが、両センターバックに対してはジェイが一人でけん制し、武蔵が原川を見る形を取りました。もうひとつのビルドアップの出口である松岡に対しても深井が見る形で、札幌は最終ラインに人数を合わせてプレッシングするのではなく、その一つ前の列の前を向いて選手を一人剥す力のある両ボランチに対するケアを厚くします。
右サイドは小野が幅を取るので菅が対応。小林がボールをもって前進するとチャナティップが付いてくるので、ここは人数を合わせられる形となり、小林も小野も対面の相手にデュエルで剥がすことがなかなかできず、前進するのに苦労している状態でした。
左サイドは三丸が幅を取っているので、ルーカスがその対応を行います。クエンカは比較的左右に自由にポジションを取っていましたが、その多くはライン間にポジションを取っていました。このクエンカに対する対応は札幌も迷うところで、進藤が出ていけばすかさず金崎がそのスペースを狙いますし、ボランチをつけるとフォワードに着けるパスコースを空ける事になります。クエンカはボールを預けてもキープ力で時間を作ってくれるので、鳥栖としては拠り所ではありました。
そのクエンカの動きによって作り上げたスペースに金崎を飛び込ませるという形は多く見られました。ボールを陣地深くまで運ぶためには非常によい形だったのですが、そこからクロスがあがってもゴール前には豊田しかいないという状況になりがちで、3センターバックを置く札幌にとっては豊田一人だけを気にしておけばよいという事になり、クロスがシュートに結び付くという場面を作り出すのに苦労していました。数的優位を作ってからのサイドの局面攻略によって、肝心の中央が薄くなるという状況です。それでもピンポイントのクロスが上がればよいのですが、決定打を生み出せるボールがゴール前に上がってきませんでした。
最終ラインを4枚で守るのはトランジションの場面で少しでも高い位置にサイドハーフを置いておきたいという意図もあります。そのリスクを負ったポジションのご褒美として、小野やクエンカがカウンターの場面でサイドのウイングバックの裏のスペースからボールを運ぶシーンは見られました。ところが、札幌としてはリードしている局面であるのでビルドアップ隊の4人を無理に攻撃に参画させる必要はなく、カウンターでボールを運ぶものの札幌は中央に最低でも3人は待ち構えている状況だったため、ゴール前の局面になるとしっかりと下がり切った札幌ディフェンス陣が迎撃を開始し、シュートに至る前で止められるという展開になってしまいました。先制点を与えてしまったという状況の難しさはカウンターの場面の方がよく示されていたのかもしれません。
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このままでは負けてしまうのは鳥栖。ということで、後半に入って鳥栖が配置を変更します。前半は数的同数で詰まっていた右サイドに個の力で突破が可能なアンヨンウを入れ、さらに小林に代えて松岡を右サイドバックの位置に下げて打開を図ります。前半は、数的同数を当てられた時に局面の変化が生まれませんでしたが、松岡はビルドアップでボール保持に加担しながら、ヨンウによい形でボールが渡ると、ハーフスペースの位置からインナーラップで相手のマークを引き付けてヨンウがカットインで入ってくるスペースづくりを行うなど、札幌のディフェンスラインにあらゆる選択を生み出そうと奔走します。この攻撃ができるようになって、ヨンウがデュエルで菅と勝負する機会が増え、抜けないながらも最低限でもコーナーキックを得る仕事をすることによって、徐々に鳥栖がチャンスを作っていきます。
ただし、鳥栖が得点を取るために両サイドバックの松岡、三丸が高い位置をとることによって、札幌にとっては格好のカウンターのスペースが出来上がります。札幌は、このディフェンスラインの背後のスペースをうまく使うためにジェイに代えてロペスを投入。投入直後、攻撃に出てきたサガン鳥栖に対して、次々とカウンターの矢を放ちます。
クエンカ、ヨンウというボールを持てる選手たちによって鳥栖が徐々に押し込むシーンが増えてくると、札幌はチャナティップに代えて荒野を入れて、鳥栖のボール保持に対して前線からの守備を活性化させます。鳥栖の両センターバックにロペス、武蔵、荒野がスクリーンとなって立ちはだかり、ビルドアップの出口となる原川、小野にも積極的に両ボランチを上げて封鎖を試みます。
札幌の守備が活性化したことにより、鳥栖はボールを保持することが難しくなってきます。高丘からのミドルレンジのパスもディフェンスの網にかかる機会が出てきたため、割り切って長いボールを蹴らされるようになります。鳥栖は金崎に代わってチョドンゴンを起用。ボール保持から長いボールを活用する形に徐々にシフトするということで、ハイボールに競り合える選手を追加します。また、ヨンウからのクロスボールも配球されるので、よりゴール前での「シュート」という所にパワーをつぎ込む意味もあったのでしょう。
時間が増すにつれて、札幌も撤退守備の様相を見せ始め、それに乗じて鳥栖はゴール前までは前進できるものの、ラストパスの局面では屈強な3センターバックの前に幾度となく跳ね返しを食らい、シュートすら打てない状況が続きます。最後は左サイドでのボール保持のミスからカウンターを食らって2点目を許してジエンドとなってしまいました。11本のコーナーキック、31本のクロスをゴール前に送り込むものの、決定的なシュートは後半開始早々の祐治のヘディング程度だったというのは少し寂しい試合となりました。
■ おわりに
ボールは保持して押し込んでいるように見えても、パスのズレ、トラップのズレ、ほんの少しのズレによって次のプレイにつながらず、札幌がラインを上げるきっかけとなってしまい、攻撃が停滞する場面が多く見られました。一見、パスが繋がったかのように見えても、パススピードが弱いことによって、配置と保持でせっかく作った時間と空間を浪費してしまい、相手の守備が間に合ってしまうというシーンもありました。致命的な2点目はその典型的な例ですね。パススピードの弱さとすこしのズレ、それが相手の守備網に掛かってしまう事となってラインの押し上げを許すことになります。最後は戻る気力も体力も失ってしまって失点につながってしまったのは残念です。
泣いても笑っても次は最終節です。数字上では引き分けで残留が決まる清水戦。確実にアドバンテージであるように思えるのですが、現在の鳥栖の戦術および選手構成上、守り切るという選択がなかなかできない状況ですので、もしかしたらディスアドバンテージにもなりえる状況です。
2012年からJ1リーグで戦いはじめてから一度も降格することなくこの日を迎えています。トップリーグにいるからこそ得られているものは数多くあり、その財産としてこれから得なければならないものもまだまだたくさんあります。決して大きなスポンサーがついていないサガン鳥栖ですから、一度降格してしまうとチームの状況にどのような変化が発生するのか想像がつきません。一度降格してから立て直すという選択はこのチームにとって最善でない事は明確です。何としても2020年をトップリーグでの戦い9年目となれるように、全力に悔いなしの精神で、精いっぱい戦い抜いてほしいですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
・ チャンネル
センターバックとサイドバックの間のスペースの事
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17:21
│Match Impression (2019)
2019年11月29日
2019 第32節 : 名古屋グランパス VS サガン鳥栖
2019シーズン第32節、名古屋グランパス戦のレビューです。
■ スタメン
前節出場停止だったクエンカが左サイドハーフに復帰。ボランチは前節ベンチ外だった松岡がスタメンに。中盤は松本戦とはガラッと変わって、クエンカ、原川、松岡、小野で構成するセントラルハーフ陣となりました。ブロックを固めてくることが想定される名古屋に対し、徹底的にボールを保持して殴り倒そうという意思が垣間見えます。半年前の対戦時にはまったく想像すらできなかった構図ですね(笑)右サイドバックは、契約上の問題で出場できない金井に代わって原が入り、フォワードも豊田がスタメン復帰となりました。
--------------
■試合
試合開始早々から鳥栖が先制パンチ。ここ最近の傾向ですが、サイドバックとのロングボールにおけるデュエルでイニシアチブを取れる豊田に対してボールを送り込み、その裏のスペースで待ち構えるクエンカにボールを渡すという形がよく見られます。試合開始から早速その形がうまくはまり、豊田の競り合いのボールを受けたクエンカがカットインからのシュートを見舞います。この先制パンチが効いたのか、序盤は鳥栖がボールを握る展開となりました。
鳥栖は、配置的には左右ともに両サイドバックの三丸と原が幅を取り、サイドハーフのクエンカ、小野がハーフスペースでボールを受けて名古屋の守備組織に問題を与えるという役割をこなしました。左右非対称となるケースが多い鳥栖としては、両サイドが対称的というのもなかなか珍しい形です。鳥栖の両ボランチは、松岡がツートップの間で受け、原川はツートップ脇の右サイドのエリアで受ける形。この形は、選手は変われども松本戦と同様でした。ボールの前進の選択肢としては、ボール保持しながらのビルドアップがファーストチョイス。セカンドチョイスは、豊田をターゲットとしたロングボール。ロングボールはサイドで受け入れてサイドバックの裏に流し込む形です。
これに対する名古屋の守備ですが、サガン鳥栖サポーターならば言わずもがなとでもいうべきでしょうが、マッシモらしいまずはしっかりと守備に人数をかけて失点を最小限に抑えたいという陣形を取りました。攻撃に人数を割けない事はあっても、守備に人数を割けないということはありえないという哲学です。鳥栖の高い位置を取る両サイドに対しては、サイドハーフが下がって対応。左サイド和泉、右サイド前田というアジリティに優れた選手がいるので、ポジティブトランジションでは、リトリートした位置からのカウンター攻撃での飛び出しにも対応できる配置を取ることができます。
鳥栖がボールを保持している状況で、まずは4-4ブロックを組みながらパスコースの出先に網を張る形を取りました。鳥栖の最終ラインでの保持に対して、名古屋は人数を合わせるのではなく、ジョーがセンターバック二人をまとめて面倒みます。面倒を見るといっても遮二無二プレッシングに行くわけではなく、中央へのコースを切りながらサイドに誘導する形。長谷川やセントラルハーフ陣が、脇のエリアでボールを受ける原川を監視し、ビルドアップの出口の封鎖を狙います。
右サイドでボール保持したかった鳥栖でしたが、名古屋の陣形から考えるとビルドアップを抜け出す最短の経路は、秀人が持ち上がる形。ジョーがしつこく追ってこないため、また、三丸が高い位置を取ることによって前田が監視する役割が生まれるために、秀人の前に持ち上がるスペースができるケースが多くありました。名古屋にとっては、秀人に持ち上がられるというリスクはありますが、左サイドのクエンカ、三丸、時には持ち上がった秀人まで上がっている状況となると、格好のカウンターのスペースが生まれます。このスペースを狙ったカウンター攻撃で名古屋のスピードのあるサイドハーフが躍動していました。
三丸と前田のデュエルの勝率も影響がありまして、右足が使えない三丸に対しては、縦方向の突破さえ抑えればクロスの危険性が減るため、スピードで勝る前田の方にデュエルの軍配があがるケースが多く、左サイド突破のリスクが少ないため、持ち上がるスペースは秀人にくれてやってもいいという選択になったかもしれません。
名古屋は、ジョーが必要以上に動き回ってプレッシングに行かないというプレイも奏功しておりました。彼が中央に鎮座することによって祐治をピン留めして中央に引き寄せることができるので、高い位置を取るサイドの裏のスペースが名古屋にとっては確保される仕組みができています。金崎のように、動き回ってスペースを使い倒す役割もあれば、ジョーのように動かない事で味方にスペースを与える役割もあるということですね。また、カウンターの場面では長谷川が素晴らしいフォローを見せていました。ジョーにボールを当てた時にはジョーから前を向いてボールを受ける役割、サイドからの侵入の際には、サイドの選手のフォローに入って裏に抜けて相手を引き付けたり、サイドからの展開における中継点を担ったり。
鳥栖も左サイドが出ていくばかりでは、幾度か狙われたカウンターのリスクも高くなるので右サイドからの崩しを計りたいところ。しかしながら、名古屋が原川からのパスルートを消すべく前線のマークを寄せたため、ボール保持は行うものの狭いスペースの中での攻略が必要となり、グループもしくは個人によるはがしが必要となりました。そこで活躍の機会がでてくるのが原。松本戦でも表しましたが、彼の魅力は1対1で前方に突破できる力を持っている事。和泉とのデュエルを見事に制し、サイドでボールを受けてからの突破で見事にPKを獲得しました。ところが、このプレイで原が負傷退場。鳥栖としては、右サイドの突破の切り札となる選手を失い、非常に大きな痛手となります。原に代わって出場したのは小林。当然のことながら、右サイドの単騎突破を担う選手ではないため、鳥栖は配置の変更が必要となります。
原に代わって小林が入ったことにより、右サイドに幅を取る選手が小野へとスイッチ。小林はビルドアップに参画してから機を見て高い位置を取るように出ていきます。小野がサイドにいるときはハーフスペースへ、小野がハーフスペースに入ってきた時はサイドへ。この辺りは原の交代によって攻撃の起点を小野が担う事になり、小野の動きを見て原川と小林がポジションを決める形へと変わりました。
効率のよい練り上げたカウンターを繰り広げつつも、鳥栖の帰陣が早くなかなかシュートチャンスまで結びつけられない名古屋。状況を打開するべく、25分頃から名古屋が高い位置からプレッシングする形へと変化を始めます。これまではどちらかというとパスの出先を抑える形でしたが、サイドハーフを1列上げてパスの出元を抑えようとする形への変更です。鳥栖の配置と動き方が理解できたため、ビルドアップで抜かれても守備の再セットアップが可能になったことにより、高い位置でボールを奪う確率を上げようというところでしょう。
名古屋が出元を抑えようという形に対抗して、豊田を生かした長いボールを蹴るのではなく、あくまでも鳥栖はボール保持を選択しました。ボール保持の立役者となったのは松岡。松岡が下がってビルドアップ対応することによって、数的同数による圧迫を回避する形をとりました。さらに、松岡は下がった位置だけでなく、一度最終ラインでさばいてからそのあとに1列上げて中央で前を向いてさばけるので、キーパーまで押し込まれて最後は蹴るしかないという状況に陥るのを上手に回避する功労者となっていました。
名古屋にとっては、サイドハーフが前に出て行ったときに、ネット、米本まで積極的にプレッシングに行くという策は取りませんでした。ボランチが出ていくと金崎がそこに入ってくる形を作られるので、前線からプレッシャーを与えるもののそこで奪いきろうとするまでの策ではなかったのかと。鳥栖は松岡を経由するしか方法はなかったので、彼を狙い撃ちにするという策も取れたのでしょうが、松岡に圧迫をかけると中盤に人を寄せられたところで、今度は豊田へのロングボール攻勢でまとめて前に出てきた中盤を越されるという攻撃が待っているので、天秤にかけた結果、この形が最善だったと考えたのでしょう。いずれにしても、その名古屋のボランチの動きをよく見て、松岡が上手にポジションを取ったことは、鳥栖のボール保持の肝ではありました。
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鳥栖のボール保持による攻撃がメインだった序盤でしたが、名古屋も高い位置から抑えにかかってきたこともあり、また、鳥栖も前半のプレッシングからややブロックを保つ守備へとシフトしたことによって、名古屋がボール保持する展開が生まれます。名古屋の攻撃は、ビルドアップの補佐は米本でしたが、鳥栖のプレッシングに勢いが出だすとネットも最終ラインでのボール保持に参画し、鳥栖のプレッシングの回避に重点を置きます。鳥栖も豊田と金崎がしっかりと動いて圧迫はかけようとするものの、前線からのプレッシング一辺倒ではなく、名古屋のボール保持の時間帯が続くと、きっぱりとあきらめてブロックをつくる守備へのシフトしていきました。ブロックからディフェンシブサードまで押し込まれると、この試合でもセントラルハーフを駆使して、最終ライン間にスペースを作るのを防御する策をとりました。
ビルドアップの抜け道はサイドにその糸口を見つけようとしていました。最終ラインでボールを保持しながら、いかにして宮原と吉田にボールが入れようかという所。そこからのパターンとしては、サイドの位置からジョーにボールを送ってそこからの落としで裏のスペースを狙うのが一つ。サイドバックとサイドハーフとのコンビネーションによる縦への突破(もしくはサイドハーフのカットイン)この2つのパターンが名古屋の狙っているメインパターンでした。サイドからジョーに入れてからの落としを長谷川がよく狙っていたので、この形は準備してきたものだったのかなと。
両チームとも守備ブロックがしっかりと機能しており、名古屋はサイドハーフ(前田、和泉)、鳥栖はボランチ(松岡、原川)が最終ラインのケアをしっかりと行ってスペースを与えなかったために、アタッキングサードで行き詰まって、少しボールを戻して最終ラインを経由してからの逆サイドへの展開という、中央を割れない展開が続きます。
鳥栖は、豊田起用という所もあり、小林、三丸はデュエルではなかなか縦に突破できないということもあり、比較的浅い位置からでも簡単にクロスを上げる形も見せましたが、サイドからのクロスに対しても中央にしっかりと人がいたため、飛び込んでくる選手のスペースが狭く、はじき返されるばかりでなかなかシュートにまでつながりません。それは名古屋もおなじ事で、ジョーおよび豊田の高さだけでは攻略できない、堅固な守備組織網でシュートすら打たせてもらえない展開となりました。ちなみに、小林は久しぶりの出場でまだ体がなじんでいない感じでしたね。彼らしくないボールコントロールも多く、前進できるような場面であっても、パスが乱れて逆に相手がラインを上げるきっかけをつくってしまうようなミスもありました。
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両チームともに相手のミス待ちの様相を呈してきた堅い試合となりましたが、鳥栖は、この閉塞的な展開を打開しようと、後半から、配置を変えました。原の離脱によって右サイドでの数的同数の組み立てに苦労していた鳥栖は、原川のポジションを左サイドにおき、クエンカとともにパスワークによる崩しを狙います。さらに、前線の金崎をハーフスペースでボールを引き出す位置に配置することによって、サイドハーフ、サイドバックがクエンカ、原川、金崎を見なければならなくなり、必然的にブロックの外でフリーとなる三丸をボール保持の経由地として利用します。左サイドでのゲームの組み立てがメインとなったことにより、小野にクロスからのフィニッシュの役割を与えようという形にもなりました。
後半の開始こそ、名古屋に押し込まれはしましたが、この配置によってふたたび鳥栖にボール保持から侵入できる時間帯が訪れます。60分には右サイドからの展開を受けたクエンカが、ボランチのプレスが緩い隙をついてハーフスペースに構える金崎に縦パス。そこからのレイオフを受けた原川が抜け出してシュートを放ちます。ランゲラックの好セーブの前に得点こそなりませんでしたが、後半のポジションチェンジの効果を発揮する組み立てでした。
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試合全体を通じて、カウンター攻撃の設計の差は感じました。名古屋は、中央の起点はジョーが担い、サイドの裏のスペースにサイドハーフもしくはサイドバックを縦に走らせ、長谷川はボールの動きに合わせてサポートをとるという、いかにして少ない手順でゴール前までボールを運ぶのかという共通意識がありました。サイドの深いところに入っていくことができれば、最後はカットインからのシュートも選択肢として持っている選手たちばかりなので、少人数で決めきってしまうような脅威を感じます。
鳥栖は、これまでなるべくセントラルハーフを下げずに最終ライン4人でゴールを守り、カウンター攻撃に出る際には人数を駆使して前に出ていく形を採用していました。特にアンヨンウは個の力でデュエルを制してからのクロス、シュートという形を持っている選手なので、攻撃力という意味では大きなパワーを持っている状況でした。
しかしながら、ここ最近では、スタメンで起用されるのはアンヨンウではなく、福田や原などの守備面での対応に優れている選手を活用し、最終ラインをケアする守備組織にしています。ここ2試合は、セントラルハーフを下げてでも守り切る形をとったため、無失点という恩恵を受けていますが、その分カウンター攻撃にかかる人数が足りないというジレンマに陥っています。
更に、鳥栖は、スタメンのフォワードのふたりが、カウンターの起点となるさばきや縦へのスピードで勝負する選手ではなく、ゴール前で威力を発揮できるタイプの選手となっています。金崎の強引さは、ペナルティエリア内だからこそ相手も恐怖を感じるのであって、センターサークル付近でボールを持つ彼は脅威を与える存在ではありません。中盤でボールキープするために発揮する強引さは、相手の守備の帰陣の時間を与えてしまうことすらあります。豊田も前進のための空中戦とゴール前での迫力が彼の持ち味であり、カウンターにおいては、最後のフィニッシュの場面で登場するべき役者であって、アタッキングサードに侵入するためのルートをつくるタイプではありません。セットプレイの場面ではクエンカをひとり前線に置くという工夫も見せましたが、効果的なカウンターにはつながらず。
名古屋も序盤こそはカウンター攻撃で脅威を与えていましたが、選手交代で打つ手が、シャビエル、シミッチとボールキープしながら狭いところでも入っていけるような選手たちで、カウンターのスピードで勝負できるタイプの選手ではないので、後半はカウンター攻撃も徐々に影を潜めていく形になりました。
終盤は吉田の不慮の故障で十分な戦いができなくなった名古屋。鳥栖も松岡に代えて金森を投入するものの、ボールの前進の仕組みを失ってしまって思うような攻撃につながらず、互いに決定的なチャンスを作ることのできないまま、タイムアップとなりました。
■おわりに
戦術浸透に期間が必要どころか、しっかりとマッシモ色に染まっていた名古屋(笑)
マッシモの元で戦っていた選手たちがいることもさることながら、個々の選手たちの戦術理解能力の高さを示しているのでしょう。
選手構成というのは実現したいフットボールのためにはホント大事で、今夏に期限付き移籍で名古屋を離れた相馬、マテウスがベンチにいたら、後半のタイミングで登場してくる彼らのスピードに屈してしまったのではないかとぞっとします。
期限付き移籍と言えば、この試合は金井が契約上の問題で不出場でしたが、彼の得意からサイドバックの位置からのゴール前への侵入という観点で見ると、82分のシーンは思う所がありまして。右サイドのヨンウからクロスがあがって前で豊田がつぶれるのですが、三丸は遅れて入ってきたためにボールにアクションが取れずにファールとなっていました。こういうところの嗅覚は金井の方が鋭いですよね。もしかしたら金井だったら、ヨンウがボールを持った瞬間にクロスを察知してゴール前に侵入し、シュートにつなげていた可能性はあるかなと思いました。
堅固な守備組織を崩すために人数をかけたいところですが、前がかりになりすぎるとカウンターの矢が飛んでくるという事で、非常に難しい戦いを強いられましたが、無失点に終えることができて貴重な勝ち点1を手に入れることができました。その結果、ひとまずは自動降格となる17位以下になる可能性はなくなり、まずは残留に向けて一段階目クリアという所でしょうか。次節はホームでの最終戦です。ここで勝てば文句なしに残留が決まります。今シーズンも苦しい戦いでしたが、なんとか残留を決めて晴れやかな気持ちで最終節の清水戦を迎えたいですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
・ チャンネル
センターバックとサイドバックの間のスペースの事
■ スタメン
前節出場停止だったクエンカが左サイドハーフに復帰。ボランチは前節ベンチ外だった松岡がスタメンに。中盤は松本戦とはガラッと変わって、クエンカ、原川、松岡、小野で構成するセントラルハーフ陣となりました。ブロックを固めてくることが想定される名古屋に対し、徹底的にボールを保持して殴り倒そうという意思が垣間見えます。半年前の対戦時にはまったく想像すらできなかった構図ですね(笑)右サイドバックは、契約上の問題で出場できない金井に代わって原が入り、フォワードも豊田がスタメン復帰となりました。
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■試合
試合開始早々から鳥栖が先制パンチ。ここ最近の傾向ですが、サイドバックとのロングボールにおけるデュエルでイニシアチブを取れる豊田に対してボールを送り込み、その裏のスペースで待ち構えるクエンカにボールを渡すという形がよく見られます。試合開始から早速その形がうまくはまり、豊田の競り合いのボールを受けたクエンカがカットインからのシュートを見舞います。この先制パンチが効いたのか、序盤は鳥栖がボールを握る展開となりました。
鳥栖は、配置的には左右ともに両サイドバックの三丸と原が幅を取り、サイドハーフのクエンカ、小野がハーフスペースでボールを受けて名古屋の守備組織に問題を与えるという役割をこなしました。左右非対称となるケースが多い鳥栖としては、両サイドが対称的というのもなかなか珍しい形です。鳥栖の両ボランチは、松岡がツートップの間で受け、原川はツートップ脇の右サイドのエリアで受ける形。この形は、選手は変われども松本戦と同様でした。ボールの前進の選択肢としては、ボール保持しながらのビルドアップがファーストチョイス。セカンドチョイスは、豊田をターゲットとしたロングボール。ロングボールはサイドで受け入れてサイドバックの裏に流し込む形です。
これに対する名古屋の守備ですが、サガン鳥栖サポーターならば言わずもがなとでもいうべきでしょうが、マッシモらしいまずはしっかりと守備に人数をかけて失点を最小限に抑えたいという陣形を取りました。攻撃に人数を割けない事はあっても、守備に人数を割けないということはありえないという哲学です。鳥栖の高い位置を取る両サイドに対しては、サイドハーフが下がって対応。左サイド和泉、右サイド前田というアジリティに優れた選手がいるので、ポジティブトランジションでは、リトリートした位置からのカウンター攻撃での飛び出しにも対応できる配置を取ることができます。
鳥栖がボールを保持している状況で、まずは4-4ブロックを組みながらパスコースの出先に網を張る形を取りました。鳥栖の最終ラインでの保持に対して、名古屋は人数を合わせるのではなく、ジョーがセンターバック二人をまとめて面倒みます。面倒を見るといっても遮二無二プレッシングに行くわけではなく、中央へのコースを切りながらサイドに誘導する形。長谷川やセントラルハーフ陣が、脇のエリアでボールを受ける原川を監視し、ビルドアップの出口の封鎖を狙います。
右サイドでボール保持したかった鳥栖でしたが、名古屋の陣形から考えるとビルドアップを抜け出す最短の経路は、秀人が持ち上がる形。ジョーがしつこく追ってこないため、また、三丸が高い位置を取ることによって前田が監視する役割が生まれるために、秀人の前に持ち上がるスペースができるケースが多くありました。名古屋にとっては、秀人に持ち上がられるというリスクはありますが、左サイドのクエンカ、三丸、時には持ち上がった秀人まで上がっている状況となると、格好のカウンターのスペースが生まれます。このスペースを狙ったカウンター攻撃で名古屋のスピードのあるサイドハーフが躍動していました。
三丸と前田のデュエルの勝率も影響がありまして、右足が使えない三丸に対しては、縦方向の突破さえ抑えればクロスの危険性が減るため、スピードで勝る前田の方にデュエルの軍配があがるケースが多く、左サイド突破のリスクが少ないため、持ち上がるスペースは秀人にくれてやってもいいという選択になったかもしれません。
名古屋は、ジョーが必要以上に動き回ってプレッシングに行かないというプレイも奏功しておりました。彼が中央に鎮座することによって祐治をピン留めして中央に引き寄せることができるので、高い位置を取るサイドの裏のスペースが名古屋にとっては確保される仕組みができています。金崎のように、動き回ってスペースを使い倒す役割もあれば、ジョーのように動かない事で味方にスペースを与える役割もあるということですね。また、カウンターの場面では長谷川が素晴らしいフォローを見せていました。ジョーにボールを当てた時にはジョーから前を向いてボールを受ける役割、サイドからの侵入の際には、サイドの選手のフォローに入って裏に抜けて相手を引き付けたり、サイドからの展開における中継点を担ったり。
鳥栖も左サイドが出ていくばかりでは、幾度か狙われたカウンターのリスクも高くなるので右サイドからの崩しを計りたいところ。しかしながら、名古屋が原川からのパスルートを消すべく前線のマークを寄せたため、ボール保持は行うものの狭いスペースの中での攻略が必要となり、グループもしくは個人によるはがしが必要となりました。そこで活躍の機会がでてくるのが原。松本戦でも表しましたが、彼の魅力は1対1で前方に突破できる力を持っている事。和泉とのデュエルを見事に制し、サイドでボールを受けてからの突破で見事にPKを獲得しました。ところが、このプレイで原が負傷退場。鳥栖としては、右サイドの突破の切り札となる選手を失い、非常に大きな痛手となります。原に代わって出場したのは小林。当然のことながら、右サイドの単騎突破を担う選手ではないため、鳥栖は配置の変更が必要となります。
原に代わって小林が入ったことにより、右サイドに幅を取る選手が小野へとスイッチ。小林はビルドアップに参画してから機を見て高い位置を取るように出ていきます。小野がサイドにいるときはハーフスペースへ、小野がハーフスペースに入ってきた時はサイドへ。この辺りは原の交代によって攻撃の起点を小野が担う事になり、小野の動きを見て原川と小林がポジションを決める形へと変わりました。
効率のよい練り上げたカウンターを繰り広げつつも、鳥栖の帰陣が早くなかなかシュートチャンスまで結びつけられない名古屋。状況を打開するべく、25分頃から名古屋が高い位置からプレッシングする形へと変化を始めます。これまではどちらかというとパスの出先を抑える形でしたが、サイドハーフを1列上げてパスの出元を抑えようとする形への変更です。鳥栖の配置と動き方が理解できたため、ビルドアップで抜かれても守備の再セットアップが可能になったことにより、高い位置でボールを奪う確率を上げようというところでしょう。
名古屋が出元を抑えようという形に対抗して、豊田を生かした長いボールを蹴るのではなく、あくまでも鳥栖はボール保持を選択しました。ボール保持の立役者となったのは松岡。松岡が下がってビルドアップ対応することによって、数的同数による圧迫を回避する形をとりました。さらに、松岡は下がった位置だけでなく、一度最終ラインでさばいてからそのあとに1列上げて中央で前を向いてさばけるので、キーパーまで押し込まれて最後は蹴るしかないという状況に陥るのを上手に回避する功労者となっていました。
名古屋にとっては、サイドハーフが前に出て行ったときに、ネット、米本まで積極的にプレッシングに行くという策は取りませんでした。ボランチが出ていくと金崎がそこに入ってくる形を作られるので、前線からプレッシャーを与えるもののそこで奪いきろうとするまでの策ではなかったのかと。鳥栖は松岡を経由するしか方法はなかったので、彼を狙い撃ちにするという策も取れたのでしょうが、松岡に圧迫をかけると中盤に人を寄せられたところで、今度は豊田へのロングボール攻勢でまとめて前に出てきた中盤を越されるという攻撃が待っているので、天秤にかけた結果、この形が最善だったと考えたのでしょう。いずれにしても、その名古屋のボランチの動きをよく見て、松岡が上手にポジションを取ったことは、鳥栖のボール保持の肝ではありました。
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鳥栖のボール保持による攻撃がメインだった序盤でしたが、名古屋も高い位置から抑えにかかってきたこともあり、また、鳥栖も前半のプレッシングからややブロックを保つ守備へとシフトしたことによって、名古屋がボール保持する展開が生まれます。名古屋の攻撃は、ビルドアップの補佐は米本でしたが、鳥栖のプレッシングに勢いが出だすとネットも最終ラインでのボール保持に参画し、鳥栖のプレッシングの回避に重点を置きます。鳥栖も豊田と金崎がしっかりと動いて圧迫はかけようとするものの、前線からのプレッシング一辺倒ではなく、名古屋のボール保持の時間帯が続くと、きっぱりとあきらめてブロックをつくる守備へのシフトしていきました。ブロックからディフェンシブサードまで押し込まれると、この試合でもセントラルハーフを駆使して、最終ライン間にスペースを作るのを防御する策をとりました。
ビルドアップの抜け道はサイドにその糸口を見つけようとしていました。最終ラインでボールを保持しながら、いかにして宮原と吉田にボールが入れようかという所。そこからのパターンとしては、サイドの位置からジョーにボールを送ってそこからの落としで裏のスペースを狙うのが一つ。サイドバックとサイドハーフとのコンビネーションによる縦への突破(もしくはサイドハーフのカットイン)この2つのパターンが名古屋の狙っているメインパターンでした。サイドからジョーに入れてからの落としを長谷川がよく狙っていたので、この形は準備してきたものだったのかなと。
両チームとも守備ブロックがしっかりと機能しており、名古屋はサイドハーフ(前田、和泉)、鳥栖はボランチ(松岡、原川)が最終ラインのケアをしっかりと行ってスペースを与えなかったために、アタッキングサードで行き詰まって、少しボールを戻して最終ラインを経由してからの逆サイドへの展開という、中央を割れない展開が続きます。
鳥栖は、豊田起用という所もあり、小林、三丸はデュエルではなかなか縦に突破できないということもあり、比較的浅い位置からでも簡単にクロスを上げる形も見せましたが、サイドからのクロスに対しても中央にしっかりと人がいたため、飛び込んでくる選手のスペースが狭く、はじき返されるばかりでなかなかシュートにまでつながりません。それは名古屋もおなじ事で、ジョーおよび豊田の高さだけでは攻略できない、堅固な守備組織網でシュートすら打たせてもらえない展開となりました。ちなみに、小林は久しぶりの出場でまだ体がなじんでいない感じでしたね。彼らしくないボールコントロールも多く、前進できるような場面であっても、パスが乱れて逆に相手がラインを上げるきっかけをつくってしまうようなミスもありました。
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両チームともに相手のミス待ちの様相を呈してきた堅い試合となりましたが、鳥栖は、この閉塞的な展開を打開しようと、後半から、配置を変えました。原の離脱によって右サイドでの数的同数の組み立てに苦労していた鳥栖は、原川のポジションを左サイドにおき、クエンカとともにパスワークによる崩しを狙います。さらに、前線の金崎をハーフスペースでボールを引き出す位置に配置することによって、サイドハーフ、サイドバックがクエンカ、原川、金崎を見なければならなくなり、必然的にブロックの外でフリーとなる三丸をボール保持の経由地として利用します。左サイドでのゲームの組み立てがメインとなったことにより、小野にクロスからのフィニッシュの役割を与えようという形にもなりました。
後半の開始こそ、名古屋に押し込まれはしましたが、この配置によってふたたび鳥栖にボール保持から侵入できる時間帯が訪れます。60分には右サイドからの展開を受けたクエンカが、ボランチのプレスが緩い隙をついてハーフスペースに構える金崎に縦パス。そこからのレイオフを受けた原川が抜け出してシュートを放ちます。ランゲラックの好セーブの前に得点こそなりませんでしたが、後半のポジションチェンジの効果を発揮する組み立てでした。
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試合全体を通じて、カウンター攻撃の設計の差は感じました。名古屋は、中央の起点はジョーが担い、サイドの裏のスペースにサイドハーフもしくはサイドバックを縦に走らせ、長谷川はボールの動きに合わせてサポートをとるという、いかにして少ない手順でゴール前までボールを運ぶのかという共通意識がありました。サイドの深いところに入っていくことができれば、最後はカットインからのシュートも選択肢として持っている選手たちばかりなので、少人数で決めきってしまうような脅威を感じます。
鳥栖は、これまでなるべくセントラルハーフを下げずに最終ライン4人でゴールを守り、カウンター攻撃に出る際には人数を駆使して前に出ていく形を採用していました。特にアンヨンウは個の力でデュエルを制してからのクロス、シュートという形を持っている選手なので、攻撃力という意味では大きなパワーを持っている状況でした。
しかしながら、ここ最近では、スタメンで起用されるのはアンヨンウではなく、福田や原などの守備面での対応に優れている選手を活用し、最終ラインをケアする守備組織にしています。ここ2試合は、セントラルハーフを下げてでも守り切る形をとったため、無失点という恩恵を受けていますが、その分カウンター攻撃にかかる人数が足りないというジレンマに陥っています。
更に、鳥栖は、スタメンのフォワードのふたりが、カウンターの起点となるさばきや縦へのスピードで勝負する選手ではなく、ゴール前で威力を発揮できるタイプの選手となっています。金崎の強引さは、ペナルティエリア内だからこそ相手も恐怖を感じるのであって、センターサークル付近でボールを持つ彼は脅威を与える存在ではありません。中盤でボールキープするために発揮する強引さは、相手の守備の帰陣の時間を与えてしまうことすらあります。豊田も前進のための空中戦とゴール前での迫力が彼の持ち味であり、カウンターにおいては、最後のフィニッシュの場面で登場するべき役者であって、アタッキングサードに侵入するためのルートをつくるタイプではありません。セットプレイの場面ではクエンカをひとり前線に置くという工夫も見せましたが、効果的なカウンターにはつながらず。
名古屋も序盤こそはカウンター攻撃で脅威を与えていましたが、選手交代で打つ手が、シャビエル、シミッチとボールキープしながら狭いところでも入っていけるような選手たちで、カウンターのスピードで勝負できるタイプの選手ではないので、後半はカウンター攻撃も徐々に影を潜めていく形になりました。
終盤は吉田の不慮の故障で十分な戦いができなくなった名古屋。鳥栖も松岡に代えて金森を投入するものの、ボールの前進の仕組みを失ってしまって思うような攻撃につながらず、互いに決定的なチャンスを作ることのできないまま、タイムアップとなりました。
■おわりに
戦術浸透に期間が必要どころか、しっかりとマッシモ色に染まっていた名古屋(笑)
マッシモの元で戦っていた選手たちがいることもさることながら、個々の選手たちの戦術理解能力の高さを示しているのでしょう。
選手構成というのは実現したいフットボールのためにはホント大事で、今夏に期限付き移籍で名古屋を離れた相馬、マテウスがベンチにいたら、後半のタイミングで登場してくる彼らのスピードに屈してしまったのではないかとぞっとします。
期限付き移籍と言えば、この試合は金井が契約上の問題で不出場でしたが、彼の得意からサイドバックの位置からのゴール前への侵入という観点で見ると、82分のシーンは思う所がありまして。右サイドのヨンウからクロスがあがって前で豊田がつぶれるのですが、三丸は遅れて入ってきたためにボールにアクションが取れずにファールとなっていました。こういうところの嗅覚は金井の方が鋭いですよね。もしかしたら金井だったら、ヨンウがボールを持った瞬間にクロスを察知してゴール前に侵入し、シュートにつなげていた可能性はあるかなと思いました。
堅固な守備組織を崩すために人数をかけたいところですが、前がかりになりすぎるとカウンターの矢が飛んでくるという事で、非常に難しい戦いを強いられましたが、無失点に終えることができて貴重な勝ち点1を手に入れることができました。その結果、ひとまずは自動降格となる17位以下になる可能性はなくなり、まずは残留に向けて一段階目クリアという所でしょうか。次節はホームでの最終戦です。ここで勝てば文句なしに残留が決まります。今シーズンも苦しい戦いでしたが、なんとか残留を決めて晴れやかな気持ちで最終節の清水戦を迎えたいですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
・ チャンネル
センターバックとサイドバックの間のスペースの事
Posted by オオタニ at
12:26
│Match Impression (2019)
2019年11月14日
2019 第31節 : サガン鳥栖 VS 松本山雅
2019シーズン第31節、松本山雅戦のレビューです。
■ スタメン
出場停止のクエンカに代わって左サイドハーフには小野が入りました。右サイドハーフには福田に代わって原が入ります。福田とのプレイスタイルの違いで、一つ特徴を上げるとすれば、原の方が単騎突破に長けている事。彼がサイドで幅を取るという事は、単独でボールを受ける機会も多くなりますので、単騎突破のスキルがないと攻撃が行き詰まることになります。ミョンヒさんのチョイスが福田ではなく原であったのは、守備に重きを置いているようで、実は攻撃の配置と突破を優先したスタメン起用であったかのようにも考えられます。今シーズンの中盤戦で作り上げた「クエンカでボールキープしてアンヨンウで突破する」という形を考えると、「小野でボールキープして原で突破する」という同じ仕組みを実現できる気配を感じるスタメンです。
“クラブ事情”でAFC U-19選手権2020予選の代表を辞退した松岡はベンチにもはいっておらず。戦術上の問題なのか、はたまた怪我などのアクシデントが発生したのか。試合に出られなけいならば、代表の場を経験してもらいたかったところですが。そうもいかなかったのでしょう。
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■試合
試合開始当初は互いにイニシアチブを握ろうとする激しい動きでなかなかボールが落ち着かなかったのですが、中盤での競り合いを先に制した鳥栖がイニシアチブを握ります。
この試合での鳥栖は、前線のターゲットとなる豊田がスターティングではベンチという事で、ボール保持による前進を選択しました。最終ラインの2名が献身的に動く中美、永井のプレッシャーを受けるので、ボール保持における数的優位を作るために金井が絞ってサポートします。豊田がいないことで長いボールを蹴られても怖くない松本は、しっかりとしたプレッシャーをかけるべく、金井に対してセントラルハーフを前に出してでもボール保持を阻害しようとします。プレッシャーを受けた鳥栖は、長いボールを蹴るときにもそのターゲットはディフェンスラインの背後のスペース。高く押し上げてくる松本のディフェンスラインの背後を金崎、金森、小野が狙います。
右サイドは、サイドバックの金井がビルドアップで数的優位を作る絞る動きに連動するかのように、原は可能な限り高い位置を取り、サイドの幅を広く使って高橋を引き付ける動きを果たします。原が高い位置を取って高橋を引き付け、杉本が金井目がけてプレッシングをかける事で、3センターの脇のエリアにうまくスペースを作ることができます。いつもは左サイドの脇のエリアでクエンカ、三丸と数的優位を作るタスクを担っていた原川でしたが、この試合での配置によって出来上がるスペースを活用するべく、右サイドの脇を主戦場へと変え、ビルドアップの出口としてのキーマンとなっていました。
ビルドアップでうまく松本の2列目まで突破できると、今度はこのスペースを金井が利用します。ミョンヒさんが監督になってから右サイドバックに託されるパンゾーロールの動きですね。アウトサイドの高い位置に右サイドハーフを置いて、インナーラップでハーフスペースを蹂躙しようとする、ミョンヒさんの基礎戦略です。
右サイドの配置には副産物がありまして、原が高い位置で高橋を引き付ける事により、松本にボールを奪われてカウンター攻撃が始まっても、高橋が低い位置からのカウンター参画になるので攻撃のディレイを生みます。押しこむ前にボールを奪われた際には、最終ラインに下がっている金井がカウンター対応できるので、センターバック2名と合わせて実質3人が残って守備をすることになります。原がカウンターの出足の位置を下げさせて、後ろには金井が控えているという、ネガティブトランジションも考慮されている配置でした。
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ポジショニング(配置)をある程度固定化して、ロジックによってスペースを作り出していた右サイドとは対照的に、左サイドは小野と三丸が流動的にポジションを変えながら松本の守備組織の破壊を狙います。攻撃のタクトは小野が握っておりまして、最終ラインのボール保持のサポート、アウトサイドへの引き付け、ハーフスペースへの侵入、ウイングバックの裏に抜ける動き、金崎をポスト、三丸をデコイとして活用しながら、非常に流動的に松本のディフェンスに守備組織に揺さぶりをかけていました。その動きの中でも際立ったのが、逆サイドのスペース(セントラルハーフの脇のスペース)の利用。小野がボールをもって松本のセントラルハーフを引き付けてから、逆サイドに入ってくる金井や原に正確なボールを送りこんでいました。小野にはある程度の自由を任せられていますが、活用するスペースの意思はチームとして統一されています。
目立ちませんが、ジョンスのポジショニングも地味に効いてました。ジョンスはビルドアップ時には松本のツートップの間のスペースでセンターバックから縦にボールを受けられるポジションを取っており、ある程度固定化されたエリアでのビルドアップ参画でした。この位置にポジションを取るという事は、配置上、松本は必然的に藤田がジョンスに着くという事になり、ジョンスがツートップの間にいる以上は、センターバックから縦に入るボールを無視するわけにはいかないので、藤田がジョンスの周りから動きずらくなります。ある意味、藤田をピン留めして彼の運動量を消してしまっている状態です。
実質、藤田は前節のC大阪戦は12.1km、その前の鹿島戦は11.9kmのトラッキングを残しているくらい運動量豊富に中盤を制圧するのですが、この試合では(82分で退いたので90分換算で)10.6kmのトラッキングとなっています。いつもの藤田に比べると、彼が運動量を活用して回収業者のように、中盤のいたるところでボールを奪取する動きがとれていたとは言い難いスタッツとなっています。
そういう意味では、中盤を動き回ってゲームメイクをこなす松岡だと、藤田に捕まえられてしまって彼の持ち味が発揮できない可能性はありました。ジョンスは、プレッシャーをしかけて相手が蹴っ飛ばしたロングボールをはじき返したり、サイドバックーセンターバック間のスペースに入る最終ラインのカバーリングも役割としてあったので、ジョンスのストロングポイントをうまく活用した配置だったのかなという所ですね。左サイドの守備に入った時のポジショニング的に、ジョンスの位置でマッチアップするのがパウリーニョだと考えると、高さやパワーで押し切られないように、松岡ではなくジョンスを起用した意図もうかがえます。鳥栖の自陣近くではパウリーニョをマンマーク的な動きを見せることもありましたしね。
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鳥栖の守備ですが、プレッシング対応とブロッキング対応を上手に使い分ける形をとっていました。まずはプレッシング対応ですが、3バックでビルドアップをする松本に対して、鳥栖はサイドハーフを上げて同数プレッシングをしかけます。その時、松本のウイングに対しては、サイドバックを上げて対応するのではなく、ウイングバックに出されないようにコースを消しながらプレッシングをするような対応をとりました。なるべく中央に寄せて3―3のブロックで押し込み、松本の前線に高さがないため、最後は蹴らせても構わないという形です。ウイングバックに対してサイドバックが出てしまうと、裏のスペースに放り込まれる危険性が生まれるので、どちらのリスクを対処するかという選択上、サイドのスペースを消すべく後ろに構えるという選択を多く取った形に見えました。
松本の切り崩し策としては、永井が起点となってボールを受ける形と、杉本の突破力。特に杉本は、鳥栖が同数でくるところをしっかりと剥すことによって、鳥栖の最終ラインが前に出てこざるを得ない状況を多く作り出していました。63分の杉本のゴール前で3人を剥して突進してきたシーンは圧巻で、ホント肝を冷やしましたね。この時、4人目の刺客としてゴール前でスライディングによってボールを奪ったのが金崎で、非常に素晴らしいプレイだったのですが、金崎がこの位置に下がっていたということは、鳥栖が後半に押し込まれていたことを示します。フォワードの選手が戻ってこなければならない状況というのは、相手がセンターバックを削ってでも攻撃をしかける事の出来る配置を示します。
掻い潜られてアタッキングサードに侵入された鳥栖は、ミョンヒさんに代わってからはあまり見られない形であった、原をアウトサイドに落として、最終ラインを5枚でブロックを組む形にシフトします。松本が鳥栖の陣地に侵入してくるにしたがって、4-3-3プレッシング⇒4-4-2ブロッキング⇒5-3-2ブロッキングと形を変えていく、可変システムの採用です。この仕組みにすることによって、松本のウイングに対してしっかりと人をつけることができ、サイドバックとセンターバックの間のスペースを圧縮して、そのエリアに侵入してこようとするセカンドトップをしっかりと見ることができます。
更に、そこからウイングバックが引いてボールを受ける動きを見せ、鳥栖のウイングバック(原、三丸)がついて中央とのスペースを作られると、そのスペースを3センターが埋める役目を果たしていました。特に後半は、この形が多くなってしまったため、押し込まれた状態では6バック気味になってしまうことも多々ありました。前述の金崎の動きのように、ボランチが下がるという事は、そのスペースを埋めるためにはフォワードが戻ってこなければなりません。そうするとカウンターにでる機会やセカンドボールを拾える機会が徐々に減ってくることになります。それでも、最終ラインに人をかけてしっかりと守り切るという戦術をこの試合ではとりました。
ちなみに、マリノス戦のレビューで、後ろを5枚にしてしまうと、どうしてもカウンターに出ていくときの迫力に欠けるので、最終ラインを4人で守り切って、カウンターの人数にパワーをかける采配をしているからこそ失点も増え、ウノゼロの哲学はいまのサガン鳥栖にはなく、「先に点を取って突き放す」「取られたら取り返す」のフットボールに転換している…旨の所感を書いたのですが、ものの見事に裏切られました(笑)敵を欺くにはまずはサポーターからですね(笑)
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セットプレイで幸先よく先制点を挙げた鳥栖は、ボール保持戦略を継続。松本は、鳥栖のボール保持を抑え込むために、最終ラインに人は残しつつ、2トップ+3センターをプレッシングに当てはめようとするのですが、ボール保持にこだわる鳥栖はキーパーの高丘や、気を見て下りてくる小野を活用して、数的不利の状況を打開するべく惜しげもなくビルドアップに人数をかけてきます。
23分には大分トリニータバリの疑似カウンターを発動。じわりじわりとプレッシャーをしかけてくる松本のプレッシング隊に対して、高丘までボールを下げて相手を引き付け、縦関係にフォローに入ってボールを引き出した小野が、今回のターゲットである右サイドのハーフの脇のスペースに陣取る原川にボールを送り込むことによって、松本の守備は最終ラインの5人だけという状態を作りあげました。ここからはディフェンスの裏に入り込む金崎が起点となってボールを引き出し、相手を押し込んだ状態で再びボールを受けた原川がクロス。まさに、この試合で鳥栖が成し遂げたかった攻撃がこのシーンに集約していたのではないでしょうか。
ただボールをもって押しこむだけでは、相手もブロックを組んで隙を見せてくれません。相手にボールが奪えるのではないか、奪えればすぐにチャンスになるのでは、という期待を持たせることで相手はリスクを冒して前に出てくる動きを見せます。高丘まで使ってボールを保持するのは、松本にハーフコートでディフェンスをさせるのではなく、フルコートでのディフェンスを強いる事によって、鳥栖がみずからイニシアチブをもってスペースを作り上げようとすることにつながります。効果的な攻撃をするためにはやはりリスクをかけることが必要です。自陣の深い位置まで相手をおびき寄せ、そして可能性を感じるクロスをあげるまで、しっかりとビルドアップで破壊した攻撃は、ミョンヒ監督のこの戦術に対する強い意志を感じた攻撃でした。
押し込まれる場面はあったものの、うまくリードしたまま試合を続け、67分には豊田を投入。豊田を投入したことにより、前線のプレッシングに勢いが戻りました。彼がコースを切りながらの守備ができるので、相手のミスキックも誘発できます。71分は豊田らしいプレイで、守田にボールが戻った瞬間に、左サイドを切りながら守田に対してのプレッシャーをしかけます。このプレッシャーを見て、小野、ジョンス、三丸がパスコースにいる選手に対してしっかりと人を捕まえる動きを行えたことによって、守田がパスを出すコースが制限でき、キックミスによって松本の攻撃の機会を奪い取ることに成功しました。
危なげなく試合をクロージングさせ、残留争いの分水嶺となる試合をウノゼロでの勝利をあげたサガン鳥栖。試合後に響き渡るマイノリティがこの試合の勝利の意味を語っていたのではないでしょうか。
■おわりに
この試合のMVPはミョンヒ監督でしょう。相手からスペースを奪い、そして相手にはスペースを与えない、ロジカルなポジショニング(配置)でイニシアチブをもって試合をコントロールすることができました。
プレイヤーで言うと、様々な役割をこなした原の存在は大きかったですね。彼のこの試合の一番のタスクはポジショニング。味方のためのスペースを作り、相手の攻撃を未然に防ぎ、最終ラインのスペースを消す守備のバランスを取る役割をしっかりとこなしていました。無論、ポジショニングだけでなく、右サイドでボールを受けてからの単騎突破も非常に威力を発揮しました。33分には、原がアウトサイドでボールを受けると単騎突破で高橋を剥し、ゴール前にグラウンダーのクロスを上げるシーンもありました。
チーム全体が勝利のために組織として動けているなと思ったのが25分からの一連の流れでした。コーナーキックでは、ショートコーナーをキーパーにキャッチされますが、カウンターを受けないように、金井と金森がキーパーの前に立ってスローインのコースを消す動きを見せました。日本がワールドカップでベルギー相手にアディショナルタイムで勝ち越しゴールを奪われたようなシチュエーションですよね。コーナーキックをキーパーにキャッチされてからのカウンターを未然に防ぐような泥臭いプレイ、こういったところは地味ですが良いプレイだなと思いました。
そして、さらに、この時、金井が前に出ているので、原が最終ラインに下がってサイドバックの位置に入り、金井は戻ってサイドハーフの位置で守備のブロックを組みます。相手キーパーのキックがこぼれて鳥栖ボールになると、原が一目散に右サイドハーフの高い位置を取って、金井とポジションチェンジをします。
まさに、この攻守の切り替えでの動きこそが戦術に沿った対応ですよね。監督から何をやりたいか、何をやるべきかという事がしっかりとチームに伝わっているからこそ、多少のポジションチェンジが発生しても、考えることなく体が動くシステマチックな対応が取れています。ドリブル、パス、シュートの精度は監督がいくら指示しても選手に任せるしかないのですが、ポジショニングや配置は監督に依って試合の進行に大きな影響を与えます。
ひとまず、今シーズン最大だと思われる難局を勝利という形で乗り越えることができました。直下の順位である清水、湘南に対して得失点差で優位に立っている事もかなりの追い風です。次節はマッシモ率いる名古屋が相手。もう忘れてしまうくらいに古い話のようですが、今シーズンの開幕戦はボッコボコにやられてしまいました。名古屋は、その後の試合も勝ち続けて開幕三連勝と素晴らしい船出を果たしたのですが、徐々に「最後は決めるだけ」が決まらなくなっていき、中央を固めてカウンターで対抗してくる相手に対して勝ち星を落とすようになり、最終的には監督解任という形になりました。
監督解任の結果、後任の監督はマッシモ。ボール保持によって、相手側のコートに押し込んで勝ち切ろうとしていたチームが、途端に中央を固めてカウンターで少ないチャンスをものにしようというチームへと生まれ変わろうとしています。
マッシモがサガン鳥栖の監督であったとき、我々はこのような言葉を言っていたはずです。
「マッシモの戦術がチーム内に浸透して勝利を挙げるためには時間が必要。」
あの時の、我々がシーズン序盤に勝てなかった時期を過ごしたのが戦術浸透に問題があったことを立証するためには、マッシモに勝つしかありません。
戦術浸透に時間が必要だったのではなく、単なる選手の質が劣っていたという話になるならば、これほど虚しいものはありません。(実際はイバルボの調子如何というところはあったのですが。)
ミョンヒ監督のサッカーは徐々にサガン鳥栖に礎として定着しつつあります。
監督交代でフットボールの変化に戸惑いを見せるマッシモグランパスに勝利し、残留への一歩を踏み出しましょう。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
・ チャンネル
センターバックとサイドバックの間のスペースの事
■ スタメン
出場停止のクエンカに代わって左サイドハーフには小野が入りました。右サイドハーフには福田に代わって原が入ります。福田とのプレイスタイルの違いで、一つ特徴を上げるとすれば、原の方が単騎突破に長けている事。彼がサイドで幅を取るという事は、単独でボールを受ける機会も多くなりますので、単騎突破のスキルがないと攻撃が行き詰まることになります。ミョンヒさんのチョイスが福田ではなく原であったのは、守備に重きを置いているようで、実は攻撃の配置と突破を優先したスタメン起用であったかのようにも考えられます。今シーズンの中盤戦で作り上げた「クエンカでボールキープしてアンヨンウで突破する」という形を考えると、「小野でボールキープして原で突破する」という同じ仕組みを実現できる気配を感じるスタメンです。
“クラブ事情”でAFC U-19選手権2020予選の代表を辞退した松岡はベンチにもはいっておらず。戦術上の問題なのか、はたまた怪我などのアクシデントが発生したのか。試合に出られなけいならば、代表の場を経験してもらいたかったところですが。そうもいかなかったのでしょう。
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■試合
試合開始当初は互いにイニシアチブを握ろうとする激しい動きでなかなかボールが落ち着かなかったのですが、中盤での競り合いを先に制した鳥栖がイニシアチブを握ります。
この試合での鳥栖は、前線のターゲットとなる豊田がスターティングではベンチという事で、ボール保持による前進を選択しました。最終ラインの2名が献身的に動く中美、永井のプレッシャーを受けるので、ボール保持における数的優位を作るために金井が絞ってサポートします。豊田がいないことで長いボールを蹴られても怖くない松本は、しっかりとしたプレッシャーをかけるべく、金井に対してセントラルハーフを前に出してでもボール保持を阻害しようとします。プレッシャーを受けた鳥栖は、長いボールを蹴るときにもそのターゲットはディフェンスラインの背後のスペース。高く押し上げてくる松本のディフェンスラインの背後を金崎、金森、小野が狙います。
右サイドは、サイドバックの金井がビルドアップで数的優位を作る絞る動きに連動するかのように、原は可能な限り高い位置を取り、サイドの幅を広く使って高橋を引き付ける動きを果たします。原が高い位置を取って高橋を引き付け、杉本が金井目がけてプレッシングをかける事で、3センターの脇のエリアにうまくスペースを作ることができます。いつもは左サイドの脇のエリアでクエンカ、三丸と数的優位を作るタスクを担っていた原川でしたが、この試合での配置によって出来上がるスペースを活用するべく、右サイドの脇を主戦場へと変え、ビルドアップの出口としてのキーマンとなっていました。
ビルドアップでうまく松本の2列目まで突破できると、今度はこのスペースを金井が利用します。ミョンヒさんが監督になってから右サイドバックに託されるパンゾーロールの動きですね。アウトサイドの高い位置に右サイドハーフを置いて、インナーラップでハーフスペースを蹂躙しようとする、ミョンヒさんの基礎戦略です。
右サイドの配置には副産物がありまして、原が高い位置で高橋を引き付ける事により、松本にボールを奪われてカウンター攻撃が始まっても、高橋が低い位置からのカウンター参画になるので攻撃のディレイを生みます。押しこむ前にボールを奪われた際には、最終ラインに下がっている金井がカウンター対応できるので、センターバック2名と合わせて実質3人が残って守備をすることになります。原がカウンターの出足の位置を下げさせて、後ろには金井が控えているという、ネガティブトランジションも考慮されている配置でした。
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ポジショニング(配置)をある程度固定化して、ロジックによってスペースを作り出していた右サイドとは対照的に、左サイドは小野と三丸が流動的にポジションを変えながら松本の守備組織の破壊を狙います。攻撃のタクトは小野が握っておりまして、最終ラインのボール保持のサポート、アウトサイドへの引き付け、ハーフスペースへの侵入、ウイングバックの裏に抜ける動き、金崎をポスト、三丸をデコイとして活用しながら、非常に流動的に松本のディフェンスに守備組織に揺さぶりをかけていました。その動きの中でも際立ったのが、逆サイドのスペース(セントラルハーフの脇のスペース)の利用。小野がボールをもって松本のセントラルハーフを引き付けてから、逆サイドに入ってくる金井や原に正確なボールを送りこんでいました。小野にはある程度の自由を任せられていますが、活用するスペースの意思はチームとして統一されています。
目立ちませんが、ジョンスのポジショニングも地味に効いてました。ジョンスはビルドアップ時には松本のツートップの間のスペースでセンターバックから縦にボールを受けられるポジションを取っており、ある程度固定化されたエリアでのビルドアップ参画でした。この位置にポジションを取るという事は、配置上、松本は必然的に藤田がジョンスに着くという事になり、ジョンスがツートップの間にいる以上は、センターバックから縦に入るボールを無視するわけにはいかないので、藤田がジョンスの周りから動きずらくなります。ある意味、藤田をピン留めして彼の運動量を消してしまっている状態です。
実質、藤田は前節のC大阪戦は12.1km、その前の鹿島戦は11.9kmのトラッキングを残しているくらい運動量豊富に中盤を制圧するのですが、この試合では(82分で退いたので90分換算で)10.6kmのトラッキングとなっています。いつもの藤田に比べると、彼が運動量を活用して回収業者のように、中盤のいたるところでボールを奪取する動きがとれていたとは言い難いスタッツとなっています。
そういう意味では、中盤を動き回ってゲームメイクをこなす松岡だと、藤田に捕まえられてしまって彼の持ち味が発揮できない可能性はありました。ジョンスは、プレッシャーをしかけて相手が蹴っ飛ばしたロングボールをはじき返したり、サイドバックーセンターバック間のスペースに入る最終ラインのカバーリングも役割としてあったので、ジョンスのストロングポイントをうまく活用した配置だったのかなという所ですね。左サイドの守備に入った時のポジショニング的に、ジョンスの位置でマッチアップするのがパウリーニョだと考えると、高さやパワーで押し切られないように、松岡ではなくジョンスを起用した意図もうかがえます。鳥栖の自陣近くではパウリーニョをマンマーク的な動きを見せることもありましたしね。
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鳥栖の守備ですが、プレッシング対応とブロッキング対応を上手に使い分ける形をとっていました。まずはプレッシング対応ですが、3バックでビルドアップをする松本に対して、鳥栖はサイドハーフを上げて同数プレッシングをしかけます。その時、松本のウイングに対しては、サイドバックを上げて対応するのではなく、ウイングバックに出されないようにコースを消しながらプレッシングをするような対応をとりました。なるべく中央に寄せて3―3のブロックで押し込み、松本の前線に高さがないため、最後は蹴らせても構わないという形です。ウイングバックに対してサイドバックが出てしまうと、裏のスペースに放り込まれる危険性が生まれるので、どちらのリスクを対処するかという選択上、サイドのスペースを消すべく後ろに構えるという選択を多く取った形に見えました。
松本の切り崩し策としては、永井が起点となってボールを受ける形と、杉本の突破力。特に杉本は、鳥栖が同数でくるところをしっかりと剥すことによって、鳥栖の最終ラインが前に出てこざるを得ない状況を多く作り出していました。63分の杉本のゴール前で3人を剥して突進してきたシーンは圧巻で、ホント肝を冷やしましたね。この時、4人目の刺客としてゴール前でスライディングによってボールを奪ったのが金崎で、非常に素晴らしいプレイだったのですが、金崎がこの位置に下がっていたということは、鳥栖が後半に押し込まれていたことを示します。フォワードの選手が戻ってこなければならない状況というのは、相手がセンターバックを削ってでも攻撃をしかける事の出来る配置を示します。
掻い潜られてアタッキングサードに侵入された鳥栖は、ミョンヒさんに代わってからはあまり見られない形であった、原をアウトサイドに落として、最終ラインを5枚でブロックを組む形にシフトします。松本が鳥栖の陣地に侵入してくるにしたがって、4-3-3プレッシング⇒4-4-2ブロッキング⇒5-3-2ブロッキングと形を変えていく、可変システムの採用です。この仕組みにすることによって、松本のウイングに対してしっかりと人をつけることができ、サイドバックとセンターバックの間のスペースを圧縮して、そのエリアに侵入してこようとするセカンドトップをしっかりと見ることができます。
更に、そこからウイングバックが引いてボールを受ける動きを見せ、鳥栖のウイングバック(原、三丸)がついて中央とのスペースを作られると、そのスペースを3センターが埋める役目を果たしていました。特に後半は、この形が多くなってしまったため、押し込まれた状態では6バック気味になってしまうことも多々ありました。前述の金崎の動きのように、ボランチが下がるという事は、そのスペースを埋めるためにはフォワードが戻ってこなければなりません。そうするとカウンターにでる機会やセカンドボールを拾える機会が徐々に減ってくることになります。それでも、最終ラインに人をかけてしっかりと守り切るという戦術をこの試合ではとりました。
ちなみに、マリノス戦のレビューで、後ろを5枚にしてしまうと、どうしてもカウンターに出ていくときの迫力に欠けるので、最終ラインを4人で守り切って、カウンターの人数にパワーをかける采配をしているからこそ失点も増え、ウノゼロの哲学はいまのサガン鳥栖にはなく、「先に点を取って突き放す」「取られたら取り返す」のフットボールに転換している…旨の所感を書いたのですが、ものの見事に裏切られました(笑)敵を欺くにはまずはサポーターからですね(笑)
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セットプレイで幸先よく先制点を挙げた鳥栖は、ボール保持戦略を継続。松本は、鳥栖のボール保持を抑え込むために、最終ラインに人は残しつつ、2トップ+3センターをプレッシングに当てはめようとするのですが、ボール保持にこだわる鳥栖はキーパーの高丘や、気を見て下りてくる小野を活用して、数的不利の状況を打開するべく惜しげもなくビルドアップに人数をかけてきます。
23分には大分トリニータバリの疑似カウンターを発動。じわりじわりとプレッシャーをしかけてくる松本のプレッシング隊に対して、高丘までボールを下げて相手を引き付け、縦関係にフォローに入ってボールを引き出した小野が、今回のターゲットである右サイドのハーフの脇のスペースに陣取る原川にボールを送り込むことによって、松本の守備は最終ラインの5人だけという状態を作りあげました。ここからはディフェンスの裏に入り込む金崎が起点となってボールを引き出し、相手を押し込んだ状態で再びボールを受けた原川がクロス。まさに、この試合で鳥栖が成し遂げたかった攻撃がこのシーンに集約していたのではないでしょうか。
ただボールをもって押しこむだけでは、相手もブロックを組んで隙を見せてくれません。相手にボールが奪えるのではないか、奪えればすぐにチャンスになるのでは、という期待を持たせることで相手はリスクを冒して前に出てくる動きを見せます。高丘まで使ってボールを保持するのは、松本にハーフコートでディフェンスをさせるのではなく、フルコートでのディフェンスを強いる事によって、鳥栖がみずからイニシアチブをもってスペースを作り上げようとすることにつながります。効果的な攻撃をするためにはやはりリスクをかけることが必要です。自陣の深い位置まで相手をおびき寄せ、そして可能性を感じるクロスをあげるまで、しっかりとビルドアップで破壊した攻撃は、ミョンヒ監督のこの戦術に対する強い意志を感じた攻撃でした。
押し込まれる場面はあったものの、うまくリードしたまま試合を続け、67分には豊田を投入。豊田を投入したことにより、前線のプレッシングに勢いが戻りました。彼がコースを切りながらの守備ができるので、相手のミスキックも誘発できます。71分は豊田らしいプレイで、守田にボールが戻った瞬間に、左サイドを切りながら守田に対してのプレッシャーをしかけます。このプレッシャーを見て、小野、ジョンス、三丸がパスコースにいる選手に対してしっかりと人を捕まえる動きを行えたことによって、守田がパスを出すコースが制限でき、キックミスによって松本の攻撃の機会を奪い取ることに成功しました。
危なげなく試合をクロージングさせ、残留争いの分水嶺となる試合をウノゼロでの勝利をあげたサガン鳥栖。試合後に響き渡るマイノリティがこの試合の勝利の意味を語っていたのではないでしょうか。
■おわりに
この試合のMVPはミョンヒ監督でしょう。相手からスペースを奪い、そして相手にはスペースを与えない、ロジカルなポジショニング(配置)でイニシアチブをもって試合をコントロールすることができました。
プレイヤーで言うと、様々な役割をこなした原の存在は大きかったですね。彼のこの試合の一番のタスクはポジショニング。味方のためのスペースを作り、相手の攻撃を未然に防ぎ、最終ラインのスペースを消す守備のバランスを取る役割をしっかりとこなしていました。無論、ポジショニングだけでなく、右サイドでボールを受けてからの単騎突破も非常に威力を発揮しました。33分には、原がアウトサイドでボールを受けると単騎突破で高橋を剥し、ゴール前にグラウンダーのクロスを上げるシーンもありました。
チーム全体が勝利のために組織として動けているなと思ったのが25分からの一連の流れでした。コーナーキックでは、ショートコーナーをキーパーにキャッチされますが、カウンターを受けないように、金井と金森がキーパーの前に立ってスローインのコースを消す動きを見せました。日本がワールドカップでベルギー相手にアディショナルタイムで勝ち越しゴールを奪われたようなシチュエーションですよね。コーナーキックをキーパーにキャッチされてからのカウンターを未然に防ぐような泥臭いプレイ、こういったところは地味ですが良いプレイだなと思いました。
そして、さらに、この時、金井が前に出ているので、原が最終ラインに下がってサイドバックの位置に入り、金井は戻ってサイドハーフの位置で守備のブロックを組みます。相手キーパーのキックがこぼれて鳥栖ボールになると、原が一目散に右サイドハーフの高い位置を取って、金井とポジションチェンジをします。
まさに、この攻守の切り替えでの動きこそが戦術に沿った対応ですよね。監督から何をやりたいか、何をやるべきかという事がしっかりとチームに伝わっているからこそ、多少のポジションチェンジが発生しても、考えることなく体が動くシステマチックな対応が取れています。ドリブル、パス、シュートの精度は監督がいくら指示しても選手に任せるしかないのですが、ポジショニングや配置は監督に依って試合の進行に大きな影響を与えます。
ひとまず、今シーズン最大だと思われる難局を勝利という形で乗り越えることができました。直下の順位である清水、湘南に対して得失点差で優位に立っている事もかなりの追い風です。次節はマッシモ率いる名古屋が相手。もう忘れてしまうくらいに古い話のようですが、今シーズンの開幕戦はボッコボコにやられてしまいました。名古屋は、その後の試合も勝ち続けて開幕三連勝と素晴らしい船出を果たしたのですが、徐々に「最後は決めるだけ」が決まらなくなっていき、中央を固めてカウンターで対抗してくる相手に対して勝ち星を落とすようになり、最終的には監督解任という形になりました。
監督解任の結果、後任の監督はマッシモ。ボール保持によって、相手側のコートに押し込んで勝ち切ろうとしていたチームが、途端に中央を固めてカウンターで少ないチャンスをものにしようというチームへと生まれ変わろうとしています。
マッシモがサガン鳥栖の監督であったとき、我々はこのような言葉を言っていたはずです。
「マッシモの戦術がチーム内に浸透して勝利を挙げるためには時間が必要。」
あの時の、我々がシーズン序盤に勝てなかった時期を過ごしたのが戦術浸透に問題があったことを立証するためには、マッシモに勝つしかありません。
戦術浸透に時間が必要だったのではなく、単なる選手の質が劣っていたという話になるならば、これほど虚しいものはありません。(実際はイバルボの調子如何というところはあったのですが。)
ミョンヒ監督のサッカーは徐々にサガン鳥栖に礎として定着しつつあります。
監督交代でフットボールの変化に戸惑いを見せるマッシモグランパスに勝利し、残留への一歩を踏み出しましょう。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
・ チャンネル
センターバックとサイドバックの間のスペースの事
Posted by オオタニ at
16:18
│Match Impression (2019)
2019年11月06日
2019 第30節 : サガン鳥栖 VS 横浜F・マリノス
2019シーズン第30節、横浜F・マリノス戦のレビューです。
■ スタメン
前節からツートップがそっくり入れ替わって、金崎・豊田コンビから小野・金森コンビへと変更になりました。金崎は出場停止で仕方ないとして、試合開始からロングボールをチアゴ・畠中コンビと真っ向勝負で競り合うよりは、まずは金森と小野のスプリントでマリノスの高いラインの裏をついて相手を走らせる形を取り、後半の勝負所で豊田を投入してからの勝負という考えだったのでしょう。実際に、後半になって豊田が登場したことにより、豊田がフレッシュな状態で競り合えるので、押し込むためのひとつの立役者となりました。
アンヨンウがベンチに入っていなかったのは気になる所。ケガなのか、それとも戦術上の検討の結果、チアゴアウベスと同タイプの選手をベンチに入れることを良しとしなかっただけなのか。
--------------
■ 試合
鳥栖は磐田戦と同様、前線の高い位置からプレッシャーをしかけます。ボール保持を原則とするマリノス攻撃陣に福田、クエンカの両者がともに高い位置を取って相手を窮屈にするシーンが多く見られました。マリノスは最終ラインでの保持が危うくなって、ボールが思うように前に出てこない場合は、サイドバックが下がってでもボール保持の継続を試みます。マリノスのビルドアップは鳥栖のツートップに合わせるように3-4-3でスタートしますが、鳥栖がサイドハーフを使ってプレッシャーに出てくるので、数的不利を受けないように人数を合わせる策を取り、最終的には5-2-3に変化してでもボール保持を試みました。逆に言うと、相手が下がるので後ろを気にするよりは前に出ていこうとする推進力が高まり、福田もクエンカも、どちらのサイドでもサイドハーフがプレッシャーをかけるという選択ができていました。
この形で鳥栖にとってのメリットは、前線でプレッシャーをかけた結果、中盤にボールを出させてその位置で網を張っている鳥栖のインサイドハーフがボールを奪えた時、プレッシャーをかけている4人が前残りしているため、すぐに人数を厚めに攻撃に転じられる事です。特にサイドの福田とクエンカが、ポジティブトランジションの瞬間にサイドバックの裏のスペースを狙っていけるので、奪って即時にボールを出せるとビルドアップの手間なく相手陣地に押し込める事につながります。実際に、前半の鳥栖は、ポゼションは取られてはいましたが、ボールを奪うと同時に高い位置を取るサイドバックの裏のスペースに幾度となく早めにボールを出して攻撃をしかけることができていました。そのことによって、マリノス守備陣を「精神的なプレッシャーを感じながら」走らせるという、ボディブローのように疲労を蓄積させていくことにはつながったかと思います。後半の猛攻に向けた、ある意味で言う仕込みですね。
カウンターのみならず、鳥栖の攻撃は高い位置を取るサイドバックの裏のスペースをよく活用していました。中央から下がってきた小野が受けてから、前を向いての左右の展開など、豊田を軸としたセカンドボールを拾う攻撃とはまた異なる形づくりで、同じ長いボールでも、豊田という「人」に向けたボールではなく、「スペース」に向けたボールを活用しての前進を図っていました。サイドでボールキープしてからは、ペナルティ脇からのクエンカのクロス、シュート、そこから裏に抜けた原川のシュートなどの地上戦を駆使した攻撃が機能していました。
相手との関係もあるので単純ではないのですが、スタッツもその内容を表していて、
磐田戦前半:
ロングボール25本(成功率32%)
クロス12本(成功率17%)
マリノス戦前半:
ロングボール36本(成功率53%)
クロス8本(成功率12%)
という結果になっています。実は、豊田がスタメンで前線に張っている磐田戦よりもロングボールを活用しているのです。マリノスのプレッシャーが強くて、ボールをつなぐよりは簡単に蹴っ飛ばしたという事もありますが(それは磐田戦も同じとして)、ボールを奪うと同時に、裏のスペースに対して長いボールを出して、金森、小野、クエンカ、福田がしっかりとスプリントしていたシーンも多数ありました。当然のことながらマリノスディフェンスを走らせたという事でもあります。ただし、それはボールの前進に活用しただけで、肝心のゴール前では高さのある選手がいないので、クロスではなく、地上戦での戦いを挑んだという事もスタッツに見て取れますね。マリノス戦に対する戦術を十分に仕込まれた結果が数字で見て取れます。
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マリノスのビルドアップの出口の作り方は、鳥栖のサイドハーフの位置関係を見てから決めます。最終ラインに数的優位を作るので、鳥栖としては人数不足をポジショニングと走力で補わなければなりません。走力で補うとなると、ボールが動くことによってポジションを変えなければならなくなるので、執拗にスライドしたとしてもかならず選手間のスペースは生まれます。
マリノスはボールを保持しながら、選手間のポジションチェンジでその間のスペースができるのを待ち、縦パスが入れられるタイミングで効果的にその間のスペースを活用しました。ウイング+サイドバック+1(ボランチもしくはマルコス)で作る三角形は非常に脅威で、外から中、中から外に動きをつけることで鳥栖の守備を巧みに誘導していました。昨年までのいわゆる偽サイドバックのポジションを取るのみならず、その位置から連動して動くことでいかにしてパスコースを作るかという動きを丁寧に繰り返していました。特に利用したのはサイドハーフとサイドバックの間のスペースでしょうか。サイドハーフが前に出てくるので、必ず背後にはスペースが生まれます。そこはマリノスの一つの狙いどころでした。
鳥栖の前線(フォワード+サイドハーフ)の動きを見て2列目のポジションを変えるマリノスに対して、鳥栖は前線がスクリーンをかけた間のスペースで受ける選手を狙い撃ちにしたいところ。これにより、マリノスの2列目の動きを見てポジションを変える鳥栖の2列目+サイドバックという互いの動きを想定しながら自らの形にはめ込もうとする構図の勝負になりました。
鳥栖がボールを狩れたポイントは、原川と松岡のエリア。前線がプレッシャーをかけてもマリノスは蹴るくらいならばつなぐ対応を取るので、必ず前方のスペースを狙ってつないできます。そのスペースで受ける選手に対して、前線(ツートップ+サイドハーフ)のスクリーンに合わせて松岡、原川がうまくポジションを取れた時がボールの狩れるタイミングとなっていました。原川、松岡がボールを奪ってからすぐに福田、クエンカに渡してショートカウンターを狙うシーンは前半から何度も見せてくれました。
鳥栖としてひとつ厄介だったのがマルコスの存在。本来ならば、2列目に出てくるパスのほこ先としては、マリノスのウイングに鳥栖のサイドバック、マリノスのボランチに鳥栖のボランチという形で自分のマッチアップの相手がある程度明確であるのですが、そこに招かれざる客であるマルコスが顔を見せてきます。
鳥栖としてはパスコースを読んで、スペースに対しての動き出しで先手を取り取りたいのですが、マルコスが鳥栖の選手が動いたあとのスペースを使おうとする動きを見せるので、単純にボールの動きに合わせて鳥栖の選手が出ていくことに躊躇するケースが出てきます。守備の選択を強いられているということです。
特に、ウイングの上下動に対して金井、三丸は、出ていくタイミングを計るのが難しかったと思います。自分が出ていこうとすると、片目の端っこに、動いた後のスペースを狙っているマルコスが見えるのです。恐怖以外の何物でもないですよね(笑)
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マリノスはボール保持に固執するのは当然として、では、鳥栖にプレッシャーで追い詰められて、どうしても蹴らなければならない時にどこに蹴るのかというと、ウイングの選手に対するボールを多用しました。
その心はというと、鳥栖はサイドハーフが前に出てくるので、サイドバックとサイドハーフとの間にギャップが生まれます。鳥栖のサイドバックとマリノスのウイングが長いボールを競ったこぼれ球がスペースに落ちた時に、マルコスジュニオールが拾うという形を作る狙いはひとつあったかと。
もしくは、サイドバックがウイングにマーキングにつくために列を上げたとき、その裏のスペースが出来るので、競走させるかのように走らせるケースもありました。金井がバックステップで長いボールに対してヘディング対応するケースは多く見られたので、マテウスのサイドに蹴るボールが多かったかと思います。攻撃のスイッチも畠中、ティーラトンのサイドが多かったですしね。
いずれにしても長いボールのねらい目はサイドでありまして、前節の磐田のように、中央の強い選手一辺倒とはまた異なる狙い方ですよね。戦術的配置、役割が異なると長いボールでも蹴るポイントが変わることが見て取れます。
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今シーズンの鳥栖の守備の根本的な課題であるセンターバックとサイドバックとの間のスペース(通称チャンネル)。この距離の適正さ加減、ポジションのとり方が守備のポイントであり、今シーズンはこの距離の設定ミスによって失点を喫してしまうケースがかなり多いです。
マリノスの攻撃戦術そのものが、このチャンネルをいかに使うかという戦術でもあり、前半開始早々、立て続けに祐治と金井の間のスペースにパスを通そうという試みを受けてますし、マテウスのシュートもサイドバックをアウトサイドに引き付けて、センターバックとの間を狙ったことからもそのことが伺えます。
このゴール前のセンターバックとサイドバックの間のスペースは、ドリブル、パス、クロス、シュート、いかなる場面でも利用できるスペースとなりえるものです。鳥栖がこの試合でも突き付けられたのは、サイドで幅を取る両ウイングであるマテウスと遠藤への対応。幅を取る選手に対するサイドバックの選手がとるべきポジショニングが、この試合のキーポイントとなりました。
マリノスの先制点がずばりこのスペースを活用されたものなのですが、まずは、ビルドアップの狙い通りに、サイドハーフの裏のスペースでマルコスが受けます。(松岡は喜田を捉えに行きますが、逆を突かれた形になりました。)マルコスがボールを受けた後、祐治と金井の間のスペース(チャンネル)に対してマテウスが入ってこようとするので、金井はこのスペースを空ける事を良しとせず、アウトサイドに構えるティーラトンにとの距離を離す代わりにセンターバックとの間のスペースを詰めます。
ところが、マテウスに対して祐治も詰めていき、福田が(素晴らしい)スプリントで戻ってきたために、このスペース(及び入ってくる2人の選手)の対応として、鳥栖は3人も費やしてしまう事になります。この動きによって、アウトサイドのティーラトンが完全にフリーになりました。
そして、クロスが上がる前、エリキがニアサイドへのスプリントを見せます。この動きを当然捨てるわけにはいかないので、秀人はクロスに備えて、エリキに対してついていきます。三丸の選択は、ファーサイドに遠藤がポジションを取っているので、秀人とのスペースを詰めるようにスライドするのではなく、やや遠藤の方に寄せる形でポジションを取ります。スペースとプレイヤーとのどちらに比重を置くかというところで、相手のプレイヤーの方にやや比重を寄せた形です。そうすると、当然のことながら秀人と三丸との距離が生まれるために、そこにスペースが出来上がることになります。
マリノスとしては、狙いどころであるこのスペースを見逃さず、早いクロスを入れてきました。大外からスピードに乗って入ってくる遠藤と、遠藤を見て動き出した三丸とのスピード勝負になると、当然のように遠藤に軍配が上がり、先制点のゴールを喫してしまう事になりました。人に対してクロスを合わせるのではなく、チャンネル攻略という意思疎通ができているからこそ、このスペースに遠藤も躊躇なく入ってきてうまく合わせる事ができました。ただし、このダイレクトで合わせたシュートはかなり秀逸で、あの早いクロスをダイレクトで合わせてしかもキーパーを弾くほどの強いシュートを枠内に飛ばすことができるのは、まさに個人の技術能力ですよね。戦術と技術がうまくマッチしたゴールでした。
さて、みなさんは、このシーンに見覚えがないですか?実は、磐田戦のアダイウトンのバイシクルシュートのゴールと同じ形で崩されているのです。あのシーンも、鳥栖の右サイドに人を寄せられて、逆サイドのアウトサイドに大南を配置して三丸が動けないようにして秀人とのスペースを広げ、そこにクロスを入れられて外から入ってくる大南に先に触られてしまったことによってシュートにつなげられてしまいました。サガン鳥栖を攻略するには、チャンネルを攻略すればよいというのは、今シーズンの失点のパターンから見ても、各チームの分析結果(情報)は十分に整っていることでしょう。
このタイプの失点を防ぐ確率を上げるのは非常に簡単で、サイドハーフもしくはボランチを落として後ろを5枚にして、センターバックーサイドバック間のスペースを埋める手立てを取る事です。この策を講じたのが、先にリードしてディフェンスラインに選手を入れる事によって後半25分間を耐え抜くという策を取ったユンジョンファン監督でもあり、サイドハーフの走力を生かしてサイドバックのアウトサイドに落とす守備組織を採用したマッシモ監督でもあります。
しかしながら、後ろを5枚にしてしまうと、どうしてもカウンターに出ていくときの迫力に欠ける。どちらかに比重を寄せると、ストロングポイント、ウィークポイントは必ず出てくるので、天秤の支柱をどこの位置に置くかというところですよね。ミョンヒ監督で得点が取れているのは、後ろにパワーをかけるのではなく、最終ラインを4人で守り切って、カウンターの人数にパワーをかける采配をしているからです。だからこそ失点も増えます。ウノゼロの哲学はいまのサガン鳥栖にはありません。「先に点を取って突き放す」「取られたら取り返す」のフットボールに転換しているのです。
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2失点目はミスが連鎖しました。コーナーキックのこぼれ球をゴール前で拾った秀人が中途半端な形になってのパスミス、裏のスペースのカバーに入った原川がいったんボールはキープするもののつなぎのボールをマテウスにひっかけられてボールロスト、このこぼれ球に対して飛び出した高丘の判断ミス、エリキに一番近いポジションにいた祐治がプレッシャーをかけるのではなくゴールマウスを守るという選択でフリーに、マテウスにさらわれて高丘が飛び出している状況で松岡の足も止まっていてシュートブロックも届きませんでした。
さらに、この狭いエリアに対してエリキが素晴らしいコントロールでシュートを放って左上の隅にしっかりとゴールを決めました。
誰か一人の問題という事でなく、全体のミスの連鎖でシュートチャンスを与えてしまい、さらに相手選手のコントロールが素晴らしかったので、ざっくりいうと、あきらめるしかないです(笑)戦術的なところというよりは、個人の判断ミスの部分が大きかったかなと思います。
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マリノスのサイドハーフの裏のスペースの攻略に対して鳥栖がアジャストしてきたのは、25分頃からでしょうか。開始序盤はサイドハーフを上げての前線3人でのプレッシングだったのですが、前線はフォワード2名でのプレッシングを継続するものの、サイドハーフはややコースを切りながら制約をかける形への守備に変わりました。その代わり、マリノスの最終ラインに対して同数でプレッシャーをかける必要がある場合には時折ボランチが出ていく形で迫ります。守備の基準点のプレッシングのエリアのテーラリングですね。
これで、ハーフスペースに絞って入ってくるサイドバックへのパスコースを断ち切りながらの守備へとなって、マリノスが縦にパスを出すコースにさらに制限を加えるようになりました。前半から、プレッシングをしていくものの、マリノスがあきらめて蹴っ飛ばす機会も少ないので、いかにして縦に出たところでボールを狩るかという視点から見ると、出し先に制限を加えた方が確実性は上がります。
さらに、自分が出て行った事によってその裏のスペースを使われて、前に出て行ったはいいものの今度は大急ぎで戻らなければならないことを繰り返していたので、スクリーニングする守備への転換で体力面でもここは一息つけたかもしれません。組織としての守備がようやくマリノスの攻撃スピードにテーラリングできてきました。その時までに2失点を喫していたのはちょっともったいなかったですね。
後半に入ってから、鳥栖が徐々に決定的チャンスを作り始めます。前半と変わらずにマリノスがボールを保持して、鳥栖がカウンターでチャンスを伺うという展開ではありましたが、体力の衰えとともにマリノスのパス精度が低下し、さらに鳥栖の攻撃に対して戻る体力が失われていきます。豊田の投入によって、これまでは裏へのボールへの対応のみだったのが、直接のエアバトルという新たなデュエルが発生したこともマリノスの守備陣の精神力をそいでいきました。更に、豊田の良いところは、前線からのプレッシングで、相手に方向を定めさせるようなプレッシングができる事です。これによって、守備側が抑えるべき選択肢が減ることにも繋がります。
そして追い上げムードの火付けとなるゴールが生まれます。後半に入って、縦に早い攻撃から両サイドの横の揺さぶりを小野が仕掛けてきたのですが、その小野から右サイドへ長いボールが送られます。ワイドのポジションで福田がキープしたタイミングでサイドバックが寄せてくるのですが、マリノスのセンターバックは中央を守ることを選択してスライドしてきませんでした。センターバックーサイドバック間、先ほどのチャンネルと呼ばれるエリアに大きなスペースを作ります。この位置に飛び込んできたのは金井でした。福田からボールを受け取ってマイナスのクロス。決めたのは原川でした。鳥栖が前半に利用されたスペースを今度は鳥栖が使って得点をするという、非常に大事なエリアであることがわかるゴールシーンです。
ミョンヒ監督は、1点差に迫るゴールによる勢いの増加と、マリノスの攻撃の停滞を想定し、右サイドの福田に代わってより攻撃的な役割を担えるチアゴアウベスを投入します。左サイド三丸、右サイドチアゴアウベスと、両ワイドに選手を配置して横幅を使う事によって、マリノスの守備陣にスライドによって生じる穴をねらいます。さらに前からのプレッシングにエンジンがかかった鳥栖は、プレッシングから得た間接フリーキックを起点としてコーナーキックのチャンスを得て、76分には豊田のヘッド。惜しくもバーに当たってゴールとはならず。84分にはチアゴのカットインからのシュートで得たコーナーキックで豊田がニアサイドからそらすもパクが好セーブ。惜しくも最後まで同点ゴールを挙げる事はできませんでした。
■ おわりに
勝ち点を取れなかった試合ですが、ひとつの光明は、高丘の好セーブがあげられるのは間違いないでしょう。
完璧に崩された先制点、そしてミスによる連続失点と、前半早々に2点リードをつけられて、ともすれば大量失点にもつながりかねない状況だったのですが、27分のマルコスの決定機の阻止とともに高丘に自信が戻り、63分の飛び出しや、アディショナルタイムのエリキ、遠藤のシュートに対する立て続けの好セーブなど、訪れたすべてのピンチの場面でしっかりとしたセービングを見せてくれました。
サガン鳥栖は得失点差は良くないものの、清水や湘南に対しては何とか優位な状況であるため、失点の有無が最後の順位に大きく響く可能性はまだあります。ここからの4試合は90分間x4ではあるのですが、得失点的には360分間の試合であるという認識で、ひとつひとつのプレイを大切にしてほしいなと思います。そのプロセスを経たうえで結果がでなければあきらめるしかないですが、集中力を欠いた失点による得失点差で降格が決まったとしたら、いくら悔いても悔やみきれません。1得点、1失点を大事に残り4試合を戦ってほしいなですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
・ チャンネル
センターバックとサイドバックの間のスペースの事
■ スタメン
前節からツートップがそっくり入れ替わって、金崎・豊田コンビから小野・金森コンビへと変更になりました。金崎は出場停止で仕方ないとして、試合開始からロングボールをチアゴ・畠中コンビと真っ向勝負で競り合うよりは、まずは金森と小野のスプリントでマリノスの高いラインの裏をついて相手を走らせる形を取り、後半の勝負所で豊田を投入してからの勝負という考えだったのでしょう。実際に、後半になって豊田が登場したことにより、豊田がフレッシュな状態で競り合えるので、押し込むためのひとつの立役者となりました。
アンヨンウがベンチに入っていなかったのは気になる所。ケガなのか、それとも戦術上の検討の結果、チアゴアウベスと同タイプの選手をベンチに入れることを良しとしなかっただけなのか。
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■ 試合
鳥栖は磐田戦と同様、前線の高い位置からプレッシャーをしかけます。ボール保持を原則とするマリノス攻撃陣に福田、クエンカの両者がともに高い位置を取って相手を窮屈にするシーンが多く見られました。マリノスは最終ラインでの保持が危うくなって、ボールが思うように前に出てこない場合は、サイドバックが下がってでもボール保持の継続を試みます。マリノスのビルドアップは鳥栖のツートップに合わせるように3-4-3でスタートしますが、鳥栖がサイドハーフを使ってプレッシャーに出てくるので、数的不利を受けないように人数を合わせる策を取り、最終的には5-2-3に変化してでもボール保持を試みました。逆に言うと、相手が下がるので後ろを気にするよりは前に出ていこうとする推進力が高まり、福田もクエンカも、どちらのサイドでもサイドハーフがプレッシャーをかけるという選択ができていました。
この形で鳥栖にとってのメリットは、前線でプレッシャーをかけた結果、中盤にボールを出させてその位置で網を張っている鳥栖のインサイドハーフがボールを奪えた時、プレッシャーをかけている4人が前残りしているため、すぐに人数を厚めに攻撃に転じられる事です。特にサイドの福田とクエンカが、ポジティブトランジションの瞬間にサイドバックの裏のスペースを狙っていけるので、奪って即時にボールを出せるとビルドアップの手間なく相手陣地に押し込める事につながります。実際に、前半の鳥栖は、ポゼションは取られてはいましたが、ボールを奪うと同時に高い位置を取るサイドバックの裏のスペースに幾度となく早めにボールを出して攻撃をしかけることができていました。そのことによって、マリノス守備陣を「精神的なプレッシャーを感じながら」走らせるという、ボディブローのように疲労を蓄積させていくことにはつながったかと思います。後半の猛攻に向けた、ある意味で言う仕込みですね。
カウンターのみならず、鳥栖の攻撃は高い位置を取るサイドバックの裏のスペースをよく活用していました。中央から下がってきた小野が受けてから、前を向いての左右の展開など、豊田を軸としたセカンドボールを拾う攻撃とはまた異なる形づくりで、同じ長いボールでも、豊田という「人」に向けたボールではなく、「スペース」に向けたボールを活用しての前進を図っていました。サイドでボールキープしてからは、ペナルティ脇からのクエンカのクロス、シュート、そこから裏に抜けた原川のシュートなどの地上戦を駆使した攻撃が機能していました。
相手との関係もあるので単純ではないのですが、スタッツもその内容を表していて、
磐田戦前半:
ロングボール25本(成功率32%)
クロス12本(成功率17%)
マリノス戦前半:
ロングボール36本(成功率53%)
クロス8本(成功率12%)
という結果になっています。実は、豊田がスタメンで前線に張っている磐田戦よりもロングボールを活用しているのです。マリノスのプレッシャーが強くて、ボールをつなぐよりは簡単に蹴っ飛ばしたという事もありますが(それは磐田戦も同じとして)、ボールを奪うと同時に、裏のスペースに対して長いボールを出して、金森、小野、クエンカ、福田がしっかりとスプリントしていたシーンも多数ありました。当然のことながらマリノスディフェンスを走らせたという事でもあります。ただし、それはボールの前進に活用しただけで、肝心のゴール前では高さのある選手がいないので、クロスではなく、地上戦での戦いを挑んだという事もスタッツに見て取れますね。マリノス戦に対する戦術を十分に仕込まれた結果が数字で見て取れます。
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マリノスのビルドアップの出口の作り方は、鳥栖のサイドハーフの位置関係を見てから決めます。最終ラインに数的優位を作るので、鳥栖としては人数不足をポジショニングと走力で補わなければなりません。走力で補うとなると、ボールが動くことによってポジションを変えなければならなくなるので、執拗にスライドしたとしてもかならず選手間のスペースは生まれます。
マリノスはボールを保持しながら、選手間のポジションチェンジでその間のスペースができるのを待ち、縦パスが入れられるタイミングで効果的にその間のスペースを活用しました。ウイング+サイドバック+1(ボランチもしくはマルコス)で作る三角形は非常に脅威で、外から中、中から外に動きをつけることで鳥栖の守備を巧みに誘導していました。昨年までのいわゆる偽サイドバックのポジションを取るのみならず、その位置から連動して動くことでいかにしてパスコースを作るかという動きを丁寧に繰り返していました。特に利用したのはサイドハーフとサイドバックの間のスペースでしょうか。サイドハーフが前に出てくるので、必ず背後にはスペースが生まれます。そこはマリノスの一つの狙いどころでした。
鳥栖の前線(フォワード+サイドハーフ)の動きを見て2列目のポジションを変えるマリノスに対して、鳥栖は前線がスクリーンをかけた間のスペースで受ける選手を狙い撃ちにしたいところ。これにより、マリノスの2列目の動きを見てポジションを変える鳥栖の2列目+サイドバックという互いの動きを想定しながら自らの形にはめ込もうとする構図の勝負になりました。
鳥栖がボールを狩れたポイントは、原川と松岡のエリア。前線がプレッシャーをかけてもマリノスは蹴るくらいならばつなぐ対応を取るので、必ず前方のスペースを狙ってつないできます。そのスペースで受ける選手に対して、前線(ツートップ+サイドハーフ)のスクリーンに合わせて松岡、原川がうまくポジションを取れた時がボールの狩れるタイミングとなっていました。原川、松岡がボールを奪ってからすぐに福田、クエンカに渡してショートカウンターを狙うシーンは前半から何度も見せてくれました。
鳥栖としてひとつ厄介だったのがマルコスの存在。本来ならば、2列目に出てくるパスのほこ先としては、マリノスのウイングに鳥栖のサイドバック、マリノスのボランチに鳥栖のボランチという形で自分のマッチアップの相手がある程度明確であるのですが、そこに招かれざる客であるマルコスが顔を見せてきます。
鳥栖としてはパスコースを読んで、スペースに対しての動き出しで先手を取り取りたいのですが、マルコスが鳥栖の選手が動いたあとのスペースを使おうとする動きを見せるので、単純にボールの動きに合わせて鳥栖の選手が出ていくことに躊躇するケースが出てきます。守備の選択を強いられているということです。
特に、ウイングの上下動に対して金井、三丸は、出ていくタイミングを計るのが難しかったと思います。自分が出ていこうとすると、片目の端っこに、動いた後のスペースを狙っているマルコスが見えるのです。恐怖以外の何物でもないですよね(笑)
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マリノスはボール保持に固執するのは当然として、では、鳥栖にプレッシャーで追い詰められて、どうしても蹴らなければならない時にどこに蹴るのかというと、ウイングの選手に対するボールを多用しました。
その心はというと、鳥栖はサイドハーフが前に出てくるので、サイドバックとサイドハーフとの間にギャップが生まれます。鳥栖のサイドバックとマリノスのウイングが長いボールを競ったこぼれ球がスペースに落ちた時に、マルコスジュニオールが拾うという形を作る狙いはひとつあったかと。
もしくは、サイドバックがウイングにマーキングにつくために列を上げたとき、その裏のスペースが出来るので、競走させるかのように走らせるケースもありました。金井がバックステップで長いボールに対してヘディング対応するケースは多く見られたので、マテウスのサイドに蹴るボールが多かったかと思います。攻撃のスイッチも畠中、ティーラトンのサイドが多かったですしね。
いずれにしても長いボールのねらい目はサイドでありまして、前節の磐田のように、中央の強い選手一辺倒とはまた異なる狙い方ですよね。戦術的配置、役割が異なると長いボールでも蹴るポイントが変わることが見て取れます。
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今シーズンの鳥栖の守備の根本的な課題であるセンターバックとサイドバックとの間のスペース(通称チャンネル)。この距離の適正さ加減、ポジションのとり方が守備のポイントであり、今シーズンはこの距離の設定ミスによって失点を喫してしまうケースがかなり多いです。
マリノスの攻撃戦術そのものが、このチャンネルをいかに使うかという戦術でもあり、前半開始早々、立て続けに祐治と金井の間のスペースにパスを通そうという試みを受けてますし、マテウスのシュートもサイドバックをアウトサイドに引き付けて、センターバックとの間を狙ったことからもそのことが伺えます。
このゴール前のセンターバックとサイドバックの間のスペースは、ドリブル、パス、クロス、シュート、いかなる場面でも利用できるスペースとなりえるものです。鳥栖がこの試合でも突き付けられたのは、サイドで幅を取る両ウイングであるマテウスと遠藤への対応。幅を取る選手に対するサイドバックの選手がとるべきポジショニングが、この試合のキーポイントとなりました。
マリノスの先制点がずばりこのスペースを活用されたものなのですが、まずは、ビルドアップの狙い通りに、サイドハーフの裏のスペースでマルコスが受けます。(松岡は喜田を捉えに行きますが、逆を突かれた形になりました。)マルコスがボールを受けた後、祐治と金井の間のスペース(チャンネル)に対してマテウスが入ってこようとするので、金井はこのスペースを空ける事を良しとせず、アウトサイドに構えるティーラトンにとの距離を離す代わりにセンターバックとの間のスペースを詰めます。
ところが、マテウスに対して祐治も詰めていき、福田が(素晴らしい)スプリントで戻ってきたために、このスペース(及び入ってくる2人の選手)の対応として、鳥栖は3人も費やしてしまう事になります。この動きによって、アウトサイドのティーラトンが完全にフリーになりました。
そして、クロスが上がる前、エリキがニアサイドへのスプリントを見せます。この動きを当然捨てるわけにはいかないので、秀人はクロスに備えて、エリキに対してついていきます。三丸の選択は、ファーサイドに遠藤がポジションを取っているので、秀人とのスペースを詰めるようにスライドするのではなく、やや遠藤の方に寄せる形でポジションを取ります。スペースとプレイヤーとのどちらに比重を置くかというところで、相手のプレイヤーの方にやや比重を寄せた形です。そうすると、当然のことながら秀人と三丸との距離が生まれるために、そこにスペースが出来上がることになります。
マリノスとしては、狙いどころであるこのスペースを見逃さず、早いクロスを入れてきました。大外からスピードに乗って入ってくる遠藤と、遠藤を見て動き出した三丸とのスピード勝負になると、当然のように遠藤に軍配が上がり、先制点のゴールを喫してしまう事になりました。人に対してクロスを合わせるのではなく、チャンネル攻略という意思疎通ができているからこそ、このスペースに遠藤も躊躇なく入ってきてうまく合わせる事ができました。ただし、このダイレクトで合わせたシュートはかなり秀逸で、あの早いクロスをダイレクトで合わせてしかもキーパーを弾くほどの強いシュートを枠内に飛ばすことができるのは、まさに個人の技術能力ですよね。戦術と技術がうまくマッチしたゴールでした。
さて、みなさんは、このシーンに見覚えがないですか?実は、磐田戦のアダイウトンのバイシクルシュートのゴールと同じ形で崩されているのです。あのシーンも、鳥栖の右サイドに人を寄せられて、逆サイドのアウトサイドに大南を配置して三丸が動けないようにして秀人とのスペースを広げ、そこにクロスを入れられて外から入ってくる大南に先に触られてしまったことによってシュートにつなげられてしまいました。サガン鳥栖を攻略するには、チャンネルを攻略すればよいというのは、今シーズンの失点のパターンから見ても、各チームの分析結果(情報)は十分に整っていることでしょう。
このタイプの失点を防ぐ確率を上げるのは非常に簡単で、サイドハーフもしくはボランチを落として後ろを5枚にして、センターバックーサイドバック間のスペースを埋める手立てを取る事です。この策を講じたのが、先にリードしてディフェンスラインに選手を入れる事によって後半25分間を耐え抜くという策を取ったユンジョンファン監督でもあり、サイドハーフの走力を生かしてサイドバックのアウトサイドに落とす守備組織を採用したマッシモ監督でもあります。
しかしながら、後ろを5枚にしてしまうと、どうしてもカウンターに出ていくときの迫力に欠ける。どちらかに比重を寄せると、ストロングポイント、ウィークポイントは必ず出てくるので、天秤の支柱をどこの位置に置くかというところですよね。ミョンヒ監督で得点が取れているのは、後ろにパワーをかけるのではなく、最終ラインを4人で守り切って、カウンターの人数にパワーをかける采配をしているからです。だからこそ失点も増えます。ウノゼロの哲学はいまのサガン鳥栖にはありません。「先に点を取って突き放す」「取られたら取り返す」のフットボールに転換しているのです。
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2失点目はミスが連鎖しました。コーナーキックのこぼれ球をゴール前で拾った秀人が中途半端な形になってのパスミス、裏のスペースのカバーに入った原川がいったんボールはキープするもののつなぎのボールをマテウスにひっかけられてボールロスト、このこぼれ球に対して飛び出した高丘の判断ミス、エリキに一番近いポジションにいた祐治がプレッシャーをかけるのではなくゴールマウスを守るという選択でフリーに、マテウスにさらわれて高丘が飛び出している状況で松岡の足も止まっていてシュートブロックも届きませんでした。
さらに、この狭いエリアに対してエリキが素晴らしいコントロールでシュートを放って左上の隅にしっかりとゴールを決めました。
誰か一人の問題という事でなく、全体のミスの連鎖でシュートチャンスを与えてしまい、さらに相手選手のコントロールが素晴らしかったので、ざっくりいうと、あきらめるしかないです(笑)戦術的なところというよりは、個人の判断ミスの部分が大きかったかなと思います。
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マリノスのサイドハーフの裏のスペースの攻略に対して鳥栖がアジャストしてきたのは、25分頃からでしょうか。開始序盤はサイドハーフを上げての前線3人でのプレッシングだったのですが、前線はフォワード2名でのプレッシングを継続するものの、サイドハーフはややコースを切りながら制約をかける形への守備に変わりました。その代わり、マリノスの最終ラインに対して同数でプレッシャーをかける必要がある場合には時折ボランチが出ていく形で迫ります。守備の基準点のプレッシングのエリアのテーラリングですね。
これで、ハーフスペースに絞って入ってくるサイドバックへのパスコースを断ち切りながらの守備へとなって、マリノスが縦にパスを出すコースにさらに制限を加えるようになりました。前半から、プレッシングをしていくものの、マリノスがあきらめて蹴っ飛ばす機会も少ないので、いかにして縦に出たところでボールを狩るかという視点から見ると、出し先に制限を加えた方が確実性は上がります。
さらに、自分が出て行った事によってその裏のスペースを使われて、前に出て行ったはいいものの今度は大急ぎで戻らなければならないことを繰り返していたので、スクリーニングする守備への転換で体力面でもここは一息つけたかもしれません。組織としての守備がようやくマリノスの攻撃スピードにテーラリングできてきました。その時までに2失点を喫していたのはちょっともったいなかったですね。
後半に入ってから、鳥栖が徐々に決定的チャンスを作り始めます。前半と変わらずにマリノスがボールを保持して、鳥栖がカウンターでチャンスを伺うという展開ではありましたが、体力の衰えとともにマリノスのパス精度が低下し、さらに鳥栖の攻撃に対して戻る体力が失われていきます。豊田の投入によって、これまでは裏へのボールへの対応のみだったのが、直接のエアバトルという新たなデュエルが発生したこともマリノスの守備陣の精神力をそいでいきました。更に、豊田の良いところは、前線からのプレッシングで、相手に方向を定めさせるようなプレッシングができる事です。これによって、守備側が抑えるべき選択肢が減ることにも繋がります。
そして追い上げムードの火付けとなるゴールが生まれます。後半に入って、縦に早い攻撃から両サイドの横の揺さぶりを小野が仕掛けてきたのですが、その小野から右サイドへ長いボールが送られます。ワイドのポジションで福田がキープしたタイミングでサイドバックが寄せてくるのですが、マリノスのセンターバックは中央を守ることを選択してスライドしてきませんでした。センターバックーサイドバック間、先ほどのチャンネルと呼ばれるエリアに大きなスペースを作ります。この位置に飛び込んできたのは金井でした。福田からボールを受け取ってマイナスのクロス。決めたのは原川でした。鳥栖が前半に利用されたスペースを今度は鳥栖が使って得点をするという、非常に大事なエリアであることがわかるゴールシーンです。
ミョンヒ監督は、1点差に迫るゴールによる勢いの増加と、マリノスの攻撃の停滞を想定し、右サイドの福田に代わってより攻撃的な役割を担えるチアゴアウベスを投入します。左サイド三丸、右サイドチアゴアウベスと、両ワイドに選手を配置して横幅を使う事によって、マリノスの守備陣にスライドによって生じる穴をねらいます。さらに前からのプレッシングにエンジンがかかった鳥栖は、プレッシングから得た間接フリーキックを起点としてコーナーキックのチャンスを得て、76分には豊田のヘッド。惜しくもバーに当たってゴールとはならず。84分にはチアゴのカットインからのシュートで得たコーナーキックで豊田がニアサイドからそらすもパクが好セーブ。惜しくも最後まで同点ゴールを挙げる事はできませんでした。
■ おわりに
勝ち点を取れなかった試合ですが、ひとつの光明は、高丘の好セーブがあげられるのは間違いないでしょう。
完璧に崩された先制点、そしてミスによる連続失点と、前半早々に2点リードをつけられて、ともすれば大量失点にもつながりかねない状況だったのですが、27分のマルコスの決定機の阻止とともに高丘に自信が戻り、63分の飛び出しや、アディショナルタイムのエリキ、遠藤のシュートに対する立て続けの好セーブなど、訪れたすべてのピンチの場面でしっかりとしたセービングを見せてくれました。
サガン鳥栖は得失点差は良くないものの、清水や湘南に対しては何とか優位な状況であるため、失点の有無が最後の順位に大きく響く可能性はまだあります。ここからの4試合は90分間x4ではあるのですが、得失点的には360分間の試合であるという認識で、ひとつひとつのプレイを大切にしてほしいなと思います。そのプロセスを経たうえで結果がでなければあきらめるしかないですが、集中力を欠いた失点による得失点差で降格が決まったとしたら、いくら悔いても悔やみきれません。1得点、1失点を大事に残り4試合を戦ってほしいなですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
・ チャンネル
センターバックとサイドバックの間のスペースの事
Posted by オオタニ at
17:04
│Match Impression (2019)
2019年11月01日
2019 第29節 : ジュビロ磐田 VS サガン鳥栖
2019シーズン第29節、ジュビロ磐田戦のレビューです。
■ スタメン
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■試合
鳥栖は、試合開始早々からロングボールを活用した前進を試みます。高丘がゴールキックのボールのほとんどを、センターバックにつなぐのではなく長いボールを蹴っていたことからもその意図が伺えます。磐田が積極的に前からプレッシャーをかけてきていたため、そのプレッシャーにひっかからないように簡単に回避するという目的もあったのでしょう。
ビルドアップは、2センターバックを中央に配置し、その間でジョンスが受ける形。磐田はツートップ+ボランチ一人を上げるプレッシャーで応戦。プレッシャーをまともに受ける形になるので、人数によって優位に立ちたい場合は時々最終ラインに下がるジョンスの姿やフォローする金井のも見えました。ただ、磐田がビルドアップで自由を与えない形をとったので、そこで頑張ってボール保持するよりは、早々に長いボールを豊田に当てる方法を採用。何が何でもボール保持という方針は取らなかったので、鳥栖がじっくりとビルドアップでボールを持つシーンはほとんど見られませんでした。
鳥栖の攻撃の主たるエリアは左サイド。そして、狙いは大井と大南を動かすこと。豊田は左サイド(磐田の右サイド)を主戦場としてポジションを取り、ロングボールを引き出しました。その位置でこぼれ球を狙っていたのはクエンカ。バックヘッドを狙う形が多かったのでサイドバック、もしくはセンターバックを引き出してその間(その背後)の位置でクエンカにボールを持たせたかったのでしょう。彼がサイドでボールキープすることによって、さらに磐田が奪うためサイドに人数をかけてくることになります。そこからの逆サイドへのクロスですね。三丸や原川のクロスを、金崎、福田、豊田に狙わせるというクロスになります。豊田は一つ惜しいヘッドがありましたね。原川のクロスがどんぴしゃりだったのですが、キーパーのナイスセーブで得点ならず。残念。
左サイドにポジションを取る豊田へのロングボールが多くなるということは、必然的に前進を果たしてからも左サイドからの攻撃が多くなります。特筆的だったのは三丸の位置。この試合では、これまでのような「サイドに張ってろ」の一辺倒ではなく、左サイドから中に入ってハーフスペースでボールをさばくプレイを多く見せました。ただし、彼がここでボールを受けて前を向いて中央へラストパスを送るというよりは、サイドバックを引っ張ってスペースを作って、クエンカ、原川が侵入できるスペースを作るデコイ的な役割。ボールを預けられた時も、前進してくるセントラルハーフがサイドから更に前進できるように簡単にさばいてボールを受け渡していました。
先制点はこれらの形の集大成。ビルドアップをするぞと見せかけて、センターバック+ジョンスが相手を引き寄せ、高丘が豊田にロングキック。磐田のセントラルハーフ陣を前に寄せていたため、ハーフスペースの位置にポジションを取っていた三丸が簡単にセカンドボールを拾う事ができます。
中継者の三丸はサイドに張っているクエンカへ渡し、金崎に大井を背負わせてセンターバックの背後のスペースを作った上で、空いたスペースにクエンカが飛び込んできました。「左サイドへのロングキック」+「ハーフスペース三丸」+「最終ラインの背後のスペースづくり」という狙いが機能したシーンでした。
---
磐田は両サイドバックをワイドの高い位置にポジションを取らせる形。ビルドアップは基本センターバック2名で行っていましたが、金崎と豊田のプレッシャーが強く、それらを回避するために、途中からボランチが1枚下りる形をとりました。
鳥栖の守備は、序盤から積極的なプレッシング。磐田がボランチをひとり下げて3人で最終ラインのボール保持を行うのですが、鳥栖は福田を上げて同数プレッシングを採用しました。磐田が左サイド(鳥栖の右サイド)にボールを回した時に、一気に豊田と福田のプレッシャーでつかみに行くという動きです。前節もだったのですが、福田が左センターバックと左サイドバックの双方を見ながら守備をする事によって、人数不足を走力でカバーする方法で対応しました。後ろに人数を残しつつ前からプレッシャーをかけて精度の低い縦パスを奪い取るという形です。
積極的なプレッシングは割と成功していて、磐田が窮屈になってロングボールを蹴るシーンは多くありました。プレッシャーがきつい中でのキックなのでその正確性(パスの精度)も下がり、蹴らせてからの回収という狙いに沿った守備はできていました。
ただし、23分のようなシーンは、考えさせられるシーンでして、前から追いかけて長いボールを蹴らせて、前線の守備としては合格点の対応を取っています。しかしながら、そのアバウトなロングボールに対して競り合ったセンターバックがルキアンにつぶされ、藤川に拾われ、裏を走る山本にシュートを打たれました。磐田の攻撃の肝はルキアンなので、ルキアンのマークに人数をかけるという手もありますが、そうなると前に出ていく選手の人数が足らなくなるのが痛しかゆし。34分のシーンも、キーパーキャッチからパントキックをルシアンにキープされてから藤川に展開。そのままシュートまで打たれています。
組織的な守備の成功によって苦し紛れで発動したロングボールなのに、「個人の質」で守備が破壊されてしまうというのはなかなかシュールであります。
鳥栖が先制した後は、やや鳥栖のプレッシングも落ち着きを見せます。磐田のボール保持のシーンが多くなり、最終ラインで奪ってからのカウンターをしかけますが、磐田の攻撃サイドと鳥栖がカウンターをしかけたいサイドが同じであるため、早めのチェックを受けてなかなかボールがスムーズに前に進めません。右サイドを活用したカウンターができればよかったのですが、福田が気を利かせてバックラインまで下がって守備をするケースもあり、カウンターでの起点となるポイントが前方に作れず、前に出ていく推進力がなかなか上がりませんでした。
---
磐田の同点ゴールは前半終了間際。
これまで、右サイド(磐田の左サイド)を完全に封殺していた鳥栖ですが、磐田がこの局面でちょっとした変化をもたらせます。これまで通り、藤田にボールが入ると強度の高いプレッシングで圧力をかける福田。藤田は、ワイドに構える小川に展開しますが、これまで同様に福田がリトリートして小川にプレッシャーをかけます。ここで小川は、ビルドアップに変化をつけたかったのか、はたまた逃げ道がそこしかなかったからなのかは分かりませんが、小川は中央に入ってくるドリブルを仕掛けて福田を引き連れ、そのまま中央にポジションを取ります。
ちなみに、セオリーとしては、サイドでプレッシャーをかけて相手が窮屈になった時に逃げるように中央に入ってくるドリブルは一つのボールの狩りどころです。福田が寄せた時に金崎が一緒にサイドに寄せていればそこでつぶせるチャンスはあったのですが、終了間際で体力的に厳しかったのか、最終ラインに戻ったボールに対するケアをしたかったのか、中央への逃げ道をつぶすことができていませんでした。
金崎の守備のポジションは気になる所でありまして、52分にも、全体が左サイドにプレッシャーをかけて嵌められる形になった時、金崎はひとり右サイドを見ています。この時、全体に合わせて少しでも中央にスライドしていれば(もしくは相手を嵌める形ができていたので藤田をマークできていれば)相手のパスミスを奪って即時ゴール前でのチャンスとなっていました。金崎のポジショニングがチームオーダーなのか個人の判断なのかはわからないのですが、攻守ともにメリット・デメリット、様々な影響が絡み合う選手ではあります。いろんな意味で目立っていて、見ていて面白くはありますが。
話を戻します。この小川の中央へとドリブルで入る動きに呼応して、左サイドに藤田が流れ、山本も小川が張っていたワイドのスペースにジワリとポジションを移します。松本も下がってボールキープに参画して最終ラインにおけるビルドアップ(ボールキープ)の構図に変化を加えます。プレッシャーをひきつけていなすことがなかなかできなかった磐田が、小川が中央にドリブルで入ってくることによって、また、その動きに応じて磐田の選手がポジションを連動して変化させることによって、鳥栖の守備の基準点をずらすことに成功しました。
こうなってくると後は芋づる式で、金崎が引っ張られ、豊田が引っ張られ、逆サイドに展開されたときには、クエンカは運ぶ今野、受ける藤川、広がる大南の3人を見なければならない状況が生まれます。前線の豊田、金崎、福田がいない状況で前進を受け、さらにパスコースが複数ある状態を作られたことで、クエンカの選択はステイだったのですが、その選択によって大南が余裕をもってクロスを上げる事の出来る時間と空間を持つことができました。更に、クロスが上がる直前、秀人が引いて受けようとする松本に引っ張られることによって、祐治の前に大きなスペースができます。祐治はそのスペースに対するケアのために1歩前にでてしまうことによって、ルキアンへの対応が遅れました。あとからカバーで入ってきた金井も届かず。
小川の中央に入ってくるドリブルによって鳥栖の守備の基準が動かされ、ひとつひとつのずれを修正しようとした動きをしり目に合間、合間でボールをつなげた磐田が、最後はピンポイントクロスとルキアンの強さによってゴールを決めることができました。鳥栖にとっては前線の守備が生命線であることを再認識させられるシーンでした。
---
後半に入っても高い位置からプレッシャーをかける両チーム。前半と同様に、鳥栖は豊田、磐田はルキアンと、スライディングもいとわないくらいの激しい守備で前線からプレッシャーをかけます。そして、両チームともに、ビルドアップで前進したいけれども、窮屈になって最後は蹴ったくるしかない状況となることも前半と同じ。ここで状況を打開するべく、磐田はアダイウトン、鳥栖は小野、ヨンウを入れて変化を狙います。
磐田はいかにしてルキアン、アダイウトンにボールが収まるか。ビルドアップでの攻撃となると、鳥栖が人数をかけて守備をするのでさすがの前線二人も思うような形でままならないのですが、カウンターやクリアボールを拾う場面だと、センターバックと1対1になれるので、うまくボールキープできます。磐田としては、鳥栖にボールを持たせた方が良かったのかもしれません。
鳥栖も選手は代えてもビルドアップは変わらずにツーセンターバックとジョンスで三角形をつくり、ツートップの脇に小野がポジションを取る形。選手配置に変化を加えましたが、ビルドアップがうまくいかないとみると、早々にあきらめて豊田を狙って長いボールを蹴り、その裏をクエンカに狙わせるという形は継続していました。
ただ、小野が入ったことによって左サイド、ハーフスペース、中央の位置関係を変化する頻度が上がります。勝ち越しゴールのきっかけとなる前進は小野の運ぶドリブル。磐田は前半と変わらずに鳥栖の2センターバック+ボランチの三角形に対してツートップ+ボランチを当ててプレッシャーを与えますが、ツートップ脇のスペースで小野がうまくボールを受けます。前方の視野が開けた小野は前進すると同時にハーフスペースで待ち構える三丸を経由してサイドを突破。この突破から押し込む時間帯を作り、最後は金崎が3人をかわすドリブルからのシュートで見事な勝ち越し点を挙げました。
リードしてからまた変化がありまして、これまでは鳥栖がボールの前進を図るために早めに豊田に当てるボールを蹴っていたのですが、リードしてからは攻撃のフェーズでボール保持に比重を置くようになり、ロングボールを蹴る比率が減りました。1点リードしたという状況から、不用意にボールロストするよりはなるべくポゼションの時間を作りたいというチーム全体の意識でしょう。小野が最終ライン近くに引いてボールを受ける事により、チームとしてのキープ力も高まっています。
鳥栖の守備方式も変化しました。センターバックに対してプレッシャーに出ていく比率が下がり、タイミングが合わない時は、プレッシングの基準点を少し下げて、ヨンウは小川、クエンカは大南を見る形を取ります。最終ラインに対するプレッシャーよりは、両ワイドを自由にさせないポジションへと変化しました。最終ラインでのボール保持が楽になった磐田は、徐々にポゼションを上げながらサイド攻撃を仕掛けてきます。後ろに人数をかけるようになった鳥栖は、ジョンスが最終ラインのケアをする回数も増え、前半の失点のようにゴール前にスペースを作られるような機会を作らずに何とか防いでいました。
耐え抜いて終われるかと思った試合終了間際、磐田に同点ゴールが生まれます。ロティーナさんが失点は3つのタイプに分類できると言ってました。
(1) 避けようのないゴラッソ
(2) クリアミスなどのヒューマンエラー
(3) 守備戦術コンセプトのミス(避ける事のできる失点)
磐田の同点ゴールはどれかと考えてみたいのですが、どれにも当てはまるんですよね。
まず、クロスを入れられるきっかけとなったシーン。小川が中央にドリブルで入ってきますが、ジョンスと金崎が2人いるもののどちらもプレッシャーに行けません。また、三丸は大南をケアしようとしてかなりワイドにポジションを取って、秀人との間のスペースが大きく空いています。このスペースを埋めるべきであろう小野は、ボールサイドに寄りすぎて秀人の前でアダイウトンをスクリーンするようにポジションを取っています。(これがチームオーダーなのかどうなのか。)
試合終了間際で体力的にもきつく、カオスな状況であったとしても、ポジショニングが組織として適正であったとは言い難いでしょう。(3)
小川は秀人の三丸の間のスペースをみつけて、そこに入ってくる大南に対してクロスを上げます。三丸もなんとかついて行って大南に先に触られたものの自由は許さないようにルーズボールにすることに成功しました。このボールの秀人のクリアがうまくいかずにミスキックとなってしまい、アダイウトンの真上に上がってしまいました。このクリアを遠くに蹴ることができれば防げた失点でした。(2)
そしてアダイウトンのスーパーゴール。ゴールと逆側を向いている状態からのバイシクルシュートは、スーパーゴール以外の何物でもないですよね。(1)
いずれにしても、1失点目も、2失点目も、守備組織の構築とポジショニングで防ぎようのある失点でした。攻めなければならない状況になった時には、(最近の劇的ゴールなど)チームとして得点が取れているのですが、守らなければならない状況になった時にどのような守備を行うか。今シーズンは終了間際に決める事も多いのですが、逆に決められる事も多く、そのあたりは継続的な課題でしょう。
■ おわりに
チャンスもありましたがピンチもありました。アウェー地での残留争い直接対決ということで、負けていたら非常に厳しい状況に追い込まれていたので、勝ちたかったのはやまやまでしたが、結果としては十分だと思っています。勝ち点1を上げて順位も上げることができましたし、残り試合を全部勝てば残留が自力で決まる位置に来たのでポジティブに捉えてよい結果だと思います。
これからまだ厳しい試合を続きますが、得点がとれているというのは良い傾向だと思います。得点は自信にもつながりますし、チームの勢いにもなります。ここのところ無失点試合がありませんが、失点はある程度覚悟のうえで、先に入れられてもあきらめずに、アグレッシブに得点を取りに行く姿勢を見せてほしいですね。結果は後からついてくるでしょう。期待しています。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
■ スタメン
--------------
■試合
鳥栖は、試合開始早々からロングボールを活用した前進を試みます。高丘がゴールキックのボールのほとんどを、センターバックにつなぐのではなく長いボールを蹴っていたことからもその意図が伺えます。磐田が積極的に前からプレッシャーをかけてきていたため、そのプレッシャーにひっかからないように簡単に回避するという目的もあったのでしょう。
ビルドアップは、2センターバックを中央に配置し、その間でジョンスが受ける形。磐田はツートップ+ボランチ一人を上げるプレッシャーで応戦。プレッシャーをまともに受ける形になるので、人数によって優位に立ちたい場合は時々最終ラインに下がるジョンスの姿やフォローする金井のも見えました。ただ、磐田がビルドアップで自由を与えない形をとったので、そこで頑張ってボール保持するよりは、早々に長いボールを豊田に当てる方法を採用。何が何でもボール保持という方針は取らなかったので、鳥栖がじっくりとビルドアップでボールを持つシーンはほとんど見られませんでした。
鳥栖の攻撃の主たるエリアは左サイド。そして、狙いは大井と大南を動かすこと。豊田は左サイド(磐田の右サイド)を主戦場としてポジションを取り、ロングボールを引き出しました。その位置でこぼれ球を狙っていたのはクエンカ。バックヘッドを狙う形が多かったのでサイドバック、もしくはセンターバックを引き出してその間(その背後)の位置でクエンカにボールを持たせたかったのでしょう。彼がサイドでボールキープすることによって、さらに磐田が奪うためサイドに人数をかけてくることになります。そこからの逆サイドへのクロスですね。三丸や原川のクロスを、金崎、福田、豊田に狙わせるというクロスになります。豊田は一つ惜しいヘッドがありましたね。原川のクロスがどんぴしゃりだったのですが、キーパーのナイスセーブで得点ならず。残念。
左サイドにポジションを取る豊田へのロングボールが多くなるということは、必然的に前進を果たしてからも左サイドからの攻撃が多くなります。特筆的だったのは三丸の位置。この試合では、これまでのような「サイドに張ってろ」の一辺倒ではなく、左サイドから中に入ってハーフスペースでボールをさばくプレイを多く見せました。ただし、彼がここでボールを受けて前を向いて中央へラストパスを送るというよりは、サイドバックを引っ張ってスペースを作って、クエンカ、原川が侵入できるスペースを作るデコイ的な役割。ボールを預けられた時も、前進してくるセントラルハーフがサイドから更に前進できるように簡単にさばいてボールを受け渡していました。
先制点はこれらの形の集大成。ビルドアップをするぞと見せかけて、センターバック+ジョンスが相手を引き寄せ、高丘が豊田にロングキック。磐田のセントラルハーフ陣を前に寄せていたため、ハーフスペースの位置にポジションを取っていた三丸が簡単にセカンドボールを拾う事ができます。
中継者の三丸はサイドに張っているクエンカへ渡し、金崎に大井を背負わせてセンターバックの背後のスペースを作った上で、空いたスペースにクエンカが飛び込んできました。「左サイドへのロングキック」+「ハーフスペース三丸」+「最終ラインの背後のスペースづくり」という狙いが機能したシーンでした。
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磐田は両サイドバックをワイドの高い位置にポジションを取らせる形。ビルドアップは基本センターバック2名で行っていましたが、金崎と豊田のプレッシャーが強く、それらを回避するために、途中からボランチが1枚下りる形をとりました。
鳥栖の守備は、序盤から積極的なプレッシング。磐田がボランチをひとり下げて3人で最終ラインのボール保持を行うのですが、鳥栖は福田を上げて同数プレッシングを採用しました。磐田が左サイド(鳥栖の右サイド)にボールを回した時に、一気に豊田と福田のプレッシャーでつかみに行くという動きです。前節もだったのですが、福田が左センターバックと左サイドバックの双方を見ながら守備をする事によって、人数不足を走力でカバーする方法で対応しました。後ろに人数を残しつつ前からプレッシャーをかけて精度の低い縦パスを奪い取るという形です。
積極的なプレッシングは割と成功していて、磐田が窮屈になってロングボールを蹴るシーンは多くありました。プレッシャーがきつい中でのキックなのでその正確性(パスの精度)も下がり、蹴らせてからの回収という狙いに沿った守備はできていました。
ただし、23分のようなシーンは、考えさせられるシーンでして、前から追いかけて長いボールを蹴らせて、前線の守備としては合格点の対応を取っています。しかしながら、そのアバウトなロングボールに対して競り合ったセンターバックがルキアンにつぶされ、藤川に拾われ、裏を走る山本にシュートを打たれました。磐田の攻撃の肝はルキアンなので、ルキアンのマークに人数をかけるという手もありますが、そうなると前に出ていく選手の人数が足らなくなるのが痛しかゆし。34分のシーンも、キーパーキャッチからパントキックをルシアンにキープされてから藤川に展開。そのままシュートまで打たれています。
組織的な守備の成功によって苦し紛れで発動したロングボールなのに、「個人の質」で守備が破壊されてしまうというのはなかなかシュールであります。
鳥栖が先制した後は、やや鳥栖のプレッシングも落ち着きを見せます。磐田のボール保持のシーンが多くなり、最終ラインで奪ってからのカウンターをしかけますが、磐田の攻撃サイドと鳥栖がカウンターをしかけたいサイドが同じであるため、早めのチェックを受けてなかなかボールがスムーズに前に進めません。右サイドを活用したカウンターができればよかったのですが、福田が気を利かせてバックラインまで下がって守備をするケースもあり、カウンターでの起点となるポイントが前方に作れず、前に出ていく推進力がなかなか上がりませんでした。
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磐田の同点ゴールは前半終了間際。
これまで、右サイド(磐田の左サイド)を完全に封殺していた鳥栖ですが、磐田がこの局面でちょっとした変化をもたらせます。これまで通り、藤田にボールが入ると強度の高いプレッシングで圧力をかける福田。藤田は、ワイドに構える小川に展開しますが、これまで同様に福田がリトリートして小川にプレッシャーをかけます。ここで小川は、ビルドアップに変化をつけたかったのか、はたまた逃げ道がそこしかなかったからなのかは分かりませんが、小川は中央に入ってくるドリブルを仕掛けて福田を引き連れ、そのまま中央にポジションを取ります。
ちなみに、セオリーとしては、サイドでプレッシャーをかけて相手が窮屈になった時に逃げるように中央に入ってくるドリブルは一つのボールの狩りどころです。福田が寄せた時に金崎が一緒にサイドに寄せていればそこでつぶせるチャンスはあったのですが、終了間際で体力的に厳しかったのか、最終ラインに戻ったボールに対するケアをしたかったのか、中央への逃げ道をつぶすことができていませんでした。
金崎の守備のポジションは気になる所でありまして、52分にも、全体が左サイドにプレッシャーをかけて嵌められる形になった時、金崎はひとり右サイドを見ています。この時、全体に合わせて少しでも中央にスライドしていれば(もしくは相手を嵌める形ができていたので藤田をマークできていれば)相手のパスミスを奪って即時ゴール前でのチャンスとなっていました。金崎のポジショニングがチームオーダーなのか個人の判断なのかはわからないのですが、攻守ともにメリット・デメリット、様々な影響が絡み合う選手ではあります。いろんな意味で目立っていて、見ていて面白くはありますが。
話を戻します。この小川の中央へとドリブルで入る動きに呼応して、左サイドに藤田が流れ、山本も小川が張っていたワイドのスペースにジワリとポジションを移します。松本も下がってボールキープに参画して最終ラインにおけるビルドアップ(ボールキープ)の構図に変化を加えます。プレッシャーをひきつけていなすことがなかなかできなかった磐田が、小川が中央にドリブルで入ってくることによって、また、その動きに応じて磐田の選手がポジションを連動して変化させることによって、鳥栖の守備の基準点をずらすことに成功しました。
こうなってくると後は芋づる式で、金崎が引っ張られ、豊田が引っ張られ、逆サイドに展開されたときには、クエンカは運ぶ今野、受ける藤川、広がる大南の3人を見なければならない状況が生まれます。前線の豊田、金崎、福田がいない状況で前進を受け、さらにパスコースが複数ある状態を作られたことで、クエンカの選択はステイだったのですが、その選択によって大南が余裕をもってクロスを上げる事の出来る時間と空間を持つことができました。更に、クロスが上がる直前、秀人が引いて受けようとする松本に引っ張られることによって、祐治の前に大きなスペースができます。祐治はそのスペースに対するケアのために1歩前にでてしまうことによって、ルキアンへの対応が遅れました。あとからカバーで入ってきた金井も届かず。
小川の中央に入ってくるドリブルによって鳥栖の守備の基準が動かされ、ひとつひとつのずれを修正しようとした動きをしり目に合間、合間でボールをつなげた磐田が、最後はピンポイントクロスとルキアンの強さによってゴールを決めることができました。鳥栖にとっては前線の守備が生命線であることを再認識させられるシーンでした。
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後半に入っても高い位置からプレッシャーをかける両チーム。前半と同様に、鳥栖は豊田、磐田はルキアンと、スライディングもいとわないくらいの激しい守備で前線からプレッシャーをかけます。そして、両チームともに、ビルドアップで前進したいけれども、窮屈になって最後は蹴ったくるしかない状況となることも前半と同じ。ここで状況を打開するべく、磐田はアダイウトン、鳥栖は小野、ヨンウを入れて変化を狙います。
磐田はいかにしてルキアン、アダイウトンにボールが収まるか。ビルドアップでの攻撃となると、鳥栖が人数をかけて守備をするのでさすがの前線二人も思うような形でままならないのですが、カウンターやクリアボールを拾う場面だと、センターバックと1対1になれるので、うまくボールキープできます。磐田としては、鳥栖にボールを持たせた方が良かったのかもしれません。
鳥栖も選手は代えてもビルドアップは変わらずにツーセンターバックとジョンスで三角形をつくり、ツートップの脇に小野がポジションを取る形。選手配置に変化を加えましたが、ビルドアップがうまくいかないとみると、早々にあきらめて豊田を狙って長いボールを蹴り、その裏をクエンカに狙わせるという形は継続していました。
ただ、小野が入ったことによって左サイド、ハーフスペース、中央の位置関係を変化する頻度が上がります。勝ち越しゴールのきっかけとなる前進は小野の運ぶドリブル。磐田は前半と変わらずに鳥栖の2センターバック+ボランチの三角形に対してツートップ+ボランチを当ててプレッシャーを与えますが、ツートップ脇のスペースで小野がうまくボールを受けます。前方の視野が開けた小野は前進すると同時にハーフスペースで待ち構える三丸を経由してサイドを突破。この突破から押し込む時間帯を作り、最後は金崎が3人をかわすドリブルからのシュートで見事な勝ち越し点を挙げました。
リードしてからまた変化がありまして、これまでは鳥栖がボールの前進を図るために早めに豊田に当てるボールを蹴っていたのですが、リードしてからは攻撃のフェーズでボール保持に比重を置くようになり、ロングボールを蹴る比率が減りました。1点リードしたという状況から、不用意にボールロストするよりはなるべくポゼションの時間を作りたいというチーム全体の意識でしょう。小野が最終ライン近くに引いてボールを受ける事により、チームとしてのキープ力も高まっています。
鳥栖の守備方式も変化しました。センターバックに対してプレッシャーに出ていく比率が下がり、タイミングが合わない時は、プレッシングの基準点を少し下げて、ヨンウは小川、クエンカは大南を見る形を取ります。最終ラインに対するプレッシャーよりは、両ワイドを自由にさせないポジションへと変化しました。最終ラインでのボール保持が楽になった磐田は、徐々にポゼションを上げながらサイド攻撃を仕掛けてきます。後ろに人数をかけるようになった鳥栖は、ジョンスが最終ラインのケアをする回数も増え、前半の失点のようにゴール前にスペースを作られるような機会を作らずに何とか防いでいました。
耐え抜いて終われるかと思った試合終了間際、磐田に同点ゴールが生まれます。ロティーナさんが失点は3つのタイプに分類できると言ってました。
(1) 避けようのないゴラッソ
(2) クリアミスなどのヒューマンエラー
(3) 守備戦術コンセプトのミス(避ける事のできる失点)
磐田の同点ゴールはどれかと考えてみたいのですが、どれにも当てはまるんですよね。
まず、クロスを入れられるきっかけとなったシーン。小川が中央にドリブルで入ってきますが、ジョンスと金崎が2人いるもののどちらもプレッシャーに行けません。また、三丸は大南をケアしようとしてかなりワイドにポジションを取って、秀人との間のスペースが大きく空いています。このスペースを埋めるべきであろう小野は、ボールサイドに寄りすぎて秀人の前でアダイウトンをスクリーンするようにポジションを取っています。(これがチームオーダーなのかどうなのか。)
試合終了間際で体力的にもきつく、カオスな状況であったとしても、ポジショニングが組織として適正であったとは言い難いでしょう。(3)
小川は秀人の三丸の間のスペースをみつけて、そこに入ってくる大南に対してクロスを上げます。三丸もなんとかついて行って大南に先に触られたものの自由は許さないようにルーズボールにすることに成功しました。このボールの秀人のクリアがうまくいかずにミスキックとなってしまい、アダイウトンの真上に上がってしまいました。このクリアを遠くに蹴ることができれば防げた失点でした。(2)
そしてアダイウトンのスーパーゴール。ゴールと逆側を向いている状態からのバイシクルシュートは、スーパーゴール以外の何物でもないですよね。(1)
いずれにしても、1失点目も、2失点目も、守備組織の構築とポジショニングで防ぎようのある失点でした。攻めなければならない状況になった時には、(最近の劇的ゴールなど)チームとして得点が取れているのですが、守らなければならない状況になった時にどのような守備を行うか。今シーズンは終了間際に決める事も多いのですが、逆に決められる事も多く、そのあたりは継続的な課題でしょう。
■ おわりに
チャンスもありましたがピンチもありました。アウェー地での残留争い直接対決ということで、負けていたら非常に厳しい状況に追い込まれていたので、勝ちたかったのはやまやまでしたが、結果としては十分だと思っています。勝ち点1を上げて順位も上げることができましたし、残り試合を全部勝てば残留が自力で決まる位置に来たのでポジティブに捉えてよい結果だと思います。
これからまだ厳しい試合を続きますが、得点がとれているというのは良い傾向だと思います。得点は自信にもつながりますし、チームの勢いにもなります。ここのところ無失点試合がありませんが、失点はある程度覚悟のうえで、先に入れられてもあきらめずに、アグレッシブに得点を取りに行く姿勢を見せてほしいですね。結果は後からついてくるでしょう。期待しています。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
Posted by オオタニ at
19:24
│Match Impression (2019)
2019年10月11日
2019 第28節 : サガン鳥栖 VS FC東京
2019シーズン第28節、FC東京戦のレビューです。
■ システム
特筆すべきは、ボランチにジョンス、右サイドハーフに福田が入ったところでしょうか。失点が収まる気配がないので、まずは試合を堅く進めていってスコアレスの状態を継続し、後半までスコアレスであれば、小野、金森、ヨンウなどの投入で勝負をかけるという意図だったかと察します。無論、小野、金森、ヨンウを投入しなくても良い展開になる方が望ましいのですが。
--------------
■試合
前半開始から目についたのは、ネガティブトランジション時(攻から守への切り替え時)やロングボールを跳ね返した後における、鳥栖の出足の鋭さ。東京のボールキープに対して、金崎、豊田がアグレッシブにボールに対してプレッシャーをかけ、長いボールを蹴らせるように仕向けていました。FC東京は、攻撃時に、まずは前線のディエゴに当ててポイントを作ってからという形を見せますが、豊田、金崎のプレッシャーが強いので、ディエゴに送るボールに乱れを生じさせ、さらにディエゴの動きに合わせて秀人がマンマーク気味に対応し、自由に前を向かせないようにしっかりと対応していたので、序盤は攻撃の形をほとんど作らせませんでした。
更に、今回は、ボランチにジョンスが入っていたので、ゴールキーパーからのディエゴに向かって蹴られるロングボールを、ジョンスが競れたというのは大きなポイントでした。中盤でのハイボールの競り合いを互角以上に跳ね返すことができたのはジョンスが入った大きなメリットです。ディエゴに足元に納められるとキープ力抜群で厄介なので、足元に納められる前に長いボールを蹴らせて、フィフティの状態で競り合うという仕組みは良かったですね。
鳥栖もビルドアップからの攻撃を仕掛けようとしますが、東京もボール保持者に対して積極的にアプローチを仕掛けていました。鳥栖の2センターバックに対してツートップを当てて、センターバック間で顔を見せてくるジョンスに対してはボランチを1枚付けて中央のルートを封鎖。ツートップ脇のスペースに下りる原川に対してもサイドハーフを付けてゲームメイクさせないように仕向けました。4-4-2同士なので、わずかなポジションのずらし程度であればマッチアップが取りやすいという所はありますよね。そういうことで、秀人からのボールが、前線に向けた長いボールか、大外の三丸に向けた展開かという形に絞られてきます。
三丸に出されたボールからクエンカとの連係で崩したいところでしたが、クエンカに対するマークが厳しいこともあり、三丸は比較的早めにクロスボールを上げる選択をしていました。これがピンポイントで豊田に合えば得点のチャンスも生まれるのですが、今シーズンはなかなかこの浅い位置からのクロスがうまく合わず。豊田というブランドに対して相手も警戒心を強めますし、早めのクロスはしっかりと対応されてしまって、なかなかシュートチャンスは作れませんでした。
20分頃から、鳥栖の圧力も少しずつ弱まり、トランジションの応酬のような展開になったことから、少しずつ中盤にスペースができてきます。そのスペースを見つけるのはやはりディエゴは得意でありまして、前線に構えておくだけでなく、中盤に引いてパスを受けれる場所を見つけてボールをさばき、サイドに展開してからゴール前に顔を出すという形を模索しはじめました。それと同時に鳥栖の守備の強度を把握したのか、自らつぶれて永井を生かす形を作ったり、相手のプレッシングをそのままファウルとして受けるというシーンも見えました。
ビルドアップでは、橋本がやや下がって、豊田・金崎のプレッシングをまともに受ける森重と渡辺をフォローしつつ、サイドに大きく開いたオジェソクまでボールを展開する道筋を作るようになりました。ポジション取りがうまかったのは、鳥栖のSB、CB、SH、IHで作れる四角形の中に高萩、東、三田などが侵入して、鳥栖のサイドハーフが出ていきづらい状況を作ったこと。これによって、プレッシング強度が低くなった豊田と金崎の脇のスペースを東京の最終ラインが持ち上がった時に、鳥栖が4-4ブロックのまま「動けない」状況を作り出しました。これで、東京にとってはパスコースが複数見えるようになり、鳥栖は、パスの出元をつぶす守備からパスの出先にボールが入ってからプレッシングで囲むという、前半序盤の「自分たちが動いてスペースを支配する守備」から「相手が入れるボールの場所によってスペースを圧縮する守備」へと変化していきます。
そういう形になって活躍の場が増えるのはやはり福田でありまして、センターバックからボールが入ってくるぎりぎりの状況を見極め、ボールの動きに合わせてあっという間に相手との間を詰める守備を慣行していました。局面としては、見えるパスコースが2つある状況を守り切るには福田しかいなかったでしょう。逆に左サイドでは、クエンカはどちらかというとパスコースを遮りながら前に出ていく傾向にありまして、それを利用されて間を抜かれると三丸が出ていかざるを得ない状況を生み出されるのですが、東京は思いのほか、ビルドアップでクエンカの裏を使ってこなかったなという印象を受けました。
少しずつスペースはできてくるものの、最後の局面では全体を下げて人海戦術でゴール前に鍵をかける両チーム。前半はビッグチャンスを作ることもなく、スコアレスで終了。鳥栖は前半、試合を殺しに来た形でしたね。福田とジョンスが入ったのはそういう意図だったのでしょう。攻撃の場面であっても、祐治、秀人、ジョンスが3人後ろに残ってディエゴと永井を監視しており、金井もビルドアップには参画するものの中盤を追い越す動きがなかったので、前にかけるパワーを削った代わりに無失点という勲章を得たという感じでしょうか。
うまく行った前半だったのですが、与えたくなかった先制点を後半開始直後に奪われてしまいます。いつも言う言葉なのですが、やっぱり困ったときのセットプレイ。三田が蹴ったコーナーキックがインスイングでそのままゴールに。ストーンで立っていた豊田とマンマークで入ってきた祐治、秀人も交錯したでしょうか。高丘の対処も問題はあったでしょうが、あの位置にあのスピードで蹴ることのできた三田が素晴らしかったです。
ビハインドとなった鳥栖は、攻撃のスイッチをいれたいのですが、なかなか一気呵成にという状況をつくれません。ビルドアップから崩したいという意図は伝わってきて、金井を寄せて中央に原川(もしくはジョンス)を置いて3-1ビルドアップでベースを作りたいのですが、高萩が上手にポジションを上げてパスコースを制し、サイドに促すと三田と東が迫ってくるという守備組織に操られ、パス交換だけでボールを前進することがなかなかできません。前半と同様に、サイドから早い段階でクロスを入れるか、ファールをもらって起点を作るかという形で膠着してしまいます。
ボールを保持していても活路が見いだせない場合は、どうしても無理筋のボールが増えてくるわけでありまして、そうなってくると自ずとビルドアップでのパスミスも増えてくることになり、東京のカウンターの餌食となってしまいます。いくつか危ない場面はありましたが、東京も最後のところまでは決めきれず。ここ最近勝てていない理由はここにあるのだろうなというのを少しずつ匂わせては来ていました。
鳥栖は後半12分、右サイドにテコ入れをします。守備の場面では弁慶のように立ちふさがりますが、攻撃の場面になるとオジェソクに睨まれてしまって太刀打ちができなかった福田に代えてヨンウを投入。交代して直後、クエンカのキープから右サイドに展開後、金井が裏に抜ける動きで相手をひとり引き連れてヨンウに1対1の場面を提供し、ヨンウはわずかなスペースを活用してカットインからのシュートを1発。これで、いつものサガン鳥栖の「クエンカでキープしてヨンウが仕掛ける」の構図が整いました。
FC東京はこれを見てさらに守備への意識が強くなります。カウンターのシーンでは、3人~4人での攻めを徹底し、トランジション合戦にならないように後方には常に守備の人数不足が発生しないように待機させます。特にサイドバックは、ボール保持したタイミングでないと前に出てきてはいませんでした。鳥栖が早めに前線に送り込もうとするオープンな展開へのお付き合いはしないぞという意思ですよね。
鳥栖は、クエンカ、ヨンウが大外のポジションでボールを持てるため、彼らに対してアクションをかけるサイドバックが動くスペースを鳥栖はサイドバックが狙いだします。左右は非対称になっていて、三丸はクエンカよりもさらに大外の位置にポジションを取り、金井はハーフスペースの位置にポジションを取ります。サイドバックを意識した侵入を試みることによって、クエンカ、ヨンウの選択肢はもちろん、クエンカ、ヨンウをおとりとして、ビルドアップ出口のひとつ(ビルドアップのパスコースの選択肢のひとつ)を作り上げることにも寄与していました。
ヨンウが入ってからの攻撃は右サイドが中心。右サイドは原川が攻撃のタクトを握っており、ヨンウ、金井の2つのパスコースのうち、より状態の良い方へしっかりと配球していました。63分には外に幅を取るヨンウのひとつインサイドのハーフスペースに入った金井へ原川が絶妙なパス、金井のパスを受けた金崎のシュートは大きく枠をはずしましたが、ゴールエリア付近でシュートを打てるチャンスが徐々にできてきました。
ここで鳥栖は原川に代わって小野を投入。小野は原川とサイドを変えて、左サイドからのビルドアップを試みました。小野は東京のツートップの脇のスペースを主戦場とし、センターバックからのボールを引き出して、そこからはブロックの外側にポジションを取るクエンカ、三丸を活用したパスを繰り出します。小野を投入して直後、三丸からのクロスが連続で上がりましたが、決定的なチャンスとまでは至らず。
鳥栖はボランチにジョンスを入れていたため、ゲームメイクという観点では決してストロングではなく、小野の投入と同時に右サイドからの攻撃はやや停滞。ゲームメイカーの小野が左サイドに陣取るこの時間帯は、左サイド一辺倒の攻撃となっていました。久しぶりにヨンウが突破を試みる機会ができたのは76分でしたが、これも小野が中央までドリブルでボールを運んでから右サイドに展開して生まれたチャンス。鳥栖は完全に小野のゲームコントロールの下での戦いとなり、彼が1対1を誰にしかけさせるかという判断での攻撃となっていました。
左サイド一辺倒の攻撃でも得点が取れなかった鳥栖は、ゲームメイクに苦慮していた右サイドにテコ入れするべく、ジョンスに代えて金森を投入。
金森の配置が気になるところでしたが、祐治をトップの位置に上げてパワープレイをしかける準備として、そのセカンドボールを拾うフォロー役としてセカンドトップの位置にいれました。
パワープレイの効果がでたのは早速84分。ゴールキーパーからのキックを競った豊田のボールを祐治が拾ってゴール前へ。そこから右サイドに展開してからのヨンウのクロスを祐治がドンピシャヘッドでしたが林の正面。小野のゲームメイクプランから一転したパワープレイによる攻撃で早速チャンスを作ります。
同点ゴールはその直後。小野からの長いボールの配球を豊田が競って右サイドのヨンウへ。ヨンウが1対1を制してクロスを供給し、金崎が落としたこぼれ球を豊田が左足でねじ込みました。東京にとっては、パワープレイに対する準備が不足していた面は否めないかと。祐治が上がって鳥栖が5人を前線に並べ、小野が最終ラインに落ちてる状態で、長いボールを蹴るしかないシチュエーションであるのですが、東京の両サイドハーフが高い位置にポジションを取っており、小野がボールを蹴ってもリトリートが遅れたため、ヨンウがオジェソクと1対1となる状況を作ってしまいました。鳥栖にとっては願ってもない状況を作り出すことができ、しっかりとゴールを決めてくれました。
同点になってからはややオープンな展開での攻撃となりました。逆転ゴールのきっかけは、同じ過ちは繰り返さないとばかりに三田のコーナーキックのボールをしっかりとキャッチした高丘からの素早い展開。後半開始早々にやられてしまったリベンジを見せるかのごとく、しっかりとキャッチしてスプリントを始める金崎へ送り込みます。金崎は左サイドをあがるクエンカにパスを送り、クエンカがファウルを受けてフリーキックを獲得。このフリーキックからの攻撃が決勝点となりました。小野のフリーキックの前に、ポジショニングの話なのか、キックで狙う位置の確認なのかは分かりませんが、ベンチと綿密な話が行われていました。選手たちのみならず、ベンチもともに魂を込めた決勝ゴールでした。
■おわりに
鳥栖としては、ホームでの戦いにしては珍しく硬直状態を辞さずという選手配置でした。首位を走る東京相手に慎重になったのか、ここのところ失点してから追う展開という苦しい戦いが続いているので、まずは無失点を狙っての起用だったのでしょう。
その構想がちょっと崩れて先制点を奪われたものの、そこから追加点を与えなかったのが最後の逆転まで結びつきました。何回かチャンスのあったディエゴのシュートが決まっていたら、この試合は終わっていたでしょうが、なんとか耐えきりました。
鳥栖は現在確固たるレギュラーが11人そろっているという状態ではありません。攻撃の特徴のある選手、守備に特徴のある選手、それぞれのシチュエーションで輝ける選手をベンチの采配で工夫しながら勝ち点を拾いに行くサッカーをしています。
逆に言うと、ストロングポイントを持っている選手は多数いるので、ベンチの采配次第では、11人が固定化されているチームよりも、いろいろな戦い方を見ることができてある意味面白いサッカーをしているのかもしれません。
豊田、祐治、金崎の3トップでのパワープレイで同点ゴールを取りきれたのは一つのオプションとして今後も活用されるでしょう。このシチュエーションは負けている状況であることが想定され、あまり見たいシーンではありませんが(笑)
今節終わって、名古屋、仙台、湘南と1試合で逆転できる勝ち点差まで持ってくることができました。得失点差で不利のある鳥栖は、勝ち点によって上回る必要がありますので、1試合で逆転できるところに持ってこれたのは非常に大きいですね。次節は最下位のジュビロとの対戦。これから残留に向けた山場の試合があるでしょうが、おそらく最初の山場はこの試合じゃないでしょうか。次節は名古屋と仙台が戦って勝ち点を奪い合うので、鳥栖は勝てば無条件で降格圏内を脱出できます。山場の試合を勝って久しぶりの残留圏内にジャンプアップしたいですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
■ システム
特筆すべきは、ボランチにジョンス、右サイドハーフに福田が入ったところでしょうか。失点が収まる気配がないので、まずは試合を堅く進めていってスコアレスの状態を継続し、後半までスコアレスであれば、小野、金森、ヨンウなどの投入で勝負をかけるという意図だったかと察します。無論、小野、金森、ヨンウを投入しなくても良い展開になる方が望ましいのですが。
--------------
■試合
前半開始から目についたのは、ネガティブトランジション時(攻から守への切り替え時)やロングボールを跳ね返した後における、鳥栖の出足の鋭さ。東京のボールキープに対して、金崎、豊田がアグレッシブにボールに対してプレッシャーをかけ、長いボールを蹴らせるように仕向けていました。FC東京は、攻撃時に、まずは前線のディエゴに当ててポイントを作ってからという形を見せますが、豊田、金崎のプレッシャーが強いので、ディエゴに送るボールに乱れを生じさせ、さらにディエゴの動きに合わせて秀人がマンマーク気味に対応し、自由に前を向かせないようにしっかりと対応していたので、序盤は攻撃の形をほとんど作らせませんでした。
更に、今回は、ボランチにジョンスが入っていたので、ゴールキーパーからのディエゴに向かって蹴られるロングボールを、ジョンスが競れたというのは大きなポイントでした。中盤でのハイボールの競り合いを互角以上に跳ね返すことができたのはジョンスが入った大きなメリットです。ディエゴに足元に納められるとキープ力抜群で厄介なので、足元に納められる前に長いボールを蹴らせて、フィフティの状態で競り合うという仕組みは良かったですね。
鳥栖もビルドアップからの攻撃を仕掛けようとしますが、東京もボール保持者に対して積極的にアプローチを仕掛けていました。鳥栖の2センターバックに対してツートップを当てて、センターバック間で顔を見せてくるジョンスに対してはボランチを1枚付けて中央のルートを封鎖。ツートップ脇のスペースに下りる原川に対してもサイドハーフを付けてゲームメイクさせないように仕向けました。4-4-2同士なので、わずかなポジションのずらし程度であればマッチアップが取りやすいという所はありますよね。そういうことで、秀人からのボールが、前線に向けた長いボールか、大外の三丸に向けた展開かという形に絞られてきます。
三丸に出されたボールからクエンカとの連係で崩したいところでしたが、クエンカに対するマークが厳しいこともあり、三丸は比較的早めにクロスボールを上げる選択をしていました。これがピンポイントで豊田に合えば得点のチャンスも生まれるのですが、今シーズンはなかなかこの浅い位置からのクロスがうまく合わず。豊田というブランドに対して相手も警戒心を強めますし、早めのクロスはしっかりと対応されてしまって、なかなかシュートチャンスは作れませんでした。
20分頃から、鳥栖の圧力も少しずつ弱まり、トランジションの応酬のような展開になったことから、少しずつ中盤にスペースができてきます。そのスペースを見つけるのはやはりディエゴは得意でありまして、前線に構えておくだけでなく、中盤に引いてパスを受けれる場所を見つけてボールをさばき、サイドに展開してからゴール前に顔を出すという形を模索しはじめました。それと同時に鳥栖の守備の強度を把握したのか、自らつぶれて永井を生かす形を作ったり、相手のプレッシングをそのままファウルとして受けるというシーンも見えました。
ビルドアップでは、橋本がやや下がって、豊田・金崎のプレッシングをまともに受ける森重と渡辺をフォローしつつ、サイドに大きく開いたオジェソクまでボールを展開する道筋を作るようになりました。ポジション取りがうまかったのは、鳥栖のSB、CB、SH、IHで作れる四角形の中に高萩、東、三田などが侵入して、鳥栖のサイドハーフが出ていきづらい状況を作ったこと。これによって、プレッシング強度が低くなった豊田と金崎の脇のスペースを東京の最終ラインが持ち上がった時に、鳥栖が4-4ブロックのまま「動けない」状況を作り出しました。これで、東京にとってはパスコースが複数見えるようになり、鳥栖は、パスの出元をつぶす守備からパスの出先にボールが入ってからプレッシングで囲むという、前半序盤の「自分たちが動いてスペースを支配する守備」から「相手が入れるボールの場所によってスペースを圧縮する守備」へと変化していきます。
そういう形になって活躍の場が増えるのはやはり福田でありまして、センターバックからボールが入ってくるぎりぎりの状況を見極め、ボールの動きに合わせてあっという間に相手との間を詰める守備を慣行していました。局面としては、見えるパスコースが2つある状況を守り切るには福田しかいなかったでしょう。逆に左サイドでは、クエンカはどちらかというとパスコースを遮りながら前に出ていく傾向にありまして、それを利用されて間を抜かれると三丸が出ていかざるを得ない状況を生み出されるのですが、東京は思いのほか、ビルドアップでクエンカの裏を使ってこなかったなという印象を受けました。
少しずつスペースはできてくるものの、最後の局面では全体を下げて人海戦術でゴール前に鍵をかける両チーム。前半はビッグチャンスを作ることもなく、スコアレスで終了。鳥栖は前半、試合を殺しに来た形でしたね。福田とジョンスが入ったのはそういう意図だったのでしょう。攻撃の場面であっても、祐治、秀人、ジョンスが3人後ろに残ってディエゴと永井を監視しており、金井もビルドアップには参画するものの中盤を追い越す動きがなかったので、前にかけるパワーを削った代わりに無失点という勲章を得たという感じでしょうか。
うまく行った前半だったのですが、与えたくなかった先制点を後半開始直後に奪われてしまいます。いつも言う言葉なのですが、やっぱり困ったときのセットプレイ。三田が蹴ったコーナーキックがインスイングでそのままゴールに。ストーンで立っていた豊田とマンマークで入ってきた祐治、秀人も交錯したでしょうか。高丘の対処も問題はあったでしょうが、あの位置にあのスピードで蹴ることのできた三田が素晴らしかったです。
ビハインドとなった鳥栖は、攻撃のスイッチをいれたいのですが、なかなか一気呵成にという状況をつくれません。ビルドアップから崩したいという意図は伝わってきて、金井を寄せて中央に原川(もしくはジョンス)を置いて3-1ビルドアップでベースを作りたいのですが、高萩が上手にポジションを上げてパスコースを制し、サイドに促すと三田と東が迫ってくるという守備組織に操られ、パス交換だけでボールを前進することがなかなかできません。前半と同様に、サイドから早い段階でクロスを入れるか、ファールをもらって起点を作るかという形で膠着してしまいます。
ボールを保持していても活路が見いだせない場合は、どうしても無理筋のボールが増えてくるわけでありまして、そうなってくると自ずとビルドアップでのパスミスも増えてくることになり、東京のカウンターの餌食となってしまいます。いくつか危ない場面はありましたが、東京も最後のところまでは決めきれず。ここ最近勝てていない理由はここにあるのだろうなというのを少しずつ匂わせては来ていました。
鳥栖は後半12分、右サイドにテコ入れをします。守備の場面では弁慶のように立ちふさがりますが、攻撃の場面になるとオジェソクに睨まれてしまって太刀打ちができなかった福田に代えてヨンウを投入。交代して直後、クエンカのキープから右サイドに展開後、金井が裏に抜ける動きで相手をひとり引き連れてヨンウに1対1の場面を提供し、ヨンウはわずかなスペースを活用してカットインからのシュートを1発。これで、いつものサガン鳥栖の「クエンカでキープしてヨンウが仕掛ける」の構図が整いました。
FC東京はこれを見てさらに守備への意識が強くなります。カウンターのシーンでは、3人~4人での攻めを徹底し、トランジション合戦にならないように後方には常に守備の人数不足が発生しないように待機させます。特にサイドバックは、ボール保持したタイミングでないと前に出てきてはいませんでした。鳥栖が早めに前線に送り込もうとするオープンな展開へのお付き合いはしないぞという意思ですよね。
鳥栖は、クエンカ、ヨンウが大外のポジションでボールを持てるため、彼らに対してアクションをかけるサイドバックが動くスペースを鳥栖はサイドバックが狙いだします。左右は非対称になっていて、三丸はクエンカよりもさらに大外の位置にポジションを取り、金井はハーフスペースの位置にポジションを取ります。サイドバックを意識した侵入を試みることによって、クエンカ、ヨンウの選択肢はもちろん、クエンカ、ヨンウをおとりとして、ビルドアップ出口のひとつ(ビルドアップのパスコースの選択肢のひとつ)を作り上げることにも寄与していました。
ヨンウが入ってからの攻撃は右サイドが中心。右サイドは原川が攻撃のタクトを握っており、ヨンウ、金井の2つのパスコースのうち、より状態の良い方へしっかりと配球していました。63分には外に幅を取るヨンウのひとつインサイドのハーフスペースに入った金井へ原川が絶妙なパス、金井のパスを受けた金崎のシュートは大きく枠をはずしましたが、ゴールエリア付近でシュートを打てるチャンスが徐々にできてきました。
ここで鳥栖は原川に代わって小野を投入。小野は原川とサイドを変えて、左サイドからのビルドアップを試みました。小野は東京のツートップの脇のスペースを主戦場とし、センターバックからのボールを引き出して、そこからはブロックの外側にポジションを取るクエンカ、三丸を活用したパスを繰り出します。小野を投入して直後、三丸からのクロスが連続で上がりましたが、決定的なチャンスとまでは至らず。
鳥栖はボランチにジョンスを入れていたため、ゲームメイクという観点では決してストロングではなく、小野の投入と同時に右サイドからの攻撃はやや停滞。ゲームメイカーの小野が左サイドに陣取るこの時間帯は、左サイド一辺倒の攻撃となっていました。久しぶりにヨンウが突破を試みる機会ができたのは76分でしたが、これも小野が中央までドリブルでボールを運んでから右サイドに展開して生まれたチャンス。鳥栖は完全に小野のゲームコントロールの下での戦いとなり、彼が1対1を誰にしかけさせるかという判断での攻撃となっていました。
左サイド一辺倒の攻撃でも得点が取れなかった鳥栖は、ゲームメイクに苦慮していた右サイドにテコ入れするべく、ジョンスに代えて金森を投入。
金森の配置が気になるところでしたが、祐治をトップの位置に上げてパワープレイをしかける準備として、そのセカンドボールを拾うフォロー役としてセカンドトップの位置にいれました。
パワープレイの効果がでたのは早速84分。ゴールキーパーからのキックを競った豊田のボールを祐治が拾ってゴール前へ。そこから右サイドに展開してからのヨンウのクロスを祐治がドンピシャヘッドでしたが林の正面。小野のゲームメイクプランから一転したパワープレイによる攻撃で早速チャンスを作ります。
同点ゴールはその直後。小野からの長いボールの配球を豊田が競って右サイドのヨンウへ。ヨンウが1対1を制してクロスを供給し、金崎が落としたこぼれ球を豊田が左足でねじ込みました。東京にとっては、パワープレイに対する準備が不足していた面は否めないかと。祐治が上がって鳥栖が5人を前線に並べ、小野が最終ラインに落ちてる状態で、長いボールを蹴るしかないシチュエーションであるのですが、東京の両サイドハーフが高い位置にポジションを取っており、小野がボールを蹴ってもリトリートが遅れたため、ヨンウがオジェソクと1対1となる状況を作ってしまいました。鳥栖にとっては願ってもない状況を作り出すことができ、しっかりとゴールを決めてくれました。
同点になってからはややオープンな展開での攻撃となりました。逆転ゴールのきっかけは、同じ過ちは繰り返さないとばかりに三田のコーナーキックのボールをしっかりとキャッチした高丘からの素早い展開。後半開始早々にやられてしまったリベンジを見せるかのごとく、しっかりとキャッチしてスプリントを始める金崎へ送り込みます。金崎は左サイドをあがるクエンカにパスを送り、クエンカがファウルを受けてフリーキックを獲得。このフリーキックからの攻撃が決勝点となりました。小野のフリーキックの前に、ポジショニングの話なのか、キックで狙う位置の確認なのかは分かりませんが、ベンチと綿密な話が行われていました。選手たちのみならず、ベンチもともに魂を込めた決勝ゴールでした。
■おわりに
鳥栖としては、ホームでの戦いにしては珍しく硬直状態を辞さずという選手配置でした。首位を走る東京相手に慎重になったのか、ここのところ失点してから追う展開という苦しい戦いが続いているので、まずは無失点を狙っての起用だったのでしょう。
その構想がちょっと崩れて先制点を奪われたものの、そこから追加点を与えなかったのが最後の逆転まで結びつきました。何回かチャンスのあったディエゴのシュートが決まっていたら、この試合は終わっていたでしょうが、なんとか耐えきりました。
鳥栖は現在確固たるレギュラーが11人そろっているという状態ではありません。攻撃の特徴のある選手、守備に特徴のある選手、それぞれのシチュエーションで輝ける選手をベンチの采配で工夫しながら勝ち点を拾いに行くサッカーをしています。
逆に言うと、ストロングポイントを持っている選手は多数いるので、ベンチの采配次第では、11人が固定化されているチームよりも、いろいろな戦い方を見ることができてある意味面白いサッカーをしているのかもしれません。
豊田、祐治、金崎の3トップでのパワープレイで同点ゴールを取りきれたのは一つのオプションとして今後も活用されるでしょう。このシチュエーションは負けている状況であることが想定され、あまり見たいシーンではありませんが(笑)
今節終わって、名古屋、仙台、湘南と1試合で逆転できる勝ち点差まで持ってくることができました。得失点差で不利のある鳥栖は、勝ち点によって上回る必要がありますので、1試合で逆転できるところに持ってこれたのは非常に大きいですね。次節は最下位のジュビロとの対戦。これから残留に向けた山場の試合があるでしょうが、おそらく最初の山場はこの試合じゃないでしょうか。次節は名古屋と仙台が戦って勝ち点を奪い合うので、鳥栖は勝てば無条件で降格圏内を脱出できます。山場の試合を勝って久しぶりの残留圏内にジャンプアップしたいですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
Posted by オオタニ at
18:24
│Match Impression (2019)
2019年10月04日
2019 第27節 : サガン鳥栖 VS 浦和レッズ
2019シーズン第27節、浦和レッズ戦のレビューです。
■ システム
--------------
■試合
序盤にチャンスをつかんだのはサガン鳥栖。
互いにボールを持ったらすぐに前へと向かう目まぐるしいトランジションの中で、鳥栖がカウンターのねらい目としたのが橋岡の裏のスペース。クエンカや小野がボールをもって前進し、センターバックやウイングを中央に引き寄せた状態で金崎や金森がその裏のスペースを狙うという、ひとつの形として整備されたものでした。特に2分のシーンは金森からのマイナスのクロスが中央にぴったりとあったので決めてほしかったところ。HONDAの選手は決めたのに…なんて余計な事も思ったりしちゃったりして(広川太一郎風)
早いトランジション合戦は続き、この結果、鳥栖は決して高さに強い選手がピッチ内にいるわけでもないにも関わらず、ロングボール合戦にお付き合いしてしまいます。浦和に喫した先制点も、西川からの長いボールに対する対処の誤りから発生した武藤のゴールでした。おそらく、トレーニング通りの動きかとは思いますが、橋岡が中央に絞ってロングボールを競ることによってマークのずらしを狙い、対して鳥栖は、西川からの長いボールに対して秀人が競りに出てきます。これで、サイドから出てきた橋岡、中央から出てきた秀人という形でマッチアップのずれが生じ、このマッチアップのずれによって生まれた中央のスペースを鳥栖は埋めることができず、また、秀人、祐治と空中戦で2連敗を喫してしまったことにより、先制点を浴びてしまう事となりました。
仙台戦でも、最終ラインからひとり出て行った時のフォローの問題で失点しましたが、今節も最終ラインからセンターバックがロングボールに競り合いに出て行ったときのスペースのケアの問題で失点してしまいました。これは、選手が代わってもその状況が生み出されているので、チームとしての約束事を明確にする必要があるでしょう。トレーニングを見ているわけではないので多くは触れられないのですが、チームとして、最終ラインに生じたスペースをどう取り扱うのかという意思統一、そこが洗練されていないために、一向に失点が減らない状況を生み出しています。金井個人の判断としては、オフサイドをとりにいくというものでしたが、原はその意図を感じることはできませんでした。この続きは「最終ライン」の項で。
先制された鳥栖は、ビハインドという、やる事がわかりやすい状況になったため、得点に向けてサイドバックが徐々に高い位置を取るようになります。鳥栖が活用を狙ったのは、ウイングバックの裏のスペース。鳥栖のサイドハーフの動きによって浦和のウイングバックを引き出し、そのスペースを作り出す動きを見せていました。スペースを狙う選手は、その時々によって変わり、カウンター気味の時はフォワード、ビルドアップからの流れではサイドバックという形が多かったです。
先制した浦和は無理することなく、ボールをつなぎながら詰まったら長いボールを蹴って回避する形。最終ライン3名は保持したまま、そこに青木やエヴェルトンを下げることによって5名でボール保持を試みます。ボールを奪いたい鳥栖は、そこにクエンカ、金森も上がってきて4-2-4の形でプレッシャーをかけますが、浦和は、鳥栖が中盤を2枚として広くなったスペースに対してファブリシオや武藤が下りてきて受けられれば縦に当て、パスコースがなかったら躊躇せずにロングボールでプレッシングを回避します。
松岡と原川が2人でファブリシオ、武藤、長澤を見なければならないのはちょっときつかったですね。金崎と小野のプレッシングが連動していないため、原川と松岡の脇のエリアへのパスコースが空いていたので、そこを通されてしまうケースは多々ありました。
また、ロングボールは最終ラインからサイドに向けて角度をつけたボールが多く見られました。鳥栖がカウンターを狙っているのは分かっていたので、中央ではじき返されてそのままキープされてサイドに展開されるというリスクの回避と、鳥栖のサイドの選手を下げさせる(上げさせない)ためという目的が考えられます。無論、ボールサイドに寄ってくる鳥栖のブロックに揺さぶりをかけるという目的も。
鳥栖はビハインドの心境からか、早くボールを奪いたいという気持ちが強く出すぎて、前から行きたい前線と長いボールのケアをしたい最終ラインとの間が、前半でありながら早くもオープンになってきていました。その状態で中央に陣取っていたファブリシオや武藤にボールが入っていたため、ファールで止めるしかないような状況となっていました。攻撃は良い守備からと言いますが、前から行っても効率的に網にかけれず、プレスを抜けられてからはファールで止めるしかないので、前半開始早々で見せた良い位置で奪ってからのカウンター攻撃につなげることができていませんでした。ここも一つのゲーム運びの部分ですよね。失点したら焦ってボールを奪いに行かなければならないというルールはないのですから、まずは、チームとして準備してきた事の再確認と、試合が進んでからの修正ポイントの相互理解ですね。言葉では簡単でもなかなか実践は難しいのですが、組織スポーツである以上は、ひとりひとりが理解していくしかありません。
徐々に浦和がボールを支配していくのですが、その浦和もパスの精度という点では、盤石ではなく、時折ミスも発生します。そのミスが発生したときにカウンターにつなげたい鳥栖なのですが、カウンターの起点を金崎においており、金崎にボールを預けてからサイドへの展開という目論見だったのでしょうが、金崎一人に対して鈴木、槙野、岩波という屈強の守備陣がついていたため、なかなかボールキープすることができませんでした。サイドに逃げると金森とクエンカのスペースを消すことになるので、もしかしたら中央での起点はチームオーダーなのかもしれませんが、なかなか自由にボールをコントロールさせてもらえませんでした。
浦和の出足の鋭さと、ロングボールに対する競り合いの弱さから、なかなか効果的な攻撃につながらない鳥栖は、セットプレイの流れから浦和に追加点を許してしまいます。こぼれ球を前線に送ろうとして原川が蹴ったボールが、金崎にも金森にも届かないところに飛んでしまったことにより、浦和に拾われてしまったのですが、この状況で鳥栖は攻撃に出ようとしたために2列目(クエンカ、原川、松岡、金森)が最終ラインの前に誰もいないという状況になってしまっていました。攻守の切り替えの中で、フォーメーションがバラバラになっていたところを浦和に拾われてしまったことにより、スピードにのってドリブルで運んでくる鈴木に対するフィルターがかからずに最終ラインの秀人が出ていかざるを得ない状況になりました。
鳥栖は、カウンターの起点を中央の金崎においていたことにより、原川はそこを目指して蹴ったのですが、浦和が長いボールを蹴るときに、そのリスクを排除するためにサイドに送り込んでいたのとは対照的でした。中央からのカウンターは、相手のゴール前に迫るためには最短経路ではあるのですが、そこでつぶされるとカウンターのカウンターで逆にあっという間にゴール前に迫られてしまうというリスクがあります。今回はそのリスクが顕在化する形の結果となってしまいました。
浦和のボールの取り方からゴールまで一連の、原川に対して自由を与えないようにプレッシャーをかけた岩波、ボールをカットして前進を張った鈴木、ワンタッチではたいた長澤(その後自分でゴールを決めました)、この辺りの動きは非常にスピーディでしたし、トランジションによって隊列が乱れていた鳥栖は、なすすべもなくビューティフルゴールを見守る羽目となってしまいました。
後半に入って鳥栖は豊田、ヨンウを投入。前線からのプレッシングも、豊田、金崎、クエンカを浦和の3センターバックにあて、ウイングバックに対してもサイドバックが列を上げてプレッシャーをかけるようになり、より前からのプレッシングを強めます。
攻撃の配置では、ビルドアップにおいて、原川と小野を並列に置き、浦和のトップ+2セカンドトップの3人のプレッシングに対して、鳥栖は2センター+2ボランチで対処します。ボランチのどちらかがセンターバックまで出てきたら、その背後でボールを受けとる形を狙います。
これに加えて、前半と異なり、浦和の5-3-2プレッシングでできるセントラルハーフの脇のスペースを鳥栖が効果的に利用しだしたのも大きいと思います。小野や原川のみならず、原や金井がビルドアップのサポートでやや中央に絞る動きを見せて、定石通りに、5-3-2プレッシングででてくる相手のセントラルハーフ回りの脇のスペースをしっかりと利用するようになってきました。ここにボールが入ってくることによって、浦和はウイングを上げるか、セカンドトップを下げるか、ボランチを寄せるか、守備を動かさざるを得ないことになります。
浦和はビルドアップ封鎖の為に、小野、原川に対して、青木やエヴェルトンが前に出てプレッシャーをかけたかったでしょうが、背後から顔を出してくる豊田と金崎が厄介で、自分たちが出ていくとそこに彼らが入ってくるのが分かっているので、なかなか前に行けませんでした。そうなると、プレッシングが甘い状況下では小野と原川が中盤を制することになり、さらにサイドバックの位置から金井、原が中央に絞ってくるので浦和全体を中央に寄せることになり、サイドのヨンウやクエンカへの展開のルートができることになります。
また、豊田が中央に陣取ることによって、ここも鈴木をピン留めすることに成功します。サイドと中央が固定化されたので、ハーフスペースから自由に動き出す金崎が生きてきます。豊田と鈴木がマッチアップすることによってそこがオフサイドラインとなり、背後を取る動きでストッパーの槙野や岩波を動かすことを狙います。そこでできたスペースをクエンカやヨンウがカットインで利用したり、パンゾーロールで上がってきた原や金井が利用したりですね。
更に、鳥栖は左右のマッチアップを明確にします。関根にクエンカ、橋岡にアンヨンウという形を作り、個人突破によるクロスもしくはハーフスペースに入ってくるサイドバックを活用した崩しを狙います。そこに両サイドバックが入ってくると、浦和の最終ライン5人に対して鳥栖は6人を並べることになり、浦和にボランチもしくはセカンドトップを下げざるを得ない形を求めます。2点ビハインドというのはありますが、かなり攻撃に人数をかけるシフトを組んでいました。特にヨンウのマッチアップはかなり功を奏して左足でボールをさらしながら、縦への突破からのクロス、カットインからのクロスを何度も試みていましたが、まずまずの勝率だったのではないでしょうか。3点目も彼の個人の突破からのクロスでしたしね。
金崎は比較的フリーに動いていましたが、主な役割としては、3センターの両サイドの選手の背後を狙った飛び出しと、その前でボールを受ける事。オフザボールにおける味方を生かすための献身的な動きは非常に素晴らしく、何度も何度も上下動する動きで、浦和の最終ラインに揺さぶりをかけていました。自分がボールを受けてから、味方との連係が取れない時に、強引な突破が第一の選択肢となって、しばしばもったいない形でボールロストしてしまうのですが、その強引さも彼の魅力と言えばそうなので、修正ポイントであるかどうかはわかりません。
後半にボールが循環し、サイドの局面で個人でのボール保持で優位に立とうとする鳥栖に対し、浦和は前線からの5-3-2プレッシングから、やや撤退気味の5-4-1ブロックに徐々にシフトしていきます。セカンドトップを両サイドに下げ(ファブリシオは前半からこの前への動きと左サイドハーフへ下がる動きは常に意識していました)、鳥栖が使えるスペースそのものを圧縮にかかります。両サイドを下げることによって、ヨンウやクエンカが保持するところで突破される前に食い止めたいというところもあったのでしょう。
ただし、セカンドトップをワイドに下げる事によって、前に残る選手が武藤ひとりとなり、浦和はボールを奪っても前線にボールを送り込む際の選択肢が武藤に限られてしまいます。鳥栖は両センターバックが残っているため、武藤が秀人と祐治を相手にしなければなりません。このマッチアップならば、ハイボールの競り合いにおいても、足元へのパスにおいても、鳥栖が起点をつぶすことができるため、浦和は引いて守って蹴って取られての望ましくないサイクルを生み出してしまう事になります。この状況を見て、大槻監督も手を打ちまして、守備強化のために柴戸を入れました。前にプレッシングに出ていくパワーと、最終ラインのフォローというサポート。そのあたりが期待されたのでしょう。
困ったときのセットプレイと言いますが、反撃ののろしとなる1得点目は原川の素晴らしいフリーキック、同点ゴールはコーナーキックからの得点でした。鳥栖が押し込む展開となり、徐々に相手陣地でのセットプレイやコーナーキックが取れたからこそのセットプレイであり、それを着実に得点に結びつけたのは非常によかったですね。
そして、3点目のゴールは、出足の止まった浦和のつなぎを高い位置でカットして、カウンターに備えて右サイドに張っていたヨンウに渡し、ヨンウがマッチアップを制してマイナスのクロスを送ったところで勝負ありでした。前半も同じようなシーンはありましたが、クエンカはゴール前への侵入が徐々にチームにマッチしてきた感があります。パスの出し手と受け手の息がここにきてようやく合いだしてきました。
ただ、残念ながら最後は試合運びのところで失敗しました。ビハインドの状態では、ボールを奪って全体が押しあがるのが早いので、前で詰まっても後ろからフォローするメンバーがいたために、単純なボールロストなくボールをつなぐことができましたが、リードしてしまった事によって、最終ラインと中盤の押し上げがなくなり、前線が孤立して無理に裏に抜けようとする動きや、無理に裏に出そうとするパスによるボールロストが多くなりました。
蹴るならば大きく蹴って整える、つなぐならば全体をコンパクトにして人数不足が発生しないようにしてつなぐ、やりたいことに伴ったポジションを取れてないので、簡単に浦和にボールを渡して、ゴール前にボールを送られる機会が増えてきました。浦和が鳥栖のゴール前にボールを送る機会が多くなるという事は、それだけ事故の発生確率も多くなるという事です。
確率が上がった中で不用意に押してしまう状況を見逃してもらえず、ある意味いつ発生してもおかしくないPKが、タイムアップ前に起きてしまったという事だったのでしょう。金井は攻撃力にストロングポイントがあり、守備力にウィークポイントがあるというところのウィークポイントがでてしまった形となりました。
PKを取られるきっかけとなったの一つのプレイが気になりまして、ゴール前にボールを送られる直前のプレイで、金崎がボールを奪ったのですが、その奪ったシーンで、トラップなのか、クエンカへのパスなのか、自ら抜けようとしたのか、彼なりに何かを狙っていたのでしょうが、中途半端な対応になってしまって、浦和の選手にボールを渡してしてしまい、そのままPKを取られてしまうクロスを上げられてしまいました。
これは、金崎の問題ではなく、アディショナルタイムに入ってからの時間を通じて、チームとしてのやるべきことが統一してなかったことによって発生してしまった事とも言えます。辛辣な言い方ですが、勝てないチームだから負けている時の戦い方は洗練されているけど、勝っているときの戦い方は未熟であるということなのかもしれません。勝てないチームだから勝ち方を知らないのでしょう。
しかし、これを乗り越えるためには何とかして勝つしかありません。勝つためには泥臭さも必要ですし、相手から嫌がられることも必要です。なりふり構わないくらいでないと継続した勝利は得られないでしょう。
相手の陣地深くで時間を使う事は忌み嫌われることもありますが、相手から嫌われるということは、効果があることの裏返しでもあります。
上位をうかがっていたころのサガン鳥栖は、リードすると5バック化してただひたすらに守り切るという戦術をとりました。チームとしてそうすることを全体が理解しているからこそ、効果が出ます。次はこうするだろうなと言うことがサポーターも認識出来るのも、雰囲気作りの意味では大きいですよね。
いずれにしても、リードしてからのアディショナルタイムの戦い方の統一ですよね。安全に、大事に行こうとするばかりに、逆にそれがリスクとなってしまうこともあります。
■最終ライン
今シーズンの失点が多いのは、単純に最終ラインにかける人数の違いというのはあります。サイドハーフの下げ方、ボランチの下げ方、前線からのプレッシングを突破され、アタッキングサードに侵入されたときの第二の網をどのように張り巡らせるのか。
単純に網を張り巡らせる人数をどこに多くかけるのかという所を変えるだけでも守備の様相は大きく変わりまして、最終ラインに空けてしまうスペースを消すためのひとつの解決策としては、人海戦術で最終ラインに5名並べるという選択。マッシモさんの場合はこの守り方でしたよね。サイドハーフの福田が上下をコントロールしてサイドに下がることによって、サイドバックが中央に絞ることになり、中央にスペースができたとしても、それをケアするまでの時間が短縮できます。時にはボランチの義希まで下がって6人が並ぶこともありました。
ただし、このように人を下げてしまうと、攻撃に手数がかけられないというジレンマもセットでついてきていたので、ミョンヒさんに代わってからは、福田の位置が高くなって得点が取れだしたというのもあります。チームとして何を大事にするかという所ではあるのですが、現在の鳥栖は、決して疎かにしてはならないエリアに対する守備が疎かになっていることが、失点につながっていることは間違いないです。改善の余地は多分にあります。
チームとしての守り方、スペースの埋め方が洗練されていないのは、最終ラインの熟成度にも大きくかかわるのですが、本年度の鳥栖で要因の一つだと思われるのが、単純にレギュラーが固定していない事です。百聞は一見に如かずということで、ひとつデータを。
現在首位を走るFC東京、リーグ最少失点のC大阪、共に最終ラインはレギュラーがほぼ固定化しております。失点が多いから最終ラインのメンバーを入れ替えるのか、最終ラインのメンバーを入れ替えるから失点が増えるのか、卵と鶏の問題みたいで何とも言えませんが、少なくとも、同じメンバーで戦わないと、選手間の相互理解(意思疎通)が高めあえないところはあります。試合を重ねることによって、最終ラインのメンバーが動きのクセや状況に応じた対応というのを把握していくというのはありますので、早期のレギュラー固定化というのは喫緊の課題ですよね。
最終ラインのみならず、中盤の選手でも前線の選手でも同じことが言えて、前半に金森が良い動きを見せていましたが、なかなかボールは配球されず、ヨンウに代わって彼が仕事のできやすいボールの配球ができるようになりました。中盤の配置が異なったというのもありますが、金森のセンスと個人技、ヨンウのセンスと個人技、それぞれ遜色のない二人だと思いますが、それをどう生かすかというところはチームに長くいるヨンウの方が周りが理解しているという事でしょう。それを補うのが組織であり、戦術でもあるのですが、最後の動きのところはやはり個人のクセと傾向はあるので、相互理解するためには試合で培うしかないですよね。
■おわりに
原川がゴールを決めてから、クエンカが逆転ゴールを決めるまでのスタジアムの雰囲気は素晴らしかったですね。あの雰囲気は間違いなく浦和の選手たちの心理的なプレッシャーにもなったでしょうし、鳥栖の選手たちの後押しになったでしょう。メインスタンドから自然と、テンポにしてAllegretto(♪ =108 くらい?)の手拍子が生まれました。メインスタンドの拍手はゴール裏のチャントとはまったく関係のない形で自然発生していました。逆転の雰囲気を作りあげるのはゴール裏だけではなく、スタジアムにいるサガン鳥栖サポーター全員で作り上げなければならないというお手本のような試合だったと思います。
2点ビハインドの場面だったので、貴重な勝ち点1を取れたと捉えるか、いったんリードしたので勝ち点2を失ったと捉えるか。それはシーズン終了後の結果でのみ判断されます。残留したならば貴重な勝ち点1ということですし、降格したならば無念の勝ち点1だったという事ですよね。残り試合に全力を尽くして、この試合が悔やまれる思いでではなく、良い思い出になるようにしたいですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
■ システム
--------------
■試合
序盤にチャンスをつかんだのはサガン鳥栖。
互いにボールを持ったらすぐに前へと向かう目まぐるしいトランジションの中で、鳥栖がカウンターのねらい目としたのが橋岡の裏のスペース。クエンカや小野がボールをもって前進し、センターバックやウイングを中央に引き寄せた状態で金崎や金森がその裏のスペースを狙うという、ひとつの形として整備されたものでした。特に2分のシーンは金森からのマイナスのクロスが中央にぴったりとあったので決めてほしかったところ。HONDAの選手は決めたのに…なんて余計な事も思ったりしちゃったりして(広川太一郎風)
早いトランジション合戦は続き、この結果、鳥栖は決して高さに強い選手がピッチ内にいるわけでもないにも関わらず、ロングボール合戦にお付き合いしてしまいます。浦和に喫した先制点も、西川からの長いボールに対する対処の誤りから発生した武藤のゴールでした。おそらく、トレーニング通りの動きかとは思いますが、橋岡が中央に絞ってロングボールを競ることによってマークのずらしを狙い、対して鳥栖は、西川からの長いボールに対して秀人が競りに出てきます。これで、サイドから出てきた橋岡、中央から出てきた秀人という形でマッチアップのずれが生じ、このマッチアップのずれによって生まれた中央のスペースを鳥栖は埋めることができず、また、秀人、祐治と空中戦で2連敗を喫してしまったことにより、先制点を浴びてしまう事となりました。
仙台戦でも、最終ラインからひとり出て行った時のフォローの問題で失点しましたが、今節も最終ラインからセンターバックがロングボールに競り合いに出て行ったときのスペースのケアの問題で失点してしまいました。これは、選手が代わってもその状況が生み出されているので、チームとしての約束事を明確にする必要があるでしょう。トレーニングを見ているわけではないので多くは触れられないのですが、チームとして、最終ラインに生じたスペースをどう取り扱うのかという意思統一、そこが洗練されていないために、一向に失点が減らない状況を生み出しています。金井個人の判断としては、オフサイドをとりにいくというものでしたが、原はその意図を感じることはできませんでした。この続きは「最終ライン」の項で。
先制された鳥栖は、ビハインドという、やる事がわかりやすい状況になったため、得点に向けてサイドバックが徐々に高い位置を取るようになります。鳥栖が活用を狙ったのは、ウイングバックの裏のスペース。鳥栖のサイドハーフの動きによって浦和のウイングバックを引き出し、そのスペースを作り出す動きを見せていました。スペースを狙う選手は、その時々によって変わり、カウンター気味の時はフォワード、ビルドアップからの流れではサイドバックという形が多かったです。
先制した浦和は無理することなく、ボールをつなぎながら詰まったら長いボールを蹴って回避する形。最終ライン3名は保持したまま、そこに青木やエヴェルトンを下げることによって5名でボール保持を試みます。ボールを奪いたい鳥栖は、そこにクエンカ、金森も上がってきて4-2-4の形でプレッシャーをかけますが、浦和は、鳥栖が中盤を2枚として広くなったスペースに対してファブリシオや武藤が下りてきて受けられれば縦に当て、パスコースがなかったら躊躇せずにロングボールでプレッシングを回避します。
松岡と原川が2人でファブリシオ、武藤、長澤を見なければならないのはちょっときつかったですね。金崎と小野のプレッシングが連動していないため、原川と松岡の脇のエリアへのパスコースが空いていたので、そこを通されてしまうケースは多々ありました。
また、ロングボールは最終ラインからサイドに向けて角度をつけたボールが多く見られました。鳥栖がカウンターを狙っているのは分かっていたので、中央ではじき返されてそのままキープされてサイドに展開されるというリスクの回避と、鳥栖のサイドの選手を下げさせる(上げさせない)ためという目的が考えられます。無論、ボールサイドに寄ってくる鳥栖のブロックに揺さぶりをかけるという目的も。
鳥栖はビハインドの心境からか、早くボールを奪いたいという気持ちが強く出すぎて、前から行きたい前線と長いボールのケアをしたい最終ラインとの間が、前半でありながら早くもオープンになってきていました。その状態で中央に陣取っていたファブリシオや武藤にボールが入っていたため、ファールで止めるしかないような状況となっていました。攻撃は良い守備からと言いますが、前から行っても効率的に網にかけれず、プレスを抜けられてからはファールで止めるしかないので、前半開始早々で見せた良い位置で奪ってからのカウンター攻撃につなげることができていませんでした。ここも一つのゲーム運びの部分ですよね。失点したら焦ってボールを奪いに行かなければならないというルールはないのですから、まずは、チームとして準備してきた事の再確認と、試合が進んでからの修正ポイントの相互理解ですね。言葉では簡単でもなかなか実践は難しいのですが、組織スポーツである以上は、ひとりひとりが理解していくしかありません。
徐々に浦和がボールを支配していくのですが、その浦和もパスの精度という点では、盤石ではなく、時折ミスも発生します。そのミスが発生したときにカウンターにつなげたい鳥栖なのですが、カウンターの起点を金崎においており、金崎にボールを預けてからサイドへの展開という目論見だったのでしょうが、金崎一人に対して鈴木、槙野、岩波という屈強の守備陣がついていたため、なかなかボールキープすることができませんでした。サイドに逃げると金森とクエンカのスペースを消すことになるので、もしかしたら中央での起点はチームオーダーなのかもしれませんが、なかなか自由にボールをコントロールさせてもらえませんでした。
浦和の出足の鋭さと、ロングボールに対する競り合いの弱さから、なかなか効果的な攻撃につながらない鳥栖は、セットプレイの流れから浦和に追加点を許してしまいます。こぼれ球を前線に送ろうとして原川が蹴ったボールが、金崎にも金森にも届かないところに飛んでしまったことにより、浦和に拾われてしまったのですが、この状況で鳥栖は攻撃に出ようとしたために2列目(クエンカ、原川、松岡、金森)が最終ラインの前に誰もいないという状況になってしまっていました。攻守の切り替えの中で、フォーメーションがバラバラになっていたところを浦和に拾われてしまったことにより、スピードにのってドリブルで運んでくる鈴木に対するフィルターがかからずに最終ラインの秀人が出ていかざるを得ない状況になりました。
鳥栖は、カウンターの起点を中央の金崎においていたことにより、原川はそこを目指して蹴ったのですが、浦和が長いボールを蹴るときに、そのリスクを排除するためにサイドに送り込んでいたのとは対照的でした。中央からのカウンターは、相手のゴール前に迫るためには最短経路ではあるのですが、そこでつぶされるとカウンターのカウンターで逆にあっという間にゴール前に迫られてしまうというリスクがあります。今回はそのリスクが顕在化する形の結果となってしまいました。
浦和のボールの取り方からゴールまで一連の、原川に対して自由を与えないようにプレッシャーをかけた岩波、ボールをカットして前進を張った鈴木、ワンタッチではたいた長澤(その後自分でゴールを決めました)、この辺りの動きは非常にスピーディでしたし、トランジションによって隊列が乱れていた鳥栖は、なすすべもなくビューティフルゴールを見守る羽目となってしまいました。
後半に入って鳥栖は豊田、ヨンウを投入。前線からのプレッシングも、豊田、金崎、クエンカを浦和の3センターバックにあて、ウイングバックに対してもサイドバックが列を上げてプレッシャーをかけるようになり、より前からのプレッシングを強めます。
攻撃の配置では、ビルドアップにおいて、原川と小野を並列に置き、浦和のトップ+2セカンドトップの3人のプレッシングに対して、鳥栖は2センター+2ボランチで対処します。ボランチのどちらかがセンターバックまで出てきたら、その背後でボールを受けとる形を狙います。
これに加えて、前半と異なり、浦和の5-3-2プレッシングでできるセントラルハーフの脇のスペースを鳥栖が効果的に利用しだしたのも大きいと思います。小野や原川のみならず、原や金井がビルドアップのサポートでやや中央に絞る動きを見せて、定石通りに、5-3-2プレッシングででてくる相手のセントラルハーフ回りの脇のスペースをしっかりと利用するようになってきました。ここにボールが入ってくることによって、浦和はウイングを上げるか、セカンドトップを下げるか、ボランチを寄せるか、守備を動かさざるを得ないことになります。
浦和はビルドアップ封鎖の為に、小野、原川に対して、青木やエヴェルトンが前に出てプレッシャーをかけたかったでしょうが、背後から顔を出してくる豊田と金崎が厄介で、自分たちが出ていくとそこに彼らが入ってくるのが分かっているので、なかなか前に行けませんでした。そうなると、プレッシングが甘い状況下では小野と原川が中盤を制することになり、さらにサイドバックの位置から金井、原が中央に絞ってくるので浦和全体を中央に寄せることになり、サイドのヨンウやクエンカへの展開のルートができることになります。
また、豊田が中央に陣取ることによって、ここも鈴木をピン留めすることに成功します。サイドと中央が固定化されたので、ハーフスペースから自由に動き出す金崎が生きてきます。豊田と鈴木がマッチアップすることによってそこがオフサイドラインとなり、背後を取る動きでストッパーの槙野や岩波を動かすことを狙います。そこでできたスペースをクエンカやヨンウがカットインで利用したり、パンゾーロールで上がってきた原や金井が利用したりですね。
更に、鳥栖は左右のマッチアップを明確にします。関根にクエンカ、橋岡にアンヨンウという形を作り、個人突破によるクロスもしくはハーフスペースに入ってくるサイドバックを活用した崩しを狙います。そこに両サイドバックが入ってくると、浦和の最終ライン5人に対して鳥栖は6人を並べることになり、浦和にボランチもしくはセカンドトップを下げざるを得ない形を求めます。2点ビハインドというのはありますが、かなり攻撃に人数をかけるシフトを組んでいました。特にヨンウのマッチアップはかなり功を奏して左足でボールをさらしながら、縦への突破からのクロス、カットインからのクロスを何度も試みていましたが、まずまずの勝率だったのではないでしょうか。3点目も彼の個人の突破からのクロスでしたしね。
金崎は比較的フリーに動いていましたが、主な役割としては、3センターの両サイドの選手の背後を狙った飛び出しと、その前でボールを受ける事。オフザボールにおける味方を生かすための献身的な動きは非常に素晴らしく、何度も何度も上下動する動きで、浦和の最終ラインに揺さぶりをかけていました。自分がボールを受けてから、味方との連係が取れない時に、強引な突破が第一の選択肢となって、しばしばもったいない形でボールロストしてしまうのですが、その強引さも彼の魅力と言えばそうなので、修正ポイントであるかどうかはわかりません。
後半にボールが循環し、サイドの局面で個人でのボール保持で優位に立とうとする鳥栖に対し、浦和は前線からの5-3-2プレッシングから、やや撤退気味の5-4-1ブロックに徐々にシフトしていきます。セカンドトップを両サイドに下げ(ファブリシオは前半からこの前への動きと左サイドハーフへ下がる動きは常に意識していました)、鳥栖が使えるスペースそのものを圧縮にかかります。両サイドを下げることによって、ヨンウやクエンカが保持するところで突破される前に食い止めたいというところもあったのでしょう。
ただし、セカンドトップをワイドに下げる事によって、前に残る選手が武藤ひとりとなり、浦和はボールを奪っても前線にボールを送り込む際の選択肢が武藤に限られてしまいます。鳥栖は両センターバックが残っているため、武藤が秀人と祐治を相手にしなければなりません。このマッチアップならば、ハイボールの競り合いにおいても、足元へのパスにおいても、鳥栖が起点をつぶすことができるため、浦和は引いて守って蹴って取られての望ましくないサイクルを生み出してしまう事になります。この状況を見て、大槻監督も手を打ちまして、守備強化のために柴戸を入れました。前にプレッシングに出ていくパワーと、最終ラインのフォローというサポート。そのあたりが期待されたのでしょう。
困ったときのセットプレイと言いますが、反撃ののろしとなる1得点目は原川の素晴らしいフリーキック、同点ゴールはコーナーキックからの得点でした。鳥栖が押し込む展開となり、徐々に相手陣地でのセットプレイやコーナーキックが取れたからこそのセットプレイであり、それを着実に得点に結びつけたのは非常によかったですね。
そして、3点目のゴールは、出足の止まった浦和のつなぎを高い位置でカットして、カウンターに備えて右サイドに張っていたヨンウに渡し、ヨンウがマッチアップを制してマイナスのクロスを送ったところで勝負ありでした。前半も同じようなシーンはありましたが、クエンカはゴール前への侵入が徐々にチームにマッチしてきた感があります。パスの出し手と受け手の息がここにきてようやく合いだしてきました。
ただ、残念ながら最後は試合運びのところで失敗しました。ビハインドの状態では、ボールを奪って全体が押しあがるのが早いので、前で詰まっても後ろからフォローするメンバーがいたために、単純なボールロストなくボールをつなぐことができましたが、リードしてしまった事によって、最終ラインと中盤の押し上げがなくなり、前線が孤立して無理に裏に抜けようとする動きや、無理に裏に出そうとするパスによるボールロストが多くなりました。
蹴るならば大きく蹴って整える、つなぐならば全体をコンパクトにして人数不足が発生しないようにしてつなぐ、やりたいことに伴ったポジションを取れてないので、簡単に浦和にボールを渡して、ゴール前にボールを送られる機会が増えてきました。浦和が鳥栖のゴール前にボールを送る機会が多くなるという事は、それだけ事故の発生確率も多くなるという事です。
確率が上がった中で不用意に押してしまう状況を見逃してもらえず、ある意味いつ発生してもおかしくないPKが、タイムアップ前に起きてしまったという事だったのでしょう。金井は攻撃力にストロングポイントがあり、守備力にウィークポイントがあるというところのウィークポイントがでてしまった形となりました。
PKを取られるきっかけとなったの一つのプレイが気になりまして、ゴール前にボールを送られる直前のプレイで、金崎がボールを奪ったのですが、その奪ったシーンで、トラップなのか、クエンカへのパスなのか、自ら抜けようとしたのか、彼なりに何かを狙っていたのでしょうが、中途半端な対応になってしまって、浦和の選手にボールを渡してしてしまい、そのままPKを取られてしまうクロスを上げられてしまいました。
これは、金崎の問題ではなく、アディショナルタイムに入ってからの時間を通じて、チームとしてのやるべきことが統一してなかったことによって発生してしまった事とも言えます。辛辣な言い方ですが、勝てないチームだから負けている時の戦い方は洗練されているけど、勝っているときの戦い方は未熟であるということなのかもしれません。勝てないチームだから勝ち方を知らないのでしょう。
しかし、これを乗り越えるためには何とかして勝つしかありません。勝つためには泥臭さも必要ですし、相手から嫌がられることも必要です。なりふり構わないくらいでないと継続した勝利は得られないでしょう。
相手の陣地深くで時間を使う事は忌み嫌われることもありますが、相手から嫌われるということは、効果があることの裏返しでもあります。
上位をうかがっていたころのサガン鳥栖は、リードすると5バック化してただひたすらに守り切るという戦術をとりました。チームとしてそうすることを全体が理解しているからこそ、効果が出ます。次はこうするだろうなと言うことがサポーターも認識出来るのも、雰囲気作りの意味では大きいですよね。
いずれにしても、リードしてからのアディショナルタイムの戦い方の統一ですよね。安全に、大事に行こうとするばかりに、逆にそれがリスクとなってしまうこともあります。
■最終ライン
今シーズンの失点が多いのは、単純に最終ラインにかける人数の違いというのはあります。サイドハーフの下げ方、ボランチの下げ方、前線からのプレッシングを突破され、アタッキングサードに侵入されたときの第二の網をどのように張り巡らせるのか。
単純に網を張り巡らせる人数をどこに多くかけるのかという所を変えるだけでも守備の様相は大きく変わりまして、最終ラインに空けてしまうスペースを消すためのひとつの解決策としては、人海戦術で最終ラインに5名並べるという選択。マッシモさんの場合はこの守り方でしたよね。サイドハーフの福田が上下をコントロールしてサイドに下がることによって、サイドバックが中央に絞ることになり、中央にスペースができたとしても、それをケアするまでの時間が短縮できます。時にはボランチの義希まで下がって6人が並ぶこともありました。
ただし、このように人を下げてしまうと、攻撃に手数がかけられないというジレンマもセットでついてきていたので、ミョンヒさんに代わってからは、福田の位置が高くなって得点が取れだしたというのもあります。チームとして何を大事にするかという所ではあるのですが、現在の鳥栖は、決して疎かにしてはならないエリアに対する守備が疎かになっていることが、失点につながっていることは間違いないです。改善の余地は多分にあります。
チームとしての守り方、スペースの埋め方が洗練されていないのは、最終ラインの熟成度にも大きくかかわるのですが、本年度の鳥栖で要因の一つだと思われるのが、単純にレギュラーが固定していない事です。百聞は一見に如かずということで、ひとつデータを。
現在首位を走るFC東京、リーグ最少失点のC大阪、共に最終ラインはレギュラーがほぼ固定化しております。失点が多いから最終ラインのメンバーを入れ替えるのか、最終ラインのメンバーを入れ替えるから失点が増えるのか、卵と鶏の問題みたいで何とも言えませんが、少なくとも、同じメンバーで戦わないと、選手間の相互理解(意思疎通)が高めあえないところはあります。試合を重ねることによって、最終ラインのメンバーが動きのクセや状況に応じた対応というのを把握していくというのはありますので、早期のレギュラー固定化というのは喫緊の課題ですよね。
最終ラインのみならず、中盤の選手でも前線の選手でも同じことが言えて、前半に金森が良い動きを見せていましたが、なかなかボールは配球されず、ヨンウに代わって彼が仕事のできやすいボールの配球ができるようになりました。中盤の配置が異なったというのもありますが、金森のセンスと個人技、ヨンウのセンスと個人技、それぞれ遜色のない二人だと思いますが、それをどう生かすかというところはチームに長くいるヨンウの方が周りが理解しているという事でしょう。それを補うのが組織であり、戦術でもあるのですが、最後の動きのところはやはり個人のクセと傾向はあるので、相互理解するためには試合で培うしかないですよね。
■おわりに
原川がゴールを決めてから、クエンカが逆転ゴールを決めるまでのスタジアムの雰囲気は素晴らしかったですね。あの雰囲気は間違いなく浦和の選手たちの心理的なプレッシャーにもなったでしょうし、鳥栖の選手たちの後押しになったでしょう。メインスタンドから自然と、テンポにしてAllegretto(♪ =108 くらい?)の手拍子が生まれました。メインスタンドの拍手はゴール裏のチャントとはまったく関係のない形で自然発生していました。逆転の雰囲気を作りあげるのはゴール裏だけではなく、スタジアムにいるサガン鳥栖サポーター全員で作り上げなければならないというお手本のような試合だったと思います。
2点ビハインドの場面だったので、貴重な勝ち点1を取れたと捉えるか、いったんリードしたので勝ち点2を失ったと捉えるか。それはシーズン終了後の結果でのみ判断されます。残留したならば貴重な勝ち点1ということですし、降格したならば無念の勝ち点1だったという事ですよね。残り試合に全力を尽くして、この試合が悔やまれる思いでではなく、良い思い出になるようにしたいですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
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15:54
│Match Impression (2019)
2019年09月20日
2019 天皇杯ベスト16 サガン鳥栖 VS セレッソ大阪
2019シーズン 天皇杯ベスト16 セレッソ大阪戦の所感です。
記憶を頼りに所感をつらつらと。
前半に風上に立ったサガン鳥栖が、その風の勢いをそのままに攻勢にでました。面白かったのは、ビルドアップの局面で、いつもは相手のツートップの脇のエリアに立ってセンターバックからのビルドアップの出口として立ち回る原川が、相手のセンターバックとサイドバックの間という高い位置に立っていたことでしょうか。左サイドハーフのポジションだったので、時折、長いボールを競るようなシーンもあり、配置の違いで役割が異なるというのがよくわかるシーンでした。競り合いにはそんなに勝ってはいませんでしたが(笑)
長いボールも豊田一辺倒ではなく、意外とハイボールに強い小野、そして上記のように原川と満遍なくボールを散らしていたこともセレッソとしては絞りにくかったかもしれません。豊田も中央に張って待ち受けるというよりは、サイドに張って片山とのマッチアップを選択するなど、長いボールの有効活用策をいろいろと張り巡らせていました。
今回は、ジョンスがボランチだったのですが、最近の鳥栖にはいないタイプのスタイルで勝利に貢献していました。一番の肝は、常に守備を意識したポジショニングを取って「安定・確実」なプレイを選択していたこと。彼から中央を切り裂くようなスルーパスはでませんが、ビルドアップするセンターバックが出しどころに困っていたときは、ディフェンスの間にポジションを移し、しっかりと顔を出してボールを引き出す動きをみせていました。この動きをしっかりと取ることで、フリーで受けさせたくないセレッソの守備を引き出せるので、そこで彼にボールが出てこなかったとしても、セレッソの守備をずらしてからの次の展開につなげることができます。無理をして前にチャレンジするのではなく、まずは安定的にボールを保持するために「水を運ぶ」役割を着実にこなしていました。長いボールを配球するのは秀人。攻撃を加速させる役割は原川、松岡。1対1を作って勝負を仕掛けるのはヨンウ。ジョンスは彼らが少しでも優位な状況でボールをさばけるような舞台づくりをこなし、まさにこれが役割分担ですよね。
守備面での貢献も非常に大きくて、中央の与えてはいけないスペースをしっかりと掌握しており、プレッシングにでるところとリトリートしてスペースを守る所の判断がよかったかなと思います。ソウザからのラストプレイ(ミドルシュート、ラストパス)の機会を与えなかったのも、ジョンスと松岡の二人が中央をしっかりと閉めていたところが大きいかったです。大型ボランチであるので、中盤に蹴りこまれたボールや、跳ね返したセカンドボールの空中戦になった時に競り勝てる可能性が高かったのも大きかったですね。この辺りは、松岡、福田、義希が中央にいるのとは異なる存在感を見せていました。
前半だったでしょうか。鳥栖がセンターサークル付近でボールを奪われ、相手がドリブルで突進してきた時に、無理につっかけてプレッシングに行かず、最終ラインとの距離を保ち、パスコースを制限しながら相手の攻撃を急がせない対応を取ったプレイは非常に秀逸でした。無理にボールを奪いに行くと、そこからパスが出て、しかも中央のスペースを空けるという最悪の展開が待ち構えているのですが、しっかりとスペースを消す対応を取れました。2列目と3列目の間にパスを通されても、しっかりとプレスバックしてゴール前でつなごうとするセレッソの自由を奪う対応をこなしていました。
セレッソの攻撃がなかなか機能しなかったのは、ビルドアップのために、ボランチを下げて後ろで数的優位を作っても、鳥栖がツートップでプレッシングを行うと簡単にボールを蹴ってしまうプレイになってしまっていたこと。全体を下げてつなごうというシフトの中でボールを蹴っても前線に人はおらず、セレッソの得意となる攻撃ではないことも相まって、機能性が損なわれていました。特に、蹴った先のターゲットがブルーノメンデスならばまだしも、鈴木となるケースが多く、鳥栖のセンターバック相手に簡単に競り負けてボールロストしていました。ボランチが藤田ではなく、ソウザであったことも、セカンドボールへの意識という点(長いボールに対するポジショニングの取り直しを素早くできるかという点)で、鳥栖の方がセカンドボール争いで優位となった要因のひとつであるでしょう。
セレッソは右サイドの守備も苦労していました。片山と水沼のポジショニングの問題なのかもしれませんが、ハーフスペースに入ってくる原川の対処に苦労していました。原川のボールキープからの、小野と三丸という2つの選択肢を消すことができず、サイドからのクロスや前進をなかなか止められないでいました。片山と三丸がマッチアップして、五分五分の戦いだったことも(時折かわされてクロスを上げられていたのも)両センターバックは苦しかったでしょう。しかし、守備がうまくいってなかったセレッソの右サイドですが、その右サイドバックの片山のロングスローが、セレッソの2得点に大きく影響を与えたというのも面白いですよね。あの直線的でスピードもあり、かつ飛距離も出るロングスローはかなり脅威でした。
プレッシングというのは、ただボールを奪うだけで終わりではなく、奪った後にどうやって早い攻撃につなげるのか、そのあたりのイメージの共有が必要ですよね。この試合では、前線がチェイスして、セレッソが無理にボランチや前線につないだ時に、セントラルハーフのところで奪うことができるシーンが作れると、小野と豊田はポジトラでの動き出しが早いので、セレッソの守備が固まる前の攻撃につなげることができていました。
鳥栖の2点目が典型的な例で、豊田と小野がプレッシングをしてヨンウに奪う機会を与えたことによって、ヨンウがボールを持つと同時に、小野と豊田がディフェンスラインの裏に走りこむ動きを見せたことによって、セレッソディフェンスを押し下げることができました。左サイドからは原川も走りこんでいましたね。この動きによって、少し下がったセレッソのディフェンスラインとヨンウとの間にスペースと時間ができ、冷静にゴールに流し込むことができました。豊田や小野が奪ってすぐにディフェンスと1対1を迎えるよりは、彼らが生かされる状況下でボールを奪う仕組みを作る方が、シュートチャンスは生まれますよね。
交代で入った金崎と福田も良い仕事をしてくれました。福田はヨンウのように攻撃時の1対1という局面で競り勝てる選手ではありませんが、前へのプレッシングで見せる鋭い出足と、そこでインパクトを与えてから素早く撤退するリトリートへの切り替え。まさに、ボクシングムーブメントを実現してくれる選手で、守備面から引き締めてくれた動きは見事でした。攻撃時にも労を惜しまずに縦に入る動きを見せ、3点目につながる逆サイドからファーサイドにはいってからのヘディングでの折り返しは見事でした。G大阪戦で枠を捉えられなかった金崎もしっかりと決めてくれましたね。枠の上のぎりぎりだったのはご愛敬でしたが、ゴールに近いところからだったので打ち上げ花火にならずに決めてくれてホッとしました(笑)
気になるのは、クエンカの存在でしょうか。クエンカのようにためて時間を作って、ボールキープできるプレイヤーは紛れもなく必要な存在ですし、大きな力となってくれる稀有な存在です。しかしながら、戦局の中で常に輝いていられるかというと必ずしもそうではない。戦術、味方との関係、相手との関係によっては、彼のスタイルが輝かない事もありえますし、守備面でのウィークポイントとなってしまう事もあり得ます。クエンカがいると彼中心のゲームメイクになり、この試合は彼がいないところでシンプルな形で得点がとれたことをどう評価するかですね。
豊田という武器をどう利用するかという事にも繋がりますよね。例えば、足元でつないでワンツーで抜け出してという攻撃を主体とするのであれば、金森、金崎、クエンカが絡む攻撃は非常に脅威です。ただ、豊田を最大限利用するならば、ゴール前に密集して足元勝負で挑むよりは、サイドからのクロスでも、裏へのスルーパスでも、例えアバウトなボールになったとしても、敵が密集する前に早めにボールを供給したほうが相手との勝負に勝てる見込みは高く、1点目はまさにニアサイドに上がったボールに豊田が反応した素晴らしいゴールでしたね。
クエンカと豊田は共存できるとは思います。ただし、彼らの強烈なストロングポイントを相殺しないような組み合わせ、戦術、そのあたりが監督の腕の見せ所なのでしょうね。
セレッソ主体で考えると、前線でも中盤でもバランスを取れて、ブルーノメンデスをうまくフォローできる奥埜、中盤でのボールのつなぎとセカンドボールを考えたポジショニングが取れる藤田、上下の動きとマッチアップでの無頼の強さを誇る松田陸、サイドから中央に入ってくる動き、そして味方を存分に生かすスルーパスを出せる清武、そのあたりの選手がいなかったところがそのまま、セレッソがうまくいかなかったポイントになったのかなと思います。
去年に引き続き、天皇杯は2年連続のベスト8進出となったサガン鳥栖。
去年もベスト8に進出していましたが、残留争いで忙しかったので忘れていた人もいるかもしれません(笑)
トーナメント戦での強さを発揮し、是非とも元日での新しい国立競技場のこけら落としのステージに立ちたいですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
記憶を頼りに所感をつらつらと。
前半に風上に立ったサガン鳥栖が、その風の勢いをそのままに攻勢にでました。面白かったのは、ビルドアップの局面で、いつもは相手のツートップの脇のエリアに立ってセンターバックからのビルドアップの出口として立ち回る原川が、相手のセンターバックとサイドバックの間という高い位置に立っていたことでしょうか。左サイドハーフのポジションだったので、時折、長いボールを競るようなシーンもあり、配置の違いで役割が異なるというのがよくわかるシーンでした。競り合いにはそんなに勝ってはいませんでしたが(笑)
長いボールも豊田一辺倒ではなく、意外とハイボールに強い小野、そして上記のように原川と満遍なくボールを散らしていたこともセレッソとしては絞りにくかったかもしれません。豊田も中央に張って待ち受けるというよりは、サイドに張って片山とのマッチアップを選択するなど、長いボールの有効活用策をいろいろと張り巡らせていました。
今回は、ジョンスがボランチだったのですが、最近の鳥栖にはいないタイプのスタイルで勝利に貢献していました。一番の肝は、常に守備を意識したポジショニングを取って「安定・確実」なプレイを選択していたこと。彼から中央を切り裂くようなスルーパスはでませんが、ビルドアップするセンターバックが出しどころに困っていたときは、ディフェンスの間にポジションを移し、しっかりと顔を出してボールを引き出す動きをみせていました。この動きをしっかりと取ることで、フリーで受けさせたくないセレッソの守備を引き出せるので、そこで彼にボールが出てこなかったとしても、セレッソの守備をずらしてからの次の展開につなげることができます。無理をして前にチャレンジするのではなく、まずは安定的にボールを保持するために「水を運ぶ」役割を着実にこなしていました。長いボールを配球するのは秀人。攻撃を加速させる役割は原川、松岡。1対1を作って勝負を仕掛けるのはヨンウ。ジョンスは彼らが少しでも優位な状況でボールをさばけるような舞台づくりをこなし、まさにこれが役割分担ですよね。
守備面での貢献も非常に大きくて、中央の与えてはいけないスペースをしっかりと掌握しており、プレッシングにでるところとリトリートしてスペースを守る所の判断がよかったかなと思います。ソウザからのラストプレイ(ミドルシュート、ラストパス)の機会を与えなかったのも、ジョンスと松岡の二人が中央をしっかりと閉めていたところが大きいかったです。大型ボランチであるので、中盤に蹴りこまれたボールや、跳ね返したセカンドボールの空中戦になった時に競り勝てる可能性が高かったのも大きかったですね。この辺りは、松岡、福田、義希が中央にいるのとは異なる存在感を見せていました。
前半だったでしょうか。鳥栖がセンターサークル付近でボールを奪われ、相手がドリブルで突進してきた時に、無理につっかけてプレッシングに行かず、最終ラインとの距離を保ち、パスコースを制限しながら相手の攻撃を急がせない対応を取ったプレイは非常に秀逸でした。無理にボールを奪いに行くと、そこからパスが出て、しかも中央のスペースを空けるという最悪の展開が待ち構えているのですが、しっかりとスペースを消す対応を取れました。2列目と3列目の間にパスを通されても、しっかりとプレスバックしてゴール前でつなごうとするセレッソの自由を奪う対応をこなしていました。
セレッソの攻撃がなかなか機能しなかったのは、ビルドアップのために、ボランチを下げて後ろで数的優位を作っても、鳥栖がツートップでプレッシングを行うと簡単にボールを蹴ってしまうプレイになってしまっていたこと。全体を下げてつなごうというシフトの中でボールを蹴っても前線に人はおらず、セレッソの得意となる攻撃ではないことも相まって、機能性が損なわれていました。特に、蹴った先のターゲットがブルーノメンデスならばまだしも、鈴木となるケースが多く、鳥栖のセンターバック相手に簡単に競り負けてボールロストしていました。ボランチが藤田ではなく、ソウザであったことも、セカンドボールへの意識という点(長いボールに対するポジショニングの取り直しを素早くできるかという点)で、鳥栖の方がセカンドボール争いで優位となった要因のひとつであるでしょう。
セレッソは右サイドの守備も苦労していました。片山と水沼のポジショニングの問題なのかもしれませんが、ハーフスペースに入ってくる原川の対処に苦労していました。原川のボールキープからの、小野と三丸という2つの選択肢を消すことができず、サイドからのクロスや前進をなかなか止められないでいました。片山と三丸がマッチアップして、五分五分の戦いだったことも(時折かわされてクロスを上げられていたのも)両センターバックは苦しかったでしょう。しかし、守備がうまくいってなかったセレッソの右サイドですが、その右サイドバックの片山のロングスローが、セレッソの2得点に大きく影響を与えたというのも面白いですよね。あの直線的でスピードもあり、かつ飛距離も出るロングスローはかなり脅威でした。
プレッシングというのは、ただボールを奪うだけで終わりではなく、奪った後にどうやって早い攻撃につなげるのか、そのあたりのイメージの共有が必要ですよね。この試合では、前線がチェイスして、セレッソが無理にボランチや前線につないだ時に、セントラルハーフのところで奪うことができるシーンが作れると、小野と豊田はポジトラでの動き出しが早いので、セレッソの守備が固まる前の攻撃につなげることができていました。
鳥栖の2点目が典型的な例で、豊田と小野がプレッシングをしてヨンウに奪う機会を与えたことによって、ヨンウがボールを持つと同時に、小野と豊田がディフェンスラインの裏に走りこむ動きを見せたことによって、セレッソディフェンスを押し下げることができました。左サイドからは原川も走りこんでいましたね。この動きによって、少し下がったセレッソのディフェンスラインとヨンウとの間にスペースと時間ができ、冷静にゴールに流し込むことができました。豊田や小野が奪ってすぐにディフェンスと1対1を迎えるよりは、彼らが生かされる状況下でボールを奪う仕組みを作る方が、シュートチャンスは生まれますよね。
交代で入った金崎と福田も良い仕事をしてくれました。福田はヨンウのように攻撃時の1対1という局面で競り勝てる選手ではありませんが、前へのプレッシングで見せる鋭い出足と、そこでインパクトを与えてから素早く撤退するリトリートへの切り替え。まさに、ボクシングムーブメントを実現してくれる選手で、守備面から引き締めてくれた動きは見事でした。攻撃時にも労を惜しまずに縦に入る動きを見せ、3点目につながる逆サイドからファーサイドにはいってからのヘディングでの折り返しは見事でした。G大阪戦で枠を捉えられなかった金崎もしっかりと決めてくれましたね。枠の上のぎりぎりだったのはご愛敬でしたが、ゴールに近いところからだったので打ち上げ花火にならずに決めてくれてホッとしました(笑)
気になるのは、クエンカの存在でしょうか。クエンカのようにためて時間を作って、ボールキープできるプレイヤーは紛れもなく必要な存在ですし、大きな力となってくれる稀有な存在です。しかしながら、戦局の中で常に輝いていられるかというと必ずしもそうではない。戦術、味方との関係、相手との関係によっては、彼のスタイルが輝かない事もありえますし、守備面でのウィークポイントとなってしまう事もあり得ます。クエンカがいると彼中心のゲームメイクになり、この試合は彼がいないところでシンプルな形で得点がとれたことをどう評価するかですね。
豊田という武器をどう利用するかという事にも繋がりますよね。例えば、足元でつないでワンツーで抜け出してという攻撃を主体とするのであれば、金森、金崎、クエンカが絡む攻撃は非常に脅威です。ただ、豊田を最大限利用するならば、ゴール前に密集して足元勝負で挑むよりは、サイドからのクロスでも、裏へのスルーパスでも、例えアバウトなボールになったとしても、敵が密集する前に早めにボールを供給したほうが相手との勝負に勝てる見込みは高く、1点目はまさにニアサイドに上がったボールに豊田が反応した素晴らしいゴールでしたね。
クエンカと豊田は共存できるとは思います。ただし、彼らの強烈なストロングポイントを相殺しないような組み合わせ、戦術、そのあたりが監督の腕の見せ所なのでしょうね。
セレッソ主体で考えると、前線でも中盤でもバランスを取れて、ブルーノメンデスをうまくフォローできる奥埜、中盤でのボールのつなぎとセカンドボールを考えたポジショニングが取れる藤田、上下の動きとマッチアップでの無頼の強さを誇る松田陸、サイドから中央に入ってくる動き、そして味方を存分に生かすスルーパスを出せる清武、そのあたりの選手がいなかったところがそのまま、セレッソがうまくいかなかったポイントになったのかなと思います。
去年に引き続き、天皇杯は2年連続のベスト8進出となったサガン鳥栖。
去年もベスト8に進出していましたが、残留争いで忙しかったので忘れていた人もいるかもしれません(笑)
トーナメント戦での強さを発揮し、是非とも元日での新しい国立競技場のこけら落としのステージに立ちたいですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
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12:47
│Match Impression (2019)
2019年09月05日
2019 第25節 : サガン鳥栖 VS ベガルタ仙台
2019シーズン第25節、ベガルタ仙台戦のレビューです。
■ システム
トーレス引退後の初戦。大敗した神戸戦から大きくスタメンを変えてきました。
フォワードの位置には金崎とクエンカが入りました。中盤は、左サイドハーフに金森が入り、怪我から帰ってきた原川が義希に代わってボランチの位置へ。最終ラインはビルドアップミスなどもあって積極性を失っていたジョンスに代わって祐治がスタメンに復帰。前節、前半で退いた小林の位置に金井が移動し、左サイドバックには三丸が復帰しました。
--------------
■ 試合
ゴールキックの場面でも繋ぎに拘らずに長いボールを入れていたことからも分かるように、両チームとも何が何でもボール保持からのビルドアップという攻撃には固執していませんでした。
長いボールを蹴るときは、鳥栖のターゲットは金崎、そのこぼれ球に対してクエンカ、金森、ヨンウがセカンドボールを拾おうという形です。
ビルドアップからは、左サイドからの崩しを中心に、詰まった時にはクエンカのキープから右サイドに開いて、ヨンウが1対1を制してからのクロスというのはいつもどおり。
左サイドに三丸が入ったので、金井のように中盤と連係してポジションチェンジを繰り返しながらというよりは、左サイドに張らせるポジションを取らせます。ヨンウ、三丸がスタメンの時は、両ウイングを作るような形になりますよね。
前半は、ツートップをおいていたので、中盤は原則的には仙台と同数となり、数的に余る形を作るよりは、個の質で勝負するという状況となり、ヨンウは永戸、三丸は蜂須賀(もしくは道渕)と相対時することとなりました。
ヨンウはカットインしてからの利き足のみならず、縦に入ってからの右足のクロスも選択肢であるので、永戸とのマッチアップを制してゴール前へラストパスを送るのを、大体の場面で対応出来ていました。
三丸は、ボールを受けた場面で蜂須賀が既に迫ってきており、スピードで劣るために、なかなかマッチアップを制することが出来ず。
三丸はドリブルでかわしていくタイプではないので、配置上で優位に立たないと、攻撃がノッキングする事になっていました。
試合開始早々から、鳥栖が押し込んだときに、二次攻撃に繋がるシーンは度々ありまして、貢献していたのは松岡と金井のポジショニング。道渕、ジャーメインがカウンター攻撃に移る場面で(鳥栖のネガトラ時)、中盤からいち早く潰しにかかりました。奪えなくとも、ファールになったとしても、カウンターを遅らせるには十分の働きを見せていました。
序盤は決して悪くない立ち上がりだったのですが、先制点を奪われてから、金井が更に高いポジションを模索するようになり、このカウンター対策は徐々に影を潜めることになります。
■ 1失点目
失点シーンをピックアップします。
クロスを石原と秀人が競って、こぼれ球が道渕のところに上がってしまってダイレクトのボレーシュートを決められてしまいます。
このシーンですが、仙台が左サイドから右サイド(鳥栖の左サイド)に展開する際、鳥栖は等間隔でブロックをしっかりと組んでいますが、ジャーメインと松下のところに、金井と松岡がプレッシャーをかけてもボール奪取出来ず、右サイドに展開されたところが問題のシーンとなります。
対応しなければならないのは2つのポイント。
(1)右サイドでボール保持した蜂須賀にどう対処するのか
(2)中央で待ち構える道渕、石原、長沢の3人をどう見るのか
鳥栖が取った対応ですが、三丸がボールサイドにプレッシャーをかけ、中央の3人を秀人、祐治、金井で見る対応を取りました。ここで一つ、選択が発生していたのが、三丸が動いたスペースをどうするべきかという問題です。
このスペースにカバーがいないということは、蜂須賀が三丸をドリブルで抜いたときに、すぐにボールサイドにプレッシャーに行ける選手がいないことになります。
そして、何よりも、シュートが打てるゾーンのスペースを仙台のフォワード、2列目に与えてしまいます。(実際に、このスペースを使われます。)
ただ、ここを埋めるためには、中盤、もしくは最終ラインから一人ポジションを動かす必要があります。ピッチ内のすべてのスペースを守るわけには行きませんので、どこかのスペースを捨てなければならないのですが、今回は、このスペースを捨てるという選択を取りました。結果的に悪手だったという事になりましたが。
次の問題がクロスに対する中央の3人の動き。ポジションのとり方としては、マンマークなのかゾーンなのか明確ではありませんでした。
最終ラインが、三丸の動きに呼応してボールサイドに連動してスペースを埋める守備はしていないので、マンマークに対する意識は強かったと思います。
マンマークならば、クロスへの対応で仙台の中央の3人を、鳥栖の3人がそれぞれマッチアップで見なければなりません。しかしながら、クロスと同時に道渕が三丸の作ったスペースにスライドしたのですが、その動きに鳥栖は守備がついていけません。秀人が石原のマッチアップとなってしまい、祐治と金井は長沢に完全に引っ張られてしまっています。
これにより、道渕に対して、彼が使うスペースを埋める守備者も、マンマークで付く守備者もいない状況となり、得てしてそういう時にこぼれ球は悪い方に向かうもので、道渕に決められることとなってしまいました。
スペースを埋める守備、マンマークで捕まえておく守備、方法はどちらでも構わないと思います。それぞれ一長一短あるので、組織で意識が統一できていれば被シュートの機会を減らすことは出来ます。ただ、最近のサガン鳥栖は、そのどちらともが中途半端な対応となってしまっていることが多く、なかなか失点が減らない事に繋がっています。
理想形を2つ上げておきますが、ボールが動き、そして味方(三丸)が動いた時にどのような連動が出来るか。それが今後の失点を防ぐ肝ですよね。
マッシモさんのときのように、押し込められて割り切って後ろを5枚とすれば失点は減りますが、得点の可能性も減ります。バランスをどう取るのかというのも、監督の手腕に関わります。
一つの参考例として、ゾーン守備における理想系を書いておきます。これは、三丸が空けたスペースを捨てないパターンですね。
■ 鳥栖の守備の連動性
もう一つ、失点が減らない要因となっているシーンをピックアップします。前半33分のシーンです。
仙台が、右サイド(鳥栖の左サイド)から左サイドに最終ライン経由でサイドチェンジを行い、平岡がボールを保持したところで、列を上げてヨンウがプレッシングに行きます。
一度永戸にパスを出しますが、ここにも金井がプレッシャーに来たため、平岡にボールが戻ります。
図は、この状況を示していますが、鳥栖の戦術として、失点を取り返すべく前線からプレッシングに行き、高い位置でボールを奪いに行くポジションを取っています。ストッパーに対してヨンウがプレッシングに行っている所からそれが見て取れます。
ところが、サイドチェンジでボールが鳥栖の右サイドに渡っているにも関わらず、鳥栖の左サイドの選手が連動してスライド出来ていません。このシーンであれば、原川がスライドして松下につくことが出来ていれば、この位置でボールを奪えていた可能性がある上に、クエンカもヨンウも前線にいるので、奪ってすぐに即攻撃に転換できるシーンです。ショートカウンターとしては最高の展開でしょう。
ところが、原川、金森がボールサイドに圧縮できなかったために、前線のプレッシングの甲斐もなく、しかも仙台に中央を割られてしまう結果となってしまいました。クエンカが「なぜいないんだ」というジェスチャーを見せましたが、気持ちはわかります。
この後、松下が左サイドの永戸に展開し、カットインから道渕に好パスが送られますが、道渕がトラップミスをしてくれたおかげで事なきを得ました。失点してもおかしくないシーンで有り、明らかにサガン鳥栖の中盤から前の守備対応のミスから生じたピンチでした。
チームで分析はされるでしょうが、原川、金森が体力的な問題で動けなかったのか、それとも戦術的な浸透が出来ておらずに組織としての動きが連動していなかったのか、はたまた彼らの判断で行く場面ではないと考えていたのか、これによって課題対応は変わるでしょう。
原川、小野、金森はひとり程度ならばドリブルで楽にはがせる実力があるので、ビルドアップでは多大な貢献を見せてくれます。彼らはチームが攻撃にシフトしているとき(相手が守備の意識が高く引いてきたとき)には持ち味を十分に発揮できる選手です。それだけに、守備面での課題をどう見るかですよね。
ボランチに福田と義希を入れると、この課題はいとも簡単に改善できます。では、攻撃はどうする?となりますよね。何度も言いますが、攻守のバランスの取り方は、監督の手腕です。
■ 鳥栖の攻勢
29分、32分と、競り合いのこぼれ球をうまく拾った仙台が、ジャーメインにうまくつながりいずれもキーパーと1対1を迎えますが追加点ならず。
試合は生き物とでも言いますか、ここで高丘を中心とした頑張りによって失点せずに済んだため、後半のシステム変更も相まって、鳥栖に流れを生むことになりました。
後半の修正は、立ち位置を変えて、中盤でのボール回しを円滑にこなせるようにし、まずは押し上げる仕組みを作ることでした。
一つのポイントは、金崎のワントップにしたこと。前線の金崎の役割をロングボールの競り合いから、相手を背負ってからのポストをより機会を増やしました。また、仙台は4バックを継続したため、センターバック2人を動かすことが出来ず、前線の金崎1人に対して、仙台は2人を消費することになります。これも1つのポイントです。
ワントップにして中盤を厚くしたことによって単純に鳥栖の中盤の人数が増え、ボールの循環が円滑になりました。更に小野を投入したことによって、ボールを運ぶことができたのも、仙台ディフェンスを寄せ付けて、他のエリアにフリーの選手を生み出す効果がありました。
左サイドのポジションのとり方は絶妙でして、仙台が構成するブロックの中間地点に立ち、そこから引いたり裏に抜けたりするので、仙台のサイドバックとサイドハーフが常にクエンカ、小野を捕まえなければならない状態を生みました。
これにより、大外の三丸にまで手を回すことが困難になり、フリーの状態で秀人からパスが回るシチュエーションを作ることができました。前半、三丸がボールを受けると同時に蜂須賀が迫ってきてノッキングしてた現象を、ポジショニングで改善した形です。相手との距離が出来ると、クロス、パス、カットインという選択を取ることが出来ますよね。
■ おわりに
後半の鳥栖のポジション修正は当然効果を見せたのですが、私は前半の戦い自体も、そこまで悪いとは思っていませんでした。
ヨンウにうまくボールが回ってクロスは上がってましたし、金崎も背負ってからのキープは問題なくこなせてました。仙台の最終ライン(特にシマオ・マテ)が集中してミスが発生しなかっただけで、シーン自体は作れていたと思います。後はミス待ちの我慢の展開に持っていければと。
前半のうちからオープンな展開になっていたので、失点さえしなければ、後半に体力が落ちてきたときに、ビッグチャンスは生まれると思ってましたが、それに輪をかけてミョンヒ監督が完璧な修正で完全にイニシアチブを取ることが出来ました。
仙台は能動的にボールを奪う(ビルドアップのパスルートを阻害する)守備が出来てなかったので、最終ラインはかなり苦しかったと思います。前線の二人が鳥栖の最終ラインの三人に対してフィルターにならず、更に中盤はクエンカと小野に人数を割かなければならないので、うまく守備の基準を作り直すことが出来ませんでした。
後半20分位からはカウンターを仕掛ける場面ですら全体が押し上がらず、これで(アディショナルタイムを含めて)残り30分近く守り切るのは難しいだろうなと思っていました。
後は、クエンカのイエローカードからの雰囲気の盛り上がりですよね。
久しぶりに、駅スタが水色の要塞と化したのを感じました。
やはり、拍手と声援、これらはサガン鳥栖の選手たちの気持ちを鼓舞しますし、相手チームの選手たちの気持ちに圧迫感を感じさせることが出来ます。
スタジアム全体が、サガン鳥栖の前に行こうというプレイを後押しし、仙台のディフェンスラインを押し下げるのに一役買ったのは間違いないでしょう。
久しぶりに痛快な試合でしたね。この勢いを継続して、アウェーのガンバ戦でも勝点3を奪いたいですね!
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
■ システム
トーレス引退後の初戦。大敗した神戸戦から大きくスタメンを変えてきました。
フォワードの位置には金崎とクエンカが入りました。中盤は、左サイドハーフに金森が入り、怪我から帰ってきた原川が義希に代わってボランチの位置へ。最終ラインはビルドアップミスなどもあって積極性を失っていたジョンスに代わって祐治がスタメンに復帰。前節、前半で退いた小林の位置に金井が移動し、左サイドバックには三丸が復帰しました。
--------------
■ 試合
ゴールキックの場面でも繋ぎに拘らずに長いボールを入れていたことからも分かるように、両チームとも何が何でもボール保持からのビルドアップという攻撃には固執していませんでした。
長いボールを蹴るときは、鳥栖のターゲットは金崎、そのこぼれ球に対してクエンカ、金森、ヨンウがセカンドボールを拾おうという形です。
ビルドアップからは、左サイドからの崩しを中心に、詰まった時にはクエンカのキープから右サイドに開いて、ヨンウが1対1を制してからのクロスというのはいつもどおり。
左サイドに三丸が入ったので、金井のように中盤と連係してポジションチェンジを繰り返しながらというよりは、左サイドに張らせるポジションを取らせます。ヨンウ、三丸がスタメンの時は、両ウイングを作るような形になりますよね。
前半は、ツートップをおいていたので、中盤は原則的には仙台と同数となり、数的に余る形を作るよりは、個の質で勝負するという状況となり、ヨンウは永戸、三丸は蜂須賀(もしくは道渕)と相対時することとなりました。
ヨンウはカットインしてからの利き足のみならず、縦に入ってからの右足のクロスも選択肢であるので、永戸とのマッチアップを制してゴール前へラストパスを送るのを、大体の場面で対応出来ていました。
三丸は、ボールを受けた場面で蜂須賀が既に迫ってきており、スピードで劣るために、なかなかマッチアップを制することが出来ず。
三丸はドリブルでかわしていくタイプではないので、配置上で優位に立たないと、攻撃がノッキングする事になっていました。
試合開始早々から、鳥栖が押し込んだときに、二次攻撃に繋がるシーンは度々ありまして、貢献していたのは松岡と金井のポジショニング。道渕、ジャーメインがカウンター攻撃に移る場面で(鳥栖のネガトラ時)、中盤からいち早く潰しにかかりました。奪えなくとも、ファールになったとしても、カウンターを遅らせるには十分の働きを見せていました。
序盤は決して悪くない立ち上がりだったのですが、先制点を奪われてから、金井が更に高いポジションを模索するようになり、このカウンター対策は徐々に影を潜めることになります。
■ 1失点目
失点シーンをピックアップします。
クロスを石原と秀人が競って、こぼれ球が道渕のところに上がってしまってダイレクトのボレーシュートを決められてしまいます。
このシーンですが、仙台が左サイドから右サイド(鳥栖の左サイド)に展開する際、鳥栖は等間隔でブロックをしっかりと組んでいますが、ジャーメインと松下のところに、金井と松岡がプレッシャーをかけてもボール奪取出来ず、右サイドに展開されたところが問題のシーンとなります。
対応しなければならないのは2つのポイント。
(1)右サイドでボール保持した蜂須賀にどう対処するのか
(2)中央で待ち構える道渕、石原、長沢の3人をどう見るのか
鳥栖が取った対応ですが、三丸がボールサイドにプレッシャーをかけ、中央の3人を秀人、祐治、金井で見る対応を取りました。ここで一つ、選択が発生していたのが、三丸が動いたスペースをどうするべきかという問題です。
このスペースにカバーがいないということは、蜂須賀が三丸をドリブルで抜いたときに、すぐにボールサイドにプレッシャーに行ける選手がいないことになります。
そして、何よりも、シュートが打てるゾーンのスペースを仙台のフォワード、2列目に与えてしまいます。(実際に、このスペースを使われます。)
ただ、ここを埋めるためには、中盤、もしくは最終ラインから一人ポジションを動かす必要があります。ピッチ内のすべてのスペースを守るわけには行きませんので、どこかのスペースを捨てなければならないのですが、今回は、このスペースを捨てるという選択を取りました。結果的に悪手だったという事になりましたが。
次の問題がクロスに対する中央の3人の動き。ポジションのとり方としては、マンマークなのかゾーンなのか明確ではありませんでした。
最終ラインが、三丸の動きに呼応してボールサイドに連動してスペースを埋める守備はしていないので、マンマークに対する意識は強かったと思います。
マンマークならば、クロスへの対応で仙台の中央の3人を、鳥栖の3人がそれぞれマッチアップで見なければなりません。しかしながら、クロスと同時に道渕が三丸の作ったスペースにスライドしたのですが、その動きに鳥栖は守備がついていけません。秀人が石原のマッチアップとなってしまい、祐治と金井は長沢に完全に引っ張られてしまっています。
これにより、道渕に対して、彼が使うスペースを埋める守備者も、マンマークで付く守備者もいない状況となり、得てしてそういう時にこぼれ球は悪い方に向かうもので、道渕に決められることとなってしまいました。
スペースを埋める守備、マンマークで捕まえておく守備、方法はどちらでも構わないと思います。それぞれ一長一短あるので、組織で意識が統一できていれば被シュートの機会を減らすことは出来ます。ただ、最近のサガン鳥栖は、そのどちらともが中途半端な対応となってしまっていることが多く、なかなか失点が減らない事に繋がっています。
理想形を2つ上げておきますが、ボールが動き、そして味方(三丸)が動いた時にどのような連動が出来るか。それが今後の失点を防ぐ肝ですよね。
マッシモさんのときのように、押し込められて割り切って後ろを5枚とすれば失点は減りますが、得点の可能性も減ります。バランスをどう取るのかというのも、監督の手腕に関わります。
一つの参考例として、ゾーン守備における理想系を書いておきます。これは、三丸が空けたスペースを捨てないパターンですね。
■ 鳥栖の守備の連動性
もう一つ、失点が減らない要因となっているシーンをピックアップします。前半33分のシーンです。
仙台が、右サイド(鳥栖の左サイド)から左サイドに最終ライン経由でサイドチェンジを行い、平岡がボールを保持したところで、列を上げてヨンウがプレッシングに行きます。
一度永戸にパスを出しますが、ここにも金井がプレッシャーに来たため、平岡にボールが戻ります。
図は、この状況を示していますが、鳥栖の戦術として、失点を取り返すべく前線からプレッシングに行き、高い位置でボールを奪いに行くポジションを取っています。ストッパーに対してヨンウがプレッシングに行っている所からそれが見て取れます。
ところが、サイドチェンジでボールが鳥栖の右サイドに渡っているにも関わらず、鳥栖の左サイドの選手が連動してスライド出来ていません。このシーンであれば、原川がスライドして松下につくことが出来ていれば、この位置でボールを奪えていた可能性がある上に、クエンカもヨンウも前線にいるので、奪ってすぐに即攻撃に転換できるシーンです。ショートカウンターとしては最高の展開でしょう。
ところが、原川、金森がボールサイドに圧縮できなかったために、前線のプレッシングの甲斐もなく、しかも仙台に中央を割られてしまう結果となってしまいました。クエンカが「なぜいないんだ」というジェスチャーを見せましたが、気持ちはわかります。
この後、松下が左サイドの永戸に展開し、カットインから道渕に好パスが送られますが、道渕がトラップミスをしてくれたおかげで事なきを得ました。失点してもおかしくないシーンで有り、明らかにサガン鳥栖の中盤から前の守備対応のミスから生じたピンチでした。
チームで分析はされるでしょうが、原川、金森が体力的な問題で動けなかったのか、それとも戦術的な浸透が出来ておらずに組織としての動きが連動していなかったのか、はたまた彼らの判断で行く場面ではないと考えていたのか、これによって課題対応は変わるでしょう。
原川、小野、金森はひとり程度ならばドリブルで楽にはがせる実力があるので、ビルドアップでは多大な貢献を見せてくれます。彼らはチームが攻撃にシフトしているとき(相手が守備の意識が高く引いてきたとき)には持ち味を十分に発揮できる選手です。それだけに、守備面での課題をどう見るかですよね。
ボランチに福田と義希を入れると、この課題はいとも簡単に改善できます。では、攻撃はどうする?となりますよね。何度も言いますが、攻守のバランスの取り方は、監督の手腕です。
■ 鳥栖の攻勢
29分、32分と、競り合いのこぼれ球をうまく拾った仙台が、ジャーメインにうまくつながりいずれもキーパーと1対1を迎えますが追加点ならず。
試合は生き物とでも言いますか、ここで高丘を中心とした頑張りによって失点せずに済んだため、後半のシステム変更も相まって、鳥栖に流れを生むことになりました。
後半の修正は、立ち位置を変えて、中盤でのボール回しを円滑にこなせるようにし、まずは押し上げる仕組みを作ることでした。
一つのポイントは、金崎のワントップにしたこと。前線の金崎の役割をロングボールの競り合いから、相手を背負ってからのポストをより機会を増やしました。また、仙台は4バックを継続したため、センターバック2人を動かすことが出来ず、前線の金崎1人に対して、仙台は2人を消費することになります。これも1つのポイントです。
ワントップにして中盤を厚くしたことによって単純に鳥栖の中盤の人数が増え、ボールの循環が円滑になりました。更に小野を投入したことによって、ボールを運ぶことができたのも、仙台ディフェンスを寄せ付けて、他のエリアにフリーの選手を生み出す効果がありました。
左サイドのポジションのとり方は絶妙でして、仙台が構成するブロックの中間地点に立ち、そこから引いたり裏に抜けたりするので、仙台のサイドバックとサイドハーフが常にクエンカ、小野を捕まえなければならない状態を生みました。
これにより、大外の三丸にまで手を回すことが困難になり、フリーの状態で秀人からパスが回るシチュエーションを作ることができました。前半、三丸がボールを受けると同時に蜂須賀が迫ってきてノッキングしてた現象を、ポジショニングで改善した形です。相手との距離が出来ると、クロス、パス、カットインという選択を取ることが出来ますよね。
■ おわりに
後半の鳥栖のポジション修正は当然効果を見せたのですが、私は前半の戦い自体も、そこまで悪いとは思っていませんでした。
ヨンウにうまくボールが回ってクロスは上がってましたし、金崎も背負ってからのキープは問題なくこなせてました。仙台の最終ライン(特にシマオ・マテ)が集中してミスが発生しなかっただけで、シーン自体は作れていたと思います。後はミス待ちの我慢の展開に持っていければと。
前半のうちからオープンな展開になっていたので、失点さえしなければ、後半に体力が落ちてきたときに、ビッグチャンスは生まれると思ってましたが、それに輪をかけてミョンヒ監督が完璧な修正で完全にイニシアチブを取ることが出来ました。
仙台は能動的にボールを奪う(ビルドアップのパスルートを阻害する)守備が出来てなかったので、最終ラインはかなり苦しかったと思います。前線の二人が鳥栖の最終ラインの三人に対してフィルターにならず、更に中盤はクエンカと小野に人数を割かなければならないので、うまく守備の基準を作り直すことが出来ませんでした。
後半20分位からはカウンターを仕掛ける場面ですら全体が押し上がらず、これで(アディショナルタイムを含めて)残り30分近く守り切るのは難しいだろうなと思っていました。
後は、クエンカのイエローカードからの雰囲気の盛り上がりですよね。
久しぶりに、駅スタが水色の要塞と化したのを感じました。
やはり、拍手と声援、これらはサガン鳥栖の選手たちの気持ちを鼓舞しますし、相手チームの選手たちの気持ちに圧迫感を感じさせることが出来ます。
スタジアム全体が、サガン鳥栖の前に行こうというプレイを後押しし、仙台のディフェンスラインを押し下げるのに一役買ったのは間違いないでしょう。
久しぶりに痛快な試合でしたね。この勢いを継続して、アウェーのガンバ戦でも勝点3を奪いたいですね!
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
Posted by オオタニ at
18:32
│Match Impression (2019)
2019年08月30日
2019 第24節 : サガン鳥栖 VS ヴィッセル神戸
2019シーズン第24節、ヴィッセル神戸戦のレビューです。
■ システム
偉大なるサッカー選手、フェルナンド・トーレスの引退試合でした。引退が決まってからは、ちょうどこの神戸戦が累積警告で出られなくなるのではという、変な不安も若干ありましたが、湘南戦の出場を控えるなどの調整もあって、この日を迎える事となりました。
スタメンは、金崎に代わってそのトーレスが出場。湘南戦で負傷した原、原川に代わって、小林、義希が入りました。
--------------
■ 感想
プレッシングも、ブロックも、相手にミスを誘うためにしかける罠です。プレッシングだから積極的、ブロックだから消極的ということはありません。どちらもチームとして(組織として)能動的に対応できていれば、あとはその選択が是だったのか非だったのかというのは、結果が示してくれます。
サガン鳥栖は、神戸のミスを誘発するべく、前線からのプレッシングも、中盤でのブロッキングも、神戸を意識して準備してきたものを出しました。しかしながら、鳥栖が思うようには神戸がミスをしてくれなかった。これに尽きるのかなと思います。神戸に数少ないミスが発生したとしても、今度は鳥栖がお付き合いしてミスをしてしまいましたし、特に2失点目は、神戸のビルドアップミスでボールを奪った鳥栖は得点できず、鳥栖のビルドアップミスは神戸がしっかりと得点してくるという、この試合における格差が垣間見えてしまったなと。
神戸の選手たちの個々の能力もさることながら、鳥栖の守備組織網に対応する組織としてのポジショニングが、鳥栖の準備してきた罠の一歩上を行っていました。長短のパスを駆使して、守備網を掻い潜る攻撃を何度も繰り広げられるのは、見ていてなかなかつらいものがありました。
「先にリードを奪われる(鳥栖は追いかける展開になり、リスクを負ってでも攻める)」という状況も、神戸が楽に攻撃を仕掛けることができる要因となり、カウンターなどを交えて6失点を喫しての大敗となってしまいました。
トーレスの引退試合ということが、この試合に影響を及ぼしたのか?
トーレスもチームを構成する11人中の1人でありますので、当然、この結果に影響は与えているでしょう。
でも、それは、トーレスののみならず、他の10人と一様だと思います。
酷な言い方ですが、トーレスの引退試合でなかったら、チーム全体として、ビルドアップのボールキープが洗練されたり、サイドでのプレッシングによるボール奪取率が増加したり、ゴール前でのフリーのシュートが入ったりしていたわけではないですよね。
試合の大勢は、ゲームモデル(選手配置、戦い方)、そして個人能力の発揮に因る所であり、この試合では、神戸の方が1枚も2枚も上手で十分に実力を発揮していました。
トーレス引退試合ということで、選手たちの意気込み(メンタル)がいつもと異なっていたかもしれません。
でも、それは、勝った時には「トーレスに捧げる気持ちの勝利」となり、負けた時には「トーレスを送り出そうとする意気込みが空回り」という、結果論でしか語れないものと思っています。
なぜならば、意気込みで試合に勝てるならば、この試合は10対0で勝っていたでしょう。それだけ、スタジアムの雰囲気も良く、選手たちの気迫も勝ちに対する執念として大きく見せてくれていたからです。
それなのに結果がでなかったのは、残念で仕方ありませんが、これもサッカーという事ですよね。
ひとつだけ言えるのは、若いころのトーレスならば決めてきたであろうシュートが入らなかったような気がします。
ひのき舞台でしっかりと決めきれるのが、偉大なるスーパースターの証ですが、この試合ではそれがかなわなかった。
おそらく、彼がイメージ通りのプレイができていたのならば、まだまだ引退はしていないでしょう。
寂しいですが、この結果が、引退を決めたことの現れだったのかなと思っています。
■ 戦術問題
備忘録みたいな感じになりますが、この試合の問題点を。
<問題1:配置上サンペールを見る選手がいない>
鳥栖は、ツートップ+サイドハーフの4人が前線にあがってプレッシングとブロックを構築しておりました。ところが、神戸が、飯倉を積極的にビルドアップでつかってくるために、3バック+飯倉で4対4の状況となってしまいます。また、鳥栖の4人の先には、中央にサンペール、サイドに西、酒井が配置されており、ブロックを組むディフェンスの間にポジションをとられると、プレッシャーのかからない位置でボールを受ける事ができます。鳥栖は1列目の守備に4人を費やしたものの、ボールの前進を思うように防ぐことができていませんでした。
1列目を突破されて慌てて守備ブロックを組むためにリトリートしても、前進できないと判断すると、今度は神戸が余裕をもって最終ラインにボールを戻して回すので守備のやり直しが発生します。配置上の問題でボールを奪えるポイントをうまく作れず、精神的に疲労感のでるランニングを強いられていました。積極的に行きたいので、なるべく高い位置を保とうしますが、そのことによって、ディフェンスラインの裏のスペースを空けてしまい、精度の高いボールをゴールキーパーとの間に送られてしまうという悪循環にはまっていました。
<問題2:ツートップの脇のスペースにプレッシャーがかからない>
鳥栖は、前線からのプレッシャーを抜けられた時には、ブロック守備に移行して神戸が前線にボールを入れるのを待ち構える策をとりました。4-4-2ブロックを組んでいるのですが、2トップの脇のスペースに対するケアよりも、パスの出先に対するケアを優先していたため、そのスペースに入ってくるイニエスタ、フェルマーレンという、高い精度のパスを提供する選手をフリーにしてしまいました。そのため、精度の高いボールをディフェンスラインの裏や逆サイドに送られるシーンが何度も発生していました。これによって、守備のスライドによる体力の消耗もありますし、守備ブロックのずれが生じると相手がラストパスを送り込む隙を見せることになります。神戸は両サイドに西と酒井が配置されており、スピードで強さを発揮できたり、ワンタッチで局面を変えたりする能力があるため、守備のスライドが追い付かない状況は、彼らの力をいかんなく発揮できる場を提供してしまうこととなりました。
問題1、問題2に共通して、セントラルハーフの山口、イニエスタ、サンペールがポジションを移してもそこははっきりと、スペースとともにつぶせるような仕組みを取れていればよかったのでしょうが、どうしても飯倉が邪魔になって、トーレス、金森のうちの1枚がでていかなければならなかったので、彼らの脇のエリアが空いたり、数的不利でプレッシングがかからない相手が出てきたりと、とにかく「ハマって」いませんでした。
大分戦のように4-1-4-1に変えて、飯倉と大崎のボール所持は、どちらかのサイドに誘導するにとどめ、最終ラインのボールの出所(右サイドにボールが行ったらダンクレー、左サイドにボールが行ったらフェルマーレン)と神戸の中盤の3人を必ず捕まえるようにする形の方がよかったのかもしれません。
そうなってくると、西、酒井を個で止めることのできるサイドバックが必要となりますが、後半に福田をいれてテコ入れを図りましたが、酒井にスピードでぶちぬかれてしまい、4失点目を喫してしまいました。これは、もう、相手の個の能力に、脱帽するしかないでしょう。福田のランニングでも追いつかないあのトップスピードでドリブルを仕掛けられて、そしてダイレクトのクロスを古橋がこれまたダイレクトで合わせる事が出来るという。
この失点のきっかけは、義希が前線でつぶされてしまってからのカウンターでしたよね。本来ならば、ゴール前のスペース埋めの役割を得意とする義希が、相手のゴール前でラストパスを送り手としての役割をこなそうとしたばかりに、守備の局面で戻ることができませんでした。
得点を取ろうとするためのリスクのかけ方が非効率だった気がします。前半にもあのような、義希を攻撃に参画させてノッキングする場面はありましたので、その役割で使うならば彼の得意とする持ち場ではありません。小野に代えてから、攻撃面ではスムーズにボールが回るようになりましたし、そのあたりの選手配置が今回はちぐはぐだったのかなと思いました。義希がスタメンに起用されたということは、イニエスタ、もしくはサンペールに対するマンマークを活用するのかなと思いましたが、そうでもなかったですしね。
あとは、個人の精度の問題もありますよね。フリーで飛び出して受けてもアイデアが出ずに攻撃がノッキングしてしまったり、ゴールキーパーと1対1(ゴールキーパー不在)の状況でもシュートを打ち上げてしまったり、そもそも枠に飛ばなかったり。チャンスは多く作っていいたのですが、なかなか決まりませんでした。この試合は、そのあたりのシュートがちゃんと決まっていたら5点はとれていたと思います。あと1点足りませんけどね(笑)
■ おわりに
トーレスがサガン鳥栖に来てくれて約1年、サガン鳥栖を取り巻く環境も随分と変わり、これまではJ1に居続けながらも、全国区では見向きもされなかった地方都市のチームが、全国の場での露出が格段に増えました。では、トーレスが去ってからこのチームは次のステップとして何を目指すのか、トーレスが去った後にこのチームに何が残るのか。ひとときの狂騒曲で終わらせてしまっては、何のためにトーレスに来てもらったのかという事にもなりかねません。
トーレスが来てくれたことによって得られたものは多々あると思いますので、それを今後のチームコンセプトの明確化なのか、チーム戦術の成熟なのか、試合運用の改善なのか、メディア対応やファンサービス対応の向上なのか、何かしらの糧としたいですよね。一過性のものとしては終わらせたくないです。
引退のセレモニーは、余計な演出もなく、シンプルにトーレスを引き立てて非常に素晴らしかったと思います。このセレモニーを迎えることができたのは、様々な方のご尽力、ご支援の賜物であり、非常にありがたく思います。チームがなくなるやら、選手が社長になるやら毎年揉めていたサガン鳥栖が、二十数年の時を経てこのような式典をできるようなチームになったのは、感慨深いものがあります。
ひとまず、トーレスの引退というひとつの区切りを終えることができました。今シーズンがどのような形で終わるのかは分かりませんが、トーレスが悲しい表情をみせるような結果では終わりたくないですよね。彼が笑顔でシーズン報告会にサプライズで登場してくれることを願い、今シーズンを何とか残留で終えましょう。
そのためにも、この試合は大敗しましたが、気持ちを切り替えて次の試合に臨むしかありません。前節16位の鳥栖は前節15位の神戸とのシックスポインターだったのですが、くしくも、今節も16位の鳥栖は前節の結果15位となった仙台とのシックスポインターを迎える事となりました。江戸の敵を長崎で討つではありませんが、神戸の敵を仙台で討つべく、最高の戦いをホームで見せてほしいですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
■ システム
偉大なるサッカー選手、フェルナンド・トーレスの引退試合でした。引退が決まってからは、ちょうどこの神戸戦が累積警告で出られなくなるのではという、変な不安も若干ありましたが、湘南戦の出場を控えるなどの調整もあって、この日を迎える事となりました。
スタメンは、金崎に代わってそのトーレスが出場。湘南戦で負傷した原、原川に代わって、小林、義希が入りました。
--------------
■ 感想
プレッシングも、ブロックも、相手にミスを誘うためにしかける罠です。プレッシングだから積極的、ブロックだから消極的ということはありません。どちらもチームとして(組織として)能動的に対応できていれば、あとはその選択が是だったのか非だったのかというのは、結果が示してくれます。
サガン鳥栖は、神戸のミスを誘発するべく、前線からのプレッシングも、中盤でのブロッキングも、神戸を意識して準備してきたものを出しました。しかしながら、鳥栖が思うようには神戸がミスをしてくれなかった。これに尽きるのかなと思います。神戸に数少ないミスが発生したとしても、今度は鳥栖がお付き合いしてミスをしてしまいましたし、特に2失点目は、神戸のビルドアップミスでボールを奪った鳥栖は得点できず、鳥栖のビルドアップミスは神戸がしっかりと得点してくるという、この試合における格差が垣間見えてしまったなと。
神戸の選手たちの個々の能力もさることながら、鳥栖の守備組織網に対応する組織としてのポジショニングが、鳥栖の準備してきた罠の一歩上を行っていました。長短のパスを駆使して、守備網を掻い潜る攻撃を何度も繰り広げられるのは、見ていてなかなかつらいものがありました。
「先にリードを奪われる(鳥栖は追いかける展開になり、リスクを負ってでも攻める)」という状況も、神戸が楽に攻撃を仕掛けることができる要因となり、カウンターなどを交えて6失点を喫しての大敗となってしまいました。
トーレスの引退試合ということが、この試合に影響を及ぼしたのか?
トーレスもチームを構成する11人中の1人でありますので、当然、この結果に影響は与えているでしょう。
でも、それは、トーレスののみならず、他の10人と一様だと思います。
酷な言い方ですが、トーレスの引退試合でなかったら、チーム全体として、ビルドアップのボールキープが洗練されたり、サイドでのプレッシングによるボール奪取率が増加したり、ゴール前でのフリーのシュートが入ったりしていたわけではないですよね。
試合の大勢は、ゲームモデル(選手配置、戦い方)、そして個人能力の発揮に因る所であり、この試合では、神戸の方が1枚も2枚も上手で十分に実力を発揮していました。
トーレス引退試合ということで、選手たちの意気込み(メンタル)がいつもと異なっていたかもしれません。
でも、それは、勝った時には「トーレスに捧げる気持ちの勝利」となり、負けた時には「トーレスを送り出そうとする意気込みが空回り」という、結果論でしか語れないものと思っています。
なぜならば、意気込みで試合に勝てるならば、この試合は10対0で勝っていたでしょう。それだけ、スタジアムの雰囲気も良く、選手たちの気迫も勝ちに対する執念として大きく見せてくれていたからです。
それなのに結果がでなかったのは、残念で仕方ありませんが、これもサッカーという事ですよね。
ひとつだけ言えるのは、若いころのトーレスならば決めてきたであろうシュートが入らなかったような気がします。
ひのき舞台でしっかりと決めきれるのが、偉大なるスーパースターの証ですが、この試合ではそれがかなわなかった。
おそらく、彼がイメージ通りのプレイができていたのならば、まだまだ引退はしていないでしょう。
寂しいですが、この結果が、引退を決めたことの現れだったのかなと思っています。
■ 戦術問題
備忘録みたいな感じになりますが、この試合の問題点を。
<問題1:配置上サンペールを見る選手がいない>
鳥栖は、ツートップ+サイドハーフの4人が前線にあがってプレッシングとブロックを構築しておりました。ところが、神戸が、飯倉を積極的にビルドアップでつかってくるために、3バック+飯倉で4対4の状況となってしまいます。また、鳥栖の4人の先には、中央にサンペール、サイドに西、酒井が配置されており、ブロックを組むディフェンスの間にポジションをとられると、プレッシャーのかからない位置でボールを受ける事ができます。鳥栖は1列目の守備に4人を費やしたものの、ボールの前進を思うように防ぐことができていませんでした。
1列目を突破されて慌てて守備ブロックを組むためにリトリートしても、前進できないと判断すると、今度は神戸が余裕をもって最終ラインにボールを戻して回すので守備のやり直しが発生します。配置上の問題でボールを奪えるポイントをうまく作れず、精神的に疲労感のでるランニングを強いられていました。積極的に行きたいので、なるべく高い位置を保とうしますが、そのことによって、ディフェンスラインの裏のスペースを空けてしまい、精度の高いボールをゴールキーパーとの間に送られてしまうという悪循環にはまっていました。
<問題2:ツートップの脇のスペースにプレッシャーがかからない>
鳥栖は、前線からのプレッシャーを抜けられた時には、ブロック守備に移行して神戸が前線にボールを入れるのを待ち構える策をとりました。4-4-2ブロックを組んでいるのですが、2トップの脇のスペースに対するケアよりも、パスの出先に対するケアを優先していたため、そのスペースに入ってくるイニエスタ、フェルマーレンという、高い精度のパスを提供する選手をフリーにしてしまいました。そのため、精度の高いボールをディフェンスラインの裏や逆サイドに送られるシーンが何度も発生していました。これによって、守備のスライドによる体力の消耗もありますし、守備ブロックのずれが生じると相手がラストパスを送り込む隙を見せることになります。神戸は両サイドに西と酒井が配置されており、スピードで強さを発揮できたり、ワンタッチで局面を変えたりする能力があるため、守備のスライドが追い付かない状況は、彼らの力をいかんなく発揮できる場を提供してしまうこととなりました。
問題1、問題2に共通して、セントラルハーフの山口、イニエスタ、サンペールがポジションを移してもそこははっきりと、スペースとともにつぶせるような仕組みを取れていればよかったのでしょうが、どうしても飯倉が邪魔になって、トーレス、金森のうちの1枚がでていかなければならなかったので、彼らの脇のエリアが空いたり、数的不利でプレッシングがかからない相手が出てきたりと、とにかく「ハマって」いませんでした。
大分戦のように4-1-4-1に変えて、飯倉と大崎のボール所持は、どちらかのサイドに誘導するにとどめ、最終ラインのボールの出所(右サイドにボールが行ったらダンクレー、左サイドにボールが行ったらフェルマーレン)と神戸の中盤の3人を必ず捕まえるようにする形の方がよかったのかもしれません。
そうなってくると、西、酒井を個で止めることのできるサイドバックが必要となりますが、後半に福田をいれてテコ入れを図りましたが、酒井にスピードでぶちぬかれてしまい、4失点目を喫してしまいました。これは、もう、相手の個の能力に、脱帽するしかないでしょう。福田のランニングでも追いつかないあのトップスピードでドリブルを仕掛けられて、そしてダイレクトのクロスを古橋がこれまたダイレクトで合わせる事が出来るという。
この失点のきっかけは、義希が前線でつぶされてしまってからのカウンターでしたよね。本来ならば、ゴール前のスペース埋めの役割を得意とする義希が、相手のゴール前でラストパスを送り手としての役割をこなそうとしたばかりに、守備の局面で戻ることができませんでした。
得点を取ろうとするためのリスクのかけ方が非効率だった気がします。前半にもあのような、義希を攻撃に参画させてノッキングする場面はありましたので、その役割で使うならば彼の得意とする持ち場ではありません。小野に代えてから、攻撃面ではスムーズにボールが回るようになりましたし、そのあたりの選手配置が今回はちぐはぐだったのかなと思いました。義希がスタメンに起用されたということは、イニエスタ、もしくはサンペールに対するマンマークを活用するのかなと思いましたが、そうでもなかったですしね。
あとは、個人の精度の問題もありますよね。フリーで飛び出して受けてもアイデアが出ずに攻撃がノッキングしてしまったり、ゴールキーパーと1対1(ゴールキーパー不在)の状況でもシュートを打ち上げてしまったり、そもそも枠に飛ばなかったり。チャンスは多く作っていいたのですが、なかなか決まりませんでした。この試合は、そのあたりのシュートがちゃんと決まっていたら5点はとれていたと思います。あと1点足りませんけどね(笑)
■ おわりに
トーレスがサガン鳥栖に来てくれて約1年、サガン鳥栖を取り巻く環境も随分と変わり、これまではJ1に居続けながらも、全国区では見向きもされなかった地方都市のチームが、全国の場での露出が格段に増えました。では、トーレスが去ってからこのチームは次のステップとして何を目指すのか、トーレスが去った後にこのチームに何が残るのか。ひとときの狂騒曲で終わらせてしまっては、何のためにトーレスに来てもらったのかという事にもなりかねません。
トーレスが来てくれたことによって得られたものは多々あると思いますので、それを今後のチームコンセプトの明確化なのか、チーム戦術の成熟なのか、試合運用の改善なのか、メディア対応やファンサービス対応の向上なのか、何かしらの糧としたいですよね。一過性のものとしては終わらせたくないです。
引退のセレモニーは、余計な演出もなく、シンプルにトーレスを引き立てて非常に素晴らしかったと思います。このセレモニーを迎えることができたのは、様々な方のご尽力、ご支援の賜物であり、非常にありがたく思います。チームがなくなるやら、選手が社長になるやら毎年揉めていたサガン鳥栖が、二十数年の時を経てこのような式典をできるようなチームになったのは、感慨深いものがあります。
ひとまず、トーレスの引退というひとつの区切りを終えることができました。今シーズンがどのような形で終わるのかは分かりませんが、トーレスが悲しい表情をみせるような結果では終わりたくないですよね。彼が笑顔でシーズン報告会にサプライズで登場してくれることを願い、今シーズンを何とか残留で終えましょう。
そのためにも、この試合は大敗しましたが、気持ちを切り替えて次の試合に臨むしかありません。前節16位の鳥栖は前節15位の神戸とのシックスポインターだったのですが、くしくも、今節も16位の鳥栖は前節の結果15位となった仙台とのシックスポインターを迎える事となりました。江戸の敵を長崎で討つではありませんが、神戸の敵を仙台で討つべく、最高の戦いをホームで見せてほしいですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
Posted by オオタニ at
14:13
│Match Impression (2019)
2019年08月21日
2019 第23節 : 湘南ベルマーレ VS サガン鳥栖
2019シーズン第23節、湘南ベルマーレ戦のレビューです。
■ システム
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■ 試合
曺貴裁監督のパワハラ問題で揺れる湘南ベルマーレとの対戦。移籍マーケット締め切り最終週に、名古屋グランパスの金井のサガン鳥栖への期限付き移籍が発表されました。金井は2014年以来のサガン鳥栖復帰となり、早速左サイドバックでスタメン起用となりました。引退試合まであと2試合というところだったトーレスは、累積警告の影響かはたまた水曜日の天皇杯出場によるターンオーバーか、スタメンから外れて金崎がスタメン復帰となりました。右サイドバックは小林が外れ、原がスタメン復帰となっています。夏場の連戦を、上手にターンオーバーしている印象です。
前半開始早々、金森、金井という、新加入の選手がそれぞれの持ち味を見せてくれました。
金森は、攻撃参画していた杉岡、大野の背後のスペースをついて走りこみ秀人からのフィードを受け、前線にドリブルでボールを運んで攻撃の起点となります。アタッキングサードでのボール保持の後に、鳥栖のひとつの形である右サイドのヨンウに展開。その隙に、左サイドの大外から金井がゴール前に飛び出しを見せ、原川からの浮き球のパスを引き出します。
実は、開始1分も経たないこの時点で「なぜそこに金井」という自己紹介は既に完結しておりましたが、みなさんお気づきだったでしょうか?(笑)
■ 金井加入の効果
「なぜそこに」というのは、通常では考えられないポジショニングだからそう言われるのであって、彼個人にとっては「当然の動き」なのかもしれません。スペースを見つけると積極的に前線に飛び出していくのは、彼の持ち味でもあり、思い切りの良さであり、いわゆる個人の資質の下で備えられたプレイスタイルになります。
三丸が左サイドバックで出場したときは、
「ハーフスペース前方クエンカ、ハーフスペース後方原川、アウトサイド三丸」
という配置が鳥栖の基本スタイル。それは、三丸の武器である左足からのクロスを生かすためのシステムでもあり、中央でボールを保持して相手を引き寄せ、最後は大外から三丸がクロスを上げてゴール前にはトーレス、豊田というのがひとつの攻撃パターンでした。
それが金井に代わって、このポジショニングに変化が生まれます。金井の持ち味であるスペースを見つけて入り込むランニング。これをサガン鳥栖に来ても臆することなく序盤から積極的に披露しており、周りも金井の動きに呼応して、4分には、クエンカ、金井、原川が、ハーフスペース前方、ハーフスペース後方、アウトサイドのポジションを目まぐるしくチェンジする動きを見せていました。サガン鳥栖の成長がみられるのは、左サイドにおける「ハーフスペース前方、ハーフスペース後方、アウトサイド」というポジショニングが選手たちの頭の中に入っていて、選手が別の場所に移動しても他の選手との連動でしっかりとそのトライアングルが確保されていたところです。
また、金井が最終ラインにいることよって、かならずアウトサイドにポジションをとるのではなく、例えば、これまでは、右サイドバック+両センターバックでボール保持し、三丸はアウトサイドに張らせるという攻撃から、金井+両センターバックでボール保持して、右サイドの原を押し上げるという形を作り上げることもできました。最終ラインのボール保持の形にバリエーションが生まれたことになります。
攻撃で必要なのは意外性です。本来そこにいるはずではないポジションの選手が入ってくると、守備側に誰がマークにつくのかという問題を突き付けることができます。守備側にとっては、相手が動くというのは「ついていく」「受け渡す」の選択をしなければなりません。
ただし、ポジションチェンジは攻撃側も簡単ではなくて、選手が動いたら、空いたスペースに流動的に(時間をかけず)新たな選手が適切なポジションをとらなければなりません。そうしないと、それぞれが勝手な動きを見せると、ボールを循環する先が行方不明となってしまって、動くのは良いけど誰がどこにいるのかわからないという状況を生んでしまいます。
川崎やC大阪はポジションチェンジを効果的に活用し、誰かが動くと誰かが入ってきて、そして選手たちの意思疎通がしっかりと取れている流動的な攻撃を見せる印象です。逆に、大きくポジションを変えずに、配置に基づいた選手のストロングを生かして攻撃を組み立てるというのもひとつの策あり、FC東京や、鹿島は、自分たちの配置をしっかりと保ちながら、その中でボールを循環する攻撃を行っています。
前述の例で行くと、金井を生かすためには流動的なポジショニングで相手を攻略する攻撃戦術で、三丸を生かすためには、配置をしっかりと保って最後は彼のストロングを使うという攻撃戦術になります。三丸がハーフスペースに入って相手を引き付けてパスを送り込むというよりは、彼の左足をクロスとして生かしたいですよね。
金井のストロングポイントはクロスではないため、アウトサイドで張っておくというよりは、外から中に入ってきてアタッキングサードでのつなぎや、ゴール前への飛び出しで相手をかく乱する動きの方がより彼を生かせるでしょう。実際、この湘南戦では、金井は2本のクロスしか上げておりません。三丸の印象と比べるとやっぱりクロスは少ないですよね。
その反面、最終ラインから人が飛び出していくということは、そのリスクを誰かがマネジメントしなければならないという課題も発生します。そのバランスを取る役目は福田と松岡。これがボランチ原川だと、彼が攻撃の方にストロングポイントがありますので、また別の展開だったかもしれません。(楽勝だったかもしれないし、敗北だったかもしれません。それはわからない(笑))
右利きの金井が入ったことによる影響は、ビルドアップでも若干発生していました。鳥栖のビルドアップの一つのパターンである、相手のプレッシングを引き付け、高丘が左サイドの三丸へ中距離のパスを送るという組み立てですが、三丸がボールを受けた際には、彼は左足でボールを持つので、相手が中央からプレッシングに来ても、外側の足で、外側を向きながら縦に前進することができました。金井は右利きですので、高丘からのボールを中央に向いて受けるので、ボールを相手から遠いサイドに置けずに、相手のプレッシングをまともに受けてしまってからのボールロストが何度かありました。高い位置で奪われた危うくというシーンもありましたよね。そのあたりは改善されるかとは思いますが、右利き、左利きの違いは少なからずやビルドアップの局面で発生していたことにはなります。
三丸、金井、原と小林も含め、それぞれストロングポイントもあればウィークポイントもありますので、監督が上手に選手配置と役割付与をすることが重要ですし、多くのバリエーションを持つことは非常に大きな武器となりますよね。
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さて、金井のプレイで一つ見逃せなかったのは19分15秒のシーン。秀人がプレッシングにくる野田をぎりぎりまで引き寄せてからジョンスにパスを渡した時に、ナイスプレイの拍手を見せていました。そして、その後、ジョンスに対して早く持ち上がれとのジェスチャー。まさに、ボール保持の肝の部分なのですが、相手の1列目のプレスを秀人がパスで攻略してくれたので、前方にあるスペース目がけてジョンスがすぐに運んで前進しなければなりません。そうすることによって、相手の2列目を引き出してパスコースを作り、ビルドアップの到達地点である、前線へのルートがさらに開けることになります。1列目攻略を無駄にしないためにも、いち早く2列目攻略に取り掛からなければならないのです。
ところが、持ち上がれという金井のジェスチャーもむなしく、ジョンスはそのまま湘南ディフェンスが網を張って待ち構える右サイドの原へと展開。原はサイドで窮屈な状況になって慌てて金森に渡すものの、湘南のプレスに捕まってしてしまいました。ジョンスに必要だったのは、秀人が攻略してくれた1列目の裏のスペースを持ち上がって、次は湘南の2列目を引き出すこと。相手が網を構えている状態でパスを出してもそのまま網にかかるだけであるので、まずは前進して相手の守備の基準点を動かすべく、プレッシングを自分自身に向けなければなりません。それを怖がっていたら、ボール保持によるビルドアップ攻撃は意味をなしません。豊田に向かってロングボールを放り込んだ方が、幾分も効率的であるでしょう。いまのサガン鳥栖はそういう方向性ではありませんよね。ジョンスのこのプレイの選択は、トレーニングの中で、ミョンヒさんの熱い指導によって修正されることと思います(笑)
金井は分かっています。ボール保持の為、2列目攻略の為、ビルドアップの最終到達地点に向けて、何をしなければならないのかを。マリノスによって、名古屋によって成長し、会得してきたボール保持戦術の考え方。彼の加入はプレイのみならず、戦術、定石、思想、そういった目に見えない部分を向上するための波及効果が大きいかもしれないなと思ったシーンでした。彼が慣れてきて遠慮なくピッチで指示ができるようになると、サガン鳥栖のボール保持の質がまたステップアップする可能性は大いに秘めていると思います。
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この試合は、この金井がアディショナルタイムの勝ち越しゴールで劇的な勝利を演出してくれました。彼がゴール前のポジションにいたことによって、久しぶりに「NSK:なぜそこに金井」という言葉を聞くことができました。ただ、「NSK:なぜそこに金井」のままでは、金井の個人の資質や意外性に依存したままの攻撃であるということになります。金井の特長である積極的なポジショニングを生かし、彼が上がっていくことによるリスクをチームとして把握して、それをチーム戦術の中に溶け込ませる事ができれば、「YSK:やっぱりそこに金井」として再現性のある攻撃へと変化するでしょう。
ただし、再現性が出てくると相手チームが対応を始めるという事も言えます。「意外性」と「再現性」。どちらも相反するものでありながら、どちらもサッカーにおいては重要な要素であるというのは、なかなか面白いですよね。
■ 金森の効果
今節変化が見られたもう一つのポイントはツートップである、金崎と金森の関係。これまでは、金崎がトーレス、豊田、チョドンゴンと組む機会が多かったため、いわゆる衛星的な役割は金崎が果たしていました。それが、金森が入ったことによって、金崎の役割(ロール)が変更となり、明確に起点としてボールを受けて引き渡すというプレイに専念できるようになります。
この役割分担によって、金崎がこの試合でポストプレイからのレイオフ(後方から入ってきた前を向いた選手にボールを受け渡すプレイ)を多用するスタイルへと変革し、湘南ディフェンスのピン留め効果とスペースへの侵入における効果を発揮していました。後述しますが、先制点はゴール前で金崎がボールを受けて原に落としたところが起点となりましたし、追加点もアタッキングサードのボールの循環で、中央で金崎がボールを受けて金森に落としたところからサイドへの展開が始まっています。後半開始早々の原のビッグチャンスも金崎のレイオフからでした。
また、金森が縦横無尽に動き回ってゲームメイクに加担する効果は、クエンカのポジショニングにも波及しておりました。左サイドでのボール保持から右サイドへ展開する際には、多くのケースでクエンカが左サイドから中央へのドリブルを見せてからの展開が鳥栖のパターンではありました。この役目をクエンカが果たしてしまうと、クエンカのポジションは、ペナルティエリア手前で滞在することになります。
今節は、金森がその役目を担うことにより、左サイドでボールを受けた金森が、金崎との受け渡しなどを活用しながら、右サイドのヨンウへ運ぶ動きを見せました。これによって、クエンカが左サイドの高い位置にポジションを置いたまま、右サイドからのクロスに飛び込める状況を作りました。先制点、追加点と、クエンカにフィニッシャーとしての役割を与えることによって、ゴール前での的確なポジショニング能力と冷静なフィニッシュ能力を生かすことができました。得点シーン以外にも、例えば16分など、右サイドからのクロスに対してクエンカがシュートを放っています。惜しくもポストでしたが、クエンカがフィニッシャーとなるシーンの演出はゴール以外にも何度か訪れていましたよね。
今シーズンの序盤から、セカンドトップ型のフォワードの必要性をレビューで記載しておりました。トップで起点となりえるターゲットとなるメンバーは多数いるのですが、その起点によって作られるスペースを運動量豊富に活用し、効率的にボール循環やフィニッシュに貢献できるセカンドトップ型のフォワードが不在で、鳥栖にとって必要なピースでありました。金森の補強によって、この問題を解決するピースとなりえてくれたのは非常に大きいと思います。
↓ 今シーズン序盤のレビュー
■ 両チームの狙い
鳥栖は試合開始当初からボール保持。ビルドアップの局面で相手がプレッシングで前に出てきて窮屈になったら、躊躇せずに湘南の両ウイングバックが出てきた裏のスペースへボールを送り込みます。そのスペースでボールを保持できたら当然OK。金崎、金森のツートップが走りこんで起点を作りヨンウ・クエンカのサポートを待ちます。もしはじき返されたとしても、湘南が中盤から前がプレッシングに出てきているため、セカンドボールを拾える確率は高まります。
アタッキングサードの局面においてもサイドで幅を取る選手(ヨンウ・金井)に対して湘南がウイングバックをぶつけてくるので、両ストッパーの前にフォワードを置いてピン留めさせ、そこでできたスペースをハーフスペースにいるセカンドトップ・セントラルハーフ(金森・原・福田)が飛び込みを見せます。
湘南は、前半から、最前線にプレッシングに出てくるのが主に山崎と松田の2名。山崎の誘導はどちらかというと左サイドで、松田の方でプレス強度を上げたいように見え、野田も含めて残りの選手で中盤に網を張る形の守備組織を構築しておりました。鳥栖が躊躇しないロングボールも織り交ぜながらの攻撃であったため、ボール支配はやや鳥栖より。湘南としてはカウンター攻撃に策を見出したいところでしたが、鳥栖としては、湘南はカウンターでまずはトップにあてるので、そこで秀人がつぶせるかどうかがポイントでした。鋭い出足でパスカットできた際には、カウンターの目を狩り取ることに成功し、二次攻撃につながる展開を作ることができました。
鳥栖の度重なるロングボールの対応で湘南は前半の中ごろから疲れもみえはじめ、プレッシングの強度が落ちてきたところで鳥栖が2点を上げますが、その後、すぐに右サイドからのクロスによって湘南が1点返します。
後半に入ってからの湘南がどう構えるかというところだったのですが、湘南がとった戦術は前線からのプレッシング。体力がきつい時期にも関わらず積極的に前に出てくるのは、これが湘南スタイルなのでしょう。後半開始当初はやや様子見だったのですが、徐々に野田、杉岡を前半よりも高い位置に上げて、高い位置からボールを奪取しようとしかけます。この動きが功を奏して同点に追いつきました。
同点になってからも一気呵成にプレッシングにでる湘南。鳥栖は、原川というひとりはがせるプレイヤーが不在であるため、プレッシングを同数で揃えられるとボールを保持するだけで苦労していましたが、それでも、簡単にロングボールに逃げることはせず、なんとかボール保持の中で活路を見出そうとします。実は、この動きが最終盤で効いてきたのでありまして、鳥栖がボール保持することによってプレッシングで動かされた湘南は、優勢だった時間帯に逆転ゴールまで届かなかったことにより、80分頃から足が止まり始めます。
勝ち点3を奪うべく、豊田、小野と攻撃的な選手を投入した鳥栖。豊田へのロングボールをきっかけに、小野がサイドの裏のスペースに流れる金崎に展開。金崎のクロスに対して飛び込んできた福田が惜しいヘディングシュートを見せます。
これをきっかけに再度ボール保持をもとにイニシアチブを握った鳥栖は、アディショナルタイムに、交代して入った小野がこの試合の狙いどころであった湘南3バックの脇のスペース(ウイングバックの裏)にランニングで入り込み、豊田のヘディングに飛び込んだ金井が劇的な勝ち越しゴールをあげて勝利で幕を閉じることとなりました。
■ 鳥栖の先制点(再現性のある崩し)
サガン鳥栖の先制点のシーンを振り返ります。
スローインからの流れだったのですが、最大のポイントはツートップによるセンターバックのピン留め。試合が始まってからウイングバックの裏のスペースを執拗に突いてきたというところもあり、金森がアウトサイドに出ようとする動きに対するケアとしてセンターバックの大野がマークにつきます。また、金崎は、この試合の彼のタスクであるレイオフ対応を行うべく坂を背負う状態。これによって、湘南のセンターバック間にスペースを作り出すことができました。あとは、ここに誰が飛び込んでくるのかというところでしたが、スローインからの流れでパンゾーロールポジションを取っていた原が金崎を上手に使って侵入。この試合のシューターであるクエンカにクロスを上げて、センターバックの死角となる背後からうまく飛び込んで先制点をゲットしました。
サガン鳥栖のアタッキングサードでの攻撃はこの形を再現しており非常に効果的でした。後半開始早々の原のシュートはまったく同じ攻撃の作り方でした。金崎にセンターバックを背負わせ、ヨンウと金森をサイドに張らせて相手のディフェンスを誘導し、空いたスペースに原が飛び込む。そしてゴール前にはクエンカがクロスを待ち構える。原の選択はニアサイドへのシュートだったのですが、このシュートは決めたかったですね!得点シーンもよかったですが、得点シーンよりもやや中央よりで崩せただけに、クロスではなくシュートという選択を持ちましたが、本当によい攻撃でした。
■ ハードワークについて
過密スケジュール、夏場の過酷な気候、苦しい時間帯、よく最後まで走り切ったと思います。ひとくちにハードワークと言いますが、ランニングは、「ベクトル的」な要素が必要であり、「正しい方向に」「正しい力で」走る必要があります。そうでないとチームに効果を及ぼさない無駄な走りとなり、体力を消耗するだけでなく、相手に不用意にスペースを与えたり、パスコースがなくなってボールの循環が停滞するなどの悪い作用が生まれてしまいます。
サガン鳥栖が80分頃から息を吹き返して、再度イニシアチブを握ったのは、フレッシュな選手の投入もさることながら、ボール保持によって「相手を走らせ」そして攻撃の時だけ力を入れるという「賢く走る」を具現化出来たのかもしれません。
ここで一つのデータですが、この試合でのチーム走行距離は107kmです。過去の平均を見てみると
2017年の平均114km
2018年の平均112km
2019年の平均112km
となっており、平均より、5km近く走行距離が短いです。これは、ボールを持つことによって相手に走らされるのを少しでも減らしつつ、勝点3を得られたという、省エネサッカーを示しています。
夏場の体力が必要な状況では、体力の使い方が次の試合にも影響がでますから、可能な限り少ない走行距離で勝てるというのは、非常に大きな成果です。「必要な時に」「必要な分だけ」のハードワークという、サガン鳥栖が一歩上のステージにステップアップをしようとしているのではないかと思えるデータでした。
■ おわりに
金森も金井も前チームではなかなか出番をもらえなかった選手。サガン鳥栖よりも上位に位置する、鹿島や名古屋には、金森や金井よりも個人能力にも戦術理解度にも優れた選手がたくさん存在するという事です。そういった選手たちが所属するチームに打ち勝つには、やはり組織戦術の洗練と体力強化、そして技術の向上。どれが一番大切であるかというのは一概には言えませんが、もって生まれた資質や性質というものがある以上、技術や体力の向上には頭打ちがあると考えると、組織戦術を磨くことによって、ひとりひとりのストロングポイントを何倍もの効果が発揮できる状況まで引き上げるのはもっとも手っ取り早い策であるかもしれません。金井、金森の加入によってこれまでのサガン鳥栖とはまた一歩異なる試合展開を見せてくれました。次節から続くシックスポイントマッチが非常に楽しみですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
■ システム
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■ 試合
曺貴裁監督のパワハラ問題で揺れる湘南ベルマーレとの対戦。移籍マーケット締め切り最終週に、名古屋グランパスの金井のサガン鳥栖への期限付き移籍が発表されました。金井は2014年以来のサガン鳥栖復帰となり、早速左サイドバックでスタメン起用となりました。引退試合まであと2試合というところだったトーレスは、累積警告の影響かはたまた水曜日の天皇杯出場によるターンオーバーか、スタメンから外れて金崎がスタメン復帰となりました。右サイドバックは小林が外れ、原がスタメン復帰となっています。夏場の連戦を、上手にターンオーバーしている印象です。
前半開始早々、金森、金井という、新加入の選手がそれぞれの持ち味を見せてくれました。
金森は、攻撃参画していた杉岡、大野の背後のスペースをついて走りこみ秀人からのフィードを受け、前線にドリブルでボールを運んで攻撃の起点となります。アタッキングサードでのボール保持の後に、鳥栖のひとつの形である右サイドのヨンウに展開。その隙に、左サイドの大外から金井がゴール前に飛び出しを見せ、原川からの浮き球のパスを引き出します。
実は、開始1分も経たないこの時点で「なぜそこに金井」という自己紹介は既に完結しておりましたが、みなさんお気づきだったでしょうか?(笑)
■ 金井加入の効果
「なぜそこに」というのは、通常では考えられないポジショニングだからそう言われるのであって、彼個人にとっては「当然の動き」なのかもしれません。スペースを見つけると積極的に前線に飛び出していくのは、彼の持ち味でもあり、思い切りの良さであり、いわゆる個人の資質の下で備えられたプレイスタイルになります。
三丸が左サイドバックで出場したときは、
「ハーフスペース前方クエンカ、ハーフスペース後方原川、アウトサイド三丸」
という配置が鳥栖の基本スタイル。それは、三丸の武器である左足からのクロスを生かすためのシステムでもあり、中央でボールを保持して相手を引き寄せ、最後は大外から三丸がクロスを上げてゴール前にはトーレス、豊田というのがひとつの攻撃パターンでした。
それが金井に代わって、このポジショニングに変化が生まれます。金井の持ち味であるスペースを見つけて入り込むランニング。これをサガン鳥栖に来ても臆することなく序盤から積極的に披露しており、周りも金井の動きに呼応して、4分には、クエンカ、金井、原川が、ハーフスペース前方、ハーフスペース後方、アウトサイドのポジションを目まぐるしくチェンジする動きを見せていました。サガン鳥栖の成長がみられるのは、左サイドにおける「ハーフスペース前方、ハーフスペース後方、アウトサイド」というポジショニングが選手たちの頭の中に入っていて、選手が別の場所に移動しても他の選手との連動でしっかりとそのトライアングルが確保されていたところです。
また、金井が最終ラインにいることよって、かならずアウトサイドにポジションをとるのではなく、例えば、これまでは、右サイドバック+両センターバックでボール保持し、三丸はアウトサイドに張らせるという攻撃から、金井+両センターバックでボール保持して、右サイドの原を押し上げるという形を作り上げることもできました。最終ラインのボール保持の形にバリエーションが生まれたことになります。
攻撃で必要なのは意外性です。本来そこにいるはずではないポジションの選手が入ってくると、守備側に誰がマークにつくのかという問題を突き付けることができます。守備側にとっては、相手が動くというのは「ついていく」「受け渡す」の選択をしなければなりません。
ただし、ポジションチェンジは攻撃側も簡単ではなくて、選手が動いたら、空いたスペースに流動的に(時間をかけず)新たな選手が適切なポジションをとらなければなりません。そうしないと、それぞれが勝手な動きを見せると、ボールを循環する先が行方不明となってしまって、動くのは良いけど誰がどこにいるのかわからないという状況を生んでしまいます。
川崎やC大阪はポジションチェンジを効果的に活用し、誰かが動くと誰かが入ってきて、そして選手たちの意思疎通がしっかりと取れている流動的な攻撃を見せる印象です。逆に、大きくポジションを変えずに、配置に基づいた選手のストロングを生かして攻撃を組み立てるというのもひとつの策あり、FC東京や、鹿島は、自分たちの配置をしっかりと保ちながら、その中でボールを循環する攻撃を行っています。
前述の例で行くと、金井を生かすためには流動的なポジショニングで相手を攻略する攻撃戦術で、三丸を生かすためには、配置をしっかりと保って最後は彼のストロングを使うという攻撃戦術になります。三丸がハーフスペースに入って相手を引き付けてパスを送り込むというよりは、彼の左足をクロスとして生かしたいですよね。
金井のストロングポイントはクロスではないため、アウトサイドで張っておくというよりは、外から中に入ってきてアタッキングサードでのつなぎや、ゴール前への飛び出しで相手をかく乱する動きの方がより彼を生かせるでしょう。実際、この湘南戦では、金井は2本のクロスしか上げておりません。三丸の印象と比べるとやっぱりクロスは少ないですよね。
その反面、最終ラインから人が飛び出していくということは、そのリスクを誰かがマネジメントしなければならないという課題も発生します。そのバランスを取る役目は福田と松岡。これがボランチ原川だと、彼が攻撃の方にストロングポイントがありますので、また別の展開だったかもしれません。(楽勝だったかもしれないし、敗北だったかもしれません。それはわからない(笑))
右利きの金井が入ったことによる影響は、ビルドアップでも若干発生していました。鳥栖のビルドアップの一つのパターンである、相手のプレッシングを引き付け、高丘が左サイドの三丸へ中距離のパスを送るという組み立てですが、三丸がボールを受けた際には、彼は左足でボールを持つので、相手が中央からプレッシングに来ても、外側の足で、外側を向きながら縦に前進することができました。金井は右利きですので、高丘からのボールを中央に向いて受けるので、ボールを相手から遠いサイドに置けずに、相手のプレッシングをまともに受けてしまってからのボールロストが何度かありました。高い位置で奪われた危うくというシーンもありましたよね。そのあたりは改善されるかとは思いますが、右利き、左利きの違いは少なからずやビルドアップの局面で発生していたことにはなります。
三丸、金井、原と小林も含め、それぞれストロングポイントもあればウィークポイントもありますので、監督が上手に選手配置と役割付与をすることが重要ですし、多くのバリエーションを持つことは非常に大きな武器となりますよね。
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さて、金井のプレイで一つ見逃せなかったのは19分15秒のシーン。秀人がプレッシングにくる野田をぎりぎりまで引き寄せてからジョンスにパスを渡した時に、ナイスプレイの拍手を見せていました。そして、その後、ジョンスに対して早く持ち上がれとのジェスチャー。まさに、ボール保持の肝の部分なのですが、相手の1列目のプレスを秀人がパスで攻略してくれたので、前方にあるスペース目がけてジョンスがすぐに運んで前進しなければなりません。そうすることによって、相手の2列目を引き出してパスコースを作り、ビルドアップの到達地点である、前線へのルートがさらに開けることになります。1列目攻略を無駄にしないためにも、いち早く2列目攻略に取り掛からなければならないのです。
ところが、持ち上がれという金井のジェスチャーもむなしく、ジョンスはそのまま湘南ディフェンスが網を張って待ち構える右サイドの原へと展開。原はサイドで窮屈な状況になって慌てて金森に渡すものの、湘南のプレスに捕まってしてしまいました。ジョンスに必要だったのは、秀人が攻略してくれた1列目の裏のスペースを持ち上がって、次は湘南の2列目を引き出すこと。相手が網を構えている状態でパスを出してもそのまま網にかかるだけであるので、まずは前進して相手の守備の基準点を動かすべく、プレッシングを自分自身に向けなければなりません。それを怖がっていたら、ボール保持によるビルドアップ攻撃は意味をなしません。豊田に向かってロングボールを放り込んだ方が、幾分も効率的であるでしょう。いまのサガン鳥栖はそういう方向性ではありませんよね。ジョンスのこのプレイの選択は、トレーニングの中で、ミョンヒさんの熱い指導によって修正されることと思います(笑)
金井は分かっています。ボール保持の為、2列目攻略の為、ビルドアップの最終到達地点に向けて、何をしなければならないのかを。マリノスによって、名古屋によって成長し、会得してきたボール保持戦術の考え方。彼の加入はプレイのみならず、戦術、定石、思想、そういった目に見えない部分を向上するための波及効果が大きいかもしれないなと思ったシーンでした。彼が慣れてきて遠慮なくピッチで指示ができるようになると、サガン鳥栖のボール保持の質がまたステップアップする可能性は大いに秘めていると思います。
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この試合は、この金井がアディショナルタイムの勝ち越しゴールで劇的な勝利を演出してくれました。彼がゴール前のポジションにいたことによって、久しぶりに「NSK:なぜそこに金井」という言葉を聞くことができました。ただ、「NSK:なぜそこに金井」のままでは、金井の個人の資質や意外性に依存したままの攻撃であるということになります。金井の特長である積極的なポジショニングを生かし、彼が上がっていくことによるリスクをチームとして把握して、それをチーム戦術の中に溶け込ませる事ができれば、「YSK:やっぱりそこに金井」として再現性のある攻撃へと変化するでしょう。
ただし、再現性が出てくると相手チームが対応を始めるという事も言えます。「意外性」と「再現性」。どちらも相反するものでありながら、どちらもサッカーにおいては重要な要素であるというのは、なかなか面白いですよね。
■ 金森の効果
今節変化が見られたもう一つのポイントはツートップである、金崎と金森の関係。これまでは、金崎がトーレス、豊田、チョドンゴンと組む機会が多かったため、いわゆる衛星的な役割は金崎が果たしていました。それが、金森が入ったことによって、金崎の役割(ロール)が変更となり、明確に起点としてボールを受けて引き渡すというプレイに専念できるようになります。
この役割分担によって、金崎がこの試合でポストプレイからのレイオフ(後方から入ってきた前を向いた選手にボールを受け渡すプレイ)を多用するスタイルへと変革し、湘南ディフェンスのピン留め効果とスペースへの侵入における効果を発揮していました。後述しますが、先制点はゴール前で金崎がボールを受けて原に落としたところが起点となりましたし、追加点もアタッキングサードのボールの循環で、中央で金崎がボールを受けて金森に落としたところからサイドへの展開が始まっています。後半開始早々の原のビッグチャンスも金崎のレイオフからでした。
また、金森が縦横無尽に動き回ってゲームメイクに加担する効果は、クエンカのポジショニングにも波及しておりました。左サイドでのボール保持から右サイドへ展開する際には、多くのケースでクエンカが左サイドから中央へのドリブルを見せてからの展開が鳥栖のパターンではありました。この役目をクエンカが果たしてしまうと、クエンカのポジションは、ペナルティエリア手前で滞在することになります。
今節は、金森がその役目を担うことにより、左サイドでボールを受けた金森が、金崎との受け渡しなどを活用しながら、右サイドのヨンウへ運ぶ動きを見せました。これによって、クエンカが左サイドの高い位置にポジションを置いたまま、右サイドからのクロスに飛び込める状況を作りました。先制点、追加点と、クエンカにフィニッシャーとしての役割を与えることによって、ゴール前での的確なポジショニング能力と冷静なフィニッシュ能力を生かすことができました。得点シーン以外にも、例えば16分など、右サイドからのクロスに対してクエンカがシュートを放っています。惜しくもポストでしたが、クエンカがフィニッシャーとなるシーンの演出はゴール以外にも何度か訪れていましたよね。
今シーズンの序盤から、セカンドトップ型のフォワードの必要性をレビューで記載しておりました。トップで起点となりえるターゲットとなるメンバーは多数いるのですが、その起点によって作られるスペースを運動量豊富に活用し、効率的にボール循環やフィニッシュに貢献できるセカンドトップ型のフォワードが不在で、鳥栖にとって必要なピースでありました。金森の補強によって、この問題を解決するピースとなりえてくれたのは非常に大きいと思います。
↓ 今シーズン序盤のレビュー
■ 両チームの狙い
鳥栖は試合開始当初からボール保持。ビルドアップの局面で相手がプレッシングで前に出てきて窮屈になったら、躊躇せずに湘南の両ウイングバックが出てきた裏のスペースへボールを送り込みます。そのスペースでボールを保持できたら当然OK。金崎、金森のツートップが走りこんで起点を作りヨンウ・クエンカのサポートを待ちます。もしはじき返されたとしても、湘南が中盤から前がプレッシングに出てきているため、セカンドボールを拾える確率は高まります。
アタッキングサードの局面においてもサイドで幅を取る選手(ヨンウ・金井)に対して湘南がウイングバックをぶつけてくるので、両ストッパーの前にフォワードを置いてピン留めさせ、そこでできたスペースをハーフスペースにいるセカンドトップ・セントラルハーフ(金森・原・福田)が飛び込みを見せます。
湘南は、前半から、最前線にプレッシングに出てくるのが主に山崎と松田の2名。山崎の誘導はどちらかというと左サイドで、松田の方でプレス強度を上げたいように見え、野田も含めて残りの選手で中盤に網を張る形の守備組織を構築しておりました。鳥栖が躊躇しないロングボールも織り交ぜながらの攻撃であったため、ボール支配はやや鳥栖より。湘南としてはカウンター攻撃に策を見出したいところでしたが、鳥栖としては、湘南はカウンターでまずはトップにあてるので、そこで秀人がつぶせるかどうかがポイントでした。鋭い出足でパスカットできた際には、カウンターの目を狩り取ることに成功し、二次攻撃につながる展開を作ることができました。
鳥栖の度重なるロングボールの対応で湘南は前半の中ごろから疲れもみえはじめ、プレッシングの強度が落ちてきたところで鳥栖が2点を上げますが、その後、すぐに右サイドからのクロスによって湘南が1点返します。
後半に入ってからの湘南がどう構えるかというところだったのですが、湘南がとった戦術は前線からのプレッシング。体力がきつい時期にも関わらず積極的に前に出てくるのは、これが湘南スタイルなのでしょう。後半開始当初はやや様子見だったのですが、徐々に野田、杉岡を前半よりも高い位置に上げて、高い位置からボールを奪取しようとしかけます。この動きが功を奏して同点に追いつきました。
同点になってからも一気呵成にプレッシングにでる湘南。鳥栖は、原川というひとりはがせるプレイヤーが不在であるため、プレッシングを同数で揃えられるとボールを保持するだけで苦労していましたが、それでも、簡単にロングボールに逃げることはせず、なんとかボール保持の中で活路を見出そうとします。実は、この動きが最終盤で効いてきたのでありまして、鳥栖がボール保持することによってプレッシングで動かされた湘南は、優勢だった時間帯に逆転ゴールまで届かなかったことにより、80分頃から足が止まり始めます。
勝ち点3を奪うべく、豊田、小野と攻撃的な選手を投入した鳥栖。豊田へのロングボールをきっかけに、小野がサイドの裏のスペースに流れる金崎に展開。金崎のクロスに対して飛び込んできた福田が惜しいヘディングシュートを見せます。
これをきっかけに再度ボール保持をもとにイニシアチブを握った鳥栖は、アディショナルタイムに、交代して入った小野がこの試合の狙いどころであった湘南3バックの脇のスペース(ウイングバックの裏)にランニングで入り込み、豊田のヘディングに飛び込んだ金井が劇的な勝ち越しゴールをあげて勝利で幕を閉じることとなりました。
■ 鳥栖の先制点(再現性のある崩し)
サガン鳥栖の先制点のシーンを振り返ります。
スローインからの流れだったのですが、最大のポイントはツートップによるセンターバックのピン留め。試合が始まってからウイングバックの裏のスペースを執拗に突いてきたというところもあり、金森がアウトサイドに出ようとする動きに対するケアとしてセンターバックの大野がマークにつきます。また、金崎は、この試合の彼のタスクであるレイオフ対応を行うべく坂を背負う状態。これによって、湘南のセンターバック間にスペースを作り出すことができました。あとは、ここに誰が飛び込んでくるのかというところでしたが、スローインからの流れでパンゾーロールポジションを取っていた原が金崎を上手に使って侵入。この試合のシューターであるクエンカにクロスを上げて、センターバックの死角となる背後からうまく飛び込んで先制点をゲットしました。
サガン鳥栖のアタッキングサードでの攻撃はこの形を再現しており非常に効果的でした。後半開始早々の原のシュートはまったく同じ攻撃の作り方でした。金崎にセンターバックを背負わせ、ヨンウと金森をサイドに張らせて相手のディフェンスを誘導し、空いたスペースに原が飛び込む。そしてゴール前にはクエンカがクロスを待ち構える。原の選択はニアサイドへのシュートだったのですが、このシュートは決めたかったですね!得点シーンもよかったですが、得点シーンよりもやや中央よりで崩せただけに、クロスではなくシュートという選択を持ちましたが、本当によい攻撃でした。
■ ハードワークについて
過密スケジュール、夏場の過酷な気候、苦しい時間帯、よく最後まで走り切ったと思います。ひとくちにハードワークと言いますが、ランニングは、「ベクトル的」な要素が必要であり、「正しい方向に」「正しい力で」走る必要があります。そうでないとチームに効果を及ぼさない無駄な走りとなり、体力を消耗するだけでなく、相手に不用意にスペースを与えたり、パスコースがなくなってボールの循環が停滞するなどの悪い作用が生まれてしまいます。
サガン鳥栖が80分頃から息を吹き返して、再度イニシアチブを握ったのは、フレッシュな選手の投入もさることながら、ボール保持によって「相手を走らせ」そして攻撃の時だけ力を入れるという「賢く走る」を具現化出来たのかもしれません。
ここで一つのデータですが、この試合でのチーム走行距離は107kmです。過去の平均を見てみると
2017年の平均114km
2018年の平均112km
2019年の平均112km
となっており、平均より、5km近く走行距離が短いです。これは、ボールを持つことによって相手に走らされるのを少しでも減らしつつ、勝点3を得られたという、省エネサッカーを示しています。
夏場の体力が必要な状況では、体力の使い方が次の試合にも影響がでますから、可能な限り少ない走行距離で勝てるというのは、非常に大きな成果です。「必要な時に」「必要な分だけ」のハードワークという、サガン鳥栖が一歩上のステージにステップアップをしようとしているのではないかと思えるデータでした。
■ おわりに
金森も金井も前チームではなかなか出番をもらえなかった選手。サガン鳥栖よりも上位に位置する、鹿島や名古屋には、金森や金井よりも個人能力にも戦術理解度にも優れた選手がたくさん存在するという事です。そういった選手たちが所属するチームに打ち勝つには、やはり組織戦術の洗練と体力強化、そして技術の向上。どれが一番大切であるかというのは一概には言えませんが、もって生まれた資質や性質というものがある以上、技術や体力の向上には頭打ちがあると考えると、組織戦術を磨くことによって、ひとりひとりのストロングポイントを何倍もの効果が発揮できる状況まで引き上げるのはもっとも手っ取り早い策であるかもしれません。金井、金森の加入によってこれまでのサガン鳥栖とはまた一歩異なる試合展開を見せてくれました。次節から続くシックスポイントマッチが非常に楽しみですね。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
Posted by オオタニ at
16:18
│Match Impression (2019)
2019年08月14日
2019 第22節 : セレッソ大阪 VS サガン鳥栖
2019シーズン第22節、セレッソ大阪戦のレビューです。
■ システム
鳥栖は今節もスタメンを変更。最終ラインは左サイドバックに原に変わって三丸が入りました。中盤は福田に代わってクエンカが先発に復帰。左サイドハーフの位置のポジションを取ります。前線は、金崎に代わって金森がスタメンとなりました。金崎はベンチ入りもしてなかったのが気になる所ではあります。
大分戦では、守備時4-5-1(4-1-4-1)、攻撃時に4-3-3の形で対応する可変システムだったのですが、今節はオーソドックスな守備時4-4-2と形を変えてきました。前節のシステムは、大分の可変式ビルドアップへの対処のため、中盤を5人そろえる仕組みを取ったのですが、オーソドックスな4-4-2スタイルで臨んでくるセレッソに対しては、通常の守備システムへ戻す事となりました。
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■試合
今節もボール保持による攻撃を企てるサガン鳥栖。
最終ラインの秀人とジョンスは幅を取ってセレッソのツートップを左右に引きつれ、中央で高丘がビルドアップのサポートを行います。
松岡は可能な限り最終ラインには落ちずに、セレッソのツートップ間でボールを受けるように高さを確保しました。小林と原川がツートップの脇にポジションを取ってボールの引き出しを狙います。最終ラインにとっては、2トップのプレッシングを外すために小林、松岡、原川へのルートが確保されている状態です。
右の幅を取るのはヨンウ、左の幅を取るのは三丸。ハーフスペースには金森とクエンカがポジションを取り、トップの位置にはトーレスがポジションを取ります。
守備の配置をベースに考えると、選手の移動は左右非対称にポジションを変えていましたが、出来上がった形としては左右対称になっているという面白い配置でした。この配置は、セレッソが構成するブロックにおける選手と選手の間のポジションに入り込む形となっており、その位置でボールを受ける事によってセレッソの選手たちに判断を促そうという形になっていました。
例えば、クエンカにボールが入った時に、そこのアクションをかけるのはボランチなのか、サイドハーフなのか、最終ラインなのか。鳥栖としては、セレッソの選手がいないところに鳥栖の選手を配置してボールを回しながら、いつかは発生するであろうセレッソのプレッシングの乱れを突こうとする作戦で、我慢づよく、そして正確なボールタッチが要求される攻撃戦術を取っていました。
セレッソはこの鳥栖の問いかけに対して、サイドバックはなるべく上げたくなかった模様。ハーフスペースにポジションをとる鳥栖の選手に対しては、中盤の選手を下げてマークにつくような対応をとりました。サイドに幅を取る選手がボールを受けた際に、スピードに乗って突進してくる前にサイドバックの選手をぶつけて攻撃を遅らせようという形です。これによって、この試合では、三丸VS松田、ヨンウVS丸橋というデュエルが数多く生まれことになります。
セレッソは、前から奪いたいものの、鳥栖の配置上、中盤の形を動かさないと前から嵌められない形となっていたため、序盤は積極的に前から出ていこうとしていましたが、徐々にその機会は少なくなっていきます。特に、松岡、小林、原川に対しての中盤の出ていき方のかというところはセレッソも非常に気をつかっていて、出ていくとスペースを与えてハーフスペースやサイドで幅を取る選手たちに容易にボールがつながってしまうため、ブロックの高さを調整しながらプレッシングを慣行していました。
鳥栖としては、もっと松岡のところに藤田やデサバトが食いついてくれれば、トーレス、金森、クエンカがボールを受けるポジションを取れたのですが、セレッソがどちらかというと中央を固める布陣を取ったので、最終ラインから前線の3人への直接のパスコースはなかなか作れず、どうしてもボールの循環がハーフスペースから外へと追い出される形となっていました。松岡が前を向けるのは低い位置でのみであったため、中央に急所を突くようなパスを出されるのを藤田とデサバトがポジションをコントロールしながら未然に防いでいた形です。これにより、鳥栖としても「ボールは失わないけれども、攻撃の糸口もつかめない」状況となり、自然とボール保持率も高くなっていきました。
鳥栖は、高丘を活用したビルドアップもセレッソの守備ラインを下げさせる効果がありました。セレッソが高い位置からプレッシャーをかける際には、鳥栖の2センター+3セントラルハーフ(原川、松岡、小林)のビルドアップに対して、ツートップ+2サイドハーフ+ボランチの同数をぶつけてきます。このタイミングで、高丘からプレッシングの届かない位置にポジションを取るクエンカや三丸へ中距離のパスを送りこむ仕組みを作れました。セレッソは5人が前に出払っている状況となったため、三丸はスペースに対してボールを受けて縦のドリブルで前進することができました。
最終ラインにかける人数が少なければ少ないほど、中盤より前にかけることのできる人数が多くなるのは自明の理。鳥栖は高丘を活用することによって、また、原川と小林というパスルートを作っておくことによって、秀人とジョンスのふたりで、セレッソのツートップを処理できるようになります。セレッソもどうしても前線から奪いたければ、ツートップに死なばもろともプレッシングを課すという方法もあったのでしょうが、メンデスのパワーを攻撃でなく守備で費やすのは痛し痒しという所でさすがにそれは自重。選手の配置によって最終ラインでのボール保持がしっかりと準備された鳥栖に対して、徐々にプレッシングからブロックへと守備方式を変えていくセレッソということで、少しずつ鳥栖のボール保持の時間が増していくこととなりました。
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ボール保持のなかで、やはりクエンカのキープ力を最大限生かすべく、左サイドからの崩しの回数が多くなっていった鳥栖。クエンカがキープしてプレッシングの届かないアウトサイドの三丸を活用するシチュエーションを構築し、三丸が松田とのマッチアップするシーンはいくつも作り上げることができました。ただ、この1対1のデュエルは松田の方が優勢であったことは否めません。三丸がカットインして右足でシュートなりクロスなりを上げることができれば、松田も対応に迷いが生じるのですが、どうしても左足一辺倒になってしまっていたため、松田としては対処が容易だったでしょう。
よい比較対象があるのですが、ヨンウは、30分にカットインしてからニアサイドに惜しいシュートを放ちました。このカットインには伏線があって、その前の27分のシーンで、ヨンウは縦に突破して右足でのクロスというチャレンジを行っています。マッチアップの相手(丸橋)に、「この選手は縦へも選択肢があるんだ」と思わせることに成功しているのです。だからこそ、前の縦に抜かれたシーンがイメージとして残っていたため、カットインのコースを作れたということになります。相手に「これしかない」と思わせるのではなく、「どっちにくるかわからない」という迷いを生じさせる事が、デュエルで勝利するための大きなアドバンテージとなりえるのです。
ただ、三丸は、サイドバックに求められる、逆サイドにボールがあるときの「センターバックとしての動き」に優れています。守備面を考えるか、攻撃面を考えるかというところが原の起用との分岐点でしょうか。三丸は12分に、左サイドからの丸橋のクロスを中央にしぼって間一髪で水沼よりも先にボールを触ってクリアという素晴らしい守備を見せてくれました。このシーンを見ると、三丸を左サイドバックに置いている価値は大いにあるのかなと思います。
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何とか打開したい鳥栖は、いくつかの工夫を見せます。スペースを見つけてはポジションチェンジを繰り返す金森は、セレッソの守備の基準をずらす動きを見せました。彼が崩しに参画することによって一つのカオスを生み出すことになります。幅を取る選手のボール保持を阻害するために出てくるサイドバックの裏のスペースを金森が狙って入っていく動きは非常に良かったです。前半はこの動きで何度かチャンスを作ったのですが、特に、38分のヨンウが絞ったところについていった丸橋の裏のスペースに抜け出してシュートを放ったシーンは、ここ数シーズン鳥栖になかなかいなかった裏に抜け出すセカンドトップ的な動きを見せてくれて新たな可能性を感じました。これを決めてくれれば、鳥栖サポーター全員のハートをキャッチできたでしょうが、決めきれなかったので、ハートキャッチ率100%はお預けとなりました(笑)
原川がボールを受けてからのはがしも有効に活用していました、プレッシングで出てきたセレッソの選手をうまく外すことによって、前を向いて前進することができ、セレッソがラインを下げながらマーキングを再セットアップしなければならない状況を生み出しました。守備ブロックに隙が無い時は、やはりドリブルで抜いて自ら前進するスペースを作り出すというのは非常に大きな武器となりますよね。この試合での原川は前を向いてチャレンジする機会が多く、非常に良かったと思います。
セレッソのサイドバックが幅を取る鳥栖の選手を見る仕組みを理解したクエンカはポジションをサイドに移す応用もありました。この動きを見せることによって、三丸と松田のデュエルから、クエンカと松田とのデュエルに戦局が変化していきます。クエンカはボールキープしながら右に左に松田をかわしてクロスを上げたり、中央につないだりというプレイをしかけました。
あと、これはセレッソもそうだったのですが、中央のブロックが厚くて縦にダイレクトにボールを入れられないために、ひとまずはボールが循環できるアウトサイドに起点を作るケースが多くなります。そうなると、相手の守備ブロックをスライドさせてから、プレッシングの届かない逆サイドに送り込むボールの質が重要となります。そういう意味では、サイドから高い精度のボールを蹴ることができる選手を両チームとも抱えており、セレッソは清武、藤田、鳥栖はクエンカ、原川がそれぞれ逆サイドに陣取る選手に正確なボールを送り込んでいました。終盤は秀人も長いボールを送り込んでましたね。ボール保持して相手を密集させて、逆サイドでアタックするというすみわけは互いにアタッキングサードにボールを進めるための有効な手段となっていました。
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セレッソの攻撃も細かいタッチでボールを循環させながらの攻撃をしかけていました。セレッソの攻撃は、全員がこうしなければというデザインはあるのですが、その配置は決められていないところに利点がありました。例えば最終ラインでのボール保持においても、3人で保持するというデザインはありますが、そこに下りるのは藤田であったり、デサバトであったり、もしくは両サイドバックであったり。
また、前線においても、5レーンを活用して満遍なく選手を配置する仕組みとなっていましたが、選手のいるべき場所を決めておくのではなく、細かなポジションチェンジを行いながら鳥栖の守備をかく乱するポジション取りを行っていました。
例えば、前線にいるのは必ずしも奥埜ではなく、藤田が上がれば奥埜はボランチの位置をカバーしますし、清武が絞れば奥埜はサイドハーフの位置にいますし。鳥栖の金森も縦横無尽に動いていましたが、それ以上に奥埜がセレッソの味方の動きに対するケアをしっかりと行っていました。鳥栖にとっては、この動きをされるとどこで捕まえるべきなのかというタイミングをずらされることになります。それに輪をかけてメンデスのキープ力という武器を使われてしまうので、メンデスに預けた上で誰がそのエリアに飛び込んでくるのかわからないという攻撃は非常に守備陣も頭を悩ませていた事でしょう。
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互いに組織として整備された状況で得点を生み出すには、困ったときのセットプレイか、スーパープレイがでるか、それとも相手のミスが発生するか、という所しかなくなっていくのですが、19分に奥埜のスーパーゴールでセレッソが先制します。これによって、セレッソは無理に前から出ていく必要もなくなり、鳥栖の保持に対するブロックの様相が強くなっていきました。
そうなってくると、鳥栖はボールを持てるので、少しずつ前に人数をかけるようになるのですが、当然のことながら攻撃に人数をかけるとリスク(脅威)となりえるのはセレッソのカウンター。鳥栖はカウンター対策でセンターバック2人を攻撃参加させることなく最終ラインにおいていたのですが、それでもメンデスのスピードとパワーの前にドリブル突破されるシーンがいくつかありました。
後半になっても鳥栖はスタイルを変えずにボール保持しながらの攻撃。セレッソもボールを保持しつつも無理をせずに少人数で攻撃をしかけ、攻守が切り替わった際にはしっかりとした守備ブロックを築いてからのカウンターという様相。ただし、決定的チャンスとしてはセレッソの方が多く、54分には奥埜のこの日2発目かというようなミドルシュートを放ちますが高丘が好セーブ、55分にもコーナーキックからヨニッチの高い打点のヘッドを高丘が片手でセーブ。間一髪で鳥栖が追加点を許しません。この悪い流れの時間帯に、失点を喫さなかったことが、最終盤で鳥栖の逆転を生むことにつながりましたよね。
セレッソのビッグチャンスが続き、閉塞感が出てきたところで鳥栖が動きチアゴアウベスを投入。ところが、その投入直後の60分に再びセレッソがビッグチャンス。メンデスがカウンターから抜け出してゴールキーパーと1対1を迎えますが、なんとか秀人とジョンスが戻ってきて事なきを得ます。この時間帯くらいからややオープンな展開に。互いのゴール前にボールが行き来する体力的にきつい展開となります。
チアゴが入って変わったのは、ボールを預けるポイントの変化と味方の位置を把握して送り込むボールの質の高さ。ヨンウの場合はドリブルからのしかけが攻撃のトリガーとなりますが、チアゴはボールを預けてからは相手を抜き去る前のクロスというのも攻撃の選択肢が生まれます。また、大きなポイントとしては、セットプレイにおいて前線に残す選手を疲れの見えるクエンカからフレッシュで体力のあるチアゴへと変えた点です。結果的に、ミョンヒ監督のこの判断が、豊田の逆転ゴールを生むボールキープとスルーパスを生んだという事になります。
チアゴは早速62分のカウンターのシーンでは前線でボールを受け、走りこんでくる原川に対してワンタッチのヒールで原川が前を向いてボールをさばける好パスを送りこみます。チアゴの投入によって前からのプレッシャーに勢いが復活してきた鳥栖。63分には、チアゴの前からのプレッシャーで丸橋のパスミスを誘い、ショートカウンターで抜け出して右サイドでポイントを作って金森に素晴らしいクロスを提供します。金森の落としはトーレスがシュートをはずしてしまいましたが、疲れが見えてゴール前の帰陣が遅れだしてきたセレッソの脅威となります。ただし、チアゴも左足が武器であるため、幅をとって開いてボールを受けるとカットインすることが分かっている
ために、セレッソ守備陣もそこはしっかりと抑え込むことはできていました。当初は65分や75分など、倒されてファールをアピールしていましたが、木村主審がしっかりとプレーを見ていてとってくれないことを察してからは、その基準にアジャストして倒れてもアピールせずに前を向いてプレーをする選択を取りました。最後の豊田の逆転ゴールのパスを出す直前のシーンは倒れてもアピールせずにプレーを続けましたよね。
鳥栖がボールを握っている展開の中、またもビッグチャンスはセレッソに。79分、セットプレイからの長いボールをメンデスが落とし、アタッキングサードでボールをつないでクロスのこぼれ球をメンデスがシュート。至近距離からのシュートでしたが、高丘がここもビッグセーブ。これを決めきれなかったことが鳥栖に流れを呼び込むこととなりました。
鳥栖は74分に林、82分に豊田を投入して攻撃に変化を加えます。攻撃のみならず、守備の局面においても、彼らの前線からの執拗なチェックによって、セレッソにボールを蹴っ飛ばすという選択しかない状況を与えたことも、鳥栖に流れを呼び込むきっかけとなりましたよね。こうして、セレッソが残り時間が少なくなるにつれて、守備ブロックを自陣前に置くようになり、前からのプレッシャーが薄くなっていたので、最終ラインが余裕をもってコースを見つけることができ、豊田への直接のロングボールや、サイドの高い位置に幅を取るチアゴに対する直接の長いボールを送り込むようになります。
セレッソが柿谷に代わったというのもひとつのポイントでありまして、奥埜が献身的に鳥栖の最終ラインに対してプレッシャーをしかけていたのですが、柿谷に変わってからは、彼がそういうタスクを与えられたのかもしれませんが、原川を見るという役割に代わり、秀人がノープレッシャーで精度の高いロングボールを送りこめるようになりました。
そして、85分にチアゴのミドルシュートによって得たコーナーキックから林が同点弾。94分は、藤田のロングスローからメンデスがそらしたボールを高丘がキャッチしたことによってカウンターが始まります。まだ記憶に残っている、昨年のワールドカップで日本代表がベルギー代表から逆転弾を食らったのもゴールキーパーのキャッチからでした。セットプレイで上がり切っている状態でのキーパーからの攻撃というのは、カウンターを仕掛ける側の方が前に出てくるスピードも人数も迫力がありますし、そして、前述の通り、セットプレイでカウンターの起点として高い位置にポジションを取っておく選手をチアゴに変えたというミョンヒさんの采配も当たることとなりました。
■おわりに
確固たる守備ブロックに対して、計算された配置によるボール循環の中で、どこで守備の基準点をずらすことができるかという、攻守にわたって耐えることが必要な試合でした。鳥栖は豊田を投入するまでロングボールは封印して、ボール保持して相手の守備ブロックを動かすことで少しずつ体力を奪っていきました。セレッソの体力がなくなったところで、前への推進力のある林、そして絶対的な高さを誇る豊田が投入されるという、セレッソにとっては非常にキツい守備だったでしょう。ビハインドの場面で、スクランブル体制だったということもあるでしょうが、松岡と金森とを比較して、体力が残っていて裏に抜けるスピードを持ち合わせた金森をボランチの位置に残したという采配も当たりましたね。
そして、何よりも高丘の好セーブに尽きる試合です。主審がPKのジャッジをしなかったということもありましたが、そういった運・不運に左右されるところも含めて、2失点目だけは喫しないようにチーム全体で耐えて耐え抜いたからこそ、最後に逆転というご褒美がありました。
最後にちょっとだけ。互いにボールを保持する攻撃戦術を取っているのですが、ピッチコンディションがあまりよろしくなく、ボールが跳ねたり芝に足を取られたりして、簡単なトラップミスやパスミスが発生し、ショートカウンターを受けることもありました。前半22分頃も清武の決定的なシュートのシーンで足を滑らせて不発に終わったシーンもあり、(鳥栖の勝利には、こういう運も味方しています。)ショートパスをつなぐ戦術は、ロングボール戦術にはない問題を抱えることにもなるのだなと改めて実感しました。ピッチコンディションへのアジャストというのも非常に大事な要素ですよね。雨でピッチが滑ったり、芝のコンディションが悪くてボールが跳ねたり。審判へのアジャストもなんですが、環境の変化にいち早く対応するという力も勝利の為には必要な様子であるのだなと思いました。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
■ システム
鳥栖は今節もスタメンを変更。最終ラインは左サイドバックに原に変わって三丸が入りました。中盤は福田に代わってクエンカが先発に復帰。左サイドハーフの位置のポジションを取ります。前線は、金崎に代わって金森がスタメンとなりました。金崎はベンチ入りもしてなかったのが気になる所ではあります。
大分戦では、守備時4-5-1(4-1-4-1)、攻撃時に4-3-3の形で対応する可変システムだったのですが、今節はオーソドックスな守備時4-4-2と形を変えてきました。前節のシステムは、大分の可変式ビルドアップへの対処のため、中盤を5人そろえる仕組みを取ったのですが、オーソドックスな4-4-2スタイルで臨んでくるセレッソに対しては、通常の守備システムへ戻す事となりました。
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■試合
今節もボール保持による攻撃を企てるサガン鳥栖。
最終ラインの秀人とジョンスは幅を取ってセレッソのツートップを左右に引きつれ、中央で高丘がビルドアップのサポートを行います。
松岡は可能な限り最終ラインには落ちずに、セレッソのツートップ間でボールを受けるように高さを確保しました。小林と原川がツートップの脇にポジションを取ってボールの引き出しを狙います。最終ラインにとっては、2トップのプレッシングを外すために小林、松岡、原川へのルートが確保されている状態です。
右の幅を取るのはヨンウ、左の幅を取るのは三丸。ハーフスペースには金森とクエンカがポジションを取り、トップの位置にはトーレスがポジションを取ります。
守備の配置をベースに考えると、選手の移動は左右非対称にポジションを変えていましたが、出来上がった形としては左右対称になっているという面白い配置でした。この配置は、セレッソが構成するブロックにおける選手と選手の間のポジションに入り込む形となっており、その位置でボールを受ける事によってセレッソの選手たちに判断を促そうという形になっていました。
例えば、クエンカにボールが入った時に、そこのアクションをかけるのはボランチなのか、サイドハーフなのか、最終ラインなのか。鳥栖としては、セレッソの選手がいないところに鳥栖の選手を配置してボールを回しながら、いつかは発生するであろうセレッソのプレッシングの乱れを突こうとする作戦で、我慢づよく、そして正確なボールタッチが要求される攻撃戦術を取っていました。
セレッソはこの鳥栖の問いかけに対して、サイドバックはなるべく上げたくなかった模様。ハーフスペースにポジションをとる鳥栖の選手に対しては、中盤の選手を下げてマークにつくような対応をとりました。サイドに幅を取る選手がボールを受けた際に、スピードに乗って突進してくる前にサイドバックの選手をぶつけて攻撃を遅らせようという形です。これによって、この試合では、三丸VS松田、ヨンウVS丸橋というデュエルが数多く生まれことになります。
セレッソは、前から奪いたいものの、鳥栖の配置上、中盤の形を動かさないと前から嵌められない形となっていたため、序盤は積極的に前から出ていこうとしていましたが、徐々にその機会は少なくなっていきます。特に、松岡、小林、原川に対しての中盤の出ていき方のかというところはセレッソも非常に気をつかっていて、出ていくとスペースを与えてハーフスペースやサイドで幅を取る選手たちに容易にボールがつながってしまうため、ブロックの高さを調整しながらプレッシングを慣行していました。
鳥栖としては、もっと松岡のところに藤田やデサバトが食いついてくれれば、トーレス、金森、クエンカがボールを受けるポジションを取れたのですが、セレッソがどちらかというと中央を固める布陣を取ったので、最終ラインから前線の3人への直接のパスコースはなかなか作れず、どうしてもボールの循環がハーフスペースから外へと追い出される形となっていました。松岡が前を向けるのは低い位置でのみであったため、中央に急所を突くようなパスを出されるのを藤田とデサバトがポジションをコントロールしながら未然に防いでいた形です。これにより、鳥栖としても「ボールは失わないけれども、攻撃の糸口もつかめない」状況となり、自然とボール保持率も高くなっていきました。
鳥栖は、高丘を活用したビルドアップもセレッソの守備ラインを下げさせる効果がありました。セレッソが高い位置からプレッシャーをかける際には、鳥栖の2センター+3セントラルハーフ(原川、松岡、小林)のビルドアップに対して、ツートップ+2サイドハーフ+ボランチの同数をぶつけてきます。このタイミングで、高丘からプレッシングの届かない位置にポジションを取るクエンカや三丸へ中距離のパスを送りこむ仕組みを作れました。セレッソは5人が前に出払っている状況となったため、三丸はスペースに対してボールを受けて縦のドリブルで前進することができました。
最終ラインにかける人数が少なければ少ないほど、中盤より前にかけることのできる人数が多くなるのは自明の理。鳥栖は高丘を活用することによって、また、原川と小林というパスルートを作っておくことによって、秀人とジョンスのふたりで、セレッソのツートップを処理できるようになります。セレッソもどうしても前線から奪いたければ、ツートップに死なばもろともプレッシングを課すという方法もあったのでしょうが、メンデスのパワーを攻撃でなく守備で費やすのは痛し痒しという所でさすがにそれは自重。選手の配置によって最終ラインでのボール保持がしっかりと準備された鳥栖に対して、徐々にプレッシングからブロックへと守備方式を変えていくセレッソということで、少しずつ鳥栖のボール保持の時間が増していくこととなりました。
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ボール保持のなかで、やはりクエンカのキープ力を最大限生かすべく、左サイドからの崩しの回数が多くなっていった鳥栖。クエンカがキープしてプレッシングの届かないアウトサイドの三丸を活用するシチュエーションを構築し、三丸が松田とのマッチアップするシーンはいくつも作り上げることができました。ただ、この1対1のデュエルは松田の方が優勢であったことは否めません。三丸がカットインして右足でシュートなりクロスなりを上げることができれば、松田も対応に迷いが生じるのですが、どうしても左足一辺倒になってしまっていたため、松田としては対処が容易だったでしょう。
よい比較対象があるのですが、ヨンウは、30分にカットインしてからニアサイドに惜しいシュートを放ちました。このカットインには伏線があって、その前の27分のシーンで、ヨンウは縦に突破して右足でのクロスというチャレンジを行っています。マッチアップの相手(丸橋)に、「この選手は縦へも選択肢があるんだ」と思わせることに成功しているのです。だからこそ、前の縦に抜かれたシーンがイメージとして残っていたため、カットインのコースを作れたということになります。相手に「これしかない」と思わせるのではなく、「どっちにくるかわからない」という迷いを生じさせる事が、デュエルで勝利するための大きなアドバンテージとなりえるのです。
ただ、三丸は、サイドバックに求められる、逆サイドにボールがあるときの「センターバックとしての動き」に優れています。守備面を考えるか、攻撃面を考えるかというところが原の起用との分岐点でしょうか。三丸は12分に、左サイドからの丸橋のクロスを中央にしぼって間一髪で水沼よりも先にボールを触ってクリアという素晴らしい守備を見せてくれました。このシーンを見ると、三丸を左サイドバックに置いている価値は大いにあるのかなと思います。
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何とか打開したい鳥栖は、いくつかの工夫を見せます。スペースを見つけてはポジションチェンジを繰り返す金森は、セレッソの守備の基準をずらす動きを見せました。彼が崩しに参画することによって一つのカオスを生み出すことになります。幅を取る選手のボール保持を阻害するために出てくるサイドバックの裏のスペースを金森が狙って入っていく動きは非常に良かったです。前半はこの動きで何度かチャンスを作ったのですが、特に、38分のヨンウが絞ったところについていった丸橋の裏のスペースに抜け出してシュートを放ったシーンは、ここ数シーズン鳥栖になかなかいなかった裏に抜け出すセカンドトップ的な動きを見せてくれて新たな可能性を感じました。これを決めてくれれば、鳥栖サポーター全員のハートをキャッチできたでしょうが、決めきれなかったので、ハートキャッチ率100%はお預けとなりました(笑)
原川がボールを受けてからのはがしも有効に活用していました、プレッシングで出てきたセレッソの選手をうまく外すことによって、前を向いて前進することができ、セレッソがラインを下げながらマーキングを再セットアップしなければならない状況を生み出しました。守備ブロックに隙が無い時は、やはりドリブルで抜いて自ら前進するスペースを作り出すというのは非常に大きな武器となりますよね。この試合での原川は前を向いてチャレンジする機会が多く、非常に良かったと思います。
セレッソのサイドバックが幅を取る鳥栖の選手を見る仕組みを理解したクエンカはポジションをサイドに移す応用もありました。この動きを見せることによって、三丸と松田のデュエルから、クエンカと松田とのデュエルに戦局が変化していきます。クエンカはボールキープしながら右に左に松田をかわしてクロスを上げたり、中央につないだりというプレイをしかけました。
あと、これはセレッソもそうだったのですが、中央のブロックが厚くて縦にダイレクトにボールを入れられないために、ひとまずはボールが循環できるアウトサイドに起点を作るケースが多くなります。そうなると、相手の守備ブロックをスライドさせてから、プレッシングの届かない逆サイドに送り込むボールの質が重要となります。そういう意味では、サイドから高い精度のボールを蹴ることができる選手を両チームとも抱えており、セレッソは清武、藤田、鳥栖はクエンカ、原川がそれぞれ逆サイドに陣取る選手に正確なボールを送り込んでいました。終盤は秀人も長いボールを送り込んでましたね。ボール保持して相手を密集させて、逆サイドでアタックするというすみわけは互いにアタッキングサードにボールを進めるための有効な手段となっていました。
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セレッソの攻撃も細かいタッチでボールを循環させながらの攻撃をしかけていました。セレッソの攻撃は、全員がこうしなければというデザインはあるのですが、その配置は決められていないところに利点がありました。例えば最終ラインでのボール保持においても、3人で保持するというデザインはありますが、そこに下りるのは藤田であったり、デサバトであったり、もしくは両サイドバックであったり。
また、前線においても、5レーンを活用して満遍なく選手を配置する仕組みとなっていましたが、選手のいるべき場所を決めておくのではなく、細かなポジションチェンジを行いながら鳥栖の守備をかく乱するポジション取りを行っていました。
例えば、前線にいるのは必ずしも奥埜ではなく、藤田が上がれば奥埜はボランチの位置をカバーしますし、清武が絞れば奥埜はサイドハーフの位置にいますし。鳥栖の金森も縦横無尽に動いていましたが、それ以上に奥埜がセレッソの味方の動きに対するケアをしっかりと行っていました。鳥栖にとっては、この動きをされるとどこで捕まえるべきなのかというタイミングをずらされることになります。それに輪をかけてメンデスのキープ力という武器を使われてしまうので、メンデスに預けた上で誰がそのエリアに飛び込んでくるのかわからないという攻撃は非常に守備陣も頭を悩ませていた事でしょう。
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互いに組織として整備された状況で得点を生み出すには、困ったときのセットプレイか、スーパープレイがでるか、それとも相手のミスが発生するか、という所しかなくなっていくのですが、19分に奥埜のスーパーゴールでセレッソが先制します。これによって、セレッソは無理に前から出ていく必要もなくなり、鳥栖の保持に対するブロックの様相が強くなっていきました。
そうなってくると、鳥栖はボールを持てるので、少しずつ前に人数をかけるようになるのですが、当然のことながら攻撃に人数をかけるとリスク(脅威)となりえるのはセレッソのカウンター。鳥栖はカウンター対策でセンターバック2人を攻撃参加させることなく最終ラインにおいていたのですが、それでもメンデスのスピードとパワーの前にドリブル突破されるシーンがいくつかありました。
後半になっても鳥栖はスタイルを変えずにボール保持しながらの攻撃。セレッソもボールを保持しつつも無理をせずに少人数で攻撃をしかけ、攻守が切り替わった際にはしっかりとした守備ブロックを築いてからのカウンターという様相。ただし、決定的チャンスとしてはセレッソの方が多く、54分には奥埜のこの日2発目かというようなミドルシュートを放ちますが高丘が好セーブ、55分にもコーナーキックからヨニッチの高い打点のヘッドを高丘が片手でセーブ。間一髪で鳥栖が追加点を許しません。この悪い流れの時間帯に、失点を喫さなかったことが、最終盤で鳥栖の逆転を生むことにつながりましたよね。
セレッソのビッグチャンスが続き、閉塞感が出てきたところで鳥栖が動きチアゴアウベスを投入。ところが、その投入直後の60分に再びセレッソがビッグチャンス。メンデスがカウンターから抜け出してゴールキーパーと1対1を迎えますが、なんとか秀人とジョンスが戻ってきて事なきを得ます。この時間帯くらいからややオープンな展開に。互いのゴール前にボールが行き来する体力的にきつい展開となります。
チアゴが入って変わったのは、ボールを預けるポイントの変化と味方の位置を把握して送り込むボールの質の高さ。ヨンウの場合はドリブルからのしかけが攻撃のトリガーとなりますが、チアゴはボールを預けてからは相手を抜き去る前のクロスというのも攻撃の選択肢が生まれます。また、大きなポイントとしては、セットプレイにおいて前線に残す選手を疲れの見えるクエンカからフレッシュで体力のあるチアゴへと変えた点です。結果的に、ミョンヒ監督のこの判断が、豊田の逆転ゴールを生むボールキープとスルーパスを生んだという事になります。
チアゴは早速62分のカウンターのシーンでは前線でボールを受け、走りこんでくる原川に対してワンタッチのヒールで原川が前を向いてボールをさばける好パスを送りこみます。チアゴの投入によって前からのプレッシャーに勢いが復活してきた鳥栖。63分には、チアゴの前からのプレッシャーで丸橋のパスミスを誘い、ショートカウンターで抜け出して右サイドでポイントを作って金森に素晴らしいクロスを提供します。金森の落としはトーレスがシュートをはずしてしまいましたが、疲れが見えてゴール前の帰陣が遅れだしてきたセレッソの脅威となります。ただし、チアゴも左足が武器であるため、幅をとって開いてボールを受けるとカットインすることが分かっている
ために、セレッソ守備陣もそこはしっかりと抑え込むことはできていました。当初は65分や75分など、倒されてファールをアピールしていましたが、木村主審がしっかりとプレーを見ていてとってくれないことを察してからは、その基準にアジャストして倒れてもアピールせずに前を向いてプレーをする選択を取りました。最後の豊田の逆転ゴールのパスを出す直前のシーンは倒れてもアピールせずにプレーを続けましたよね。
鳥栖がボールを握っている展開の中、またもビッグチャンスはセレッソに。79分、セットプレイからの長いボールをメンデスが落とし、アタッキングサードでボールをつないでクロスのこぼれ球をメンデスがシュート。至近距離からのシュートでしたが、高丘がここもビッグセーブ。これを決めきれなかったことが鳥栖に流れを呼び込むこととなりました。
鳥栖は74分に林、82分に豊田を投入して攻撃に変化を加えます。攻撃のみならず、守備の局面においても、彼らの前線からの執拗なチェックによって、セレッソにボールを蹴っ飛ばすという選択しかない状況を与えたことも、鳥栖に流れを呼び込むきっかけとなりましたよね。こうして、セレッソが残り時間が少なくなるにつれて、守備ブロックを自陣前に置くようになり、前からのプレッシャーが薄くなっていたので、最終ラインが余裕をもってコースを見つけることができ、豊田への直接のロングボールや、サイドの高い位置に幅を取るチアゴに対する直接の長いボールを送り込むようになります。
セレッソが柿谷に代わったというのもひとつのポイントでありまして、奥埜が献身的に鳥栖の最終ラインに対してプレッシャーをしかけていたのですが、柿谷に変わってからは、彼がそういうタスクを与えられたのかもしれませんが、原川を見るという役割に代わり、秀人がノープレッシャーで精度の高いロングボールを送りこめるようになりました。
そして、85分にチアゴのミドルシュートによって得たコーナーキックから林が同点弾。94分は、藤田のロングスローからメンデスがそらしたボールを高丘がキャッチしたことによってカウンターが始まります。まだ記憶に残っている、昨年のワールドカップで日本代表がベルギー代表から逆転弾を食らったのもゴールキーパーのキャッチからでした。セットプレイで上がり切っている状態でのキーパーからの攻撃というのは、カウンターを仕掛ける側の方が前に出てくるスピードも人数も迫力がありますし、そして、前述の通り、セットプレイでカウンターの起点として高い位置にポジションを取っておく選手をチアゴに変えたというミョンヒさんの采配も当たることとなりました。
■おわりに
確固たる守備ブロックに対して、計算された配置によるボール循環の中で、どこで守備の基準点をずらすことができるかという、攻守にわたって耐えることが必要な試合でした。鳥栖は豊田を投入するまでロングボールは封印して、ボール保持して相手の守備ブロックを動かすことで少しずつ体力を奪っていきました。セレッソの体力がなくなったところで、前への推進力のある林、そして絶対的な高さを誇る豊田が投入されるという、セレッソにとっては非常にキツい守備だったでしょう。ビハインドの場面で、スクランブル体制だったということもあるでしょうが、松岡と金森とを比較して、体力が残っていて裏に抜けるスピードを持ち合わせた金森をボランチの位置に残したという采配も当たりましたね。
そして、何よりも高丘の好セーブに尽きる試合です。主審がPKのジャッジをしなかったということもありましたが、そういった運・不運に左右されるところも含めて、2失点目だけは喫しないようにチーム全体で耐えて耐え抜いたからこそ、最後に逆転というご褒美がありました。
最後にちょっとだけ。互いにボールを保持する攻撃戦術を取っているのですが、ピッチコンディションがあまりよろしくなく、ボールが跳ねたり芝に足を取られたりして、簡単なトラップミスやパスミスが発生し、ショートカウンターを受けることもありました。前半22分頃も清武の決定的なシュートのシーンで足を滑らせて不発に終わったシーンもあり、(鳥栖の勝利には、こういう運も味方しています。)ショートパスをつなぐ戦術は、ロングボール戦術にはない問題を抱えることにもなるのだなと改めて実感しました。ピッチコンディションへのアジャストというのも非常に大事な要素ですよね。雨でピッチが滑ったり、芝のコンディションが悪くてボールが跳ねたり。審判へのアジャストもなんですが、環境の変化にいち早く対応するという力も勝利の為には必要な様子であるのだなと思いました。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
Posted by オオタニ at
14:25
│Match Impression (2019)
2019年08月08日
2019 第21節 : サガン鳥栖 VS 大分トリニータ
2019シーズン第21節、大分トリニータ戦のレビューです。
■ システム
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■試合
この試合での鳥栖は、守備の仕組みを大きく変えてきました。鳥栖の守備時の配置は4-5-1(4-1-4-1)。攻撃時にトップの位置にいる金崎は左サイドハーフの位置に下がります。これによって中盤全体がバランスを取るべく右にポジションを移し、松岡がさながらアンカーのようなポジションを取って中央を5枚並べる形にします。
守備の仕組みとしては、左右非対称であったところが特徴的でしょうか。例えるならば、右サイドは槍でつつく守備、左サイドは盾で構える守備。
右サイドの守備の基準の担い手はインサイドハーフの福田。大分の最終ラインでのボール保持に対して、積極的に前に出てプレッシングをしかけ、大分が自由にボールを持てないように強い圧力をかけます。サイドに出たらヨンウ、中央に入ったら松岡がボールを狩って高い位置でボールを奪ってショートカウンターができればベストという守備です。
左サイドの守備の基準の担い手は金崎。ネガトラと同時にサイドハーフの位置にポジションを変えて網を張って待ち構える守備を見せました。福田と異なるのは、パスコースを消すような立ち位置で大分の攻撃をけん制しつつ出ていくタイミングを計っていた点。大分の最終ラインが運ぶドリブルを見せて前進してきたタイミングで、列を上げてプレッシングをしかける形を継続していました。福田と同じ位置関係となる原川は、前に出るのは自重。あくまでもオナイウを意識した守備で、オナイウのパスコースを消すと同時に、もしもボールが出されたとしてもすぐに圧力をかけられる状態を作っていました。前回の試合でハーフスペースを蹂躙されてしまっていたのを防ぐ守備です。
トーレスもこの守備方式に貢献しておりまして、立ち位置としては、左サイドへのコースを消して、右サイドの福田の方に誘導しているように見えました。一人で複数人を見なければならず、豊田のようにボール循環において追い掛け回すという事はしないのですが、中央から縦に直接ボールが入らないように、サイドへの誘導は確実に行っていました。
この鳥栖の守備方式において攻撃面でのメリットもありまして、それはカウンター攻撃の際のポジショニング。大分に押し込まれた状況では、4-3ブロックで中央を固め、両サイドのヨンウ、金崎はやや高い位置にポジションを取らせることによって、最終ラインからのクリアボールを拾う際のポジションがバランスよく配置できており、ポジトラ時のボール奪取から攻撃への移行がスムーズに行われていました。ボールを奪うと同時に前方の3人+福田がスプリントを仕掛けて高い位置を取る大分のストッパーの裏のスペースを狙いつつ、ドリブル突破ができるヨンウと金崎が前進してスピードのあるカウンターを繰り広げていましたよね。33分のカウンターでトーレスの落としから金崎がシュートを放ったシーンは狙い通りの攻撃だったでしょう。ただし、この完璧な形でもゴールが決まらないのが今のサガン鳥栖の順位を如実に表しているような気もします。
逆に38分にはこの配置におけるデメリットが現れたシーンでありまして、オナイウが鳥栖の左サイドから逆サイドにクロスをあげ、田中のヘディングシュートを受けて危うく失点というシーンがありましたが、ヨンウを高い位置においてカウンターに備えさせているので、逆サイドに早くて正確なクロスを上げられると、遠いサイドを見るメンバーがいないという事象はどうしても発生してしまいます。攻撃に比重をかけているリスクですね。マッシモ監督ならば、サイドハーフは最終ラインに落として人を配置し、逆サイドへのクロスも確実にクリアできる準備をしていたでしょう。ただし、カウンターにかける人数が少なくなるので得点のチャンスは確実に劣ります。この辺りの攻撃、守備のどちらに比重をかけるかというところは、監督によって大きく色がかわるところなので面白いですよね。
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鳥栖はビルドアップによる攻撃でも大分をしっかりと分析した上でのパスワークを展開していました。右サイドにはヨンウ、左サイドは原を高い位置において大分の両ウイングバックを誘導(ピン留めもしくは引く動きでスペースづくり)。大分は鳥栖の最終ラインでのポゼションを無視するわけにはいかず、セカンドトップがプレッシングで前に出てくるため、福田、原川が大分のドイスボランチ脇のエリアで位置的な優位を作り出します。松岡が中央にいる事で、大分のボランチが中央に引き寄せられる効果も見逃せません。
この配置を利用したビルドアップは左右両サイドで効果を発揮していて、わかりやすいのは19分の形でしょうか。最終ラインで小林がボール保持し、ドイスボランチの脇のエリアで福田が顔を出し、高い位置を取るヨンウに引っ張られた田中の背後のスペースにトーレスが走りこんで福田からの縦パスを引き出しました。17分頃の秀人からのミドルレンジのパスを引き出した福田のポジショニングも良かったですし、41分にも小林から縦パスを受け、前を向いてラストパス(トーレスへのスルーパス)を送るシーンも見られました。前半を通じてこのポジショニングによってビルドアップの出口とする攻撃はかなり機能していたので、こういう所で得点が欲しかったところです。
この形はショートパスのみならず、積極的に長いボールを活用した攻撃も織り交ぜます。特に左サイドはその攻撃が顕著に現れていました。最終ラインでボール保持時に、原が松本を高い位置で引き付けていた場合は、金崎に直接長いボールを送り込んで原川にセカンドボールを拾わせる。原が引く動きで松本がついてきた場合には、空いたスペースに金崎をはしりこませるという形を見せていました。前半は金崎がいくつかファールを受けてセットプレイのチャンスも作り出していました。
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大分も、鳥栖の守備の仕組みを把握して、徐々に攻撃の仕組みに工夫をしかけてきます。最終ラインでのトーレスの誘導によってその後のパスの展開が定められるため、ビルドアップを担う選手がトーレスの脇のスペース(+松岡のプレッシングが届かない程度の幅)で持ち出せる環境づくりを行います。前半に目立ったのは、ティティパンが最終ライン近くでボール保持をサポートし、トーレスを引き付けて逆サイドにパスを送ります。大分の攻撃としては、左サイドでは福田が強烈にプレッシングをしかけてくるので、徐々に攻撃が右サイド中心と変わってきていました。鈴木がポゼション時に位置取りを大分の右サイドに移動し、トーレスと松岡が届かないエリアでボールの持ち出しを行います。
鳥栖としては、センターバックにボールを持ち出されると金崎がプレッシングに出てこざるを得ない状況を作り出されてしまい、守備の基準(マーキング)をずらされて捕まえるべき選手をリビルドしなければならなくなり、その隙を縫って、大分がしっかりと右サイドでボールを循環できるようになりました。この一連の流れの中で、鳥栖にとって最終ラインにおける不都合が生じていたのは秀人が動かされた事。オナイウを秀人が捕まえなければならなくなり、これによって開けてしまった中央のスペースに対して大分が2列目からの飛び込みを見せるようになりました。
前半は鳥栖がビッグチャンスを作りながらも決められず、最後は大分も鳥栖の守備のやり方を把握して徐々にボールを前進できる兆しを見せますが、決定的なチャンスはつくれないまま、やや鳥栖が優勢かというところで終了。
後半になって、ボールの前進を図りたい大分はさらにビルドアップに工夫を仕掛けてきます、鳥栖が最終ラインに対して同数プレッシングをしかけてくるとので、その基準をずらすために小塚が最終ラインに下がってビルドアップをサポート。小塚が引いたことによって押し出されるように三竿と田中が前線に近いところにポジションを移動。後藤とオナイウが近い位置で互いがサポートできる状態を作ります。小塚が最終ライン近くでボールを扱うようになったため、序盤は最終ラインに引いていたティティパンが、右サイドのハーフスペースにポジションを取り、原川を動かそうとする動きを見せます。
後半開始直後から鳥栖のブロックの間を抜けるパスコースを探してボールを循環させていた大分ですが、前になかなかスペースを見つけられない状態の中、一瞬の隙をついた福田がプレッシングを仕掛けて三竿のロングボールをブロック。こぼれ球をヨンウが拾ってドリブルで前進し、カットインからの見事なシュートで先制します。鳥栖の守備のトリガーである福田のプレッシングが報われた格好のショートカウンターで、ミョンヒ監督としてはしてやったりだったのではないでしょうか。
先制された大分は小塚が下がる形を継続。そして徐々にその成果がでてきます。大分としては前半から前に出てくる福田が厄介ということで、どちらかというと福田のいない右サイドから攻撃するシーンが多かったのですが、小塚と長谷川の二人を最終ラインに置くことによって、トーレスと福田の間で一人ボールを受けられる形を作り、福田のプレッシングに的を絞らせないような形づくりを行います。後藤とオナイウが中央にポジションを移したため松岡も出られず、原川はティティパンのポジショニングを気にしなければならないということで、中央で小塚がボールを握れるようになり、大分が徐々にリズムを取り戻してきました。
ビルドアップからボールを前に運べるようになった大分は満を持して藤本を投入。藤本が決めたわけではないのですが、ゴール前での脅威を生みだし、後半の攻撃からボールが回ってくるようになってきた田中の縦への突破とも同点ゴールを演出します。
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同点に追いつかれた鳥栖はここで疲れの見えるヨンウに代わって金森を投入。鳥栖の右サイドハーフに与えられた使命は、「お前はサイドに張ってろ」なのですが、金森はサイドからハーフスペースや中央に入ろうとする動きを見せていました。
クエンカが入った際には、左サイドで数的優位を駆使したボールキープが攻撃の主軸となるのですが、そこから逆サイドへの展開時に幅を取って1対1でしかけることのできる形づくりが重要でありまして、右サイドで仕掛けられる選手がいないとなるとひとつの形を失うことになります。
そのあたりのポジショニングが、金森はまだ自分のものとできていなかったようで、攻撃の際に福田がアウトサイドにポジションをとるケースが多くなりました。小林がパンゾーロールで相手最終ライン近くまで踏み入ってハーフスペースでつなぐ役割を見せるとコンビネーションによる崩しも期待できますが、この試合は小林にはそのタスクは与えられてなかったので、ヨンウがボールを持った時と同様に、福田が単独でサイドを突破をしなければならなくなる形となり、これは、はっきりいうと、鳥栖の右サイドの攻撃が非活性化してしまうパターンです。
金森の動き方は、71分のカウンターのシーンが分かりやすくて、大分のクロスのクリアボールを拾った原川が前を向いてボールを受けます。その瞬間には右サイドには広大なスペースが。鳥栖のカウンターのやり方としては、このスペースは「サイドに張ってろ要員」のヨンウがトップスピードで駆け上がってサイドでボールを受ける動きをとるのが通常のシナリオです。ところが、金森は、サイドのスペースを見つけても「原川がこのスペースをドリブルで使う」という考えだったのか、原川とクロスの動きで中央に入ろうとするスプリントを見せます。
これによって、本来自分のタスクである「サイドのスペースへ走りこむサイドハーフへのボールの流し込み」ができなくなってしまった原川は、誰もそこに人が入ってこないためにパスを出すことができず、その一瞬の躊躇によってできてしまった間によって大分の守備が整ってしまいました。スタジアムでは「原川早く出せ」という言葉を発した人もいるかもしれませんが、チーム戦術上、そこにいるはずの選手がいなかったので、原川としては判断をしなければならない時間ができてしまい、ちょっと難しかったかもしれません。そこですぐに頭を切り替えて、中央を走る選手に対するスルーパスや左サイドの大外を走る選手へ長いボールを送るという切り替えができればよいのですが、なかなか難しいですよね。
その対応として、ミョンヒ監督は福田に変えてチアゴをサイドの攻撃要員として投入し、金森をインサイド(トップ気味)にポジションを移しました。試合中に戦術を教え込む時間はないので、その選手の得意とする動きを最大限生かそうとする選手交代だったかと思います。
金森の動きが悪かったかというとそういうわけではなく、攻撃でも守備でも良いスプリントを見せており、気持ちのこもった激しいスライディングによる守備(ファールはだめですが)を何回も見せてくれました。あまりに多くのスプリントを見せてくれるので、試合を見直していても、右サイドに現れた選手が、これ金森?…金森じゃない…いや、金森か。という、「金森じゃなくて金森」みたいに混乱する事象もあったり(笑)
逆に言うと、まだまだ鳥栖の戦術(味方との連動)にマッチしていないということで、組織の中でポジションを取るべき場所というのがまだまだ理解しきれていません。そのあたりはここから熟練していってくれればと思います。実は、戦術にマッチしていないからこそ、相手にとっては想定外の動きをしてくるジョーカー的な役割で混乱を与えるという事もあったりするのですけどね。チアゴも含めて、一度試合の中で確認したので、これから選手をどう生かすのかというのはミョンヒさんの腕の見せ所でしょう。
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ビルドアップによる攻撃が徐々に機能しだした大分は後藤に変えて前田を投入し、さらに最終ラインからの攻撃の組み立てにパワーをかけます。前半の鳥栖は、大分のウイングバックに対して鳥栖のサイドハーフ(ヨンウ、金崎)が見る形を作ることによってサイドをビルドアップの出口とすることを防いでいました。前田の投入後の大分は、最終ラインのパス交換をしながらタイミングを見計らってボランチを下げ、中央に人数をかけてサイドハーフがセンターバックにプレッシングを仕掛けなければならない形を作りました。これによって、前半はなかなか作れなかったセンターバックからウイングバック(田中・松本)へのパスコースが空き、そしてウイングバックに対して鳥栖はサイドバック(小林・原)がつかなければならない状況を生み出し、そのスペースをセカンドトップ(オナイウ・三平)が狙うという構図を作り出すことに成功します。大分は、鳥栖から同数プレッシングを受けていると把握すると、ティティパンの移動や小塚の移動、そして最後は前田の移動などによって守備の基準点をずらそうとする意志が統一されていました。そこが大分の強いところでしょう。選手が変わってもどうやって相手の守備を崩していこうかというところが選手全体の頭に刷り込まれている事自体が強みですよね。
そして、勝ち越し点は大分。大分が右サイドに展開して岩田がサイドでボールを保持。原としては縦のコースを消し、岩田にカットインさせて中央にいる原川・松岡にボールを刈らせたかったのかも知れませんが、ハーフスペースにいた松本が縦に抜けようとした動きを見せたため、松本に原川がついて行ってしまいました。原川が動かされたと同時に岩田がカットインを行った為、シュートが打てるスペースができてしまいました。鳥栖の守備の意思疎通に若干のずれを作った大分の「第三の動き」は素晴らしかったと思います。
鳥栖は、同点に追いつくべく、疲れている中でも前線から強いプレスを続けていたご褒美が来ます。クエンカのボール奪取により、金森が冷静に金崎に渡して同点ゴール。金崎は思いっきり打ち放ったシュートはキーパーに当たったり(弾かれるのではなく、当たる(笑))、ポストに当たったりしますが、冷静に流し込める状況では確実に決めてくれますね。
■おわりに
勝てた試合と言われれば勝てた試合。
負けなくてよかったと言われれば負けなくて良かった試合。
ただ、これまでは、終盤に勝ち越されると同点に追いつくということもありませんでしたし、先制したものの逆転を許し、それでも追いついて引き分けという展開は今シーズン初めてですよね。
そういう意味では、得点を取らなければならないところで反撃する力が備わってきたのかなとも言えます。
先制をしているので、失点を防がなければならないときに防ぐことができていないということも同時に言えますけどね。
あと、試合後のインタビューで「九州ダービー」という言葉が出てきましたが、そういわれると、あ、そうなのかという感想。
大分とは地理的に生活圏が同じわけでもなく、(歴史的に負け続けてはいますが)何か大きな因縁があるわけでもなく。
あくまでも(商業的な意味の強い)「バトルオブ九州」と捉えていたので、この試合は、九州ダービーと呼ばれていたのかと、試合が終わって気づきました。
何はともあれ、勝ち点1を積み重ねて最下位を脱出。一歩ずつですね。着実に勝ち点を積み重ねて、少しずつでも良いので上昇していきましょう。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
■ システム
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■試合
この試合での鳥栖は、守備の仕組みを大きく変えてきました。鳥栖の守備時の配置は4-5-1(4-1-4-1)。攻撃時にトップの位置にいる金崎は左サイドハーフの位置に下がります。これによって中盤全体がバランスを取るべく右にポジションを移し、松岡がさながらアンカーのようなポジションを取って中央を5枚並べる形にします。
守備の仕組みとしては、左右非対称であったところが特徴的でしょうか。例えるならば、右サイドは槍でつつく守備、左サイドは盾で構える守備。
右サイドの守備の基準の担い手はインサイドハーフの福田。大分の最終ラインでのボール保持に対して、積極的に前に出てプレッシングをしかけ、大分が自由にボールを持てないように強い圧力をかけます。サイドに出たらヨンウ、中央に入ったら松岡がボールを狩って高い位置でボールを奪ってショートカウンターができればベストという守備です。
左サイドの守備の基準の担い手は金崎。ネガトラと同時にサイドハーフの位置にポジションを変えて網を張って待ち構える守備を見せました。福田と異なるのは、パスコースを消すような立ち位置で大分の攻撃をけん制しつつ出ていくタイミングを計っていた点。大分の最終ラインが運ぶドリブルを見せて前進してきたタイミングで、列を上げてプレッシングをしかける形を継続していました。福田と同じ位置関係となる原川は、前に出るのは自重。あくまでもオナイウを意識した守備で、オナイウのパスコースを消すと同時に、もしもボールが出されたとしてもすぐに圧力をかけられる状態を作っていました。前回の試合でハーフスペースを蹂躙されてしまっていたのを防ぐ守備です。
トーレスもこの守備方式に貢献しておりまして、立ち位置としては、左サイドへのコースを消して、右サイドの福田の方に誘導しているように見えました。一人で複数人を見なければならず、豊田のようにボール循環において追い掛け回すという事はしないのですが、中央から縦に直接ボールが入らないように、サイドへの誘導は確実に行っていました。
この鳥栖の守備方式において攻撃面でのメリットもありまして、それはカウンター攻撃の際のポジショニング。大分に押し込まれた状況では、4-3ブロックで中央を固め、両サイドのヨンウ、金崎はやや高い位置にポジションを取らせることによって、最終ラインからのクリアボールを拾う際のポジションがバランスよく配置できており、ポジトラ時のボール奪取から攻撃への移行がスムーズに行われていました。ボールを奪うと同時に前方の3人+福田がスプリントを仕掛けて高い位置を取る大分のストッパーの裏のスペースを狙いつつ、ドリブル突破ができるヨンウと金崎が前進してスピードのあるカウンターを繰り広げていましたよね。33分のカウンターでトーレスの落としから金崎がシュートを放ったシーンは狙い通りの攻撃だったでしょう。ただし、この完璧な形でもゴールが決まらないのが今のサガン鳥栖の順位を如実に表しているような気もします。
逆に38分にはこの配置におけるデメリットが現れたシーンでありまして、オナイウが鳥栖の左サイドから逆サイドにクロスをあげ、田中のヘディングシュートを受けて危うく失点というシーンがありましたが、ヨンウを高い位置においてカウンターに備えさせているので、逆サイドに早くて正確なクロスを上げられると、遠いサイドを見るメンバーがいないという事象はどうしても発生してしまいます。攻撃に比重をかけているリスクですね。マッシモ監督ならば、サイドハーフは最終ラインに落として人を配置し、逆サイドへのクロスも確実にクリアできる準備をしていたでしょう。ただし、カウンターにかける人数が少なくなるので得点のチャンスは確実に劣ります。この辺りの攻撃、守備のどちらに比重をかけるかというところは、監督によって大きく色がかわるところなので面白いですよね。
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鳥栖はビルドアップによる攻撃でも大分をしっかりと分析した上でのパスワークを展開していました。右サイドにはヨンウ、左サイドは原を高い位置において大分の両ウイングバックを誘導(ピン留めもしくは引く動きでスペースづくり)。大分は鳥栖の最終ラインでのポゼションを無視するわけにはいかず、セカンドトップがプレッシングで前に出てくるため、福田、原川が大分のドイスボランチ脇のエリアで位置的な優位を作り出します。松岡が中央にいる事で、大分のボランチが中央に引き寄せられる効果も見逃せません。
この配置を利用したビルドアップは左右両サイドで効果を発揮していて、わかりやすいのは19分の形でしょうか。最終ラインで小林がボール保持し、ドイスボランチの脇のエリアで福田が顔を出し、高い位置を取るヨンウに引っ張られた田中の背後のスペースにトーレスが走りこんで福田からの縦パスを引き出しました。17分頃の秀人からのミドルレンジのパスを引き出した福田のポジショニングも良かったですし、41分にも小林から縦パスを受け、前を向いてラストパス(トーレスへのスルーパス)を送るシーンも見られました。前半を通じてこのポジショニングによってビルドアップの出口とする攻撃はかなり機能していたので、こういう所で得点が欲しかったところです。
この形はショートパスのみならず、積極的に長いボールを活用した攻撃も織り交ぜます。特に左サイドはその攻撃が顕著に現れていました。最終ラインでボール保持時に、原が松本を高い位置で引き付けていた場合は、金崎に直接長いボールを送り込んで原川にセカンドボールを拾わせる。原が引く動きで松本がついてきた場合には、空いたスペースに金崎をはしりこませるという形を見せていました。前半は金崎がいくつかファールを受けてセットプレイのチャンスも作り出していました。
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大分も、鳥栖の守備の仕組みを把握して、徐々に攻撃の仕組みに工夫をしかけてきます。最終ラインでのトーレスの誘導によってその後のパスの展開が定められるため、ビルドアップを担う選手がトーレスの脇のスペース(+松岡のプレッシングが届かない程度の幅)で持ち出せる環境づくりを行います。前半に目立ったのは、ティティパンが最終ライン近くでボール保持をサポートし、トーレスを引き付けて逆サイドにパスを送ります。大分の攻撃としては、左サイドでは福田が強烈にプレッシングをしかけてくるので、徐々に攻撃が右サイド中心と変わってきていました。鈴木がポゼション時に位置取りを大分の右サイドに移動し、トーレスと松岡が届かないエリアでボールの持ち出しを行います。
鳥栖としては、センターバックにボールを持ち出されると金崎がプレッシングに出てこざるを得ない状況を作り出されてしまい、守備の基準(マーキング)をずらされて捕まえるべき選手をリビルドしなければならなくなり、その隙を縫って、大分がしっかりと右サイドでボールを循環できるようになりました。この一連の流れの中で、鳥栖にとって最終ラインにおける不都合が生じていたのは秀人が動かされた事。オナイウを秀人が捕まえなければならなくなり、これによって開けてしまった中央のスペースに対して大分が2列目からの飛び込みを見せるようになりました。
前半は鳥栖がビッグチャンスを作りながらも決められず、最後は大分も鳥栖の守備のやり方を把握して徐々にボールを前進できる兆しを見せますが、決定的なチャンスはつくれないまま、やや鳥栖が優勢かというところで終了。
後半になって、ボールの前進を図りたい大分はさらにビルドアップに工夫を仕掛けてきます、鳥栖が最終ラインに対して同数プレッシングをしかけてくるとので、その基準をずらすために小塚が最終ラインに下がってビルドアップをサポート。小塚が引いたことによって押し出されるように三竿と田中が前線に近いところにポジションを移動。後藤とオナイウが近い位置で互いがサポートできる状態を作ります。小塚が最終ライン近くでボールを扱うようになったため、序盤は最終ラインに引いていたティティパンが、右サイドのハーフスペースにポジションを取り、原川を動かそうとする動きを見せます。
後半開始直後から鳥栖のブロックの間を抜けるパスコースを探してボールを循環させていた大分ですが、前になかなかスペースを見つけられない状態の中、一瞬の隙をついた福田がプレッシングを仕掛けて三竿のロングボールをブロック。こぼれ球をヨンウが拾ってドリブルで前進し、カットインからの見事なシュートで先制します。鳥栖の守備のトリガーである福田のプレッシングが報われた格好のショートカウンターで、ミョンヒ監督としてはしてやったりだったのではないでしょうか。
先制された大分は小塚が下がる形を継続。そして徐々にその成果がでてきます。大分としては前半から前に出てくる福田が厄介ということで、どちらかというと福田のいない右サイドから攻撃するシーンが多かったのですが、小塚と長谷川の二人を最終ラインに置くことによって、トーレスと福田の間で一人ボールを受けられる形を作り、福田のプレッシングに的を絞らせないような形づくりを行います。後藤とオナイウが中央にポジションを移したため松岡も出られず、原川はティティパンのポジショニングを気にしなければならないということで、中央で小塚がボールを握れるようになり、大分が徐々にリズムを取り戻してきました。
ビルドアップからボールを前に運べるようになった大分は満を持して藤本を投入。藤本が決めたわけではないのですが、ゴール前での脅威を生みだし、後半の攻撃からボールが回ってくるようになってきた田中の縦への突破とも同点ゴールを演出します。
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同点に追いつかれた鳥栖はここで疲れの見えるヨンウに代わって金森を投入。鳥栖の右サイドハーフに与えられた使命は、「お前はサイドに張ってろ」なのですが、金森はサイドからハーフスペースや中央に入ろうとする動きを見せていました。
クエンカが入った際には、左サイドで数的優位を駆使したボールキープが攻撃の主軸となるのですが、そこから逆サイドへの展開時に幅を取って1対1でしかけることのできる形づくりが重要でありまして、右サイドで仕掛けられる選手がいないとなるとひとつの形を失うことになります。
そのあたりのポジショニングが、金森はまだ自分のものとできていなかったようで、攻撃の際に福田がアウトサイドにポジションをとるケースが多くなりました。小林がパンゾーロールで相手最終ライン近くまで踏み入ってハーフスペースでつなぐ役割を見せるとコンビネーションによる崩しも期待できますが、この試合は小林にはそのタスクは与えられてなかったので、ヨンウがボールを持った時と同様に、福田が単独でサイドを突破をしなければならなくなる形となり、これは、はっきりいうと、鳥栖の右サイドの攻撃が非活性化してしまうパターンです。
金森の動き方は、71分のカウンターのシーンが分かりやすくて、大分のクロスのクリアボールを拾った原川が前を向いてボールを受けます。その瞬間には右サイドには広大なスペースが。鳥栖のカウンターのやり方としては、このスペースは「サイドに張ってろ要員」のヨンウがトップスピードで駆け上がってサイドでボールを受ける動きをとるのが通常のシナリオです。ところが、金森は、サイドのスペースを見つけても「原川がこのスペースをドリブルで使う」という考えだったのか、原川とクロスの動きで中央に入ろうとするスプリントを見せます。
これによって、本来自分のタスクである「サイドのスペースへ走りこむサイドハーフへのボールの流し込み」ができなくなってしまった原川は、誰もそこに人が入ってこないためにパスを出すことができず、その一瞬の躊躇によってできてしまった間によって大分の守備が整ってしまいました。スタジアムでは「原川早く出せ」という言葉を発した人もいるかもしれませんが、チーム戦術上、そこにいるはずの選手がいなかったので、原川としては判断をしなければならない時間ができてしまい、ちょっと難しかったかもしれません。そこですぐに頭を切り替えて、中央を走る選手に対するスルーパスや左サイドの大外を走る選手へ長いボールを送るという切り替えができればよいのですが、なかなか難しいですよね。
その対応として、ミョンヒ監督は福田に変えてチアゴをサイドの攻撃要員として投入し、金森をインサイド(トップ気味)にポジションを移しました。試合中に戦術を教え込む時間はないので、その選手の得意とする動きを最大限生かそうとする選手交代だったかと思います。
金森の動きが悪かったかというとそういうわけではなく、攻撃でも守備でも良いスプリントを見せており、気持ちのこもった激しいスライディングによる守備(ファールはだめですが)を何回も見せてくれました。あまりに多くのスプリントを見せてくれるので、試合を見直していても、右サイドに現れた選手が、これ金森?…金森じゃない…いや、金森か。という、「金森じゃなくて金森」みたいに混乱する事象もあったり(笑)
逆に言うと、まだまだ鳥栖の戦術(味方との連動)にマッチしていないということで、組織の中でポジションを取るべき場所というのがまだまだ理解しきれていません。そのあたりはここから熟練していってくれればと思います。実は、戦術にマッチしていないからこそ、相手にとっては想定外の動きをしてくるジョーカー的な役割で混乱を与えるという事もあったりするのですけどね。チアゴも含めて、一度試合の中で確認したので、これから選手をどう生かすのかというのはミョンヒさんの腕の見せ所でしょう。
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ビルドアップによる攻撃が徐々に機能しだした大分は後藤に変えて前田を投入し、さらに最終ラインからの攻撃の組み立てにパワーをかけます。前半の鳥栖は、大分のウイングバックに対して鳥栖のサイドハーフ(ヨンウ、金崎)が見る形を作ることによってサイドをビルドアップの出口とすることを防いでいました。前田の投入後の大分は、最終ラインのパス交換をしながらタイミングを見計らってボランチを下げ、中央に人数をかけてサイドハーフがセンターバックにプレッシングを仕掛けなければならない形を作りました。これによって、前半はなかなか作れなかったセンターバックからウイングバック(田中・松本)へのパスコースが空き、そしてウイングバックに対して鳥栖はサイドバック(小林・原)がつかなければならない状況を生み出し、そのスペースをセカンドトップ(オナイウ・三平)が狙うという構図を作り出すことに成功します。大分は、鳥栖から同数プレッシングを受けていると把握すると、ティティパンの移動や小塚の移動、そして最後は前田の移動などによって守備の基準点をずらそうとする意志が統一されていました。そこが大分の強いところでしょう。選手が変わってもどうやって相手の守備を崩していこうかというところが選手全体の頭に刷り込まれている事自体が強みですよね。
そして、勝ち越し点は大分。大分が右サイドに展開して岩田がサイドでボールを保持。原としては縦のコースを消し、岩田にカットインさせて中央にいる原川・松岡にボールを刈らせたかったのかも知れませんが、ハーフスペースにいた松本が縦に抜けようとした動きを見せたため、松本に原川がついて行ってしまいました。原川が動かされたと同時に岩田がカットインを行った為、シュートが打てるスペースができてしまいました。鳥栖の守備の意思疎通に若干のずれを作った大分の「第三の動き」は素晴らしかったと思います。
鳥栖は、同点に追いつくべく、疲れている中でも前線から強いプレスを続けていたご褒美が来ます。クエンカのボール奪取により、金森が冷静に金崎に渡して同点ゴール。金崎は思いっきり打ち放ったシュートはキーパーに当たったり(弾かれるのではなく、当たる(笑))、ポストに当たったりしますが、冷静に流し込める状況では確実に決めてくれますね。
■おわりに
勝てた試合と言われれば勝てた試合。
負けなくてよかったと言われれば負けなくて良かった試合。
ただ、これまでは、終盤に勝ち越されると同点に追いつくということもありませんでしたし、先制したものの逆転を許し、それでも追いついて引き分けという展開は今シーズン初めてですよね。
そういう意味では、得点を取らなければならないところで反撃する力が備わってきたのかなとも言えます。
先制をしているので、失点を防がなければならないときに防ぐことができていないということも同時に言えますけどね。
あと、試合後のインタビューで「九州ダービー」という言葉が出てきましたが、そういわれると、あ、そうなのかという感想。
大分とは地理的に生活圏が同じわけでもなく、(歴史的に負け続けてはいますが)何か大きな因縁があるわけでもなく。
あくまでも(商業的な意味の強い)「バトルオブ九州」と捉えていたので、この試合は、九州ダービーと呼ばれていたのかと、試合が終わって気づきました。
何はともあれ、勝ち点1を積み重ねて最下位を脱出。一歩ずつですね。着実に勝ち点を積み重ねて、少しずつでも良いので上昇していきましょう。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
Posted by オオタニ at
16:58
│Match Impression (2019)
2019年07月25日
2019 第20節 : 鹿島アントラーズ VS サガン鳥栖
2019シーズン第20節、鹿島アントラーズ戦のレビューです。
前節、ボールを支配しながらも広島の粘り強い守備になかなか得点できず、大事なホームゲームを落としてしまったサガン鳥栖。悪い流れを断ち切るがごとく、スタメンを入れ替えてきました。前線にはトーレスに代わって豊田、松岡がベンチに下がったヨンウに代わって右サイドハーフに回り、ボランチの位置には福田が入ります。サイドバックは原が右サイドに回って左サイドに三丸。センターバックには秀人に代わって登録されてすぐのジョンスが入りました。
狙いとしては、アウェーでもありますし、守備を重視してまずは無失点で序盤をしのぎ、大事な場面でトーレス、ヨンウなどの攻撃に長けた選手を入れることで勝ち点3を狙おうというプランだったでしょうが、思いもよらぬ前半の2失点で、そのプランは大きく崩れるものとなってしまいました。
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セットアップは互いにオーソドックスな4-4-2で臨む両チーム。攻撃の中でマッチアップする選手をどのようにずらして優位性を作っていくかというところがポイントです。
まずはサガン鳥栖。スタメンを変更するという事は、やりたいサッカーを変えたいという事。もしくは選手にアクシデントが発生した場合。
今回のケースは、どちらが主体かと考えると、ベンチには小林もトーレスもヨンウも秀人も全員入っているので、アクシデントは考えづらく、チームとしてのパフォーマンスに変化を加えたかったことが想定されます。その想定を現実のものにするかのように、ここ最近トライしていた丁寧につないでいくサッカーを追求するというよりは、序盤から積極的にロングボールを使っていく実効的なサッカーを展開しました。当然のことながら、スタメン起用された豊田のストロングポイントを生かすためのサッカーでもあります。
選手が変わればやり方も変わり、そしてポジショニングも変わるという事で、前節まではサイドハーフのヨンウが幅を取る役割を行っていましたが、今節は原がアウトサイドに幅を取る役割をとります。つまりは、今節に関しては、サイドバックの原は「パンゾーロール」的な動きではなく、アウトサイドからの攻撃を担うサイドアタッカーの役割を担っていました。
サイドハーフの松岡は右サイドでボール保持の場合は鹿島のブロックの外側で原と縦の関係を築くか、もしくはハーフスペースでの引き出し役をこなすかというところ。広島戦では金崎が下がってボールを受ける役目を果たそうとしていましたが、今節は長いボールが多かったので相手の裏を取る動きが多く、つなぎ役としては、松岡が果たすこととなりました。その松岡も、左サイドにボールが渡った時は、積極的にゴール前に顔を出して攻撃の厚みを狙います。逆サイドが中央に絞ってゴール前に人数をかけるというのは、カレーラス監督からミョンヒ監督に代わって変化が出たところの一つです。
鳥栖のビルドアップですが、左サイドはいつものように、ツートップの脇で受ける原川を起点として、ライン間にポジションを取るクエンカ、そして幅を取る三丸とでボールを循環させていましたが、鹿島は積極的にサイドバックが前にプレッシングを仕掛けてくるので、そこに金崎が絡んで裏のスペースでの引き出しを担っていました。クエンカに対しては、鹿島も2人がプレッシングをかけてでも自由にさせないという強い対応を行っていたため、彼に人数をかけた分、鳥栖にとっては使えるスペースができる事になり、そのスペースに三丸や金崎がうまく入り込んでクロスのチャンスを作ることができていました。当然、鹿島が鋭い出足でプレッシングに人数をかけてくるので、クエンカがボールロストするケースは、いつもよりも多く発生していました。
鳥栖が左サイド中心のボールの循環を行うため、鹿島のツートップは左サイドへの展開を中心にケアを行います。特に、ボランチがセンターバック間でボールを受け取ると、列を上げて対応してくるボランチに呼応してツートップがセンターバックに対するパスコースを遮断に入るため、そこから鳥栖が右サイドに展開すると、鹿島のフォワードのプレッシングが間に合わない(もしくは右サイドには手にかけない)シチュエーションがやってきます。そのタイミングで祐治にボールが回ってきたときには、前方に自由にボールを運ぶことのできるスペースができていました。
ドリブルで運ぶ祐治に対して、ミドルサードからアタッキングサードに入るころに、鹿島が白崎をぶつけに出てきますが、祐治にとっては、右サイドに幅を取る原にボールを送るか、ファーサイドで長いボールを待つ豊田に送り込むか、複数の選択肢はあったので、攻撃が行き詰まることはありませんでした。ファーサイドに長いボールを蹴って豊田が落としてチャンスを作ったシーンもありましたし、原がボールを受けて1対1を制して切り込んでクロスを上げるシーンもありました。あとは、前節のレビューでも載せましたが、ゴール前のポジショニングとクロスの質でしょうか。
どちらかというと、ゴール前のポジショニングの方に問題が発生していることを感じます。例えば、21分にも惜しいシーンはありまして、右サイドにおけるボールの循環が素早く展開でき、祐治、松岡を経由して原がフリーで抜け出すチャンスを作りました。ここで、金崎も豊田もふたりともが原から逃げるようにファーサイドにポジションを取る動きを見せます。フォワード二人が同じ動きを見せるので、鹿島の最終ラインはその動きに合わせてリンクを切らすことなくリトリートして対応しました。豊田がファーサイドに逃げることは分かっているので、ここは金崎にニアで裏に抜ける動きを見せてほしかったかなという所ですね。これによって相手のディフェンスが金崎についていけば、原がドリブルで持ち込むスペースができますし、中央を締めたならば、裏に抜ける金崎にボールを出すチャンスができましたし。ビルドアップまではうまくいっても、どうしてもラストパスとフィニッシュのところで出し手と受け手のタイミングが合わないシーンが多いです。サイドから1対1を制して切り込んだ時にもここ数試合、合わないパターン(そもそも人がいなかったり)も見られますし。
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鳥栖のビルドアップに対して、鹿島は積極的に前から奪おうとする構えを見せました。鳥栖が最終ラインでボールを持つと、ツートップが積極的に鳥栖のセンターバックに迫ります。センターバック間でボールを引き出そうとする鳥栖のボランチに対しては鹿島もボランチをぶつけ、脇のスペースで受けようとする鳥栖のボランチにはサイドハーフがつき、幅を取るサイドバックにはサイドバックをぶつけ、縦位置をとるサイドハーフには時にはセンターバックをぶつけてでも前進を妨げるという、ボールの循環を許したくないという意図の現れた非常に積極的なプレッシングを見せます。
鳥栖にとっては、鹿島が積極的なプレッシングでサイドバックが列を上げて前に出てくるということは、そこに狙えるスペースができるということ。鳥栖の攻撃の狙いとしてサイドバックの裏をひとつのポイントとし、ボールを奪って鹿島が陣形を整える前に、低い位置からでも長いボールをディフェンスラインの裏に送り込んでいました。積極的に前に出てくる鹿島ディフェンスラインの裏に長いボールを送って、相手ディフェンスラインを下げさせると、そのことによってボール保持やライン間でのボール受けに効果を発揮するので決して悪い狙いではないのですが、惜しむらくは、そのボールの質。豊田の高さ、金崎のスペースに走るランニング力を生かせるような質の高いボールをもっともっと送り込むことによって、鹿島のディフェンスラインを揺さぶりたかったのですが、祐治に対するプレッシャーが強くならなかったことから、鹿島としては「蹴らせても問題ない」という判断もあった気がします。
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鳥栖の守備ですが、押し込んでいた時には積極的にゴール前でもプレッシングに出ていましたが、相手がボール保持できるシチュエーションになるとしっかりと撤退し、ミドルサード付近を守備の起点とする守備組織を見せました。前節と違ったのは、サイドハーフが積極的に前線から圧力をかける守備をしかけていたこと。サイドハーフの位置がブロックでスペースを消すのか、列を上げてボールにアタックしていくのかによって、鳥栖の守備の方針も決まり、そして後ろのサイドバックの動きも決まるのですが、この試合での回答は、ブロックを引いてスペースを埋める守備ではなく、相手と人数をかみ合わせることによって、ボールを奪いきる守備に主眼を置いていました。
プレッシングに関しては、どこからでも追いかけるということではなく、開始位置はあくまでもミドルサード付近。そしてトリガーは豊田。鳥栖としては、サイドハーフのクエンカと松岡の守備を天秤にかけると、右サイドに誘導したほうがボールは奪いやすい状況にはなるのでしょうが、そこにはあえてこだわっていないように見えました。鳥栖のあからさまな誘導がなかったので、ボールの受け手となる三竿(名古)は鳥栖の左サイドにも右サイドにも双方顔を出します。そうは言っても、やはり鳥栖の守備は右サイドがストロングで、三竿に入ったタイミングで松岡、福田、原が激しいプレッシングに入ってくるため、追い込まれて最終ライン(もしくはキーパー)に戻さざるを得なくなる回数は、永木のサイドよりは、小池のサイドの方が多い状況でした。そうして、鹿島は徐々に、攻撃の起点を永木のサイド(鳥栖の左サイド)に移します。
鹿島のビルドアップは、鳥栖のツートップの脇のエリアでボランチを配置し、ボランチからフォワードへ入れる縦のボールが第一優先。ツートップのプレッシングをかわすパスを受けると、まずはフォワードを見ます。フォワードに向けたボールを入れられない時に、幅を取るサイドバックへ展開。センターファーストという言葉があるかどうかは分かりませんが、意識は常に中央でボールを引き出す動きを見せるフォワードを向いていました。
鹿島のフォワードはトップの位置から引く動きで鳥栖の最終ラインと2列目の間に顔を出し、ビルドアップの出口としてボールを引き出します。フォワードにボールを入れる狙いはセンターバックの誘導。鳥栖がマークをはめてボールを奪う形をとってきたので、自分たちが動くことによって鳥栖のマークを連れてくることができます。ジョンスは最終ラインから引いてボールを受けに来るフォワード(セルジーニョ)には必ずついていく動きを見せていました。ジョンスが出てくるという事は、中央にスペースを作るという事。鹿島のフォワードの仕事を割合で表すと、このタスクで任務のうちの50%を達成したのかもしれません。
鳥栖にとってはハメて奪う形をつくりたかったので、ジョンスのところで止められれば良かったのですが、そこで止められなかったときのリスクマネジメントをどうするかいう所がやや不良ではありました。鹿島がうまかったのは、サイドバックの永木を20分頃から高い位置に置くことにより、三丸を誘導する仕組みを作った事。これにより、三丸がセンターバックの裏のカバーに入る距離を広げることに成功しています。また、当然ですが、ジョンスがどの程度前に出ていくのかという情報がまだインプットされていなかったため、福田もジョンスのポジショニングの取り方からカバーリングが必要なエリアを瞬時に判断する所が難しかったかもしれません。
ボールを受けたセルジーニョ(伊藤)は、無理して前を向くことはなく、ワンタッチ(もしくはトラップ後の1回のタッチ)で幅を取るサイドバック(永木)、もしくは前を向いて受けに来るサイドハーフ(レアンドロ)に展開します。球離れを早くして味方を活用するため、永木、レアンドロが前を向いてボールを持った段階で、ジョンスが空けたゴール前のスペースを活用できる準備ができていました。
その動きを逆手に取ったのが、11分のシーン。セルジーニョが引く動きでジョンスをひきつけて、空いたスペースがパスコースとなり、その位置に入り込んだ伊藤へパス。ワントラップから素早く放ったシュートは、ポストtoポストで事なきを得ましたが、このシーンで、鹿島のツートップは、自分たちの動きの下で鳥栖のセンターバックを自由に支配下におけることを察知したのではないかと。
球離れが早いセルジーニョを見ると、ボールをキープするスタイルである金崎と対比してしまいます。セルジーニョのように、相手をひきつけて受けてすぐにボールを離すと、引き付けてできたスペースを次のリアクションでチームメイトが使うことができます。ただし、そこに味方が動く時間を作るという要素はありません。味方は組織として定められたポジション(いるべきところ)にいると、相手に守備の時間を与えずに次のアクションを取れるのでその効果は絶大です。
逆に、金崎のボールキープは味方を押し上げる時間を作れるという作用はあります。味方が攻撃のポジショニングに追いついていないときや、ポジションを同時に相手に守備を再構築する時間を与えてしまいます。味方が良いポジションを取っていたらすぐに使った方がよいのですが、キープで時間をかけることによって、相手がスペースを埋めてしまうこともちらほら。そのバランスをどのあたりに置くのかというのは非常に難しいですよね。
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鹿島は、カウンターアタックも整備されていて、鳥栖がサイドハーフ、サイドバックを高い位置に上げてからの攻撃をしかけてくるので、フォワードやサイドハーフがポジションを移して、カウンターの起点を作っていました。
サガン鳥栖のボールを奪うという意図は、守備ブロックを組んでいる時だけに現れていたのではなく、ネガトラ時にもその動きが徹底されます。鹿島のカウンターの起点となるところに福田が顔を出していち早くつぶしにかかる動きを見せていました。相手が攻撃に出ようとするところでボールを奪いきることによって、単なる二次攻撃ではなく、より、相手の守備組織が崩れた状態での二次攻撃につなぐことができます。
ただし、カウンターの守備で一番大事なことは、まずは相手の時間と空間を奪う事。時間を奪う事で攻撃に出て行っている味方が戻る時間ができ、そして、空間(スペース)を奪うことによって相手がボールを前進できる場所をなくすことができます。それらの事を優先事項とし、可能であればボールを奪いきればベストという守備をしなければなりません。しかしながら、この試合では、ある程度のリスクを承知でボールを奪おうとする意志が強く、前半からカウンターの起点となるパスに対して福田がつっかけるけれどもかわさせるというシーンが何回か発生していました。浦和戦で、マルティノスにかわされて失点したのを忘れたかのように。
そして、先制点は、そのカウンターから生まれます。クエンカのクロスをレアンドロがクリアし、セルジーニョがボールキープします。セルジーニョはすぐにボールを預け、鳥栖の左サイドのスペースに開いて再びボールを受け取ります。早めにボールを奪いたい鳥栖は、セルジーニョに対して、福田と三丸の二人がアタックするもののボールを奪うことができず、上がってきたレアンドロにボールを渡されてしまいます。ここから、勢いよくドリブルして鳥栖の最終ラインの突破を試みて、PKを取ることができました。
一つの問題点は、福田、三丸がカウンターの時に優先するべき時間と空間を奪いに行くのではなくボールを奪いに行ってしまった事、ボールを奪いに行って取れなかった場合は、味方が戻る時間も作れず、相手がボールを進める空間を狭めることができません。
もう一つの問題点は、レアンドロの攻撃に向けたスプリントよりも、クエンカ、原川の守備に向けたスプリントの方が遅れを取ったこと。もう一度言いますが、ゴールライン近くでクロスの跳ね返りをクリアしたのはレアンドロです。レアンドロは鹿島ゴール前からスプリントを始めています。当然のことながら、クエンカも原川も、レアンドロよりは自陣に近いエリアにいました。ところが、鳥栖のゴール前に迫って侵入したのは、そのボールをクリアしたレアンドロなんですよね。レアンドロがハーフウェイラインを通過する頃に原川も気づいて追いかけましたが、時すでに遅く。祐治がPKを与えることになってしまいました。
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先制された鳥栖ですが、鹿島のプレッシング強度の割には、ボールロストの回数は少なく、ここのところのボール保持戦術の成果を現しながら反撃に出ます。同点ゴールは、その確かなビルドアップから生まれました。鹿島のツートップの脇のエリアで受けた原川、ハーフスペースでボールキープしたクエンカ、サイドの幅を取ってつなぎどころを演じた三丸、そしてサイドバックの裏に入り込んだ金崎、(おまけ:右サイドハーフからゴール前に侵入してきた松岡)、鳥栖が実践してきた攻撃が形となって実を結びました。
しかしながら、鹿島もすぐに勝ち越し。ビルドアップでこれまでセンターバックの脇のスペースで受けてゲイムメイクをしていた三竿が両センターバック間でボールを受けます。これによって三竿と名古が縦関係になり、豊田が名古を見るよう中央に構えていたため、また、クエンカは犬飼に対するアクションの準備のために、サイドにボールを進める三竿に対するアクションが遅れます。さらに、縦位置でボールを受けようとしたレアンドロの引く動きに対して原川がプレッシングに向けて捕まえる動きでレアンドロ方向にポジションを変えます。この鹿島の動きで、三竿から伊藤への縦のパスコースがひらけました。フォワードへのパスを常に狙っている三竿にとって、そのパスコースを見つけるのは容易。ジョンスは伊藤にボールが入ると同時にプレッシングをしかけますが、伊藤はボールを保持して右サイドで準備していた永木へ展開。ジョンスが空けたスペースのケアが遅れ、侵入したレアンドロからのクロスを白崎に決められてしまいました。前半開始から執拗に狙われていた、センターバックを誘導して誘き出したスペースを狙うという形通りにはまってしまった格好です。(図2)
リードした鹿島は、後半からはプレッシングの基準を変えてきます。前半は、フォワードの脇のスペースで受ける鳥栖のボランチに対して、積極的にセントラルハーフが出て行ったのですが、後半からはフォワードもプレスバックして、不用意にスペースを空けないようにブロックを固めます。また、鹿島の攻撃はフォワードに当てる縦パスではなく、サイドを使って巡回する攻撃が増えました。中央でボールを奪われてのカウンターが一番怖いので、そこはリスクを負わずにという所でしょう。
60分にはヨンウを投入し、原がインサイドに入る前節までの仕組みで攻撃をしかけますが、リードしてより堅固なブロックで臨んだ鹿島ゴールを最後までこじ開けることができず、そのまま試合終了となりました。
■ おわりに
鳥栖の同点ゴールも鹿島の勝ち越しゴールも、お互いが準備してきた形を具現化したプレイであり、前半から繰り返しトライしていたのが実を結んだ形ではあります。ただし、守備側で考えると、相手の攻撃パターンに対するフィッティングが少し遅れたかなというのもあります。特に鳥栖は、ジョンスが動かされるスペースに対するケアの方法に手間取りました。そのなかで、前半のうちにリードを取った鹿島が、後半は、リスクを抑えて勝ち切ることに徹した素晴らしいゲーム運びを見せました。
鹿島は、用意してきた攻撃の仕組みをしっかりとやりきるなという印象を受けました。中央を縦にというのは奪われたときのリスクはあります。そして、実際に、鳥栖はフォワードに入れるボールを網にかけてショートカウンターをしかける場面もありました。それでも、鹿島はリスクを承知で鳥栖のセンターバックを動かそうとするフォワードへのパスを何度となくチャレンジしました。そのチャレンジの報酬を勝ち越し点という形で見事に得ることができました。
鳥栖が狙っていた形は、本丸を直接攻める攻撃というよりは、まずは外堀を埋めてからという攻撃です。サイドを突破したり、ロングボールのこぼれ球を拾ってから、さらに中央で質を求めなければなりません。外堀を埋めた後に、どうやって本丸を落とすのか。
鳥栖の惜しむらくは、ミスが直接的に試合の行方に大きな影響を与えたわけではないのですが、やはりトータルで考えると「トメル」「ケル」「ハコブ」の質の違いがこの試合の結果を生んでしまったという思いはあります。これから攻めに転じようというところでトラップをミスしたり、サイドに良い展開が生まれた時にパスやトラップにミスが発生したり、ここぞというところで思うようなコントロールができなかったシーンが目につきました。
逆に、鳥栖が人を捕まえてプレッシングをしかけていたにもかかわらず、鹿島の選手たちの体の使い方、ボールの止め方、その質の高さによって奪わなければならないところでボールが奪えず、鳥栖が奪いに行ったことで空けてしまったスペースを使われてしまうケースが多々ありました。先制点も、勝ち越し点も人は捕まえているのです。つあk前ているけど奪えない、止められない。そうなってくると、個人の質では勝負しきれないので、積極的にサイドハーフを上げてボールを奪いに行く形から、守備の基準を少し下げて狭いスペースの中でグループで守るという選択が必要であったのかもしれません。鹿島のセルジーニョと伊藤に当ててからの展開は、組織としてのボール巡回の精度の高さを見せつけられました。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
前節、ボールを支配しながらも広島の粘り強い守備になかなか得点できず、大事なホームゲームを落としてしまったサガン鳥栖。悪い流れを断ち切るがごとく、スタメンを入れ替えてきました。前線にはトーレスに代わって豊田、松岡がベンチに下がったヨンウに代わって右サイドハーフに回り、ボランチの位置には福田が入ります。サイドバックは原が右サイドに回って左サイドに三丸。センターバックには秀人に代わって登録されてすぐのジョンスが入りました。
狙いとしては、アウェーでもありますし、守備を重視してまずは無失点で序盤をしのぎ、大事な場面でトーレス、ヨンウなどの攻撃に長けた選手を入れることで勝ち点3を狙おうというプランだったでしょうが、思いもよらぬ前半の2失点で、そのプランは大きく崩れるものとなってしまいました。
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セットアップは互いにオーソドックスな4-4-2で臨む両チーム。攻撃の中でマッチアップする選手をどのようにずらして優位性を作っていくかというところがポイントです。
まずはサガン鳥栖。スタメンを変更するという事は、やりたいサッカーを変えたいという事。もしくは選手にアクシデントが発生した場合。
今回のケースは、どちらが主体かと考えると、ベンチには小林もトーレスもヨンウも秀人も全員入っているので、アクシデントは考えづらく、チームとしてのパフォーマンスに変化を加えたかったことが想定されます。その想定を現実のものにするかのように、ここ最近トライしていた丁寧につないでいくサッカーを追求するというよりは、序盤から積極的にロングボールを使っていく実効的なサッカーを展開しました。当然のことながら、スタメン起用された豊田のストロングポイントを生かすためのサッカーでもあります。
選手が変わればやり方も変わり、そしてポジショニングも変わるという事で、前節まではサイドハーフのヨンウが幅を取る役割を行っていましたが、今節は原がアウトサイドに幅を取る役割をとります。つまりは、今節に関しては、サイドバックの原は「パンゾーロール」的な動きではなく、アウトサイドからの攻撃を担うサイドアタッカーの役割を担っていました。
サイドハーフの松岡は右サイドでボール保持の場合は鹿島のブロックの外側で原と縦の関係を築くか、もしくはハーフスペースでの引き出し役をこなすかというところ。広島戦では金崎が下がってボールを受ける役目を果たそうとしていましたが、今節は長いボールが多かったので相手の裏を取る動きが多く、つなぎ役としては、松岡が果たすこととなりました。その松岡も、左サイドにボールが渡った時は、積極的にゴール前に顔を出して攻撃の厚みを狙います。逆サイドが中央に絞ってゴール前に人数をかけるというのは、カレーラス監督からミョンヒ監督に代わって変化が出たところの一つです。
鳥栖のビルドアップですが、左サイドはいつものように、ツートップの脇で受ける原川を起点として、ライン間にポジションを取るクエンカ、そして幅を取る三丸とでボールを循環させていましたが、鹿島は積極的にサイドバックが前にプレッシングを仕掛けてくるので、そこに金崎が絡んで裏のスペースでの引き出しを担っていました。クエンカに対しては、鹿島も2人がプレッシングをかけてでも自由にさせないという強い対応を行っていたため、彼に人数をかけた分、鳥栖にとっては使えるスペースができる事になり、そのスペースに三丸や金崎がうまく入り込んでクロスのチャンスを作ることができていました。当然、鹿島が鋭い出足でプレッシングに人数をかけてくるので、クエンカがボールロストするケースは、いつもよりも多く発生していました。
鳥栖が左サイド中心のボールの循環を行うため、鹿島のツートップは左サイドへの展開を中心にケアを行います。特に、ボランチがセンターバック間でボールを受け取ると、列を上げて対応してくるボランチに呼応してツートップがセンターバックに対するパスコースを遮断に入るため、そこから鳥栖が右サイドに展開すると、鹿島のフォワードのプレッシングが間に合わない(もしくは右サイドには手にかけない)シチュエーションがやってきます。そのタイミングで祐治にボールが回ってきたときには、前方に自由にボールを運ぶことのできるスペースができていました。
ドリブルで運ぶ祐治に対して、ミドルサードからアタッキングサードに入るころに、鹿島が白崎をぶつけに出てきますが、祐治にとっては、右サイドに幅を取る原にボールを送るか、ファーサイドで長いボールを待つ豊田に送り込むか、複数の選択肢はあったので、攻撃が行き詰まることはありませんでした。ファーサイドに長いボールを蹴って豊田が落としてチャンスを作ったシーンもありましたし、原がボールを受けて1対1を制して切り込んでクロスを上げるシーンもありました。あとは、前節のレビューでも載せましたが、ゴール前のポジショニングとクロスの質でしょうか。
どちらかというと、ゴール前のポジショニングの方に問題が発生していることを感じます。例えば、21分にも惜しいシーンはありまして、右サイドにおけるボールの循環が素早く展開でき、祐治、松岡を経由して原がフリーで抜け出すチャンスを作りました。ここで、金崎も豊田もふたりともが原から逃げるようにファーサイドにポジションを取る動きを見せます。フォワード二人が同じ動きを見せるので、鹿島の最終ラインはその動きに合わせてリンクを切らすことなくリトリートして対応しました。豊田がファーサイドに逃げることは分かっているので、ここは金崎にニアで裏に抜ける動きを見せてほしかったかなという所ですね。これによって相手のディフェンスが金崎についていけば、原がドリブルで持ち込むスペースができますし、中央を締めたならば、裏に抜ける金崎にボールを出すチャンスができましたし。ビルドアップまではうまくいっても、どうしてもラストパスとフィニッシュのところで出し手と受け手のタイミングが合わないシーンが多いです。サイドから1対1を制して切り込んだ時にもここ数試合、合わないパターン(そもそも人がいなかったり)も見られますし。
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鳥栖のビルドアップに対して、鹿島は積極的に前から奪おうとする構えを見せました。鳥栖が最終ラインでボールを持つと、ツートップが積極的に鳥栖のセンターバックに迫ります。センターバック間でボールを引き出そうとする鳥栖のボランチに対しては鹿島もボランチをぶつけ、脇のスペースで受けようとする鳥栖のボランチにはサイドハーフがつき、幅を取るサイドバックにはサイドバックをぶつけ、縦位置をとるサイドハーフには時にはセンターバックをぶつけてでも前進を妨げるという、ボールの循環を許したくないという意図の現れた非常に積極的なプレッシングを見せます。
鳥栖にとっては、鹿島が積極的なプレッシングでサイドバックが列を上げて前に出てくるということは、そこに狙えるスペースができるということ。鳥栖の攻撃の狙いとしてサイドバックの裏をひとつのポイントとし、ボールを奪って鹿島が陣形を整える前に、低い位置からでも長いボールをディフェンスラインの裏に送り込んでいました。積極的に前に出てくる鹿島ディフェンスラインの裏に長いボールを送って、相手ディフェンスラインを下げさせると、そのことによってボール保持やライン間でのボール受けに効果を発揮するので決して悪い狙いではないのですが、惜しむらくは、そのボールの質。豊田の高さ、金崎のスペースに走るランニング力を生かせるような質の高いボールをもっともっと送り込むことによって、鹿島のディフェンスラインを揺さぶりたかったのですが、祐治に対するプレッシャーが強くならなかったことから、鹿島としては「蹴らせても問題ない」という判断もあった気がします。
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鳥栖の守備ですが、押し込んでいた時には積極的にゴール前でもプレッシングに出ていましたが、相手がボール保持できるシチュエーションになるとしっかりと撤退し、ミドルサード付近を守備の起点とする守備組織を見せました。前節と違ったのは、サイドハーフが積極的に前線から圧力をかける守備をしかけていたこと。サイドハーフの位置がブロックでスペースを消すのか、列を上げてボールにアタックしていくのかによって、鳥栖の守備の方針も決まり、そして後ろのサイドバックの動きも決まるのですが、この試合での回答は、ブロックを引いてスペースを埋める守備ではなく、相手と人数をかみ合わせることによって、ボールを奪いきる守備に主眼を置いていました。
プレッシングに関しては、どこからでも追いかけるということではなく、開始位置はあくまでもミドルサード付近。そしてトリガーは豊田。鳥栖としては、サイドハーフのクエンカと松岡の守備を天秤にかけると、右サイドに誘導したほうがボールは奪いやすい状況にはなるのでしょうが、そこにはあえてこだわっていないように見えました。鳥栖のあからさまな誘導がなかったので、ボールの受け手となる三竿(名古)は鳥栖の左サイドにも右サイドにも双方顔を出します。そうは言っても、やはり鳥栖の守備は右サイドがストロングで、三竿に入ったタイミングで松岡、福田、原が激しいプレッシングに入ってくるため、追い込まれて最終ライン(もしくはキーパー)に戻さざるを得なくなる回数は、永木のサイドよりは、小池のサイドの方が多い状況でした。そうして、鹿島は徐々に、攻撃の起点を永木のサイド(鳥栖の左サイド)に移します。
鹿島のビルドアップは、鳥栖のツートップの脇のエリアでボランチを配置し、ボランチからフォワードへ入れる縦のボールが第一優先。ツートップのプレッシングをかわすパスを受けると、まずはフォワードを見ます。フォワードに向けたボールを入れられない時に、幅を取るサイドバックへ展開。センターファーストという言葉があるかどうかは分かりませんが、意識は常に中央でボールを引き出す動きを見せるフォワードを向いていました。
鹿島のフォワードはトップの位置から引く動きで鳥栖の最終ラインと2列目の間に顔を出し、ビルドアップの出口としてボールを引き出します。フォワードにボールを入れる狙いはセンターバックの誘導。鳥栖がマークをはめてボールを奪う形をとってきたので、自分たちが動くことによって鳥栖のマークを連れてくることができます。ジョンスは最終ラインから引いてボールを受けに来るフォワード(セルジーニョ)には必ずついていく動きを見せていました。ジョンスが出てくるという事は、中央にスペースを作るという事。鹿島のフォワードの仕事を割合で表すと、このタスクで任務のうちの50%を達成したのかもしれません。
鳥栖にとってはハメて奪う形をつくりたかったので、ジョンスのところで止められれば良かったのですが、そこで止められなかったときのリスクマネジメントをどうするかいう所がやや不良ではありました。鹿島がうまかったのは、サイドバックの永木を20分頃から高い位置に置くことにより、三丸を誘導する仕組みを作った事。これにより、三丸がセンターバックの裏のカバーに入る距離を広げることに成功しています。また、当然ですが、ジョンスがどの程度前に出ていくのかという情報がまだインプットされていなかったため、福田もジョンスのポジショニングの取り方からカバーリングが必要なエリアを瞬時に判断する所が難しかったかもしれません。
ボールを受けたセルジーニョ(伊藤)は、無理して前を向くことはなく、ワンタッチ(もしくはトラップ後の1回のタッチ)で幅を取るサイドバック(永木)、もしくは前を向いて受けに来るサイドハーフ(レアンドロ)に展開します。球離れを早くして味方を活用するため、永木、レアンドロが前を向いてボールを持った段階で、ジョンスが空けたゴール前のスペースを活用できる準備ができていました。
その動きを逆手に取ったのが、11分のシーン。セルジーニョが引く動きでジョンスをひきつけて、空いたスペースがパスコースとなり、その位置に入り込んだ伊藤へパス。ワントラップから素早く放ったシュートは、ポストtoポストで事なきを得ましたが、このシーンで、鹿島のツートップは、自分たちの動きの下で鳥栖のセンターバックを自由に支配下におけることを察知したのではないかと。
球離れが早いセルジーニョを見ると、ボールをキープするスタイルである金崎と対比してしまいます。セルジーニョのように、相手をひきつけて受けてすぐにボールを離すと、引き付けてできたスペースを次のリアクションでチームメイトが使うことができます。ただし、そこに味方が動く時間を作るという要素はありません。味方は組織として定められたポジション(いるべきところ)にいると、相手に守備の時間を与えずに次のアクションを取れるのでその効果は絶大です。
逆に、金崎のボールキープは味方を押し上げる時間を作れるという作用はあります。味方が攻撃のポジショニングに追いついていないときや、ポジションを同時に相手に守備を再構築する時間を与えてしまいます。味方が良いポジションを取っていたらすぐに使った方がよいのですが、キープで時間をかけることによって、相手がスペースを埋めてしまうこともちらほら。そのバランスをどのあたりに置くのかというのは非常に難しいですよね。
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鹿島は、カウンターアタックも整備されていて、鳥栖がサイドハーフ、サイドバックを高い位置に上げてからの攻撃をしかけてくるので、フォワードやサイドハーフがポジションを移して、カウンターの起点を作っていました。
サガン鳥栖のボールを奪うという意図は、守備ブロックを組んでいる時だけに現れていたのではなく、ネガトラ時にもその動きが徹底されます。鹿島のカウンターの起点となるところに福田が顔を出していち早くつぶしにかかる動きを見せていました。相手が攻撃に出ようとするところでボールを奪いきることによって、単なる二次攻撃ではなく、より、相手の守備組織が崩れた状態での二次攻撃につなぐことができます。
ただし、カウンターの守備で一番大事なことは、まずは相手の時間と空間を奪う事。時間を奪う事で攻撃に出て行っている味方が戻る時間ができ、そして、空間(スペース)を奪うことによって相手がボールを前進できる場所をなくすことができます。それらの事を優先事項とし、可能であればボールを奪いきればベストという守備をしなければなりません。しかしながら、この試合では、ある程度のリスクを承知でボールを奪おうとする意志が強く、前半からカウンターの起点となるパスに対して福田がつっかけるけれどもかわさせるというシーンが何回か発生していました。浦和戦で、マルティノスにかわされて失点したのを忘れたかのように。
そして、先制点は、そのカウンターから生まれます。クエンカのクロスをレアンドロがクリアし、セルジーニョがボールキープします。セルジーニョはすぐにボールを預け、鳥栖の左サイドのスペースに開いて再びボールを受け取ります。早めにボールを奪いたい鳥栖は、セルジーニョに対して、福田と三丸の二人がアタックするもののボールを奪うことができず、上がってきたレアンドロにボールを渡されてしまいます。ここから、勢いよくドリブルして鳥栖の最終ラインの突破を試みて、PKを取ることができました。
一つの問題点は、福田、三丸がカウンターの時に優先するべき時間と空間を奪いに行くのではなくボールを奪いに行ってしまった事、ボールを奪いに行って取れなかった場合は、味方が戻る時間も作れず、相手がボールを進める空間を狭めることができません。
もう一つの問題点は、レアンドロの攻撃に向けたスプリントよりも、クエンカ、原川の守備に向けたスプリントの方が遅れを取ったこと。もう一度言いますが、ゴールライン近くでクロスの跳ね返りをクリアしたのはレアンドロです。レアンドロは鹿島ゴール前からスプリントを始めています。当然のことながら、クエンカも原川も、レアンドロよりは自陣に近いエリアにいました。ところが、鳥栖のゴール前に迫って侵入したのは、そのボールをクリアしたレアンドロなんですよね。レアンドロがハーフウェイラインを通過する頃に原川も気づいて追いかけましたが、時すでに遅く。祐治がPKを与えることになってしまいました。
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先制された鳥栖ですが、鹿島のプレッシング強度の割には、ボールロストの回数は少なく、ここのところのボール保持戦術の成果を現しながら反撃に出ます。同点ゴールは、その確かなビルドアップから生まれました。鹿島のツートップの脇のエリアで受けた原川、ハーフスペースでボールキープしたクエンカ、サイドの幅を取ってつなぎどころを演じた三丸、そしてサイドバックの裏に入り込んだ金崎、(おまけ:右サイドハーフからゴール前に侵入してきた松岡)、鳥栖が実践してきた攻撃が形となって実を結びました。
しかしながら、鹿島もすぐに勝ち越し。ビルドアップでこれまでセンターバックの脇のスペースで受けてゲイムメイクをしていた三竿が両センターバック間でボールを受けます。これによって三竿と名古が縦関係になり、豊田が名古を見るよう中央に構えていたため、また、クエンカは犬飼に対するアクションの準備のために、サイドにボールを進める三竿に対するアクションが遅れます。さらに、縦位置でボールを受けようとしたレアンドロの引く動きに対して原川がプレッシングに向けて捕まえる動きでレアンドロ方向にポジションを変えます。この鹿島の動きで、三竿から伊藤への縦のパスコースがひらけました。フォワードへのパスを常に狙っている三竿にとって、そのパスコースを見つけるのは容易。ジョンスは伊藤にボールが入ると同時にプレッシングをしかけますが、伊藤はボールを保持して右サイドで準備していた永木へ展開。ジョンスが空けたスペースのケアが遅れ、侵入したレアンドロからのクロスを白崎に決められてしまいました。前半開始から執拗に狙われていた、センターバックを誘導して誘き出したスペースを狙うという形通りにはまってしまった格好です。(図2)
リードした鹿島は、後半からはプレッシングの基準を変えてきます。前半は、フォワードの脇のスペースで受ける鳥栖のボランチに対して、積極的にセントラルハーフが出て行ったのですが、後半からはフォワードもプレスバックして、不用意にスペースを空けないようにブロックを固めます。また、鹿島の攻撃はフォワードに当てる縦パスではなく、サイドを使って巡回する攻撃が増えました。中央でボールを奪われてのカウンターが一番怖いので、そこはリスクを負わずにという所でしょう。
60分にはヨンウを投入し、原がインサイドに入る前節までの仕組みで攻撃をしかけますが、リードしてより堅固なブロックで臨んだ鹿島ゴールを最後までこじ開けることができず、そのまま試合終了となりました。
■ おわりに
鳥栖の同点ゴールも鹿島の勝ち越しゴールも、お互いが準備してきた形を具現化したプレイであり、前半から繰り返しトライしていたのが実を結んだ形ではあります。ただし、守備側で考えると、相手の攻撃パターンに対するフィッティングが少し遅れたかなというのもあります。特に鳥栖は、ジョンスが動かされるスペースに対するケアの方法に手間取りました。そのなかで、前半のうちにリードを取った鹿島が、後半は、リスクを抑えて勝ち切ることに徹した素晴らしいゲーム運びを見せました。
鹿島は、用意してきた攻撃の仕組みをしっかりとやりきるなという印象を受けました。中央を縦にというのは奪われたときのリスクはあります。そして、実際に、鳥栖はフォワードに入れるボールを網にかけてショートカウンターをしかける場面もありました。それでも、鹿島はリスクを承知で鳥栖のセンターバックを動かそうとするフォワードへのパスを何度となくチャレンジしました。そのチャレンジの報酬を勝ち越し点という形で見事に得ることができました。
鳥栖が狙っていた形は、本丸を直接攻める攻撃というよりは、まずは外堀を埋めてからという攻撃です。サイドを突破したり、ロングボールのこぼれ球を拾ってから、さらに中央で質を求めなければなりません。外堀を埋めた後に、どうやって本丸を落とすのか。
鳥栖の惜しむらくは、ミスが直接的に試合の行方に大きな影響を与えたわけではないのですが、やはりトータルで考えると「トメル」「ケル」「ハコブ」の質の違いがこの試合の結果を生んでしまったという思いはあります。これから攻めに転じようというところでトラップをミスしたり、サイドに良い展開が生まれた時にパスやトラップにミスが発生したり、ここぞというところで思うようなコントロールができなかったシーンが目につきました。
逆に、鳥栖が人を捕まえてプレッシングをしかけていたにもかかわらず、鹿島の選手たちの体の使い方、ボールの止め方、その質の高さによって奪わなければならないところでボールが奪えず、鳥栖が奪いに行ったことで空けてしまったスペースを使われてしまうケースが多々ありました。先制点も、勝ち越し点も人は捕まえているのです。つあk前ているけど奪えない、止められない。そうなってくると、個人の質では勝負しきれないので、積極的にサイドハーフを上げてボールを奪いに行く形から、守備の基準を少し下げて狭いスペースの中でグループで守るという選択が必要であったのかもしれません。鹿島のセルジーニョと伊藤に当ててからの展開は、組織としてのボール巡回の精度の高さを見せつけられました。
■ Appendix < ざっくり用語解説 >
・ ビルドアップ
ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
・ トランジション
攻守の切り替え
・ ポジトラ
ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
・ ネガトラ
ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
・ ハーフスペース
4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
・ デュエル
相手との1対1のマッチアップ
・ ディフェンシブサード
フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
・ ミドルサード
フィールドを3分割したときの中央
・ アタッキングサード
フィールドを3分割したときの相手ゴール側
・ リトリート
自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
・ レイオフ
ポストプレイからの受け手が前を向けられる落としのパス
・ オーガナイズ
組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
・ 偽サイドバック
サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
Posted by オオタニ at
17:54
│Match Impression (2019)
2019年07月18日
2019 第19節 : サガン鳥栖 VS サンフレッチェ広島
2019シーズン第19節、サンフレッチェ広島戦のレビューです。
前節川崎とスコアレスドローを演じたスタメンに変更があり、福田に代わって松岡がボランチの位置に入りました。サイドバックは小林が右サイドで、原が左サイド。前節の川崎戦は左右を入れ替えており、ミョンヒ監督の「家長、登里の対策の為」という発言で今節がどうなるか注目でしたが、小林を元の右サイドに戻した格好となりました。
ベンチには三丸が久しぶりの復帰。イバルボは、今節はベンチにも入れないのだなと思っていたら、まさかの長崎への期限付き移籍。ミョンヒ監督の中では戦力として計算できなかったのか、それともほかの要因があったのか。キャラクターもスタイルもいろんな意味で想像を超える楽しいプレイヤーだったイバルボ。新天地での活躍を祈ります。
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この試合で一番特徴的だったのは、互いのビルドアップの局面によるディフェンスの陣形。
「鳥栖の2センターバックに対して広島の1トップ」
「広島の3センターバックに対して鳥栖の2トップ」
という、お互いにこのままの状態ではプレッシングにおいて人数不足が発生する状況。
しかしながら、両チームともにプレッシング要員として中盤の選手を積極的に前に上げて同数プレッシングをしかけるような事はせず、ブロックを維持しつつ、パスコースを制限して相手の攻撃の組み立てを阻害する方策を取りました。これによって、お互いがビルドアップの局面では、ボールを握ることに関しては苦労しないという、やや落ち着いたゲーム展開となりました。
まずは鳥栖のビルドアップ。広島はゴールキックの場面ではパトリック、森島、柴崎を積極的に最終ラインに着けて高丘のキックを阻害しにきますが、3人が同時に最終ラインにプレッシャーをかけるのはほぼこの場面のみ。鳥栖がボールを保持する場面では、5-4-1のブロックを組んでミドルサードからの守備を開始します。
広島がプレッシャーに出てこないので、鳥栖のビルドアップはW高橋が中心となってボールを保持します。目下の相手がパトリックひとりなので、W高橋+高丘で充分保持できると踏んだ松岡は、下がって最終ラインをヘルプするのではなく、列を上げるボールの進めどころとしてポジションを取り、W高橋からの引き出しに動き回ります。当然のことながら原川も列を下げる動きはほとんど見せず、左サイドにおけるクエンカ、原へのつなぎを担います。
鳥栖のビルドアップの特長は、両サイドバックのポジショニングでした。まずは左サイドバックの原ですが、ベースとなるポジションは左サイドの大外の位置。原川とクエンカがハーフスペースに立つことで、柴崎とハイネルをセンター方面に引き込み、大外でフリーとなるポジションを確立します。ただし、あくまでこの配置はベースのもの。左サイドは3人が流動的にポジションを変えていて大外の位置は原が立たなければならないという制約はなく、原が立つこともあれば、クエンカが立つこともあり、そして、時折原川も。自由を与えられているクエンカの立ち位置によって、他の2人の立ち位置が決まるような感じで、サイドにおける広島のプレッシングに対して選手が孤立してしまわないように、必ず3人以上のグループでフォローしあいながら守備の穴を探す作業をひたすら繰り返します。
対する右サイドバックの小林はハーフスペースの高い位置にポジショニング。小林のポジションに対してケアするのは森島。小林が高い位置を取るのは以下の目論見があったと考えられます。
一つ目は、祐治がボールを持ち運ぶスペースの確保。森島を動かすことによってパトリックの脇にスペースが作られ、祐治のボール保持時に持ち出せるスペースを作り出すことができます。ちなみに、左サイドは秀人が持ち運ぼうとするスペースには原川、クエンカがいて、その両名が広島の守備陣を引っ張ってくるので秀人が持ち出せるスペースは限られているということになります。
二つ目は、アンヨンウがサイドで柏と1対1を作り出せる効果。鳥栖のツートップに対して広島は3センターバックがしっかりと中央を固めていて、必ず数的優位を保つ状態を作っていました。これは、間違いなく、清水戦におけるトーレスの2ゴールを警戒しての事でしょう。トーレスに対して1対1の状態ではやられてしまうので、2名で挟んで対応できる状態を作りました。これによって、左ストッパーの佐々木がサイドに出てくる機会が少なくなり、森島はハーフスペースに構える小林をケアしなければならないという事になり、アンヨンウのケアは必然的に柏が対峙することになります。
三つめは、森島を下げさせることによって、カウンターの起点を下げさせる効果。互いにボール保持を許してからのブロッキング守備であったために、効果的な攻撃は相手の守備陣形が整う前のカウンター攻撃か、もしくはセットプレイに活路を見出すしか方法がありませんでした。広島はボールを奪うと同時に、パトリック、森島、柴崎がスプリントを開始して、カウンター攻撃を仕掛ける動きを見せますが、森島の位置を押し下げることによってゴールまでの距離が長くなるので、カウンター攻撃がシュートまでかかる手数と時間を稼げることになります。
ただ、怖いのはセットプレイ後のカウンターでありまして、通常のフォーメーションと異なり、セットプレイ用の選手配置となるため、これが非常に厄介でありまして、27分のカウンターの場面は、森島がセットプレイにおけるポジショニングを生かして左サイドに飛び出し、最後は中央を抜けだしたパトリックがシュートを打たれるシーンをつくってしまいました。これは、かなり肝を冷やしましたね。やられたと思いました。シンプルではありますが広島のストロングを感じる攻撃でした。
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左右で非対称となる配置を作り出して攻撃の主導権を握ろうとしていた鳥栖でしたが、ボールは持たせもらうものの、広島のブロックを効果的に動かすことができず、なかなかシュートまでたどりつけません。特にジレンマだったのは右サイドのボールの循環。小林を高い位置に置いて、森島を押し下げている状況下で、上記の効果を狙ったのですが、稲垣のスクリーンに対して祐治が持ち運びや縦パスをうまく発揮できず、高い位置を取る小林のポジショニングを生かすことができません。小林への縦パスをスイッチとして、広島の守備陣が動き出すトリガーとなることをチーム全体として描いていたかどうかは分かりませんが、そもそもそのスイッチを押せないというもどかしい展開となってしまいました。
それでは中央はどうかというと、松岡が最終ラインからボールを引き出して受けてはいますが、広島は川辺、稲垣がしっかりと中央を固めているため、松岡からフォワードへのパスコースもなかなか確保できません。パスコースがなれば、自らで作り出そうと、松岡が引く動きによってボランチを引き出そうとし、実際に川辺や稲垣を引き連れて動かしたそのスペースに金崎がはいってくるものの、どうしても川辺、稲垣のスクリーンが効いていて、金崎に対しても最終ラインからのパス供給がままなりませんでした。
金崎が中央に引いて受ける事が、どこまでチーム全体の意思に合っていたかはわかりませんが、松岡が動いた位置に、金崎がボールの引き出しの為に入ってくるのは自然の動きではあります。周りも「お前は前線で張ってろ」という感じでもなかったので、センターバックを引き出すためにも、もう少し中央で金崎にボールを預けるチャレンジを試みてもよかったかもしれません。このくさびのパスを入れることによって、相手のボランチに新たな問題を突き付けることができますしね。ここでのボールロストによるカウンターを受ける事をリスクととらえて出さなかったのかもしれないですが。
右サイド、中央、共に配置と動きによって、スペースを作り上げる仕組みを取ろうとしているのですが、肝心かなめのボールが入ってこない状況で、結局は安心してボールを預けることのできるクエンカ、原川の左サイド中心の攻撃となってしまいます。左サイドのジレンマは縦に突破しても左足でクロスを上げられるメンバーがいないこと。クエンカも原川も原も最初の選択肢が右足への持ち替えとなってしまうので、ゴール前で備えているメンバーとのタイミングがちょっとずつ合ってないような感じとなります。左サイドで左足でというのは、30分頃にクエンカが持ち出して自らシュートを放つシーンはありましたが、角度が狭いためにキーパーが正面でセービング。大外からクロスというシーンはなかなか作れませんでした。
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鳥栖が左サイドに人数を集中させるということは、広島も左サイドに人数が集中することとなり、クエンカや原の縦への抜け出しがままならない場合は、2列目を横断するように右サイドにドリブルを進め、横幅を取る右サイドへ展開するいつもの攻撃へシフトします。そして、左サイドでボール保持し、右サイドで勝負を仕掛けるという、いつもの攻撃パターンに落ち着いたサガン鳥栖。クエンカ、アンヨンウという個の仕掛けの成否がゴールの有無に大きな影響を与えてしまうのが、ここ数試合のサガン鳥栖の現状です。
右サイドで打開のチャンスがあったとすれば、松岡・小林のエリア。ヨンウがボールを保持して突破によるクロスが難しくなった場合は、ペナルティエリア前に陣取る小林や松岡にボールを戻します。ここで、ペナルティエリアのコーナーでボールを受けた松岡、小林がどのようなプレイを選択するかというところが着目でしたが、ラストパス(チャレンジするようなパス)は少なく、その多くは逆サイドへの展開(つなぎのパス)を選択していました。
ヨンウからのクロスボールを待ち受けるために、ペナルティエリア内にはフォワード+サイドハーフがポジションを取っています。ヨンウから松岡にボールが戻ってきた段階でも十分にトーレス、金崎はゴールに迎える態勢を整えているので、ダイレクトでクロスを上げることによって、角度のついた状態で勝負を挑める状況が作れたので、そのプレイを選択しても面白かったかなと。2017年の川崎戦で、福田のクロスからチョドンゴンが決めたような感じですね。
松岡にボールが戻ることによって押し上げてきた広島の最終ラインを狙う動きやフォワードとのワンツーで中に入ろうとする、ペナルティエリアに入ってこようとする動きも面白かったかもしれません。小林を高い位置に置いているので、彼が裏に抜けようとする動き、もしくは彼を使って松岡が裏に抜けようとする動きがあると、広島の最終ラインにケアしなければならないという意識をさらに与えることになり、ヨンウへのマークが緩くなることにも繋がりますしね。
参考になるのは、広島の62分のプレイ。左サイドに入ってきたハイネルがペナルティエリアコーナーに構える稲垣にボールを預け、受けた稲垣は間髪入れずにパトリックにパスを送り、ワンタッチで抜け出したパトリックがあわやゴールというシーンを作り出しました。こういう、相手にプレッシングの時間を与えずにすぐにフォワードに入れるというパスは、守備側としては恐怖ですよね。
松岡も、相手のブロックにスキがないシーンでは苦労していましたが、高い位置でうまく奪えたタイミングで相手の守備陣形が整っていない状況では、何度も鋭いパスを前線に送っていました。56分には、前線からのプレッシャーによって広島が苦しいボールを出したのをことごとくカットして、すぐさま前線につなげ、金崎のポストに当たる惜しいシュートの起点ともなりました。57分には、ハーフスペースにいたヨンウをおとりとして裏に飛び出したトーレスに惜しい浮き球のパスを送り込みました。セカンドボールをことごとく拾うポジショニングの良さが光りました。贅沢を言うと、相手がブロックを組んでいる中での仕掛けのパスがどの程度だせたのかというと、そこが物足りない部分であり、丁寧に行きすぎたのかなというのは感じました。急所に入っていこうという動きによって、広島ディフェンスに怖さを与えることになり、ブロックに穴をあけるきっかけとなります。
ヨンウが1対1の状況を作るところまでうまく組み立てできますが、そこで彼が突破できなかった時に、では、次善の策はどうするかという手段が薄かったのが現在のサガン鳥栖の辛いところでした。ヨンウが交代してしまうと、右サイドからの攻撃は機能不全に陥りがちで、鳥栖にとって不運だったのは、同点の場面で堅くいこうとしていた矢先に、広島に先制点を与えてしまった事。まずは無失点のままでという交代で福田を入れたのですが、得点を取らなければならない状態で右サイドの攻撃が沈静化してしまいました。
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広島のビルドアップは、最終ラインの3人で構成。鳥栖のツートップは、プレッシングよりは稲垣、川辺に対するパスコースをスクリーンする動きを優先し、中央にポジションを取ります。これによって、広島も最終ラインでのボール保持は苦労せずに持てることに。このままでは鳥栖のブロックを崩せないので、両サイドのストッパーがサイドに幅を取ってボランチが落ちる動きを見せますが、サイドに開きすぎるとストッパーに対して鳥栖のサイドハーフがプレッシングに行ける距離が短くなり、逆に鳥栖のプレッシング守備にはまってしまう格好となるので、ボランチを落とす形も持続できません。
鳥栖はウイングバックに対する守備は準備してきた模様で、それぞれのサイドで守備の方式が異なっていました。まずは、右サイドですが、こちらはヨンウへの負担が非常に大きく、ストッパーの佐々木を見ながら柏も見るというひとりで二人を見る守備体制を取っていました。佐々木が持ち運んだ時にはヨンウがドリブルのコースを制限し、金崎、松岡が中央へのパスコースを制限します。そのまま左サイドの柏にパスが流れますが、そのパスと同時にヨンウが右サイドにリトリートして柏のマーキングに入りました。これによって、小林がサイドに出てくる必要がなくなり、パトリックや森島が飛び込んでくるスペースを消すことになります。それと同時に、ヨンウが二人を見てくれることによって、松岡がポジションを動かす必要がないため、ボランチにボールが入ってきたときに松岡がプレッシングを仕掛けることが可能となります。
左サイドはストッパーに対してサイドハーフのクエンカが当たっていくところは変わりませんが、ハイネルに対する守備は原が出ていく形が多くありました。その際に、原が出ていくスペースをケアするように原川が列を下げてスペースをケアする形になり、原川が落ちたところをクエンカが移動することになります。
この守備方式は、選手間の意思疎通が大事で、ボールに対するプレッシングに人がかぶってしまうと相手をフリーにしてしまうリスクがあります。49分の広島のビッグチャンスは守備の乱れを突かれたものでした。左サイドの守備方式の通りハイネルに対して原が出て行くのですが、そのスペースのケアをした原川が柴崎に対するプレッシャーの為に列を上げます。これで、原が守るスペースを広島が選手のポジション移動でこじ開けることに成功。そのスペースに川辺がうまく入り込んでボールを受けてすぐさま逆サイドの柏に向けてクロス。カウンターに備えて高い位置を取っていたヨンウは柏には追い付けず、フリーでヘディングシュートを打たれますが、高丘のビッグセーブで事なきを得ました。ハーフスペースから逆サイドに向けてクロスを上げる動きは、まさに先ほど松岡や小林に求めたプレイです。
守備方式を改めてみてみると、攻撃におけるポジショニングのパターンと同じというのは面白いですね。
右サイドはあくまでも最初に割り当てた配置からレーンの移動がなく、中央、ハーフスペース、右サイドに配置された松岡、小林、ヨンウがポジショニング。左サイドは頻繁にポジションチェンジが発生しており、特に原川は最終ラインのケアに集中して対応できていました。
守備方式の違いは、サイドハーフの疲労の違いに現れまして、右サイドはヨンウの動きに依存するので、この守備方式がヨンウの交代時期の早期化を招いたというのは否めません。逆にクエンカは、この方式だと守備の疲労が少ないので、90分間戦える体力を温存できたということでもあります。
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後半に入ると、早速鳥栖が攻撃を変えてきます。ビルドアップによるボールの循環では、広島のブロックに穴をあけることができないので、トーレスに対して長いボールを入れる回数が増えてきます。早速、トーレスのヘッドから金崎が抜け出したところでファールをもらい、ゴール前でフリーキックのチャンスを得ました。その後も、広島の守備の間延びを狙うように長いボールを蹴って押し込みを図り、徐々に鳥栖がボールを支配するようになります。短期的にはトーレスというストロングを使って一発で裏を取る形を、長期的には長いボールを繰り返し使って広島の最終ラインと2列目のギャップを作りに来たという事でしょう。
55分頃には、攻撃に変化を加えるべく、小林が入り込んでいた右サイドのハーフスペースの位置にクエンカがポジショニングを取りました。クエンカの移動に併せて、原川もクエンカのフォローに入るようにポジションを取ります。松岡がセカンドボールを拾いまくって何回かチャンスを作ったのは、右サイドに人数を集めていたこの時間帯です。
面白いことに、鳥栖が左右を入れ替えた攻撃を見せる頃、広島もハイネルと柏のポジションを入れ替えていました。鳥栖は、流れの中でクエンカが右サイドに移るいつものパターンでしたが、広島は何らかの意図があったのかもしれませんし、その後、またポジションを元に戻したので、広島も流れの中だったのかもしれません…つまりはその意図はよくわかりません(笑)
60分のシーンは見もので、右サイドでヨンウがハイネルをかわして縦に突破して、ゴールライン際から迫ったタイミングで、トーレスが引く動きを見せます。これに佐々木も荒木もつられて下がったため、ゴール前ががら空きになって、金崎とクエンカが飛び込んできます。しかしながら、ヨンウのパスはキーパーの正面。63分にも、左サイドから原が二人をかわして突破しますが、クロスが誰にも合わずにシュートも打てず。ここのパスの質で得点を獲れなかったところが、勝負の綾というか分岐点を生んだのかもしれません。
気になるのは、原が突破したときに前線の準備ができていなかった事ですよね。左サイドからの崩しはドリブルで中に入ってからのラストパスという想定がなかったのかもしれません。原も突破を試みたのはこのシーンくらいですし。積極的にねらったというよりは、味方のフォローがなかったのでイチかバチか入り込んでみたような風にも見えました。
鳥栖のフォワードは、ファーサイドに構えているメンバーが多く、ドリブルで突破したときにニアに飛び込んでくる選手がいないため、せっかくドリブルで入り込んだとしてもフィニッシュを迎える準備ができていません。チームとして、あくまでもクロスによるラストパスをイメージしていたとすれば、原の突破はある意味想定外の出来事だったのかもしれません。ヨンウと違って、原が左サイドで個人で突破を企画する回数はそもそも少なかったですしね。そう考えると、三丸の投入は、クエンカ、原川、原では左足でのクロスがなかなか上がらないので、三丸を入れることによって低い位置からでも左足でクロスを送ってシュートチャンスを増やそうという戦術による交代だったのかなと思います。
■ おわりに
結局、この試合は、互いのブロック守備が非常に堅固でありますので、チャンスのきっかけとなるのはセットプレイとカウンター(中盤のパスミスによるショートカウンター)によるものがほとんどでした。先制点もセットプレイですし、追加点も鳥栖の中盤が上がり切っていたところを狙われたカウンターです。
ボールを保持するからには、相手をこじ開けなければならないのですが、鳥栖は相手の守備のズレを生み出す配置は準備できていたので、その配置を最大限生かす動きをもっともっと見せてほしいですよね。最終ラインからハーフスペースへの縦のラインと、そこでボールを受けてからのボランチや前線との関係でいかに崩すか。サイドの個の質(1対1のドリブル突破からのラストパス)に頼る攻撃からの脱却が、今後のサガン鳥栖の攻撃のキーとなるでしょう。いまのままでは、クエンカとヨンウの調子にチームの浮沈がかかることになってしまいます。ハーフスペースで相手を引きつけることができ、いつでも中央に入っていけるという姿勢を見せることで相手の守備を中央に寄せ付けることができ、そのうえでサイドのプレイヤーを生かせられればベストですよね。
あとは、アタッキングサードでのフィニッシュのイメージ。せっかくかわしてビッグチャンスを迎えても、シュートチャンスに結び付きません。松本戦で、カウンターでトーレスと金崎が同時に抜け出して、動きがかぶってシュートにすらいけなかったのは苦い思い出ですよね。クロスなのか、スルーパスなのか、ドリブル突破なのか、ニアサイドなのか、ファーサイドなのか…わずか0.x秒の違いでゴールの有無が決まりますから、そのあたりのイメージを合わせるのは非常に大事です。
■ Appendix
< ざっくり用語解説 >
ビルドアップ ・・・ ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
トランジション ・・・ 攻守の切り替え
ポジトラ ・・・ ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
ネガトラ ・・・ ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
ハーフスペース ・・・ 4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
デュエル ・・・ 相手との1対1のマッチアップ
ディフェンシブサード ・・・ フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
ミドルサード ・・・ フィールドを3分割したときの中央
アタッキングサード ・・・ フィールドを3分割したときの相手ゴール側
リトリート ・・・ 自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
レイオフ ・・・ ポストプレイからの落としのパス
オーガナイズ ・・・ 組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
偽サイドバック ・・・ サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
前節川崎とスコアレスドローを演じたスタメンに変更があり、福田に代わって松岡がボランチの位置に入りました。サイドバックは小林が右サイドで、原が左サイド。前節の川崎戦は左右を入れ替えており、ミョンヒ監督の「家長、登里の対策の為」という発言で今節がどうなるか注目でしたが、小林を元の右サイドに戻した格好となりました。
ベンチには三丸が久しぶりの復帰。イバルボは、今節はベンチにも入れないのだなと思っていたら、まさかの長崎への期限付き移籍。ミョンヒ監督の中では戦力として計算できなかったのか、それともほかの要因があったのか。キャラクターもスタイルもいろんな意味で想像を超える楽しいプレイヤーだったイバルボ。新天地での活躍を祈ります。
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この試合で一番特徴的だったのは、互いのビルドアップの局面によるディフェンスの陣形。
「鳥栖の2センターバックに対して広島の1トップ」
「広島の3センターバックに対して鳥栖の2トップ」
という、お互いにこのままの状態ではプレッシングにおいて人数不足が発生する状況。
しかしながら、両チームともにプレッシング要員として中盤の選手を積極的に前に上げて同数プレッシングをしかけるような事はせず、ブロックを維持しつつ、パスコースを制限して相手の攻撃の組み立てを阻害する方策を取りました。これによって、お互いがビルドアップの局面では、ボールを握ることに関しては苦労しないという、やや落ち着いたゲーム展開となりました。
まずは鳥栖のビルドアップ。広島はゴールキックの場面ではパトリック、森島、柴崎を積極的に最終ラインに着けて高丘のキックを阻害しにきますが、3人が同時に最終ラインにプレッシャーをかけるのはほぼこの場面のみ。鳥栖がボールを保持する場面では、5-4-1のブロックを組んでミドルサードからの守備を開始します。
広島がプレッシャーに出てこないので、鳥栖のビルドアップはW高橋が中心となってボールを保持します。目下の相手がパトリックひとりなので、W高橋+高丘で充分保持できると踏んだ松岡は、下がって最終ラインをヘルプするのではなく、列を上げるボールの進めどころとしてポジションを取り、W高橋からの引き出しに動き回ります。当然のことながら原川も列を下げる動きはほとんど見せず、左サイドにおけるクエンカ、原へのつなぎを担います。
鳥栖のビルドアップの特長は、両サイドバックのポジショニングでした。まずは左サイドバックの原ですが、ベースとなるポジションは左サイドの大外の位置。原川とクエンカがハーフスペースに立つことで、柴崎とハイネルをセンター方面に引き込み、大外でフリーとなるポジションを確立します。ただし、あくまでこの配置はベースのもの。左サイドは3人が流動的にポジションを変えていて大外の位置は原が立たなければならないという制約はなく、原が立つこともあれば、クエンカが立つこともあり、そして、時折原川も。自由を与えられているクエンカの立ち位置によって、他の2人の立ち位置が決まるような感じで、サイドにおける広島のプレッシングに対して選手が孤立してしまわないように、必ず3人以上のグループでフォローしあいながら守備の穴を探す作業をひたすら繰り返します。
対する右サイドバックの小林はハーフスペースの高い位置にポジショニング。小林のポジションに対してケアするのは森島。小林が高い位置を取るのは以下の目論見があったと考えられます。
一つ目は、祐治がボールを持ち運ぶスペースの確保。森島を動かすことによってパトリックの脇にスペースが作られ、祐治のボール保持時に持ち出せるスペースを作り出すことができます。ちなみに、左サイドは秀人が持ち運ぼうとするスペースには原川、クエンカがいて、その両名が広島の守備陣を引っ張ってくるので秀人が持ち出せるスペースは限られているということになります。
二つ目は、アンヨンウがサイドで柏と1対1を作り出せる効果。鳥栖のツートップに対して広島は3センターバックがしっかりと中央を固めていて、必ず数的優位を保つ状態を作っていました。これは、間違いなく、清水戦におけるトーレスの2ゴールを警戒しての事でしょう。トーレスに対して1対1の状態ではやられてしまうので、2名で挟んで対応できる状態を作りました。これによって、左ストッパーの佐々木がサイドに出てくる機会が少なくなり、森島はハーフスペースに構える小林をケアしなければならないという事になり、アンヨンウのケアは必然的に柏が対峙することになります。
三つめは、森島を下げさせることによって、カウンターの起点を下げさせる効果。互いにボール保持を許してからのブロッキング守備であったために、効果的な攻撃は相手の守備陣形が整う前のカウンター攻撃か、もしくはセットプレイに活路を見出すしか方法がありませんでした。広島はボールを奪うと同時に、パトリック、森島、柴崎がスプリントを開始して、カウンター攻撃を仕掛ける動きを見せますが、森島の位置を押し下げることによってゴールまでの距離が長くなるので、カウンター攻撃がシュートまでかかる手数と時間を稼げることになります。
ただ、怖いのはセットプレイ後のカウンターでありまして、通常のフォーメーションと異なり、セットプレイ用の選手配置となるため、これが非常に厄介でありまして、27分のカウンターの場面は、森島がセットプレイにおけるポジショニングを生かして左サイドに飛び出し、最後は中央を抜けだしたパトリックがシュートを打たれるシーンをつくってしまいました。これは、かなり肝を冷やしましたね。やられたと思いました。シンプルではありますが広島のストロングを感じる攻撃でした。
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左右で非対称となる配置を作り出して攻撃の主導権を握ろうとしていた鳥栖でしたが、ボールは持たせもらうものの、広島のブロックを効果的に動かすことができず、なかなかシュートまでたどりつけません。特にジレンマだったのは右サイドのボールの循環。小林を高い位置に置いて、森島を押し下げている状況下で、上記の効果を狙ったのですが、稲垣のスクリーンに対して祐治が持ち運びや縦パスをうまく発揮できず、高い位置を取る小林のポジショニングを生かすことができません。小林への縦パスをスイッチとして、広島の守備陣が動き出すトリガーとなることをチーム全体として描いていたかどうかは分かりませんが、そもそもそのスイッチを押せないというもどかしい展開となってしまいました。
それでは中央はどうかというと、松岡が最終ラインからボールを引き出して受けてはいますが、広島は川辺、稲垣がしっかりと中央を固めているため、松岡からフォワードへのパスコースもなかなか確保できません。パスコースがなれば、自らで作り出そうと、松岡が引く動きによってボランチを引き出そうとし、実際に川辺や稲垣を引き連れて動かしたそのスペースに金崎がはいってくるものの、どうしても川辺、稲垣のスクリーンが効いていて、金崎に対しても最終ラインからのパス供給がままなりませんでした。
金崎が中央に引いて受ける事が、どこまでチーム全体の意思に合っていたかはわかりませんが、松岡が動いた位置に、金崎がボールの引き出しの為に入ってくるのは自然の動きではあります。周りも「お前は前線で張ってろ」という感じでもなかったので、センターバックを引き出すためにも、もう少し中央で金崎にボールを預けるチャレンジを試みてもよかったかもしれません。このくさびのパスを入れることによって、相手のボランチに新たな問題を突き付けることができますしね。ここでのボールロストによるカウンターを受ける事をリスクととらえて出さなかったのかもしれないですが。
右サイド、中央、共に配置と動きによって、スペースを作り上げる仕組みを取ろうとしているのですが、肝心かなめのボールが入ってこない状況で、結局は安心してボールを預けることのできるクエンカ、原川の左サイド中心の攻撃となってしまいます。左サイドのジレンマは縦に突破しても左足でクロスを上げられるメンバーがいないこと。クエンカも原川も原も最初の選択肢が右足への持ち替えとなってしまうので、ゴール前で備えているメンバーとのタイミングがちょっとずつ合ってないような感じとなります。左サイドで左足でというのは、30分頃にクエンカが持ち出して自らシュートを放つシーンはありましたが、角度が狭いためにキーパーが正面でセービング。大外からクロスというシーンはなかなか作れませんでした。
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鳥栖が左サイドに人数を集中させるということは、広島も左サイドに人数が集中することとなり、クエンカや原の縦への抜け出しがままならない場合は、2列目を横断するように右サイドにドリブルを進め、横幅を取る右サイドへ展開するいつもの攻撃へシフトします。そして、左サイドでボール保持し、右サイドで勝負を仕掛けるという、いつもの攻撃パターンに落ち着いたサガン鳥栖。クエンカ、アンヨンウという個の仕掛けの成否がゴールの有無に大きな影響を与えてしまうのが、ここ数試合のサガン鳥栖の現状です。
右サイドで打開のチャンスがあったとすれば、松岡・小林のエリア。ヨンウがボールを保持して突破によるクロスが難しくなった場合は、ペナルティエリア前に陣取る小林や松岡にボールを戻します。ここで、ペナルティエリアのコーナーでボールを受けた松岡、小林がどのようなプレイを選択するかというところが着目でしたが、ラストパス(チャレンジするようなパス)は少なく、その多くは逆サイドへの展開(つなぎのパス)を選択していました。
ヨンウからのクロスボールを待ち受けるために、ペナルティエリア内にはフォワード+サイドハーフがポジションを取っています。ヨンウから松岡にボールが戻ってきた段階でも十分にトーレス、金崎はゴールに迎える態勢を整えているので、ダイレクトでクロスを上げることによって、角度のついた状態で勝負を挑める状況が作れたので、そのプレイを選択しても面白かったかなと。2017年の川崎戦で、福田のクロスからチョドンゴンが決めたような感じですね。
松岡にボールが戻ることによって押し上げてきた広島の最終ラインを狙う動きやフォワードとのワンツーで中に入ろうとする、ペナルティエリアに入ってこようとする動きも面白かったかもしれません。小林を高い位置に置いているので、彼が裏に抜けようとする動き、もしくは彼を使って松岡が裏に抜けようとする動きがあると、広島の最終ラインにケアしなければならないという意識をさらに与えることになり、ヨンウへのマークが緩くなることにも繋がりますしね。
参考になるのは、広島の62分のプレイ。左サイドに入ってきたハイネルがペナルティエリアコーナーに構える稲垣にボールを預け、受けた稲垣は間髪入れずにパトリックにパスを送り、ワンタッチで抜け出したパトリックがあわやゴールというシーンを作り出しました。こういう、相手にプレッシングの時間を与えずにすぐにフォワードに入れるというパスは、守備側としては恐怖ですよね。
松岡も、相手のブロックにスキがないシーンでは苦労していましたが、高い位置でうまく奪えたタイミングで相手の守備陣形が整っていない状況では、何度も鋭いパスを前線に送っていました。56分には、前線からのプレッシャーによって広島が苦しいボールを出したのをことごとくカットして、すぐさま前線につなげ、金崎のポストに当たる惜しいシュートの起点ともなりました。57分には、ハーフスペースにいたヨンウをおとりとして裏に飛び出したトーレスに惜しい浮き球のパスを送り込みました。セカンドボールをことごとく拾うポジショニングの良さが光りました。贅沢を言うと、相手がブロックを組んでいる中での仕掛けのパスがどの程度だせたのかというと、そこが物足りない部分であり、丁寧に行きすぎたのかなというのは感じました。急所に入っていこうという動きによって、広島ディフェンスに怖さを与えることになり、ブロックに穴をあけるきっかけとなります。
ヨンウが1対1の状況を作るところまでうまく組み立てできますが、そこで彼が突破できなかった時に、では、次善の策はどうするかという手段が薄かったのが現在のサガン鳥栖の辛いところでした。ヨンウが交代してしまうと、右サイドからの攻撃は機能不全に陥りがちで、鳥栖にとって不運だったのは、同点の場面で堅くいこうとしていた矢先に、広島に先制点を与えてしまった事。まずは無失点のままでという交代で福田を入れたのですが、得点を取らなければならない状態で右サイドの攻撃が沈静化してしまいました。
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広島のビルドアップは、最終ラインの3人で構成。鳥栖のツートップは、プレッシングよりは稲垣、川辺に対するパスコースをスクリーンする動きを優先し、中央にポジションを取ります。これによって、広島も最終ラインでのボール保持は苦労せずに持てることに。このままでは鳥栖のブロックを崩せないので、両サイドのストッパーがサイドに幅を取ってボランチが落ちる動きを見せますが、サイドに開きすぎるとストッパーに対して鳥栖のサイドハーフがプレッシングに行ける距離が短くなり、逆に鳥栖のプレッシング守備にはまってしまう格好となるので、ボランチを落とす形も持続できません。
鳥栖はウイングバックに対する守備は準備してきた模様で、それぞれのサイドで守備の方式が異なっていました。まずは、右サイドですが、こちらはヨンウへの負担が非常に大きく、ストッパーの佐々木を見ながら柏も見るというひとりで二人を見る守備体制を取っていました。佐々木が持ち運んだ時にはヨンウがドリブルのコースを制限し、金崎、松岡が中央へのパスコースを制限します。そのまま左サイドの柏にパスが流れますが、そのパスと同時にヨンウが右サイドにリトリートして柏のマーキングに入りました。これによって、小林がサイドに出てくる必要がなくなり、パトリックや森島が飛び込んでくるスペースを消すことになります。それと同時に、ヨンウが二人を見てくれることによって、松岡がポジションを動かす必要がないため、ボランチにボールが入ってきたときに松岡がプレッシングを仕掛けることが可能となります。
左サイドはストッパーに対してサイドハーフのクエンカが当たっていくところは変わりませんが、ハイネルに対する守備は原が出ていく形が多くありました。その際に、原が出ていくスペースをケアするように原川が列を下げてスペースをケアする形になり、原川が落ちたところをクエンカが移動することになります。
この守備方式は、選手間の意思疎通が大事で、ボールに対するプレッシングに人がかぶってしまうと相手をフリーにしてしまうリスクがあります。49分の広島のビッグチャンスは守備の乱れを突かれたものでした。左サイドの守備方式の通りハイネルに対して原が出て行くのですが、そのスペースのケアをした原川が柴崎に対するプレッシャーの為に列を上げます。これで、原が守るスペースを広島が選手のポジション移動でこじ開けることに成功。そのスペースに川辺がうまく入り込んでボールを受けてすぐさま逆サイドの柏に向けてクロス。カウンターに備えて高い位置を取っていたヨンウは柏には追い付けず、フリーでヘディングシュートを打たれますが、高丘のビッグセーブで事なきを得ました。ハーフスペースから逆サイドに向けてクロスを上げる動きは、まさに先ほど松岡や小林に求めたプレイです。
守備方式を改めてみてみると、攻撃におけるポジショニングのパターンと同じというのは面白いですね。
右サイドはあくまでも最初に割り当てた配置からレーンの移動がなく、中央、ハーフスペース、右サイドに配置された松岡、小林、ヨンウがポジショニング。左サイドは頻繁にポジションチェンジが発生しており、特に原川は最終ラインのケアに集中して対応できていました。
守備方式の違いは、サイドハーフの疲労の違いに現れまして、右サイドはヨンウの動きに依存するので、この守備方式がヨンウの交代時期の早期化を招いたというのは否めません。逆にクエンカは、この方式だと守備の疲労が少ないので、90分間戦える体力を温存できたということでもあります。
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後半に入ると、早速鳥栖が攻撃を変えてきます。ビルドアップによるボールの循環では、広島のブロックに穴をあけることができないので、トーレスに対して長いボールを入れる回数が増えてきます。早速、トーレスのヘッドから金崎が抜け出したところでファールをもらい、ゴール前でフリーキックのチャンスを得ました。その後も、広島の守備の間延びを狙うように長いボールを蹴って押し込みを図り、徐々に鳥栖がボールを支配するようになります。短期的にはトーレスというストロングを使って一発で裏を取る形を、長期的には長いボールを繰り返し使って広島の最終ラインと2列目のギャップを作りに来たという事でしょう。
55分頃には、攻撃に変化を加えるべく、小林が入り込んでいた右サイドのハーフスペースの位置にクエンカがポジショニングを取りました。クエンカの移動に併せて、原川もクエンカのフォローに入るようにポジションを取ります。松岡がセカンドボールを拾いまくって何回かチャンスを作ったのは、右サイドに人数を集めていたこの時間帯です。
面白いことに、鳥栖が左右を入れ替えた攻撃を見せる頃、広島もハイネルと柏のポジションを入れ替えていました。鳥栖は、流れの中でクエンカが右サイドに移るいつものパターンでしたが、広島は何らかの意図があったのかもしれませんし、その後、またポジションを元に戻したので、広島も流れの中だったのかもしれません…つまりはその意図はよくわかりません(笑)
60分のシーンは見もので、右サイドでヨンウがハイネルをかわして縦に突破して、ゴールライン際から迫ったタイミングで、トーレスが引く動きを見せます。これに佐々木も荒木もつられて下がったため、ゴール前ががら空きになって、金崎とクエンカが飛び込んできます。しかしながら、ヨンウのパスはキーパーの正面。63分にも、左サイドから原が二人をかわして突破しますが、クロスが誰にも合わずにシュートも打てず。ここのパスの質で得点を獲れなかったところが、勝負の綾というか分岐点を生んだのかもしれません。
気になるのは、原が突破したときに前線の準備ができていなかった事ですよね。左サイドからの崩しはドリブルで中に入ってからのラストパスという想定がなかったのかもしれません。原も突破を試みたのはこのシーンくらいですし。積極的にねらったというよりは、味方のフォローがなかったのでイチかバチか入り込んでみたような風にも見えました。
鳥栖のフォワードは、ファーサイドに構えているメンバーが多く、ドリブルで突破したときにニアに飛び込んでくる選手がいないため、せっかくドリブルで入り込んだとしてもフィニッシュを迎える準備ができていません。チームとして、あくまでもクロスによるラストパスをイメージしていたとすれば、原の突破はある意味想定外の出来事だったのかもしれません。ヨンウと違って、原が左サイドで個人で突破を企画する回数はそもそも少なかったですしね。そう考えると、三丸の投入は、クエンカ、原川、原では左足でのクロスがなかなか上がらないので、三丸を入れることによって低い位置からでも左足でクロスを送ってシュートチャンスを増やそうという戦術による交代だったのかなと思います。
■ おわりに
結局、この試合は、互いのブロック守備が非常に堅固でありますので、チャンスのきっかけとなるのはセットプレイとカウンター(中盤のパスミスによるショートカウンター)によるものがほとんどでした。先制点もセットプレイですし、追加点も鳥栖の中盤が上がり切っていたところを狙われたカウンターです。
ボールを保持するからには、相手をこじ開けなければならないのですが、鳥栖は相手の守備のズレを生み出す配置は準備できていたので、その配置を最大限生かす動きをもっともっと見せてほしいですよね。最終ラインからハーフスペースへの縦のラインと、そこでボールを受けてからのボランチや前線との関係でいかに崩すか。サイドの個の質(1対1のドリブル突破からのラストパス)に頼る攻撃からの脱却が、今後のサガン鳥栖の攻撃のキーとなるでしょう。いまのままでは、クエンカとヨンウの調子にチームの浮沈がかかることになってしまいます。ハーフスペースで相手を引きつけることができ、いつでも中央に入っていけるという姿勢を見せることで相手の守備を中央に寄せ付けることができ、そのうえでサイドのプレイヤーを生かせられればベストですよね。
あとは、アタッキングサードでのフィニッシュのイメージ。せっかくかわしてビッグチャンスを迎えても、シュートチャンスに結び付きません。松本戦で、カウンターでトーレスと金崎が同時に抜け出して、動きがかぶってシュートにすらいけなかったのは苦い思い出ですよね。クロスなのか、スルーパスなのか、ドリブル突破なのか、ニアサイドなのか、ファーサイドなのか…わずか0.x秒の違いでゴールの有無が決まりますから、そのあたりのイメージを合わせるのは非常に大事です。
■ Appendix
< ざっくり用語解説 >
ビルドアップ ・・・ ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
トランジション ・・・ 攻守の切り替え
ポジトラ ・・・ ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
ネガトラ ・・・ ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
ハーフスペース ・・・ 4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
デュエル ・・・ 相手との1対1のマッチアップ
ディフェンシブサード ・・・ フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
ミドルサード ・・・ フィールドを3分割したときの中央
アタッキングサード ・・・ フィールドを3分割したときの相手ゴール側
リトリート ・・・ 自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
レイオフ ・・・ ポストプレイからの落としのパス
オーガナイズ ・・・ 組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
偽サイドバック ・・・ サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
Posted by オオタニ at
18:45
│Match Impression (2019)
2019年07月12日
2019 第18節 : 川崎フロンターレ VS サガン鳥栖
2019シーズン第18節、川崎フロンターレ戦のレビューです。
スタメンですが、ミョンヒ監督は、清水戦と変わらぬ陣容で川崎戦に臨みました。ただし、その配置は前節と異なる変化が見られ、右サイドバックの位置に原が、左サイドバックの位置に小林が入りました。インタビューなどで伺う限りは、家長対策、そしておそらく登里対策との事でしたが、彼らに決定的な仕事をさせる場面も少なく、結果無失点でしたのでその策は成功だったと言えるでしょう。個人の対策のために左右を入れ替える策をミョンヒさんが用いたのも驚きでしたが、そのオーダーに応えた小林、原も素晴らしい動きでした。
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鳥栖の守備時のセットアップは4-4-2。川崎のビルドアップは、センターバック2枚とドイスボランチ2枚とのスクエアでビルドアップを試みますが、そうなると、ツートップとドイスボランチを正面からぶつけてくる鳥栖に同数プレッシングを浴びてしまうことになります。よって、本意か不本意は分かりませんが、田中を下げて最終ラインを3枚でボール保持を行うようになりました。川崎はボールを保持したタイミングで有無を言わさずにボランチを下げ、両サイドバックを上げて…という形ではなく、車屋も登里も最終ライン近くでボールを受けとること(崩しの中でビルドアップに加わること)もプレー選択の中にあったので、なるべくならば中盤を下げたくはなかったのかなと感じましたが、鳥栖の守備組織に対してそうともいかずという所。
田中が下がった状況になっても鳥栖は4-4-2ブロックを保持。それが意図するメッセージは、中央にスペースを与えたくないというミョンヒ監督の強い気持ち。福田、原川がプレッシングに出ていくことにより、自由奔放な家長が入り込んできたり、0トップ気味に引いてくる小林の活動スペースを生むことになります。ボールは奪いたいけれども、相手にはスペースを与えたくないという折衷案は、ミドルサードにおけるブロック守備でした。同時に、数的不利が生まれる最前線で、トーレス、金崎のガンバリが必要となるのは自明の事実。事前に示し合わせていたのかどうかは定かではありませんが、中央へのパスコース遮断はトーレスが担い、ボールサイドの誘導や相手が下げた時のプレッシングは金崎が担っていました。2人で3人を見るためにはコースの制限、そして制限されていないコースへの追い込みは必須条件です。1列目を突破されて押し込まれた後でも、トーレス、金崎、ともにプレスバックを執拗に行っていましたし、この雨の中で体力も削られる中、ツートップは身を粉にしてチームに貢献してくれました。
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最前線の守備をツートップのガンバリに任せる方向性で臨んだのは、みなさんの記憶にも新しいであろう2017年のこの試合が経験則となっているのではないかと。
この試合、前半に2点とって上々の滑り出しでしたが、中村の投入によって後半に3点を奪い返されて負けてしまった実に悔しい試合です。川崎の3人のビルドアップ隊に対して、4-3-3でハメに行こうとしたものの、サイドチェンジに対して中盤のリンクが切れ、中村にスペースを蹂躙されるという忌々しい記憶は、この試合のスタメンであった福田にも原川にも義希にも残っているでしょう。無論、時代も変わり、指導者も変わり、選手も変わり、鳥栖の変化によるものも大きいでしょうが、ピッチにはいってしまえば、最終的にプレイするのは選手の判断であり、意思の強さにも関わります。当時の試合を経験した選手個々の意識の中に残っている失敗(敗戦の悔しさ)は、この試合の中央のスペースを絶対に空けないという堅固な守備につながっているはずです。
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鳥栖が中央を閉めてきたので、川崎の攻撃の活路はサイドからというところで、最終ラインからのボールはサイドバックに回る機会が増え、鳥栖はサイドにボールが入ったタイミングでプレッシングの機会を計ります。この試合ではサイドハーフがプレッシングの位置を定め、サイドに誘導できた後は、アンヨンウとクエンカが積極的にサイドのボール保持者に迫る動きを見せ、チーム全体が圧縮して攻撃を停滞させようとする動きを見せていました。
川崎にとっては、サイドに回した直後にプレッシングに来られる状態では、鳥栖の後ろの守備が整備されているので、デュエルに勝ったところであまりうま味はありません。そこで、ハーフとバックの縦の位置関係を変えたり、ボール巡回による逆サイドからの攻撃を狙ったり、大外で一人余らせるようにハーフスペースにひとり人数を割いたり、持っている引き出しを徐々に活用しながらサイドからの侵入を図ります。
川崎としては、鳥栖のサイドの深い位置で川崎のサイドバックと鳥栖のサイドハーフが1対1になる状況はひとつの求める形だったでしょう。この形を作ると、デュエルでの勝率も上がりますし、デュエルでの勝利がそのままシュートのチャンスに結び付けることができます。サイドハーフを押し込めることによって、鳥栖のカウンターの機会を阻害することができるのもGood。鳥栖が右サイドでヨンウが引いた状態で登里とのマッチアップが何度もありましたが、この形は鳥栖にとっては望まない形でした。ファウルで止めなければならないシーンもありましたしね。
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ゾーン守備の基本はボールの動き、そして味方の動きが主体です。あくまで主体はボールと味方。そのうえで、相手が網に入ってきたときに、どのように相手を捕まえ、どこでボールを奪うのか、というのがポイントです。
攻撃側としては、どれだけ相手がプレッシングに「追いつかない」状況を作るかという所が成否にかかわります。網に入っても、相手が来る前にボールを離してしまうか、もしくは、プレッシングに来られてもつかれる前に抜いてしまうか。そして、川崎にはそれを実現してくれる大島、家長がいます。鳥栖がゆったりとボールを持たせてくれないので、通常のパスの交換のみでは攻撃として成立せず、例え成功の確率は低くとも、彼らのワンタッチプレイやドリブルによるはがしが、徐々に攻撃の中心となっていきました。
その中でも、家長はポジションを右サイド、左サイドと、鳥栖の守備に混沌を生み出すように移動して、守備の人数がそろわない状況(エリア)を作る試みを繰り返していました。右サイドではワイドに開いてクエンカがひとつ外の守備をしなければならないポジションをとり、ボランチ、サイドバックとの関係を築くことによって、最終ラインの裏を狙う攻撃をしかけます。
クエンカのファーストディフェンスに対して、鳥栖のサイドバック、ボランチの振舞い方が、鳥栖の守備のほころびにつながるか否かというところだったのですが、左サイドバックに小林を持ってきたところがここで生きました。小林を当てた家長対策は、家長自身の突破を防ぐという意味もあるのですが、家長が嫌なポジションをとって、鳥栖の守備の基準(マーカー)がずらされたときにも、フォロー役として適切に対応できるという効果も大きかったですね。
家長は、左サイドにポジションを移した時は、ハーフスペースに入り込み、長谷川、登里が縦に入ってくる際の経由地点としてボールをさばく動きを見せます。鳥栖にとって助かったのは、川崎はいったん左サイドに入ってきたら、その中での突破を試みようとしていたので、そこから逆サイドに展開という形があまり企画されなかったことです。鳥栖は、家長の移動に合わせて、全体が右サイドに圧縮していて、クエンカもペナルティアークくらいまでスライドしてハーフコート守備をおこなっていたので、そこから一発大きいサイドチェンジがくると幅を取る車屋に自由にやられていた可能性は十分にありました。家長が左利きで、中央に絞っても左サイドを見ながらボールを受けるので、ゴール前の深い位置で逆サイドという視点がなかったのかもしれません。
コンパクトなゾーン守備に対する打開の時が訪れるとすれば、それは守備側の体力の低下に伴うプレッシングの緩和とゾーンの乱れ。前半30分くらいから、金崎、トーレスの運動量が落ちるとともに、川崎は最終ラインでのボール保持に苦労しないようになってきました。また、鳥栖の狭いスペースに対する守備に慣れてきたというのもあり、段々と川崎がボールを握るようになってきました。そうはいっても、守備網の中を難しいパスを選択するケースが多くなり、決定的チャンスを与えたのは40分の脇坂、77分の小林のシーンくらいでしょうか。左サイドハーフスペースに移動してきた家長がワンタッチで裏に抜ける脇坂にパスを出したシーン、小林がボールを受けてトラップとターン一つで相手をはがすシーンは川崎らしさを発揮してましたが、高丘の好セーブで事なきを得ました。
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鳥栖が防戦一方であったかというと決してそういうわけでもなく、攻守交替でボールを握れたときには、最終ラインでのボール保持で自分たちの時間を確保していました。自分たちの時間を確保という事は、川崎の攻撃にさらされる時間も少なくなるということで、この辺りは本年度特に取り組んでいる、ゴールキーパーの高丘までも利用したビルドアップを試みている成果でもあります。
鳥栖のビルドアップは両センターバックがワイドにひらき、その間に福田もしくは原川が下りる形を作りました。前からボールを奪いたい川崎は脇坂が列を上げてプレッシングに入りますが、それでも人数不足の状況は解消せずということで、家長が列を上げて対応するケースが多くなりました。鳥栖にとっては左サイドにスペースができるのは好都合で、福田が引いているときは、原川がいつものように左サイドのライン間にポジションをとるだけでボールを引き出すことができますし、原川が引いている場合は福田がプレッシングにはまらないポジションを探してボールを引き出していました。
小林をサイドにおいた効果なのかもしれませんが、ビルドアップの出口として小林に渡すと、彼がサイドでのポストプレイのように背中を向きながらボールを受け、車屋を引き付けてからパスを出してくれるため、押し上げてくるクエンカ、原川が前を向いてボールをさばける環境を作ってくれました。
鳥栖のビルドアップの成長を感じたのは、センターバックに相手が食いついているということを察知した福田が、センターバックを絞らせて開けた脇のスペースにはいってからボールの引き出しを狙ったシーンです(右でも左でも)。定められた形ではなく、相手の動きを誘導してからのビルドアップがスムーズに企画されていて、徐々に戦術が浸透しているのが垣間見えました。
また、高丘がボール保持の立役者になるとともに、サイドのスペースに入り込む選手に対する浮き球のパスを左サイドにも右サイドにも何本か入れていました。ロングボールを蹴るにしても、奪えるのではないかという期待感を持たせるように、ぎりぎりまで相手を引きつけてから蹴っていたので、川崎の前線の3-1が中盤を空けて前に来ている状態を生むことができ、セカンドボールを拾える可能性の高い状態でのロングキックでした。チームとしてこのビルドアップを続けていくことは、未来に新たな価値が生まれる可能性は大きくありそうです。
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鳥栖の最終ラインがポジションを変化させたり、高丘をビルドアップに使ったりするため、川崎が前から行くものの、その動きに対応できずに人数のミスマッチが発生して、4-2-4プレッシングになって中盤のスペースを金崎やクエンカに利用されたり、4-3-3プレッシングで人数不足が発生して福田・原川経由で網をくぐられたりと、川崎にとっては芳しくない状態が続きました。時折、田中が列を上げてプレッシングに入ろうとするものの、金崎が入ってくるのを背後に感じるため、なかなか思い切った対応もとれずに前にいったもののすぐにリトリートというシーンもありつつ。ミドルサードでコンパクトを保つ鳥栖とは対照的に、前線から行きたいけど中盤から後ろがついてこないという、なかなかもどかしい守備網となっていました。
ただし、鳥栖は、ビルドアップではボール保持できて、良い形で前線にボールを当てようとするものの、いざ、主戦場をゴール前に変えようとするクサビのパスがずれて前線に収まらなかったり、ラストパスがうまく合わずにシュートまでつなげられなかったり、保持している割には川崎に比べると更にチャンスらしいチャンスはなく、結果的にシュートの気配を生み出しそうなシーンとなったのは、ヨンウの右サイドからの崩しとセットプレイのみでした。
ビルドアップの局面では、列をあげてこない長谷川がスペースに陣取っているため、右サイドからの侵入はなかなかできませんでした。右サイドが生きたのはカウンターの場面と、左サイドに深く入ってからのサイドチェンジ。アンヨンウが勝負できるシーンが何度かあったので、彼が1対1ではがしてクロスまで行けるチャンスを作れました。アンヨンウが1対1で仕掛けるための環境づくりは原が上手に作り上げてくれて、ヨンウが大外でボールを受けるために、1列インサイドに入って川崎のボランチを中央に引き寄せたり、彼がカットインするために大外に回り込んでひとり引き連れていく動きを見せたり、ヨンウが侵入できるスペースを上手に作りあげていました。原がボールを触る回数は決して多くはなく、ヨンウが7本のクロスを上げたのに対して、原は1本のみだったのですが、十分に「パンゾーロール」の仕事をこなしてくれました。
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アンヨンウのスピードを生かしたカウンターの局面は、何度か訪れていましたが、前半10分頃のシーンは、相手を置き去りにして両サイドにトーレス、金崎が並走していたため、これはビッグチャンスになるかと思いました。ところが、なんとなんとジェジエウに追いつかれてしまって背後からボールを狩り取られてしまいました。結果はファウルの判定でしたが、驚異的なスピードとフィジカルの強さは、定型句的な言葉ではありますが、某解説者の言葉を借りるとまさに「世界基準」を感じずにはいられませんでした。ディフェンスには当然インテリジェンスさが必要ではありますが、並外れたスピードとフィジカルはそれをも凌駕して守り切ってしまう事もあります。
攻撃のポジショニングは、ネガティブトランジション時にはそのまま守備のポジショニングに代わります。逆に、守備のポジショニングは、ポジティブトランジション時にはそのまま攻撃のポジショニングに代わります。鳥栖は川崎が鳥栖の左サイドから攻撃をしかけてくれていた場合は、アンヨンウが空いている状態なので、素早いカウンター攻撃につなげることができていました。逆に、鳥栖の右サイドでの防御となった場合は、アンヨンウが登里のマークで低い位置を取らざるを得ないので、攻撃のスピードはそこまで上がらず。序盤は、カウンターによる仕掛けも見せていたのですが、川崎も対策を打ってきて、カウンターを仕掛けてくる起点となるトーレス、金崎に対してセンターバック+田中をしっかりと付ける対応を取ったため、ボールを奪って預けてもカットされたりファウルで止められたりと、思うような攻撃にはつながらず、カウンターによる裏抜けの機会は、試合が進むにつれて、段々となくなってしまいました。
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川崎にとっては、大きなアクシデントが勃発したのも試合に影響を及ぼしました。大島が芝に足を取られてこけそうになって、踏ん張ろうとしたのですが、芝がずれてしまって踏ん張りがきかずにこけてしまいます。そのタイミングで足をひねったような形になってしまい、守田と交代となりました。相手との接触ではない倒れ方だったので、逆に心配な感じがします。大事に至らなければよいのですが。川崎にとっては、中央で密集地帯を対処できる大島の離脱は攻撃力の低下という面では痛かったでしょう。64分にはそれを打開するべく、トップ下の位置に中村を投入したのですが、中村がボールを受けて自由を謳歌できるようなスペースもなく、また、雨も強くなってボールのコントロールが難しかったというのもあり、彼が力を発揮できる環境ではありませんでした。そういう意味では、鳥栖も最後の局面で、一発を狙ってイバルボを入れましたが、彼が見せ場を作れるような状況も作れず。スコアレスでこの試合を終える事となりました。
■ おわりに
鳥栖は6月に行われたリーグ戦はすべての試合で失点していました。7月に入り、シーズン折り返しの試合となった強豪川崎を無失点に抑えたのは非常によいスタートを切れたと思います。ただし、決定的チャンスをほとんど作れなかったのも事実。サイドハーフが守勢に回ると途端に攻撃力が落ちてしまうというのが現在の問題点です。
ビルドアップによるボール保持から、フォワードに対して良い縦パスは入ろうとしています。川崎戦でも、鳥栖のビルドアップ隊から、直接川崎の最終ラインの前のスペースに対してよい縦パスは何度も出ていました。ところが、川崎のセンターバックからのプレッシャーや、自らのトラップミス等で、そこからゴール前に切り込む流れがスムーズにできません。時間がかかってサイドに流して、サイドハーフのスキルに頼る傾向は変わらない状態。雨の中でコントロールが難しかった部分を差し引いても、フォワードに入ってからキープ、もしくはワンタッチでレイオフ(もしくはサイドへのさばき)ができるかというのが次のステップにあがれるか否かという大事な部分です。
カウンターに活路を見出すばかりでは、ビルドアップでの攻撃を完成させようという大きな構想とはベクトルがずれてしまいます。パス交換による崩しのためには、名古屋ではありませんが、やはり「止める」「蹴る」の技術が備わってこそです。日々の練習で選手の技術を上がるのを待つか、選手の入れ替えによってそれを補うのか。鳥栖という地方クラブでは、簡単に上位互換の選手を連れてくるというわけにはいきませんので、やっぱり、育成や成長によってチーム力を底上げするしかないのです。そのためにも、地道な努力が必要ですし、サポーターとしても見守るという意識は大事になります。鳥栖という小さい街において、育成型を目指すという社長の真意がどれほどなのかという視点でも、今後のチームがどのように進んでいくのか、楽しみですね。
■ Appendix
< ざっくり用語解説 >
ビルドアップ ・・・ ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
トランジション ・・・ 攻守の切り替え
ポジトラ ・・・ ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
ネガトラ ・・・ ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
ハーフスペース ・・・ 4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
デュエル ・・・ 相手との1対1のマッチアップ
ディフェンシブサード ・・・ フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
ミドルサード ・・・ フィールドを3分割したときの中央
アタッキングサード ・・・ フィールドを3分割したときの相手ゴール側
リトリート ・・・ 自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
レイオフ ・・・ ポストプレイからの落としのパス
オーガナイズ ・・・ 組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
偽サイドバック ・・・ サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
スタメンですが、ミョンヒ監督は、清水戦と変わらぬ陣容で川崎戦に臨みました。ただし、その配置は前節と異なる変化が見られ、右サイドバックの位置に原が、左サイドバックの位置に小林が入りました。インタビューなどで伺う限りは、家長対策、そしておそらく登里対策との事でしたが、彼らに決定的な仕事をさせる場面も少なく、結果無失点でしたのでその策は成功だったと言えるでしょう。個人の対策のために左右を入れ替える策をミョンヒさんが用いたのも驚きでしたが、そのオーダーに応えた小林、原も素晴らしい動きでした。
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鳥栖の守備時のセットアップは4-4-2。川崎のビルドアップは、センターバック2枚とドイスボランチ2枚とのスクエアでビルドアップを試みますが、そうなると、ツートップとドイスボランチを正面からぶつけてくる鳥栖に同数プレッシングを浴びてしまうことになります。よって、本意か不本意は分かりませんが、田中を下げて最終ラインを3枚でボール保持を行うようになりました。川崎はボールを保持したタイミングで有無を言わさずにボランチを下げ、両サイドバックを上げて…という形ではなく、車屋も登里も最終ライン近くでボールを受けとること(崩しの中でビルドアップに加わること)もプレー選択の中にあったので、なるべくならば中盤を下げたくはなかったのかなと感じましたが、鳥栖の守備組織に対してそうともいかずという所。
田中が下がった状況になっても鳥栖は4-4-2ブロックを保持。それが意図するメッセージは、中央にスペースを与えたくないというミョンヒ監督の強い気持ち。福田、原川がプレッシングに出ていくことにより、自由奔放な家長が入り込んできたり、0トップ気味に引いてくる小林の活動スペースを生むことになります。ボールは奪いたいけれども、相手にはスペースを与えたくないという折衷案は、ミドルサードにおけるブロック守備でした。同時に、数的不利が生まれる最前線で、トーレス、金崎のガンバリが必要となるのは自明の事実。事前に示し合わせていたのかどうかは定かではありませんが、中央へのパスコース遮断はトーレスが担い、ボールサイドの誘導や相手が下げた時のプレッシングは金崎が担っていました。2人で3人を見るためにはコースの制限、そして制限されていないコースへの追い込みは必須条件です。1列目を突破されて押し込まれた後でも、トーレス、金崎、ともにプレスバックを執拗に行っていましたし、この雨の中で体力も削られる中、ツートップは身を粉にしてチームに貢献してくれました。
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最前線の守備をツートップのガンバリに任せる方向性で臨んだのは、みなさんの記憶にも新しいであろう2017年のこの試合が経験則となっているのではないかと。
この試合、前半に2点とって上々の滑り出しでしたが、中村の投入によって後半に3点を奪い返されて負けてしまった実に悔しい試合です。川崎の3人のビルドアップ隊に対して、4-3-3でハメに行こうとしたものの、サイドチェンジに対して中盤のリンクが切れ、中村にスペースを蹂躙されるという忌々しい記憶は、この試合のスタメンであった福田にも原川にも義希にも残っているでしょう。無論、時代も変わり、指導者も変わり、選手も変わり、鳥栖の変化によるものも大きいでしょうが、ピッチにはいってしまえば、最終的にプレイするのは選手の判断であり、意思の強さにも関わります。当時の試合を経験した選手個々の意識の中に残っている失敗(敗戦の悔しさ)は、この試合の中央のスペースを絶対に空けないという堅固な守備につながっているはずです。
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鳥栖が中央を閉めてきたので、川崎の攻撃の活路はサイドからというところで、最終ラインからのボールはサイドバックに回る機会が増え、鳥栖はサイドにボールが入ったタイミングでプレッシングの機会を計ります。この試合ではサイドハーフがプレッシングの位置を定め、サイドに誘導できた後は、アンヨンウとクエンカが積極的にサイドのボール保持者に迫る動きを見せ、チーム全体が圧縮して攻撃を停滞させようとする動きを見せていました。
川崎にとっては、サイドに回した直後にプレッシングに来られる状態では、鳥栖の後ろの守備が整備されているので、デュエルに勝ったところであまりうま味はありません。そこで、ハーフとバックの縦の位置関係を変えたり、ボール巡回による逆サイドからの攻撃を狙ったり、大外で一人余らせるようにハーフスペースにひとり人数を割いたり、持っている引き出しを徐々に活用しながらサイドからの侵入を図ります。
川崎としては、鳥栖のサイドの深い位置で川崎のサイドバックと鳥栖のサイドハーフが1対1になる状況はひとつの求める形だったでしょう。この形を作ると、デュエルでの勝率も上がりますし、デュエルでの勝利がそのままシュートのチャンスに結び付けることができます。サイドハーフを押し込めることによって、鳥栖のカウンターの機会を阻害することができるのもGood。鳥栖が右サイドでヨンウが引いた状態で登里とのマッチアップが何度もありましたが、この形は鳥栖にとっては望まない形でした。ファウルで止めなければならないシーンもありましたしね。
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ゾーン守備の基本はボールの動き、そして味方の動きが主体です。あくまで主体はボールと味方。そのうえで、相手が網に入ってきたときに、どのように相手を捕まえ、どこでボールを奪うのか、というのがポイントです。
攻撃側としては、どれだけ相手がプレッシングに「追いつかない」状況を作るかという所が成否にかかわります。網に入っても、相手が来る前にボールを離してしまうか、もしくは、プレッシングに来られてもつかれる前に抜いてしまうか。そして、川崎にはそれを実現してくれる大島、家長がいます。鳥栖がゆったりとボールを持たせてくれないので、通常のパスの交換のみでは攻撃として成立せず、例え成功の確率は低くとも、彼らのワンタッチプレイやドリブルによるはがしが、徐々に攻撃の中心となっていきました。
その中でも、家長はポジションを右サイド、左サイドと、鳥栖の守備に混沌を生み出すように移動して、守備の人数がそろわない状況(エリア)を作る試みを繰り返していました。右サイドではワイドに開いてクエンカがひとつ外の守備をしなければならないポジションをとり、ボランチ、サイドバックとの関係を築くことによって、最終ラインの裏を狙う攻撃をしかけます。
クエンカのファーストディフェンスに対して、鳥栖のサイドバック、ボランチの振舞い方が、鳥栖の守備のほころびにつながるか否かというところだったのですが、左サイドバックに小林を持ってきたところがここで生きました。小林を当てた家長対策は、家長自身の突破を防ぐという意味もあるのですが、家長が嫌なポジションをとって、鳥栖の守備の基準(マーカー)がずらされたときにも、フォロー役として適切に対応できるという効果も大きかったですね。
家長は、左サイドにポジションを移した時は、ハーフスペースに入り込み、長谷川、登里が縦に入ってくる際の経由地点としてボールをさばく動きを見せます。鳥栖にとって助かったのは、川崎はいったん左サイドに入ってきたら、その中での突破を試みようとしていたので、そこから逆サイドに展開という形があまり企画されなかったことです。鳥栖は、家長の移動に合わせて、全体が右サイドに圧縮していて、クエンカもペナルティアークくらいまでスライドしてハーフコート守備をおこなっていたので、そこから一発大きいサイドチェンジがくると幅を取る車屋に自由にやられていた可能性は十分にありました。家長が左利きで、中央に絞っても左サイドを見ながらボールを受けるので、ゴール前の深い位置で逆サイドという視点がなかったのかもしれません。
コンパクトなゾーン守備に対する打開の時が訪れるとすれば、それは守備側の体力の低下に伴うプレッシングの緩和とゾーンの乱れ。前半30分くらいから、金崎、トーレスの運動量が落ちるとともに、川崎は最終ラインでのボール保持に苦労しないようになってきました。また、鳥栖の狭いスペースに対する守備に慣れてきたというのもあり、段々と川崎がボールを握るようになってきました。そうはいっても、守備網の中を難しいパスを選択するケースが多くなり、決定的チャンスを与えたのは40分の脇坂、77分の小林のシーンくらいでしょうか。左サイドハーフスペースに移動してきた家長がワンタッチで裏に抜ける脇坂にパスを出したシーン、小林がボールを受けてトラップとターン一つで相手をはがすシーンは川崎らしさを発揮してましたが、高丘の好セーブで事なきを得ました。
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鳥栖が防戦一方であったかというと決してそういうわけでもなく、攻守交替でボールを握れたときには、最終ラインでのボール保持で自分たちの時間を確保していました。自分たちの時間を確保という事は、川崎の攻撃にさらされる時間も少なくなるということで、この辺りは本年度特に取り組んでいる、ゴールキーパーの高丘までも利用したビルドアップを試みている成果でもあります。
鳥栖のビルドアップは両センターバックがワイドにひらき、その間に福田もしくは原川が下りる形を作りました。前からボールを奪いたい川崎は脇坂が列を上げてプレッシングに入りますが、それでも人数不足の状況は解消せずということで、家長が列を上げて対応するケースが多くなりました。鳥栖にとっては左サイドにスペースができるのは好都合で、福田が引いているときは、原川がいつものように左サイドのライン間にポジションをとるだけでボールを引き出すことができますし、原川が引いている場合は福田がプレッシングにはまらないポジションを探してボールを引き出していました。
小林をサイドにおいた効果なのかもしれませんが、ビルドアップの出口として小林に渡すと、彼がサイドでのポストプレイのように背中を向きながらボールを受け、車屋を引き付けてからパスを出してくれるため、押し上げてくるクエンカ、原川が前を向いてボールをさばける環境を作ってくれました。
鳥栖のビルドアップの成長を感じたのは、センターバックに相手が食いついているということを察知した福田が、センターバックを絞らせて開けた脇のスペースにはいってからボールの引き出しを狙ったシーンです(右でも左でも)。定められた形ではなく、相手の動きを誘導してからのビルドアップがスムーズに企画されていて、徐々に戦術が浸透しているのが垣間見えました。
また、高丘がボール保持の立役者になるとともに、サイドのスペースに入り込む選手に対する浮き球のパスを左サイドにも右サイドにも何本か入れていました。ロングボールを蹴るにしても、奪えるのではないかという期待感を持たせるように、ぎりぎりまで相手を引きつけてから蹴っていたので、川崎の前線の3-1が中盤を空けて前に来ている状態を生むことができ、セカンドボールを拾える可能性の高い状態でのロングキックでした。チームとしてこのビルドアップを続けていくことは、未来に新たな価値が生まれる可能性は大きくありそうです。
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鳥栖の最終ラインがポジションを変化させたり、高丘をビルドアップに使ったりするため、川崎が前から行くものの、その動きに対応できずに人数のミスマッチが発生して、4-2-4プレッシングになって中盤のスペースを金崎やクエンカに利用されたり、4-3-3プレッシングで人数不足が発生して福田・原川経由で網をくぐられたりと、川崎にとっては芳しくない状態が続きました。時折、田中が列を上げてプレッシングに入ろうとするものの、金崎が入ってくるのを背後に感じるため、なかなか思い切った対応もとれずに前にいったもののすぐにリトリートというシーンもありつつ。ミドルサードでコンパクトを保つ鳥栖とは対照的に、前線から行きたいけど中盤から後ろがついてこないという、なかなかもどかしい守備網となっていました。
ただし、鳥栖は、ビルドアップではボール保持できて、良い形で前線にボールを当てようとするものの、いざ、主戦場をゴール前に変えようとするクサビのパスがずれて前線に収まらなかったり、ラストパスがうまく合わずにシュートまでつなげられなかったり、保持している割には川崎に比べると更にチャンスらしいチャンスはなく、結果的にシュートの気配を生み出しそうなシーンとなったのは、ヨンウの右サイドからの崩しとセットプレイのみでした。
ビルドアップの局面では、列をあげてこない長谷川がスペースに陣取っているため、右サイドからの侵入はなかなかできませんでした。右サイドが生きたのはカウンターの場面と、左サイドに深く入ってからのサイドチェンジ。アンヨンウが勝負できるシーンが何度かあったので、彼が1対1ではがしてクロスまで行けるチャンスを作れました。アンヨンウが1対1で仕掛けるための環境づくりは原が上手に作り上げてくれて、ヨンウが大外でボールを受けるために、1列インサイドに入って川崎のボランチを中央に引き寄せたり、彼がカットインするために大外に回り込んでひとり引き連れていく動きを見せたり、ヨンウが侵入できるスペースを上手に作りあげていました。原がボールを触る回数は決して多くはなく、ヨンウが7本のクロスを上げたのに対して、原は1本のみだったのですが、十分に「パンゾーロール」の仕事をこなしてくれました。
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アンヨンウのスピードを生かしたカウンターの局面は、何度か訪れていましたが、前半10分頃のシーンは、相手を置き去りにして両サイドにトーレス、金崎が並走していたため、これはビッグチャンスになるかと思いました。ところが、なんとなんとジェジエウに追いつかれてしまって背後からボールを狩り取られてしまいました。結果はファウルの判定でしたが、驚異的なスピードとフィジカルの強さは、定型句的な言葉ではありますが、某解説者の言葉を借りるとまさに「世界基準」を感じずにはいられませんでした。ディフェンスには当然インテリジェンスさが必要ではありますが、並外れたスピードとフィジカルはそれをも凌駕して守り切ってしまう事もあります。
攻撃のポジショニングは、ネガティブトランジション時にはそのまま守備のポジショニングに代わります。逆に、守備のポジショニングは、ポジティブトランジション時にはそのまま攻撃のポジショニングに代わります。鳥栖は川崎が鳥栖の左サイドから攻撃をしかけてくれていた場合は、アンヨンウが空いている状態なので、素早いカウンター攻撃につなげることができていました。逆に、鳥栖の右サイドでの防御となった場合は、アンヨンウが登里のマークで低い位置を取らざるを得ないので、攻撃のスピードはそこまで上がらず。序盤は、カウンターによる仕掛けも見せていたのですが、川崎も対策を打ってきて、カウンターを仕掛けてくる起点となるトーレス、金崎に対してセンターバック+田中をしっかりと付ける対応を取ったため、ボールを奪って預けてもカットされたりファウルで止められたりと、思うような攻撃にはつながらず、カウンターによる裏抜けの機会は、試合が進むにつれて、段々となくなってしまいました。
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川崎にとっては、大きなアクシデントが勃発したのも試合に影響を及ぼしました。大島が芝に足を取られてこけそうになって、踏ん張ろうとしたのですが、芝がずれてしまって踏ん張りがきかずにこけてしまいます。そのタイミングで足をひねったような形になってしまい、守田と交代となりました。相手との接触ではない倒れ方だったので、逆に心配な感じがします。大事に至らなければよいのですが。川崎にとっては、中央で密集地帯を対処できる大島の離脱は攻撃力の低下という面では痛かったでしょう。64分にはそれを打開するべく、トップ下の位置に中村を投入したのですが、中村がボールを受けて自由を謳歌できるようなスペースもなく、また、雨も強くなってボールのコントロールが難しかったというのもあり、彼が力を発揮できる環境ではありませんでした。そういう意味では、鳥栖も最後の局面で、一発を狙ってイバルボを入れましたが、彼が見せ場を作れるような状況も作れず。スコアレスでこの試合を終える事となりました。
■ おわりに
鳥栖は6月に行われたリーグ戦はすべての試合で失点していました。7月に入り、シーズン折り返しの試合となった強豪川崎を無失点に抑えたのは非常によいスタートを切れたと思います。ただし、決定的チャンスをほとんど作れなかったのも事実。サイドハーフが守勢に回ると途端に攻撃力が落ちてしまうというのが現在の問題点です。
ビルドアップによるボール保持から、フォワードに対して良い縦パスは入ろうとしています。川崎戦でも、鳥栖のビルドアップ隊から、直接川崎の最終ラインの前のスペースに対してよい縦パスは何度も出ていました。ところが、川崎のセンターバックからのプレッシャーや、自らのトラップミス等で、そこからゴール前に切り込む流れがスムーズにできません。時間がかかってサイドに流して、サイドハーフのスキルに頼る傾向は変わらない状態。雨の中でコントロールが難しかった部分を差し引いても、フォワードに入ってからキープ、もしくはワンタッチでレイオフ(もしくはサイドへのさばき)ができるかというのが次のステップにあがれるか否かという大事な部分です。
カウンターに活路を見出すばかりでは、ビルドアップでの攻撃を完成させようという大きな構想とはベクトルがずれてしまいます。パス交換による崩しのためには、名古屋ではありませんが、やはり「止める」「蹴る」の技術が備わってこそです。日々の練習で選手の技術を上がるのを待つか、選手の入れ替えによってそれを補うのか。鳥栖という地方クラブでは、簡単に上位互換の選手を連れてくるというわけにはいきませんので、やっぱり、育成や成長によってチーム力を底上げするしかないのです。そのためにも、地道な努力が必要ですし、サポーターとしても見守るという意識は大事になります。鳥栖という小さい街において、育成型を目指すという社長の真意がどれほどなのかという視点でも、今後のチームがどのように進んでいくのか、楽しみですね。
■ Appendix
< ざっくり用語解説 >
ビルドアップ ・・・ ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
トランジション ・・・ 攻守の切り替え
ポジトラ ・・・ ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
ネガトラ ・・・ ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
ハーフスペース ・・・ 4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
デュエル ・・・ 相手との1対1のマッチアップ
ディフェンシブサード ・・・ フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
ミドルサード ・・・ フィールドを3分割したときの中央
アタッキングサード ・・・ フィールドを3分割したときの相手ゴール側
リトリート ・・・ 自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
レイオフ ・・・ ポストプレイからの落としのパス
オーガナイズ ・・・ 組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
偽サイドバック ・・・ サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
Posted by オオタニ at
12:04
│Match Impression (2019)
2019年07月05日
2019 第17節 : サガン鳥栖 VS 清水エスパルス
2019シーズン第17節、清水エスパルス戦のレビューです。
試合に先立ちまして、主審の発表があったのですが、西村さんという事でなんとも複雑な気持ち。
ジャッジの冷静さと正確性は、日本でもトップクラスなのですが、 なんといってもサガン鳥栖とすこぶる相性が悪い(笑)
統計的にフィフティフィフティに戻っていくのではないかという淡い期待と、相性通りに終わってしまっても受け入れようという強い覚悟をもって試合に臨みました(笑)
鳥栖のスタメン、リザーブは、怪我人の復帰とともに大きく様変わりします。まず、引退を表明したフェルナンド・トーレスがスタメンに復帰。ケガという情報もあったクエンカもスタメンに復帰します。不動の左サイドバックであった三丸がスタメンから外れて、コパアメリカから帰ってきた原がスタメンへ。三丸は怪我でも発生したのでしょうか、ちょっと気になります。リザーブにはこれも怪我の影響で外れていた豊田が入りました。
札幌戦で腰を痛めた松岡はリザーブにも入っていませんでしたが、U-18の全国クラブユース選手権出場の記念タオル販売のテントで元気な笑顔を見せていました。腰の怪我の影響もそう大きくはなさそうで安心しました。腰は大事なので、まずはしっかりと養生してほしいですね。その記念タオルの販売ですが、大起と快征のダブル笑顔販売にひきよせられ、すでに購入していたのですが、ついつい想定外でもう1枚多くタオルを買ってしまいました。よかおっさんが、大起、快征にお願いして、にこにこと握手してもらう姿を自分自身で想像すると具合が悪くなりますが(笑)群馬にいかれるU-18のみなさん、保護者のみなさん、並びに応援にいかれるみなさんの無事と健闘を祈ります!
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さて、試合です。
雨天の為ピッチコンディションがよろしくなく、ボールの滑りがつかめないということもあったのか、両チームとも、序盤は長いボールで様子見。セカンドボールの競り合いで主導権を握ったのはまずはサガン鳥栖でした。
サガン鳥栖の攻撃は、クエンカの復帰に伴って主戦場が左サイドへと変化。前節まではドイスボランチの配置に苦労していて、原川・福田をスクエアに配置したり、原川をアンカーにして福田を右サイドのハーフスペースに押し上げたり(その逆とか)と、クエンカの欠場後はボールの前進の方法を様々試行していましたが、クエンカの復帰により元の形に戻りました。
この試合の鳥栖は、左サイド中心のビルドアップ。特徴的だったのは、クエンカが4-4-2でブロッキングしてくる金子の背後をとり、右サイドバックを意識してエウシーニョの前に立つ位置を取りました。そして、原を清水のブロックの外側の高い位置に立たせることによって、クエンカにピン留めされたエウシーニョの影響が及ばない状態となって原をフリーにする形を作ります。そこにボランチの原川が加わることによって、ボールの巡回の人数を確保することができました。
鳥栖のポジショニングに対して人を捕まえる形を作るためには、金子が列を下げたいところですが、ここで下げてしまうと、秀人や原川がボールを運ぶスペースができ、鳥栖に簡単に陣地をとられてしまいます。列を上げるとプレッシングの縦パスを送られ、列を下げると持ち上がられるというジレンマですよね。序盤から清水がその問題を解決できないまま、再三クエンカにボールが渡る形を作られてしまい、ゴール前でアウグストがクエンカを倒してしまいました。原川の得意の位置からのフリーキックを見事に決めて鳥栖が先制します。
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清水の攻撃ですが、両サイドバックのエウシーニョ、松原がサイドで幅を取って高い位置を取るのが特徴的でした。また、ドウグラスが中央でセンターバックをピン留めしているなかで、北川、金子が衛星のように左右両サイドのハーフスペースに入り込んでレイオフ対応をしている役割分担もしっかりと根付いていました。
攻撃の仕組みですが、鳥栖の2トップからのプレッシャーに対してボール循環の為にボランチが下がって3人でビルドアップを開始します。最終ラインからは、ドウグラスや北川へのパスコースを探りつつ、時折ディフェンスラインの背後に直接ボールを送り出しますが、そのコースがないときには両サイドに幅を取る選手を有効活用します。
サイドバックは大外でボールを受けるのですが、ボールを受けてからアタックを仕掛けるのは縦方向というよりは、中央にベクトルが向いていました。ハーフスペースにポジションを取る前線とのコンビネーションを駆使して(レイオフ、ダイアゴナルチェンジ等)鳥栖の守備のずれを狙いながら中央に侵入する形で、ゴール前正面からシュートを打てるシーンを狙います。松原、エウシーニョが中央に入るタイミングで西澤、金子があらゆるところに顔を出して受け手の役割を果たし、コンビネーションで崩していくしかけは鳥栖にとって十分脅威で、最終ラインがスライディングによってかろうじて中央のパスをカットする場面が何回もありました。
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鳥栖が苦慮していたのは、サイドに幅を取るサイドバックに対してどのタイミングでプレッシングにでていくかというところでした。特に左サイドは。ブロックの外に構えた選手に対する原と、原とリンクするセンターバック、サイドハーフ、ボランチとの関係性に不具合が発生することがあり、ピンチが発生するのはその状況下でした。
この試合とか、この試合とか、開幕戦から同じ問題を抱えている状況で、概要的には前のレビューを見てもらった方がよいかと(笑)
アウトサイドのプレイヤーに対する守備のコンビネーション、つまり、サイドバックが出ていくタイミング、それに呼応する周りとの連係がなされないと、不用意なスペースを与えることにつながります。ちなみに、原は、左サイドが慣れないからこの状況を生んだのではないと思います。根本は彼のプレーの性質(クセ)のところでしょう。サイドにおけるグループ守備に関しては、右サイドの小林、松岡、福田(義希)の関係性の方が洗練されている印象です。小林、義希の経験からなせる部分ですよね。
清水の同点ゴールも左サイドにおける守備の関係性の不具合によって生まれます。サイドに幅を取るエウシーニョにボールが出た際に、原が列を上げてマーキング対応に入りました。そこからエウシーニョが中央にドリブルをしかけるのは、清水の約束事。食いついて中央に入る原と迎撃態勢を取るクエンカの動きを見て、サイドバックの裏のスペースが空くことを理解した金子が縦のスペースに入ります。
そして、攻撃パターン通り、ハーフスペース周りでレイオフ対応を行うべく、西澤がエウシーニョのフォローで顔をだします。そこからエウシーニョ ⇒ 西澤 ⇒ 清水と渡り、最終的にはクロスに対する祐治の対応にミスが発生して清水が同点に追いつきます。
原がアウトサイドに出て行ったのを皮切りに、ボール保持者に対するプレッシングに強く出過ぎてしまって、スペースをベースとした守備のバランスが崩れたことは確かに問題ではあるのですが、人数をかけて奪いきれればそれは一つの守備のチャレンジとして成功だったわけです。奪えなかったという結果とその先に訪れてしまった失点はそのリスク覚悟で詰めていたのかというところですよね。原、クエンカ、福田、原川の4枚が抑えにいったにもかかわらず、コースを切ることができずに西澤に縦パスを抜かれてしまいました。そうなると、ある地点に人数をかけたら、別の地点では人数不足が発生するのは自然の理というわけでありまして。
サイドの裏に抜けた金子にボールが渡ってからの秀人の選択としてはステイでした。中央を空けてサイドにでていくよりは、中央のスペースを守ろうとしたのでしょう。サイドバック、ボランチが前に出て行ってしまって、自分が出て行ったら彼らがゴール前に戻るのが間に合うかわからない状況だったので、それは正解だと思います。ただ、このシーン以外にもサイドバックとセンターバックの間が空いてしまうケースが多く、あわやという未遂のシーンはかなりありました。ブロック外の選手に対して、原にどう連動するのか(原にどのタイミングで外に出させるのか)グループ守備が乱れると、相手からすれば「使えるスペース」をもらえることになります。
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さて、この同点シーンの前に、忘れてはならないシーンがあります。それは、祐治の不用意なサイドチェンジによるボールロストです。右サイドで前線からボールが戻って来て、攻撃の組み立て直しの状況で、キーパーに戻して立て直すのではなく、逆サイドへの長いボールを狙う判断を取りました。先制している状況、相手の守備体型、自身のスキルを考えてそれが最適の選択だったのか。
ミスにはトラップミスやシュートミスなどの目に見える技術的なミスははっきりと目立ちますが、実は、ポジショニングやプレイの選択など、目立たない判断のミスも大きく戦局に影響を与えます。技術的なミスは試合中でも改善されますが、戦術的な判断ミスの方が往々にして改善できず、試合の流れに影響を与えてしまうケースが多いです。
32分もフリーキックで鳥栖の選手が左サイドで長いボールを待ち構えている状況で、祐治が右サイドの小林にパス。意表を突いたつもりだったかもしれませんが、逆に清水が3人を小林に対してプレッシャーにかける状況となって小林のパスミスを誘いました。このシーンは、パスが通らないという目立つミスは小林だったのですが、チーム全体が左サイドで長いボールを呼び込もうとしているときに、あえて清水のプレッシャーがかかる小林に対してボールを送った祐治の判断は果たしてどうだったのだろうかと。
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同点に追いつかれたサガン鳥栖はすぐさま反撃に出ます。この日の鳥栖は、左サイドを起点とした攻撃だったのですが、左サイドに人数をかけることによって清水守備陣の人数を引き寄せることになり、右サイドに幅を取るヨンウがフリーとなる状況を作り、早いサイドチェンジを送ってヨンウに1対1で勝負をさせるという仕組みも機能していました。
クエンカのボール保持は左サイドの縦への突破のみではなく、中央に入るドリブルも効果的に活用していました。特にカットインは常に意識している様子で、カットインしてシュートというシーンは何度もありましたし、シュートコースがないと横に持ち出して、主戦場を右サイドに変える動きも見せていました。その際、出して終わりではなく、自らも右サイドにポジションを変えるので、ボールサイドにおける攻撃の厚みを保持する動きです。
2点目は左サイドからのクロスのこぼれ球を右サイドで幅を取っていたヨンウが拾い、ディフェンス2人の間を縫った絶妙なクロス。トーレスも、クロスが上がる前にポジションを取り直し、ディフェンスラインの少し手前、ニアサイドに構えるディフェンスの背後に消える動きをとって、ヨンウのクロスに対して飛び込むことのできる態勢を作り出しました。
3点目のアシストとなるクロスは小林だったのですが、彼が右サイドに張りだすポジショニングを取っていたことにより、クリアボールを拾うことができました。札幌戦から見るに、彼の攻撃時の役割としては、ボールサイドへのスライドの幅を厚くして、選手間の距離を保ち、パスのリンクが切れない形作りかなと思います。ボールが左サイドに行けばセントラルハーフの役割、ボールが右サイドに来ればサイドバックの役割。鳥栖の戦術上ならではの動きという事で、「パンゾーロール」なのでしょう。
3点目を取って、やや鳥栖の前からのプレッシングも落ち着き(フォワード2人の体力の低下もあり)、守備の出発点をミドルサードに下げて、ようやく落ち着くかと思われた矢先、反撃の得点が清水に生まれます。秀人がヘッドでのつなぎを清水に渡してしまうことによってショートカウンターを受け、そこで与えたコーナーキックからの失点でした。これもきっかけは判断ミスなんですよね。フリーでヘディングできる状態で、あえて右サイドにヘディングをしようとして清水のプレイヤーにつかまってしまいました。前半終了間際にも、清水の攻撃にさらされてしまうことになり、ゴール前であわやという場面を作られてしまいますが、秀人の渾身のクリアでなんとかゴールを死守。前半が終わります。
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この試合展開で後半に入ると難しいのは、攻撃、守備、主軸をどちらに置くのかというところですが、試合の進め方としては互いにミドルサードからのプレッシングで、プレスにはまるタイミングがあれば積極的に前に出ていこうという形でした。
特に鳥栖はプレッシングで人数を合わせに行ってましたね。サイドハーフを前に押し出して、清水ビルドアップでの自由を制限しようとしてました。また、左サイドの守備に修正が加わり、クエンカがビルドアップに対してプレッシャーをかけ、幅を取る選手に原が出て行った際には、原川がそのカバーを行う形が明確となりました。前半もこの守備体系は見られたのですが、前半はサイドバックに入った時には人を集めて「ボールを奪う」守備をしていましたが、後半に入ってからは「ボールを追い戻す」守備に意識が変わったかと思います。それは、当然、戦況としてリードしているからというのもありますし、もしかしたら、守備対応のまずさによる失点もありましたのでハーフタイムで整理が行われたのかもしれません。
鳥栖は後半から攻撃の手を緩めずに積極的に両サイドの幅を使う攻撃を続けますが、清水に奪われたときのカウンターの対応が遅れ、48分には高いポジションを取るヨンウの裏のスペースをめがけて清水が攻撃の形を作ります。
49分には、秀人がサイドチェンジの長いボールをヨンウに送りますがうまく合わず。その瞬間、トーレスとクエンカが、あわてるなというジェスチャー。この辺りが、オープンな展開になりがちというトーレスの指摘のとおりなのかなとは感じました。リードしている場面で、清水は前からボールを奪いにも来ておらず、何も焦る必要はないので、相手がでてくるまで、ゴールキーパーに回してボールを保持し、相手が焦れて出てくるタイミングで、攻撃のパスを送るという冷静さ(いやらしさ)は必要なのかもしれません。
ヨンウの裏をつかれだしてからミョンヒ監督の判断が固まったのでしょう。右サイドのスペースを埋めるべく福田をサイドハーフにスライドし、ボランチの位置に義希を投入します。
ミョンヒ監督の交代のメッセージとともに、鳥栖は守勢に回ります。人数合わせで前に出ていたサイドハーフも自陣に構えて442ブロックで構える形に変化。サイドハーフが清水のサイドバックを見る形となります。清水はそれでも構わずにサイドに高い位置をとる両サイドバックを起点として攻撃を繰り返します。ただし、外からドリブルで中央に入ってハーフスペースまでは攻略するものの、最後の場面では密集してくる鳥栖がフリーでシュートを許さず、高丘の守備範囲でも収めるように何とか体を寄せてコースを消します。
右サイドが福田に代わったので、鳥栖は積極的に右サイドに展開して1対1をしかけさせるような攻撃の回数が減り、主戦場である左サイドからの攻撃の機会がさらに多くなりました。クエンカが逆サイドに流れていく機会も減ったので、カウンターの場面で人がいないスペースがなくなる事にもつながりました。攻撃の配置のバランスが、ネガティブトランジション時にはそのまま守備の配置のバランスになります。
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得点を取りたい清水も、徐々に前からのプレッシャーをかけだしてきて、やや押しこまれ出したサガン鳥栖ですが、こういう時こそ「困ったときのセットプレイ」。65分にややゴールから遠い位置からの原川のフリーキックを、西部がキャッチミスし、そのミスをついて秀人がシュートを叩き込みます。それにしても、糸を引くような素晴らしいボールの軌道でした。
2点差となった鳥栖は豊田を投入します。期待されるのは前線からのプレッシング守備、そして、労を惜しまないリトリートによるスペースのケア。豊田の守備が効いていた実際のシーンはこちらです。
豊田、義希は、ボール保持時にロストしない選択を優先する傾向にあります。その対極にあるのが、ボールを受けたらがむしゃらに突破を図る金崎ですよね(笑)攻撃時の「堅実性」というのはボールを保持し続けることを意味し、相手の攻撃の時間を減らすことにつながるため、言わば一番効果的なリードを守る方式です。当然、リードしているときとビハインドの時では、そのスタイルにおける効果は異なります。その堅実性が大きなチャンスを得る機会を損失することもありますから。物事はメリット・デメリット、両面ありますよね。
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70分頃より、清水は選手交代も交えてシステムを4-1-4-1に変更して攻撃に変化を加えますが、豊田のポストプレイ(ロングボールにおけるデュエル勝率の高さ)によって鳥栖のボール保持にさらされる事になり、思うように攻撃の機会が増えません。清水にとっては、攻撃のアクセントを加えるためのシステム変更だったのでしょうが、システムを変えることによって、ボールを奪うための守備の基準をどこにおくべきかというところが不明瞭になりました。良い攻撃の為には、良い守備からという言葉は非常に良い格言だと思います。
これにより、鳥栖は、4-1-4-1のワンボランチの脇のスペースにクエンカがフリーで待ち構える状況を作り出すことができました。プレッシングにでていっても、クエンカにボールを渡せる順路を作りやすくなった上に、彼に預けていれば確実にボール保持してくれるため、清水の攻撃の残り時間を着実に減らすことに成功していました。清水も85分にはエウシーニョの中央への侵入からのシュート、そしてリフレクションを滝が狙いますが決まらず。この最後のピンチを防いだ鳥栖は、最後はクエンカに代わって投入された小野がしっかりとボール保持に貢献し、クロージングできました。
■ 終わりに
早いもので、シーズンの半分が終わってしまいました。序盤から不運な面もあり、実力不足の面もあり、勝ち点どころがゴールですらままならない状況が続きましたが、ここ最近はようやく戦いの土俵に上がることができたかと思います。1巡目が終わって思ったのは、監督が交代してから当たりたかったチームもありますし、相手が好調の時に当たってしまって不調に陥った時にはうちの対戦は終わっていてちょっと残念とかいうのもありますし(笑)シーズンは長いので、そういうめぐりあわせもいろいろとありますよね。
現在のところは、何とか順位も最下位を脱出して、プレーオフの順位まで上げることができました。トーレスの引退試合も控え、これからの残り後半戦、どのような展開になるかはまったく予想もつかないのですが、今年も残留してシーズン終了後には「今年もきつかったね」と笑えたらいいなと思います。
■ Appendix
< ざっくり用語解説 >
ビルドアップ ・・・ ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
トランジション ・・・ 攻守の切り替え
ポジトラ ・・・ ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
ネガトラ ・・・ ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
ハーフスペース ・・・ 4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
デュエル ・・・ 相手との1対1のマッチアップ
ディフェンシブサード ・・・ フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
ミドルサード ・・・ フィールドを3分割したときの中央
アタッキングサード ・・・ フィールドを3分割したときの相手ゴール側
リトリート ・・・ 自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
レイオフ ・・・ ポストプレイからの落としのパス
オーガナイズ ・・・ 組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
偽サイドバック ・・・ サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
試合に先立ちまして、主審の発表があったのですが、西村さんという事でなんとも複雑な気持ち。
ジャッジの冷静さと正確性は、日本でもトップクラスなのですが、 なんといってもサガン鳥栖とすこぶる相性が悪い(笑)
統計的にフィフティフィフティに戻っていくのではないかという淡い期待と、相性通りに終わってしまっても受け入れようという強い覚悟をもって試合に臨みました(笑)
鳥栖のスタメン、リザーブは、怪我人の復帰とともに大きく様変わりします。まず、引退を表明したフェルナンド・トーレスがスタメンに復帰。ケガという情報もあったクエンカもスタメンに復帰します。不動の左サイドバックであった三丸がスタメンから外れて、コパアメリカから帰ってきた原がスタメンへ。三丸は怪我でも発生したのでしょうか、ちょっと気になります。リザーブにはこれも怪我の影響で外れていた豊田が入りました。
札幌戦で腰を痛めた松岡はリザーブにも入っていませんでしたが、U-18の全国クラブユース選手権出場の記念タオル販売のテントで元気な笑顔を見せていました。腰の怪我の影響もそう大きくはなさそうで安心しました。腰は大事なので、まずはしっかりと養生してほしいですね。その記念タオルの販売ですが、大起と快征のダブル笑顔販売にひきよせられ、すでに購入していたのですが、ついつい想定外でもう1枚多くタオルを買ってしまいました。よかおっさんが、大起、快征にお願いして、にこにこと握手してもらう姿を自分自身で想像すると具合が悪くなりますが(笑)群馬にいかれるU-18のみなさん、保護者のみなさん、並びに応援にいかれるみなさんの無事と健闘を祈ります!
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さて、試合です。
雨天の為ピッチコンディションがよろしくなく、ボールの滑りがつかめないということもあったのか、両チームとも、序盤は長いボールで様子見。セカンドボールの競り合いで主導権を握ったのはまずはサガン鳥栖でした。
サガン鳥栖の攻撃は、クエンカの復帰に伴って主戦場が左サイドへと変化。前節まではドイスボランチの配置に苦労していて、原川・福田をスクエアに配置したり、原川をアンカーにして福田を右サイドのハーフスペースに押し上げたり(その逆とか)と、クエンカの欠場後はボールの前進の方法を様々試行していましたが、クエンカの復帰により元の形に戻りました。
この試合の鳥栖は、左サイド中心のビルドアップ。特徴的だったのは、クエンカが4-4-2でブロッキングしてくる金子の背後をとり、右サイドバックを意識してエウシーニョの前に立つ位置を取りました。そして、原を清水のブロックの外側の高い位置に立たせることによって、クエンカにピン留めされたエウシーニョの影響が及ばない状態となって原をフリーにする形を作ります。そこにボランチの原川が加わることによって、ボールの巡回の人数を確保することができました。
鳥栖のポジショニングに対して人を捕まえる形を作るためには、金子が列を下げたいところですが、ここで下げてしまうと、秀人や原川がボールを運ぶスペースができ、鳥栖に簡単に陣地をとられてしまいます。列を上げるとプレッシングの縦パスを送られ、列を下げると持ち上がられるというジレンマですよね。序盤から清水がその問題を解決できないまま、再三クエンカにボールが渡る形を作られてしまい、ゴール前でアウグストがクエンカを倒してしまいました。原川の得意の位置からのフリーキックを見事に決めて鳥栖が先制します。
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清水の攻撃ですが、両サイドバックのエウシーニョ、松原がサイドで幅を取って高い位置を取るのが特徴的でした。また、ドウグラスが中央でセンターバックをピン留めしているなかで、北川、金子が衛星のように左右両サイドのハーフスペースに入り込んでレイオフ対応をしている役割分担もしっかりと根付いていました。
攻撃の仕組みですが、鳥栖の2トップからのプレッシャーに対してボール循環の為にボランチが下がって3人でビルドアップを開始します。最終ラインからは、ドウグラスや北川へのパスコースを探りつつ、時折ディフェンスラインの背後に直接ボールを送り出しますが、そのコースがないときには両サイドに幅を取る選手を有効活用します。
サイドバックは大外でボールを受けるのですが、ボールを受けてからアタックを仕掛けるのは縦方向というよりは、中央にベクトルが向いていました。ハーフスペースにポジションを取る前線とのコンビネーションを駆使して(レイオフ、ダイアゴナルチェンジ等)鳥栖の守備のずれを狙いながら中央に侵入する形で、ゴール前正面からシュートを打てるシーンを狙います。松原、エウシーニョが中央に入るタイミングで西澤、金子があらゆるところに顔を出して受け手の役割を果たし、コンビネーションで崩していくしかけは鳥栖にとって十分脅威で、最終ラインがスライディングによってかろうじて中央のパスをカットする場面が何回もありました。
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鳥栖が苦慮していたのは、サイドに幅を取るサイドバックに対してどのタイミングでプレッシングにでていくかというところでした。特に左サイドは。ブロックの外に構えた選手に対する原と、原とリンクするセンターバック、サイドハーフ、ボランチとの関係性に不具合が発生することがあり、ピンチが発生するのはその状況下でした。
この試合とか、この試合とか、開幕戦から同じ問題を抱えている状況で、概要的には前のレビューを見てもらった方がよいかと(笑)
アウトサイドのプレイヤーに対する守備のコンビネーション、つまり、サイドバックが出ていくタイミング、それに呼応する周りとの連係がなされないと、不用意なスペースを与えることにつながります。ちなみに、原は、左サイドが慣れないからこの状況を生んだのではないと思います。根本は彼のプレーの性質(クセ)のところでしょう。サイドにおけるグループ守備に関しては、右サイドの小林、松岡、福田(義希)の関係性の方が洗練されている印象です。小林、義希の経験からなせる部分ですよね。
清水の同点ゴールも左サイドにおける守備の関係性の不具合によって生まれます。サイドに幅を取るエウシーニョにボールが出た際に、原が列を上げてマーキング対応に入りました。そこからエウシーニョが中央にドリブルをしかけるのは、清水の約束事。食いついて中央に入る原と迎撃態勢を取るクエンカの動きを見て、サイドバックの裏のスペースが空くことを理解した金子が縦のスペースに入ります。
そして、攻撃パターン通り、ハーフスペース周りでレイオフ対応を行うべく、西澤がエウシーニョのフォローで顔をだします。そこからエウシーニョ ⇒ 西澤 ⇒ 清水と渡り、最終的にはクロスに対する祐治の対応にミスが発生して清水が同点に追いつきます。
原がアウトサイドに出て行ったのを皮切りに、ボール保持者に対するプレッシングに強く出過ぎてしまって、スペースをベースとした守備のバランスが崩れたことは確かに問題ではあるのですが、人数をかけて奪いきれればそれは一つの守備のチャレンジとして成功だったわけです。奪えなかったという結果とその先に訪れてしまった失点はそのリスク覚悟で詰めていたのかというところですよね。原、クエンカ、福田、原川の4枚が抑えにいったにもかかわらず、コースを切ることができずに西澤に縦パスを抜かれてしまいました。そうなると、ある地点に人数をかけたら、別の地点では人数不足が発生するのは自然の理というわけでありまして。
サイドの裏に抜けた金子にボールが渡ってからの秀人の選択としてはステイでした。中央を空けてサイドにでていくよりは、中央のスペースを守ろうとしたのでしょう。サイドバック、ボランチが前に出て行ってしまって、自分が出て行ったら彼らがゴール前に戻るのが間に合うかわからない状況だったので、それは正解だと思います。ただ、このシーン以外にもサイドバックとセンターバックの間が空いてしまうケースが多く、あわやという未遂のシーンはかなりありました。ブロック外の選手に対して、原にどう連動するのか(原にどのタイミングで外に出させるのか)グループ守備が乱れると、相手からすれば「使えるスペース」をもらえることになります。
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さて、この同点シーンの前に、忘れてはならないシーンがあります。それは、祐治の不用意なサイドチェンジによるボールロストです。右サイドで前線からボールが戻って来て、攻撃の組み立て直しの状況で、キーパーに戻して立て直すのではなく、逆サイドへの長いボールを狙う判断を取りました。先制している状況、相手の守備体型、自身のスキルを考えてそれが最適の選択だったのか。
ミスにはトラップミスやシュートミスなどの目に見える技術的なミスははっきりと目立ちますが、実は、ポジショニングやプレイの選択など、目立たない判断のミスも大きく戦局に影響を与えます。技術的なミスは試合中でも改善されますが、戦術的な判断ミスの方が往々にして改善できず、試合の流れに影響を与えてしまうケースが多いです。
32分もフリーキックで鳥栖の選手が左サイドで長いボールを待ち構えている状況で、祐治が右サイドの小林にパス。意表を突いたつもりだったかもしれませんが、逆に清水が3人を小林に対してプレッシャーにかける状況となって小林のパスミスを誘いました。このシーンは、パスが通らないという目立つミスは小林だったのですが、チーム全体が左サイドで長いボールを呼び込もうとしているときに、あえて清水のプレッシャーがかかる小林に対してボールを送った祐治の判断は果たしてどうだったのだろうかと。
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同点に追いつかれたサガン鳥栖はすぐさま反撃に出ます。この日の鳥栖は、左サイドを起点とした攻撃だったのですが、左サイドに人数をかけることによって清水守備陣の人数を引き寄せることになり、右サイドに幅を取るヨンウがフリーとなる状況を作り、早いサイドチェンジを送ってヨンウに1対1で勝負をさせるという仕組みも機能していました。
クエンカのボール保持は左サイドの縦への突破のみではなく、中央に入るドリブルも効果的に活用していました。特にカットインは常に意識している様子で、カットインしてシュートというシーンは何度もありましたし、シュートコースがないと横に持ち出して、主戦場を右サイドに変える動きも見せていました。その際、出して終わりではなく、自らも右サイドにポジションを変えるので、ボールサイドにおける攻撃の厚みを保持する動きです。
2点目は左サイドからのクロスのこぼれ球を右サイドで幅を取っていたヨンウが拾い、ディフェンス2人の間を縫った絶妙なクロス。トーレスも、クロスが上がる前にポジションを取り直し、ディフェンスラインの少し手前、ニアサイドに構えるディフェンスの背後に消える動きをとって、ヨンウのクロスに対して飛び込むことのできる態勢を作り出しました。
3点目のアシストとなるクロスは小林だったのですが、彼が右サイドに張りだすポジショニングを取っていたことにより、クリアボールを拾うことができました。札幌戦から見るに、彼の攻撃時の役割としては、ボールサイドへのスライドの幅を厚くして、選手間の距離を保ち、パスのリンクが切れない形作りかなと思います。ボールが左サイドに行けばセントラルハーフの役割、ボールが右サイドに来ればサイドバックの役割。鳥栖の戦術上ならではの動きという事で、「パンゾーロール」なのでしょう。
3点目を取って、やや鳥栖の前からのプレッシングも落ち着き(フォワード2人の体力の低下もあり)、守備の出発点をミドルサードに下げて、ようやく落ち着くかと思われた矢先、反撃の得点が清水に生まれます。秀人がヘッドでのつなぎを清水に渡してしまうことによってショートカウンターを受け、そこで与えたコーナーキックからの失点でした。これもきっかけは判断ミスなんですよね。フリーでヘディングできる状態で、あえて右サイドにヘディングをしようとして清水のプレイヤーにつかまってしまいました。前半終了間際にも、清水の攻撃にさらされてしまうことになり、ゴール前であわやという場面を作られてしまいますが、秀人の渾身のクリアでなんとかゴールを死守。前半が終わります。
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この試合展開で後半に入ると難しいのは、攻撃、守備、主軸をどちらに置くのかというところですが、試合の進め方としては互いにミドルサードからのプレッシングで、プレスにはまるタイミングがあれば積極的に前に出ていこうという形でした。
特に鳥栖はプレッシングで人数を合わせに行ってましたね。サイドハーフを前に押し出して、清水ビルドアップでの自由を制限しようとしてました。また、左サイドの守備に修正が加わり、クエンカがビルドアップに対してプレッシャーをかけ、幅を取る選手に原が出て行った際には、原川がそのカバーを行う形が明確となりました。前半もこの守備体系は見られたのですが、前半はサイドバックに入った時には人を集めて「ボールを奪う」守備をしていましたが、後半に入ってからは「ボールを追い戻す」守備に意識が変わったかと思います。それは、当然、戦況としてリードしているからというのもありますし、もしかしたら、守備対応のまずさによる失点もありましたのでハーフタイムで整理が行われたのかもしれません。
鳥栖は後半から攻撃の手を緩めずに積極的に両サイドの幅を使う攻撃を続けますが、清水に奪われたときのカウンターの対応が遅れ、48分には高いポジションを取るヨンウの裏のスペースをめがけて清水が攻撃の形を作ります。
49分には、秀人がサイドチェンジの長いボールをヨンウに送りますがうまく合わず。その瞬間、トーレスとクエンカが、あわてるなというジェスチャー。この辺りが、オープンな展開になりがちというトーレスの指摘のとおりなのかなとは感じました。リードしている場面で、清水は前からボールを奪いにも来ておらず、何も焦る必要はないので、相手がでてくるまで、ゴールキーパーに回してボールを保持し、相手が焦れて出てくるタイミングで、攻撃のパスを送るという冷静さ(いやらしさ)は必要なのかもしれません。
ヨンウの裏をつかれだしてからミョンヒ監督の判断が固まったのでしょう。右サイドのスペースを埋めるべく福田をサイドハーフにスライドし、ボランチの位置に義希を投入します。
ミョンヒ監督の交代のメッセージとともに、鳥栖は守勢に回ります。人数合わせで前に出ていたサイドハーフも自陣に構えて442ブロックで構える形に変化。サイドハーフが清水のサイドバックを見る形となります。清水はそれでも構わずにサイドに高い位置をとる両サイドバックを起点として攻撃を繰り返します。ただし、外からドリブルで中央に入ってハーフスペースまでは攻略するものの、最後の場面では密集してくる鳥栖がフリーでシュートを許さず、高丘の守備範囲でも収めるように何とか体を寄せてコースを消します。
右サイドが福田に代わったので、鳥栖は積極的に右サイドに展開して1対1をしかけさせるような攻撃の回数が減り、主戦場である左サイドからの攻撃の機会がさらに多くなりました。クエンカが逆サイドに流れていく機会も減ったので、カウンターの場面で人がいないスペースがなくなる事にもつながりました。攻撃の配置のバランスが、ネガティブトランジション時にはそのまま守備の配置のバランスになります。
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得点を取りたい清水も、徐々に前からのプレッシャーをかけだしてきて、やや押しこまれ出したサガン鳥栖ですが、こういう時こそ「困ったときのセットプレイ」。65分にややゴールから遠い位置からの原川のフリーキックを、西部がキャッチミスし、そのミスをついて秀人がシュートを叩き込みます。それにしても、糸を引くような素晴らしいボールの軌道でした。
2点差となった鳥栖は豊田を投入します。期待されるのは前線からのプレッシング守備、そして、労を惜しまないリトリートによるスペースのケア。豊田の守備が効いていた実際のシーンはこちらです。
豊田が列を下げてバイタル周りをケア。
— オオタニ@SAgAN Report (@ootanirendi) 2019年6月30日
これでこっちサイドにボールが来たときに、原が列を上げる必要がなく、秀人先生とのリンクも切れないと。
豊田の守備が効くのはこういう所なんですよね。 pic.twitter.com/Ap7chYEX4V
豊田、義希は、ボール保持時にロストしない選択を優先する傾向にあります。その対極にあるのが、ボールを受けたらがむしゃらに突破を図る金崎ですよね(笑)攻撃時の「堅実性」というのはボールを保持し続けることを意味し、相手の攻撃の時間を減らすことにつながるため、言わば一番効果的なリードを守る方式です。当然、リードしているときとビハインドの時では、そのスタイルにおける効果は異なります。その堅実性が大きなチャンスを得る機会を損失することもありますから。物事はメリット・デメリット、両面ありますよね。
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70分頃より、清水は選手交代も交えてシステムを4-1-4-1に変更して攻撃に変化を加えますが、豊田のポストプレイ(ロングボールにおけるデュエル勝率の高さ)によって鳥栖のボール保持にさらされる事になり、思うように攻撃の機会が増えません。清水にとっては、攻撃のアクセントを加えるためのシステム変更だったのでしょうが、システムを変えることによって、ボールを奪うための守備の基準をどこにおくべきかというところが不明瞭になりました。良い攻撃の為には、良い守備からという言葉は非常に良い格言だと思います。
これにより、鳥栖は、4-1-4-1のワンボランチの脇のスペースにクエンカがフリーで待ち構える状況を作り出すことができました。プレッシングにでていっても、クエンカにボールを渡せる順路を作りやすくなった上に、彼に預けていれば確実にボール保持してくれるため、清水の攻撃の残り時間を着実に減らすことに成功していました。清水も85分にはエウシーニョの中央への侵入からのシュート、そしてリフレクションを滝が狙いますが決まらず。この最後のピンチを防いだ鳥栖は、最後はクエンカに代わって投入された小野がしっかりとボール保持に貢献し、クロージングできました。
■ 終わりに
早いもので、シーズンの半分が終わってしまいました。序盤から不運な面もあり、実力不足の面もあり、勝ち点どころがゴールですらままならない状況が続きましたが、ここ最近はようやく戦いの土俵に上がることができたかと思います。1巡目が終わって思ったのは、監督が交代してから当たりたかったチームもありますし、相手が好調の時に当たってしまって不調に陥った時にはうちの対戦は終わっていてちょっと残念とかいうのもありますし(笑)シーズンは長いので、そういうめぐりあわせもいろいろとありますよね。
現在のところは、何とか順位も最下位を脱出して、プレーオフの順位まで上げることができました。トーレスの引退試合も控え、これからの残り後半戦、どのような展開になるかはまったく予想もつかないのですが、今年も残留してシーズン終了後には「今年もきつかったね」と笑えたらいいなと思います。
■ Appendix
< ざっくり用語解説 >
ビルドアップ ・・・ ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
トランジション ・・・ 攻守の切り替え
ポジトラ ・・・ ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
ネガトラ ・・・ ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
ハーフスペース ・・・ 4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
デュエル ・・・ 相手との1対1のマッチアップ
ディフェンシブサード ・・・ フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
ミドルサード ・・・ フィールドを3分割したときの中央
アタッキングサード ・・・ フィールドを3分割したときの相手ゴール側
リトリート ・・・ 自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
レイオフ ・・・ ポストプレイからの落としのパス
オーガナイズ ・・・ 組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
偽サイドバック ・・・ サイドバックがポジションを変えてセントラルハーフのような役割を演じる事
Posted by オオタニ at
13:09
│Match Impression (2019)
2019年06月28日
2019 第16節 : コンサドーレ札幌 VS サガン鳥栖
2019シーズン第16節、コンサドーレ札幌戦のレビューです。
鳥栖のスタメンは、トゥーロン国際から戻ってきた松岡が本来のポジションであるボランチでスタメン出場。左サイドハーフには原川がスライド、右サイドハーフは前節と同様にアンヨンウが入ります。
鳥栖の4-4-2に対して、札幌はセットアップ3-4-2-1なのですが、攻撃、守備の手筈を整えるためにシステムを可変してきます。攻撃時は両サイドのストッパーがサイドに競りだし、ボランチが1列降りて最終ラインのビルドアップに参画し、更に両ウイングバックが高い位置を取って、さながら4-1-5のような形へとシフトします。中盤に人がいないのはちょっとした罠で、いないからと言って前に出ていくと、セカンドトップが下りてきてうまくスペースを使うような形です。
守備時は積極的に前からプレッシングに出るときはウイングバックを前にだして3-2-4-1のような形。押し込まれるとウイングバックを下げて、5-4-1(5-2-2-1)でしっかりとブロックを組みます。
いわゆるミシャ式ですね。ミシャが指揮を振っているので当たり前といえば当たり前ですが(笑)
試合開始から、鳥栖はボールを保持したくてもビルドアップの出口はおろか、列を上げるためのパスコースを探すのに苦労する展開でした。ゴールキーパーまで活用するビルドアップは、ミョンヒ監督に代わって積極的に取り組んでいるのですが、高丘がボールを持つとジェイが積極的にプレッシングを仕掛け、鳥栖が左サイドへボールを回すように促します。パスの出先である最終ラインには、札幌のセカンドトップとウイングバックが積極的に張り付くので、高丘はどうしても蹴らされる展開がでてきました。
センターバックに展開できたとしても、秀人の右サイドからプレッシングをしかける対応を取るので、高丘も含めて彼らが左足で蹴らざるを得ない状況を作りだし、パスの精度を落とすように企みます。左足で蹴らされると精度が落ちるボールとなるので、右足で長いボールを入れようとするのですが、利き足特有の切れるボールでタッチラインを割ったりと長いボールも思うようにつながらず。蹴らされる展開で、「困ったときの豊田」がいないのは、端的に言って苦しかったですね。
うまくボールをつなぐことができて、ミドルサード付近でボールを運ぶと、札幌のプレッシングのターゲッティングが変わります。アタッキングサード付近では、ボールの持ち手そのものにプレッシングしていたのですが、中盤になるとマークの対象をパスの出先側へとシフトする動きです。具体的には、秀人と祐治はジェイひとりのマークによってある程度ボールを持たせてくれるのですが、両セカンドトップが鳥栖のドイスボランチを捕まえ、ウイングバックがサイドバックを捕まえるため、パスの出先が封鎖されてなかなか前につなげられません。
こういう状況であったため、鳥栖がチャンスを生み出す術は、プレーが切れることによって(スローインなど)で、相手とのマッチアップが静的に作られる時に限られました。7分には、スローインのこぼれ球を秀人がダイレクトで金崎に渡し、金崎は右サイドのアンヨンウへ展開。相手に囲まれながらも右足に持ち出して放ったアンヨンウのシュートは惜しくもクソンユンに弾かれました。惜しいチャンスではありましたが、この試合のチャンスの作り方は、高い位置で奪ってからのシュートしかないという状況ではありました。
鳥栖の守備ですが、札幌のビルドアップに対してなかなか守備のポイントが定まらない状況。ミシャ式によって、最終ラインは深井とキムミンテによるビルドアップとなったのですが、ドンゴンと金崎が積極的なプレッシングをしかけると、惜しげもなく荒野が最終ラインをヘルプしてパスコースを確保します。積極的に前から行きたい鳥栖は、ここで松岡(福田)がプレッシングにでていきますが、こうなってくると水を得た魚とばかりに、スペースを得たチャナティップが2列目と3列目の間のスペースを活用しだします。こうなってくると、松岡の運動量が失われた影響は大きいですよね。松岡が不慮の怪我によって交代してボランチに原川が入ってからは、守備の推進力も停滞し、札幌のビルドアップに対して、出ていくのはツートップが中心と変わってきました。
ツートップで3人を見る形となったため、札幌はツートップの脇にボールを持ち運べるようになります。ツートップの脇にくるということは、鳥栖にとってはサイドハーフの前にボールが来る状況なのですが、ヨンウと小野も自分たちが前に出ていくタイミングがうまく図れず、相手が来たタイミングに応じて迎撃スタイルでプレッシングを仕掛けるのですが、白井、ルーカス周りの守備が手薄になってしまいます。
サイドチェンジからのクロスが何本か上がってくると、両サイドハーフが札幌のウイングバックを捨てきれないようになり、ストッパーの持ち運びに対してはボランチが対応しだしますが、そうすると、ボランチが上がったスペースを突いてジェイが入りこんでポストをこなし、ワンツーで抜け出したり、セカンドトップのスルーパスを受ける役割を果たしたり。4-4-2を破壊する術として生み出されたミシャ式に、そのまんましっかりとはまってしまうという、鳥栖としては工夫したくても工夫できない状態での守備となってしまいました。
そして、先制点は札幌に生まれます。鈴木武蔵の飛び出しによって得たコーナーキックを石川がファーサイドから飛び込んでゴールゲット。鳥栖の配置はどうだったのかというと、ゴール前はゾーンで守り、その前はマンマークで守るという併用のようでした。コーナーキックを蹴ると同時に、マンマークの対象プレイヤーがファーサイドからニアサイドに流れ込んできてしまったため、マンマークの役割のメンバーはファーサイドから姿を消しました。ゾーンで守る役割はおそらく小林だったのですが、ここがまた難しい判断で、高丘が飛び出したために、小林がゴール内を守るカバーリングを優先して下がってしまいます。これで、このゾーンを守る選手がいなくなってしまいました。
一番致命的なのは高丘が触ることが出来なかったことなのですが、札幌の仕組みとしては、マンマーカーをニアサイドに呼び寄せて確実にファーサイドのスペースを空け、そこに選手を張らせておくという、もしかしたらスカウティング通りなのかもしれません。鳥栖も後半のコーナーキックで同じような形を作り出せたのですが、秀人のヘディングは力なくキーパーの正面。フリーとなる仕組みを作り出したとしても、しっかりとシュートを放てるのか、力なくキーパーの正面に行ってしまうフィニッシュを迎えるのか、そのあたりの質の違いもでてしまった感はあります。
先制を許した鳥栖でしたが、攻撃方法を変えることなくビルドアップによる攻撃を継続します。鳥栖が仕組みをを変えないならば、札幌も当然変える理由もなく、引き続き前線からのパスコース封じを継続します。ビルドアップが煮詰まり状態のサガン鳥栖。20分には秀人から原川へのパスをチャナティップがカットしてそのままロングシュートという危ないシーンを作られ、そのまたすぐのシーンでも、秀人から福田へのパスを荒野がカットされてあわやカウンターという場面を作られたり、どうにもこうにもビルドアップの出口を見つけられません。
守備局面においても、ビハインドという事で前に行きたいのですが、特に中盤の4人の誰がどのタイミングで出て言ったら良いのか、みんなが疑問に思いながらボールに合わせて何となく出ていくという連動できない状態が続きます。その中盤のスペースをうまくつかう動きは洗練されていて、前に出てきたサガン鳥栖の2列目と最終ラインの間に「水を得た魚チャナティップ」のご登場。進藤からのパスを受けてダイレクトでジェイへ送り込むプレイを見せ、オフサイドになったが惜しいチャンスを作ります。
そうこうするうちに、札幌の追加点。30分に再びコーナーキックから今度はジェイに決められてしまいます。ジェイのマークが原川だったのですが、果たしてその選択が正解だったのか。質の違いという言葉で済ますことができれば簡単で、単純にそう思ってよいのか…とも思うのですが、どう考えても単純に質の違いですよね(苦笑)ルーカスの正確なフィードとジェイの高さで完全にやられました。
鳥栖は、2点リードを許してさすがにこのままではまずいと感じたのか、ビルドアップによる攻撃からロングボールを活用した攻撃へとシフトしていきます。31分にはロングボールを小野が落としてチョドンゴンがボレーシュート。これは惜しくもクソンユンの好セーブに阻まれます。その後も、ビルドアップで前に出てくる札幌の選手たちを飛び越えるボールを送り込み、煮詰まっていたビルドアップ攻撃から一気にゴール前に迫る形での打開を狙います。相手がグーを出し続けているところに、頑張ってチョキを出し続けても勝てないので、なんとか違う手の内を出そうという感じですよね。
こういった、当たり前に守備の網につっこんでいくのではなく、例えマイボールにならなくてもしつこく裏のボールを送ることによって、相手の守備網を間延びさせたり、相手の守備の基準点を下げることができるようになります。うまくいかなかったビルドアップが、うまくいくようになるケースを作り出すのが、90分の中での戦術ですよね。この時間帯にロングボールを多く使おうとしたのは、札幌の体力を奪うという意味でも、効果はあったのかなと思います。
そして、37分頃から鳥栖がビルドアップを少し変えてきます。サイドバックを高い位置に上げて、札幌のウイングバックを引き連れ、そのスペースにサイドハーフ(ヨンウ、小野)が下りてくる形です。セカンドトップの脇のスペースは狙いどころではあるのですが、鳥栖のサイドバックがちょうどそのスペースに居るので、相手のウイングバックを引き連れてしまって自らでスペースを埋めてしまっていました。サイドバックが高い位置を取って相手を連れて行くると、このエリアがサイドハーフの使えるスペースへと変化していきます。
札幌に完全に人を捕まえられているので、前後の動き、もしくは局所的に人数を集めるなどを行わないとそのままハメられてしまいます。ようやく、選手のポジションチェンジという工夫があり、そしてそれが目に見えて効果に現れた形がでてきて、少しビルドアップの光明が見えたかなと思ったら、札幌がふたたび鳥栖の右サイドの高い位置から強襲して奪ってからのショートカウンター。このチームは本当に許してくれません(笑)
後半に入ってもビルドアップで攻めたいサガン鳥栖。ミョンヒさんからカツを入れられたのか、やれる工夫は試してみようというポジションチェンジの探りの中、見つかったのは小野と小林のポジションの取り方。最終ラインでのボール確保が困難になったら躊躇せずに小野が下がって最終ラインでのボール保持に参画します。小野はひとりくらいだったら容易にはがせるので、札幌も前に出ていきづらくなりました。また、チャナティップを引き寄せるかのように小林が中央のポジションを取り、それに呼応するように高い位置を取る三丸とヨンウ、ハーフスペースにポジションを変えて構える福田、原川へのパスコースを確保します。
ボールの前進を遂げたら、小野も小林も次のアクションとして前線での数的優位を作るために高い位置を取ります。秩序あるポジショニングで札幌にはまってしまっていたので、ポジションの変化によって混沌を生み出してマーキングに混乱を与えようという作戦。局所的な数的優位を作ることによって、札幌に守備の選択をつきつけることになりました。
この流れの中で、ちょっと三丸の動きが気になりました。53分はダイレクトでクロスを上げられるシーンでも、トラップして時間を作ってからのクロスを選択しました。58分もワンクッションドリブルを入れたばっかりに、ルーカスにクロスをカットされてしまい、ゴール前にボールが送れない状態が続きます。
三丸がボールを保持して完璧に抜ききればよいのですが、ワンクッションボールを持って時間を作ることによって、札幌は中を固める上に三丸への距離も詰められてしまってクロスをカットされる確率が上がります。せっかく相手の守備が整っていない状況の中でボールを受けたにも関わらず、相手に守備を整える時間を与えるプレイがここ数試合ちょっと発生しています。ミョンヒさんが就任して直後は躊躇せずにクロスという選択が多かったのですが、ここ最近の動きは監督からの指示なのか、豊田が出場していない影響なのかどうなのか。いずれにしても、相手の準備の時間を作り出さないためのダイナミクスさ(大胆な選択)が失われているのが気になります。クエンカが作り出す時間と、三丸が作り出す時間は、同じ時間でも趣が異なるのは、サッカーの面白い所でもあるのかなという感じですね。
鳥栖は54分にイバルボを投入。鳥栖サポーターが気になるのは、果たして彼は何パーセントなのだろうかというところですよね(笑)マッシモのコメントに端を発したイバルボのバロメータは、完全に彼の調子を測る指標として確立してしまっています。ただし、どういう状態だったら何パーセントなのか、誰にもわからないという(笑)
一気呵成に攻めようというスイッチを入れようとした矢先に札幌のカウンター。小林が高い位置を取っている位置にチャナティップが上手に入ってカウンターの起点となり、ボールを運んで中央に構える鈴木武蔵へ。鈴木のシュートは高丘が何とかセーブしましたが、この時間帯から、鳥栖が攻める、札幌がカウンターでチャンスを作るという構図が固まります。
ポジションチェンジによってボール保持と前進が少しずつ図れてきたサガン鳥栖についに得点が生まれます。右サイドへのサイドチェンジのボールをカットされましたが、すぐさま高い位置を取っていた小林がチャナティップへ配球されたボールをカット。原川を経由して右サイドのヨンウにボールを送り、そこからゴール前に進出して、最後は金崎がフィニッシュ。ようやく、金崎の今シーズン初得点が生まれました。ゴール前に進出していた小林がうまく絡んだ上での得点で、小林の偽サイドバック化だという話もありますが、ルールと理論と秩序に基づいたポジショニングというよりは、札幌の守備の基準点のずれを生むため、そして局所的な数的優位を生むため、とにかく前に、中央に、というポジションだったかのように思えます。最終ラインでステイしたり、サイドに流れて幅を取ったり、状況に合わせて自由に動いていたからですね。その状況に合わせたポジションが、たまたま偽サイドバックに見えたということでしょう。
小野のビルドアップ参画、そして小林の中央寄りのポジショニングによって、確実にサイドへのパスコースを確保したサガン鳥栖。得点後もアンヨンウをビルドアップの出口とした攻撃を図ります。札幌も体力が衰えたとはいえ、前からのプレッシングはあきらめていない様子。小野が最終ラインに落ちていない時は、前半のようにプレッシングの人数が確保できるという事で、この時間帯になっても鳥栖の最終ラインにプレッシャーをしかけます。ただし、体力の衰えからか、前半のようなコンパクトさは保てず、前線と最終ラインとのギャップが生み出され、そのスペースにうまく入り込んだのがイバルボ。ボールを引き出し、ポストプレイからの攻撃の変化を生み出していました。イバルボのプレイはドリブルやボールキープが目立つ感じですが、本当に素晴らしいのは柔らかいパス。ロングパスもショートパスも、相手が受け取りやすいスピード、アングルでしっかりとしたボールを提供してくれます。
何とか同点に追いつきたい鳥栖だったのですが、イバルボのロングスローをクリアされ、原川のボールへのアクションがアンラッキーにもチャナティップももとにこぼれ、そのままカウンターで持ち込まれて最後は鈴木武蔵に決められてしまいます。浦和戦といい、札幌戦といい、攻撃をしかけているところでのリスクが顕在化してしまいました。鈴木が持ち込んだ場面はもう少しうまく対応できたのではないかなという面と、鈴木のシュートの精度をほめなければならないという面といろいろですね。札幌は、試合運びはチーム全体の力で持っていて、最後のフィニッシュは個の質でという所がなんとなくバランスいいですよね。
逆に鳥栖は、87分のイバルボ、89分の原川と決定機を迎えますが、ゴールの枠をとらえる事すらままならず。「決定力不足」という言葉は、目に見えない何かの力が働いているかのようなイメージになってしまうのであまり好きな言葉ではないんですよね。シュートが決まらないのは、単なる「技術力不足」だと思っています。あらゆるシチュエーション化においても、狙ったところに蹴ることのできる技術が足りないので、ゴールの枠を外してしまうのだと。相手のプレッシャー、そして相手のセービングやブロックの技術にも打ち勝てる技術と自信ですよね。それがあれば狙ったところに蹴ることができ、シュートが決まる確率も上がります。
この試合、前半、まっとうに勝負を挑んで札幌の術中にはまってしまいました。鳥栖の守備も前から行くのか、それとも構えるのか、少しコンビネーションがうまくいかないところがあって裏を突かれるところはありましたが、それでも最後のゴール前でなんとか食い止めて、大きな崩壊とまでは至らなかったんですよね。それだけに、セットプレイでの2発は本来不要な失点だった気がしますし、そこをストロングとして活用してきた札幌の術中通りであったような気もしますし。金崎のゴールの後は、なんとなく同点に追いつきそうな雰囲気を作れましたが、逆にカウンターで簡単に失点したりと。見ていてとても複雑な試合でした。
この試合の光明はイバルボでしょうか。前回、駅スタで見た時は体の重さが気になりましたが、だいぶんイバルボらしさが戻ってきていましたね。狭いところを抜けていく一瞬のスピードも、相手と瞬時に入れ替わるタッチの柔らかさも、そして、シュートが宇宙開発というところも(笑)
ついに、次節は前半戦最後の試合となります。監督が交代し、ここのところ終了間際のゴールで連勝している清水が相手で、最下位脱出を争うかと思っていたら、ここ2試合で清水さんだけ上にいってしまって、急遽手ごわい相手となってしまいまいた。残留争いの遅れを取らないためにも、なんとか勝ち点3をゲットして、前半戦を終えたい所です。
■ Appendix
< ざっくり用語解説 >
ビルドアップ ・・・ ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
トランジション ・・・ 攻守の切り替え
ポジトラ ・・・ ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
ネガトラ ・・・ ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
ハーフスペース ・・・ 4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
デュエル ・・・ 相手との1対1のマッチアップ
ディフェンシブサード ・・・ フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
ミドルサード ・・・ フィールドを3分割したときの中央
アタッキングサード ・・・ フィールドを3分割したときの相手ゴール側
リトリート ・・・ 自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
レイオフ ・・・ ポストプレイからの落としのパス
オーガナイズ … 組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
鳥栖のスタメンは、トゥーロン国際から戻ってきた松岡が本来のポジションであるボランチでスタメン出場。左サイドハーフには原川がスライド、右サイドハーフは前節と同様にアンヨンウが入ります。
鳥栖の4-4-2に対して、札幌はセットアップ3-4-2-1なのですが、攻撃、守備の手筈を整えるためにシステムを可変してきます。攻撃時は両サイドのストッパーがサイドに競りだし、ボランチが1列降りて最終ラインのビルドアップに参画し、更に両ウイングバックが高い位置を取って、さながら4-1-5のような形へとシフトします。中盤に人がいないのはちょっとした罠で、いないからと言って前に出ていくと、セカンドトップが下りてきてうまくスペースを使うような形です。
守備時は積極的に前からプレッシングに出るときはウイングバックを前にだして3-2-4-1のような形。押し込まれるとウイングバックを下げて、5-4-1(5-2-2-1)でしっかりとブロックを組みます。
いわゆるミシャ式ですね。ミシャが指揮を振っているので当たり前といえば当たり前ですが(笑)
試合開始から、鳥栖はボールを保持したくてもビルドアップの出口はおろか、列を上げるためのパスコースを探すのに苦労する展開でした。ゴールキーパーまで活用するビルドアップは、ミョンヒ監督に代わって積極的に取り組んでいるのですが、高丘がボールを持つとジェイが積極的にプレッシングを仕掛け、鳥栖が左サイドへボールを回すように促します。パスの出先である最終ラインには、札幌のセカンドトップとウイングバックが積極的に張り付くので、高丘はどうしても蹴らされる展開がでてきました。
センターバックに展開できたとしても、秀人の右サイドからプレッシングをしかける対応を取るので、高丘も含めて彼らが左足で蹴らざるを得ない状況を作りだし、パスの精度を落とすように企みます。左足で蹴らされると精度が落ちるボールとなるので、右足で長いボールを入れようとするのですが、利き足特有の切れるボールでタッチラインを割ったりと長いボールも思うようにつながらず。蹴らされる展開で、「困ったときの豊田」がいないのは、端的に言って苦しかったですね。
うまくボールをつなぐことができて、ミドルサード付近でボールを運ぶと、札幌のプレッシングのターゲッティングが変わります。アタッキングサード付近では、ボールの持ち手そのものにプレッシングしていたのですが、中盤になるとマークの対象をパスの出先側へとシフトする動きです。具体的には、秀人と祐治はジェイひとりのマークによってある程度ボールを持たせてくれるのですが、両セカンドトップが鳥栖のドイスボランチを捕まえ、ウイングバックがサイドバックを捕まえるため、パスの出先が封鎖されてなかなか前につなげられません。
こういう状況であったため、鳥栖がチャンスを生み出す術は、プレーが切れることによって(スローインなど)で、相手とのマッチアップが静的に作られる時に限られました。7分には、スローインのこぼれ球を秀人がダイレクトで金崎に渡し、金崎は右サイドのアンヨンウへ展開。相手に囲まれながらも右足に持ち出して放ったアンヨンウのシュートは惜しくもクソンユンに弾かれました。惜しいチャンスではありましたが、この試合のチャンスの作り方は、高い位置で奪ってからのシュートしかないという状況ではありました。
鳥栖の守備ですが、札幌のビルドアップに対してなかなか守備のポイントが定まらない状況。ミシャ式によって、最終ラインは深井とキムミンテによるビルドアップとなったのですが、ドンゴンと金崎が積極的なプレッシングをしかけると、惜しげもなく荒野が最終ラインをヘルプしてパスコースを確保します。積極的に前から行きたい鳥栖は、ここで松岡(福田)がプレッシングにでていきますが、こうなってくると水を得た魚とばかりに、スペースを得たチャナティップが2列目と3列目の間のスペースを活用しだします。こうなってくると、松岡の運動量が失われた影響は大きいですよね。松岡が不慮の怪我によって交代してボランチに原川が入ってからは、守備の推進力も停滞し、札幌のビルドアップに対して、出ていくのはツートップが中心と変わってきました。
ツートップで3人を見る形となったため、札幌はツートップの脇にボールを持ち運べるようになります。ツートップの脇にくるということは、鳥栖にとってはサイドハーフの前にボールが来る状況なのですが、ヨンウと小野も自分たちが前に出ていくタイミングがうまく図れず、相手が来たタイミングに応じて迎撃スタイルでプレッシングを仕掛けるのですが、白井、ルーカス周りの守備が手薄になってしまいます。
サイドチェンジからのクロスが何本か上がってくると、両サイドハーフが札幌のウイングバックを捨てきれないようになり、ストッパーの持ち運びに対してはボランチが対応しだしますが、そうすると、ボランチが上がったスペースを突いてジェイが入りこんでポストをこなし、ワンツーで抜け出したり、セカンドトップのスルーパスを受ける役割を果たしたり。4-4-2を破壊する術として生み出されたミシャ式に、そのまんましっかりとはまってしまうという、鳥栖としては工夫したくても工夫できない状態での守備となってしまいました。
そして、先制点は札幌に生まれます。鈴木武蔵の飛び出しによって得たコーナーキックを石川がファーサイドから飛び込んでゴールゲット。鳥栖の配置はどうだったのかというと、ゴール前はゾーンで守り、その前はマンマークで守るという併用のようでした。コーナーキックを蹴ると同時に、マンマークの対象プレイヤーがファーサイドからニアサイドに流れ込んできてしまったため、マンマークの役割のメンバーはファーサイドから姿を消しました。ゾーンで守る役割はおそらく小林だったのですが、ここがまた難しい判断で、高丘が飛び出したために、小林がゴール内を守るカバーリングを優先して下がってしまいます。これで、このゾーンを守る選手がいなくなってしまいました。
一番致命的なのは高丘が触ることが出来なかったことなのですが、札幌の仕組みとしては、マンマーカーをニアサイドに呼び寄せて確実にファーサイドのスペースを空け、そこに選手を張らせておくという、もしかしたらスカウティング通りなのかもしれません。鳥栖も後半のコーナーキックで同じような形を作り出せたのですが、秀人のヘディングは力なくキーパーの正面。フリーとなる仕組みを作り出したとしても、しっかりとシュートを放てるのか、力なくキーパーの正面に行ってしまうフィニッシュを迎えるのか、そのあたりの質の違いもでてしまった感はあります。
先制を許した鳥栖でしたが、攻撃方法を変えることなくビルドアップによる攻撃を継続します。鳥栖が仕組みをを変えないならば、札幌も当然変える理由もなく、引き続き前線からのパスコース封じを継続します。ビルドアップが煮詰まり状態のサガン鳥栖。20分には秀人から原川へのパスをチャナティップがカットしてそのままロングシュートという危ないシーンを作られ、そのまたすぐのシーンでも、秀人から福田へのパスを荒野がカットされてあわやカウンターという場面を作られたり、どうにもこうにもビルドアップの出口を見つけられません。
守備局面においても、ビハインドという事で前に行きたいのですが、特に中盤の4人の誰がどのタイミングで出て言ったら良いのか、みんなが疑問に思いながらボールに合わせて何となく出ていくという連動できない状態が続きます。その中盤のスペースをうまくつかう動きは洗練されていて、前に出てきたサガン鳥栖の2列目と最終ラインの間に「水を得た魚チャナティップ」のご登場。進藤からのパスを受けてダイレクトでジェイへ送り込むプレイを見せ、オフサイドになったが惜しいチャンスを作ります。
そうこうするうちに、札幌の追加点。30分に再びコーナーキックから今度はジェイに決められてしまいます。ジェイのマークが原川だったのですが、果たしてその選択が正解だったのか。質の違いという言葉で済ますことができれば簡単で、単純にそう思ってよいのか…とも思うのですが、どう考えても単純に質の違いですよね(苦笑)ルーカスの正確なフィードとジェイの高さで完全にやられました。
鳥栖は、2点リードを許してさすがにこのままではまずいと感じたのか、ビルドアップによる攻撃からロングボールを活用した攻撃へとシフトしていきます。31分にはロングボールを小野が落としてチョドンゴンがボレーシュート。これは惜しくもクソンユンの好セーブに阻まれます。その後も、ビルドアップで前に出てくる札幌の選手たちを飛び越えるボールを送り込み、煮詰まっていたビルドアップ攻撃から一気にゴール前に迫る形での打開を狙います。相手がグーを出し続けているところに、頑張ってチョキを出し続けても勝てないので、なんとか違う手の内を出そうという感じですよね。
こういった、当たり前に守備の網につっこんでいくのではなく、例えマイボールにならなくてもしつこく裏のボールを送ることによって、相手の守備網を間延びさせたり、相手の守備の基準点を下げることができるようになります。うまくいかなかったビルドアップが、うまくいくようになるケースを作り出すのが、90分の中での戦術ですよね。この時間帯にロングボールを多く使おうとしたのは、札幌の体力を奪うという意味でも、効果はあったのかなと思います。
そして、37分頃から鳥栖がビルドアップを少し変えてきます。サイドバックを高い位置に上げて、札幌のウイングバックを引き連れ、そのスペースにサイドハーフ(ヨンウ、小野)が下りてくる形です。セカンドトップの脇のスペースは狙いどころではあるのですが、鳥栖のサイドバックがちょうどそのスペースに居るので、相手のウイングバックを引き連れてしまって自らでスペースを埋めてしまっていました。サイドバックが高い位置を取って相手を連れて行くると、このエリアがサイドハーフの使えるスペースへと変化していきます。
札幌に完全に人を捕まえられているので、前後の動き、もしくは局所的に人数を集めるなどを行わないとそのままハメられてしまいます。ようやく、選手のポジションチェンジという工夫があり、そしてそれが目に見えて効果に現れた形がでてきて、少しビルドアップの光明が見えたかなと思ったら、札幌がふたたび鳥栖の右サイドの高い位置から強襲して奪ってからのショートカウンター。このチームは本当に許してくれません(笑)
後半に入ってもビルドアップで攻めたいサガン鳥栖。ミョンヒさんからカツを入れられたのか、やれる工夫は試してみようというポジションチェンジの探りの中、見つかったのは小野と小林のポジションの取り方。最終ラインでのボール確保が困難になったら躊躇せずに小野が下がって最終ラインでのボール保持に参画します。小野はひとりくらいだったら容易にはがせるので、札幌も前に出ていきづらくなりました。また、チャナティップを引き寄せるかのように小林が中央のポジションを取り、それに呼応するように高い位置を取る三丸とヨンウ、ハーフスペースにポジションを変えて構える福田、原川へのパスコースを確保します。
ボールの前進を遂げたら、小野も小林も次のアクションとして前線での数的優位を作るために高い位置を取ります。秩序あるポジショニングで札幌にはまってしまっていたので、ポジションの変化によって混沌を生み出してマーキングに混乱を与えようという作戦。局所的な数的優位を作ることによって、札幌に守備の選択をつきつけることになりました。
この流れの中で、ちょっと三丸の動きが気になりました。53分はダイレクトでクロスを上げられるシーンでも、トラップして時間を作ってからのクロスを選択しました。58分もワンクッションドリブルを入れたばっかりに、ルーカスにクロスをカットされてしまい、ゴール前にボールが送れない状態が続きます。
三丸がボールを保持して完璧に抜ききればよいのですが、ワンクッションボールを持って時間を作ることによって、札幌は中を固める上に三丸への距離も詰められてしまってクロスをカットされる確率が上がります。せっかく相手の守備が整っていない状況の中でボールを受けたにも関わらず、相手に守備を整える時間を与えるプレイがここ数試合ちょっと発生しています。ミョンヒさんが就任して直後は躊躇せずにクロスという選択が多かったのですが、ここ最近の動きは監督からの指示なのか、豊田が出場していない影響なのかどうなのか。いずれにしても、相手の準備の時間を作り出さないためのダイナミクスさ(大胆な選択)が失われているのが気になります。クエンカが作り出す時間と、三丸が作り出す時間は、同じ時間でも趣が異なるのは、サッカーの面白い所でもあるのかなという感じですね。
鳥栖は54分にイバルボを投入。鳥栖サポーターが気になるのは、果たして彼は何パーセントなのだろうかというところですよね(笑)マッシモのコメントに端を発したイバルボのバロメータは、完全に彼の調子を測る指標として確立してしまっています。ただし、どういう状態だったら何パーセントなのか、誰にもわからないという(笑)
一気呵成に攻めようというスイッチを入れようとした矢先に札幌のカウンター。小林が高い位置を取っている位置にチャナティップが上手に入ってカウンターの起点となり、ボールを運んで中央に構える鈴木武蔵へ。鈴木のシュートは高丘が何とかセーブしましたが、この時間帯から、鳥栖が攻める、札幌がカウンターでチャンスを作るという構図が固まります。
ポジションチェンジによってボール保持と前進が少しずつ図れてきたサガン鳥栖についに得点が生まれます。右サイドへのサイドチェンジのボールをカットされましたが、すぐさま高い位置を取っていた小林がチャナティップへ配球されたボールをカット。原川を経由して右サイドのヨンウにボールを送り、そこからゴール前に進出して、最後は金崎がフィニッシュ。ようやく、金崎の今シーズン初得点が生まれました。ゴール前に進出していた小林がうまく絡んだ上での得点で、小林の偽サイドバック化だという話もありますが、ルールと理論と秩序に基づいたポジショニングというよりは、札幌の守備の基準点のずれを生むため、そして局所的な数的優位を生むため、とにかく前に、中央に、というポジションだったかのように思えます。最終ラインでステイしたり、サイドに流れて幅を取ったり、状況に合わせて自由に動いていたからですね。その状況に合わせたポジションが、たまたま偽サイドバックに見えたということでしょう。
小野のビルドアップ参画、そして小林の中央寄りのポジショニングによって、確実にサイドへのパスコースを確保したサガン鳥栖。得点後もアンヨンウをビルドアップの出口とした攻撃を図ります。札幌も体力が衰えたとはいえ、前からのプレッシングはあきらめていない様子。小野が最終ラインに落ちていない時は、前半のようにプレッシングの人数が確保できるという事で、この時間帯になっても鳥栖の最終ラインにプレッシャーをしかけます。ただし、体力の衰えからか、前半のようなコンパクトさは保てず、前線と最終ラインとのギャップが生み出され、そのスペースにうまく入り込んだのがイバルボ。ボールを引き出し、ポストプレイからの攻撃の変化を生み出していました。イバルボのプレイはドリブルやボールキープが目立つ感じですが、本当に素晴らしいのは柔らかいパス。ロングパスもショートパスも、相手が受け取りやすいスピード、アングルでしっかりとしたボールを提供してくれます。
何とか同点に追いつきたい鳥栖だったのですが、イバルボのロングスローをクリアされ、原川のボールへのアクションがアンラッキーにもチャナティップももとにこぼれ、そのままカウンターで持ち込まれて最後は鈴木武蔵に決められてしまいます。浦和戦といい、札幌戦といい、攻撃をしかけているところでのリスクが顕在化してしまいました。鈴木が持ち込んだ場面はもう少しうまく対応できたのではないかなという面と、鈴木のシュートの精度をほめなければならないという面といろいろですね。札幌は、試合運びはチーム全体の力で持っていて、最後のフィニッシュは個の質でという所がなんとなくバランスいいですよね。
逆に鳥栖は、87分のイバルボ、89分の原川と決定機を迎えますが、ゴールの枠をとらえる事すらままならず。「決定力不足」という言葉は、目に見えない何かの力が働いているかのようなイメージになってしまうのであまり好きな言葉ではないんですよね。シュートが決まらないのは、単なる「技術力不足」だと思っています。あらゆるシチュエーション化においても、狙ったところに蹴ることのできる技術が足りないので、ゴールの枠を外してしまうのだと。相手のプレッシャー、そして相手のセービングやブロックの技術にも打ち勝てる技術と自信ですよね。それがあれば狙ったところに蹴ることができ、シュートが決まる確率も上がります。
この試合、前半、まっとうに勝負を挑んで札幌の術中にはまってしまいました。鳥栖の守備も前から行くのか、それとも構えるのか、少しコンビネーションがうまくいかないところがあって裏を突かれるところはありましたが、それでも最後のゴール前でなんとか食い止めて、大きな崩壊とまでは至らなかったんですよね。それだけに、セットプレイでの2発は本来不要な失点だった気がしますし、そこをストロングとして活用してきた札幌の術中通りであったような気もしますし。金崎のゴールの後は、なんとなく同点に追いつきそうな雰囲気を作れましたが、逆にカウンターで簡単に失点したりと。見ていてとても複雑な試合でした。
この試合の光明はイバルボでしょうか。前回、駅スタで見た時は体の重さが気になりましたが、だいぶんイバルボらしさが戻ってきていましたね。狭いところを抜けていく一瞬のスピードも、相手と瞬時に入れ替わるタッチの柔らかさも、そして、シュートが宇宙開発というところも(笑)
ついに、次節は前半戦最後の試合となります。監督が交代し、ここのところ終了間際のゴールで連勝している清水が相手で、最下位脱出を争うかと思っていたら、ここ2試合で清水さんだけ上にいってしまって、急遽手ごわい相手となってしまいまいた。残留争いの遅れを取らないためにも、なんとか勝ち点3をゲットして、前半戦を終えたい所です。
■ Appendix
< ざっくり用語解説 >
ビルドアップ ・・・ ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
トランジション ・・・ 攻守の切り替え
ポジトラ ・・・ ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
ネガトラ ・・・ ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
ハーフスペース ・・・ 4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
デュエル ・・・ 相手との1対1のマッチアップ
ディフェンシブサード ・・・ フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
ミドルサード ・・・ フィールドを3分割したときの中央
アタッキングサード ・・・ フィールドを3分割したときの相手ゴール側
リトリート ・・・ 自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
レイオフ ・・・ ポストプレイからの落としのパス
オーガナイズ … 組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
Posted by オオタニ at
12:56
│Match Impression (2019)
2019年06月19日
2019 第15節 : 浦和レッズ VS サガン鳥栖
2019シーズン第15節、浦和レッズ戦のレビューです。
■ システムとスタメン
鳥栖は、怪我人や代表召集などによって、スタメンに若干の変更がはいりました。まず、クエンカが(おそらく)負傷によりスタメンから外れ、代わりに負傷から復帰した小野が左サイドハーフに入ります。トゥーロン国際で松岡が抜けた右サイドハーフには、アンヨンウがはいりました。守備で力を発揮していた松岡に比べると、攻撃に重きを置いた布陣となります。トップはこれまた負傷の豊田に代わってチョドンゴンが入りました。ベンチに今季初となる石井と本田がスタンバイとなったのはちょっと驚きでしたね。
システム的には、鳥栖の4-4-2に対して、浦和3-4-2-1とかみ合わない状況が発生する組み合わせです。浦和も監督が代わり、中断期間を経てどのようなサッカーを見せるのかが着目点でしたが、前節の川崎戦と同じく、3バックシステム継続となりました。浦和がボールを保持すると、両サイドのウイングが大きく張り出して、3-2-5の形を作り、アタッキングサードに入り込むと、ストッパーも攻撃に参画して2-3-5のような形を取り、鳥栖がボールを保持すると、ウイングバックがサイドのスペースを消すようにリトリートして5-4-1でブロックを形成します。特に鳥栖としては、浦和が5枚並べるラインに対してどのようにしてこじ開けるのか(守るのか)、局所的に生まれる数的優位(不利)をどのように対処するのかという所が焦点となる戦いでした。
■ 攻撃の仕組み
鳥栖のこの試合の攻撃は、基本戦略としてはボール保持。スペースを見つけたら蹴ることも全くいとわないよという、ここ数試合のコンセプトを継続していました。この試合で鳥栖が準備してきた攻撃のパターンとしては、3パターンによる攻撃が主にみられました。
(1) 最終ラインでボールを保持しながらプレッシングに出てきた選手が空けたスペースを狙う
(2)ストッパーやウイングバックを動かして(前におびき寄せ)長いボールを使って3バックの両脇のスペースに入りこむ
(3)浦和ボール保持時に、縦に入れるパスを狙ってショートカウンターを図る
前線にツートップ+サイドハーフを並べ、最終ラインはボールを保持しつつ、そこから相手を動かして空いたスペースを効果的に使うシーンが多く見られました。
チームの躍動感を感じられたのは、スペースに入る人を固定して決めているのではなく、様々な選手がその時の配置に応じてスペースを狙ったランニングが出来ていたからでしょう。
サイドバックの裏のスペースに入り込むのはチョドンゴンであったり、金崎であったり、小野であったり。交代したトーレスも左サイドの裏に入り込んでいたので、チームとしてのコンセプトが浸透で来ていたのがうかがわれます。
ボールの送り込みも、祐治、秀人、原川もこなしていました。負けはしたものの、面白いサッカーであるように見えたのは、特定の選手のプレイに依存するのではなく、チームとしての狙い(コンセプト)に基づいて全体が動いていたからこそだと思われます。
このコンセプトのもと、しっかりとした崩しができたのは16分のシーンです。
最終ラインでのビルドアップですが、このタイミングでは、小林も三丸もボール保持のために低い位置を取っていました。特に、三丸のサイドは、彼が低い位置にいることによって岩武を引っ張るという効果がでています。(三丸のポジションは、試合中も高く上げたり低く下げたり、ボールの引き出しのため、スペース確保のため、ウイングバックを引き付けるため、小野を生かすため、非常に細かく修正されていました。)
攻撃のトリガーとなったのは、武藤のプレッシングです。祐治が武藤のプレッシングをかわしたことによって、左サイドのスペースが空きます。この時、浦和のストッパーとウイングバックを食いつかせるポジションを取っていたのは福田とヨンウでした。彼へのパスコースがあるので、浦和の守備陣も無視するわけにはいかずに、マーキングにつきます。そうすると、裏のスペースが空いてくるという事で、金崎がサイドの背後のスペースを狙い、祐治が裏へのボールを送り込むことに成功しました。クロスからのシュートは惜しくも小野がミートしませんでしたが、冒頭に上げた攻撃パターンの(1)、(2)が完璧に決まった格好で、非常に素晴らしい崩しでした。
■ 福田・原川の配置の変化とカウンターで狙ったスペース
試合が始まって、いつもと異なっていたのは、攻撃時における配置でした。これまではビルドアップ時において、福田がアンカーの位置に立ってディフェンスラインからのボールを引き出す役割を果たし、左サイドの攻撃の起点として原川がクエンカと三丸の間のスペースにポジションを取って、ビルドアップの出口をこなす対応だったのですが、この試合では、原川と福田の立ち位置を変えてディフェンスラインからの引き出しを原川がこなし、右サイドの高い位置に福田を配置しました。福田の配置を高くした狙いは、カウンター時における攻撃のスピードアップ(裏に抜けるスピードアップ)、そして右サイドのアンヨンウを高い位置に置いていたので、福田の守備によるカバーリングが考えられるでしょう。
この試合では、カウンター攻撃における人数のかけ方、配置がかなり整理されていました。浦和が鳥栖陣地に押し込むと宇賀神と槙野が高い位置を取ってくるので、鳥栖にとって右サイドのスペースが空くことになります。その右サイドの裏のスペースが一つのねらい目であり、ボールを奪うと同時に、アンヨンウや福田がスプリントでこのスペースを使っていました。
ツートップ間の関係も、リトリートして守備ブロックを構える際には、前線はチョドンゴンがトップに残って、金崎がやや自陣よりに構える形でポジションを取っていました。これにより、直接スペースを狙える場合はボールを奪った選手がサイドの裏のスペースにパスを送りますし、相手のディフェンスを引き付けたい場合は、ターゲットとして前線に残っているチョドンゴンに一度当てて落としのパスから狙うケースもありました。
攻撃につなげるためのパスのルートは、チーム全体で意識の共通化を図れていたと思います。
■ サイドハーフの配置と個人の質
鳥栖の攻撃は、中盤におけるフィフティのボールの競り合い(ミドルサードでの守備時)でいかにサイドハーフを高い位置に置いた状態で奪いきれるかというのも一つのポイントでした。特に狙い目が右サイドであったため、アンヨンウがゴールに近い位置にいればいるほど、シュート(クロス)までの時間が少なくて済みます。
松岡は守備の意識が高く、見ていて安心感のある守備対応なのですが、いざカウンター攻撃となると、ゴール前に出ていくための時間がかかってしまう傾向にあります。攻撃を取るか、守備を取るかの選択なのですが、この試合のように、右サイドの背後にスペースができることが分かっている場合は、守備のリスクを覚悟でアンヨンウを起用して攻撃重視の布陣というのは、今後も十分に考えられるでしょう。そのためにも、数的不利が生じても守れる小林・福田を右サイドへ配置というのはひとつの理由なのかもしれません。
今節のヨンウと小野は攻撃面において、「配置的な優位」に加えて彼らの「個人の質」でのチャンスメイクを多くこなしてました。
ヨンウの特筆すべき点は、やはり縦に抜ける推進力。ボールを受けてドリブル突破でかわせるだけの技術を持っているのは、彼にサイドで勝負をさせようとするチーム全体の意思決定にもつながります。1対1をかわしてシュートを放った56分のシーンは、配置で優位を取ったうえで最後はヨンウの個人の質で放ったシュートでしたが、同じような形からのクロスもありましたし、幾度となくチャンスメイクに貢献していました。
マッシモさん時代のキムミヌもそうでしたが、ミョンヒさんも、安在、ヨンウと、左利きの選手を右サイドハーフに置くケースがあります。利点はカットインしてからのシュートを利き足で放てることにありますが、ヨンウの先制点もまさにその利点が生きることになりました。前節のレビューで、クエンカのクロスの傾向として、スペースを目がけて放り込むという話をしましたが、先制点のクロスはまさに、人に対してではなく、ストッパーとウイングバックの間に存在したスペースに対して福田が放り込んだわけでありまして、左利きであるヨンウだからこそ、スライディングで飛び込んで強いシュートを蹴ることができました。
先ほどサイドハーフの選手に求める「攻撃」「守備」に関しても言及しましたが、「縦に突破して右足でのクロス」「カットインして左足からのシュート」のどちらをチームの中で優先的に求めるかという所も選手配置における大事な観点です。(もちろん、両方こなせれば最高なのですが、そうなるとそういう選手が鳥栖に来てくれるのかという別の問題が(笑))
小野はビルドアップ時のポジションとしてはクエンカと同じように、ハーフスペースにポジションを取って浦和の2列目と3列目の合間のスペースに顔をだし、最終ラインからのボールの引き出しと、その位置でボールを受ける事によって、浦和のストッパーやボランチ(岩波・柴戸)を動かすという役割を担っていました。加えて、時折、縦横無尽に動いて、中央や右サイドで数的優位を作り出すポジションチェンジも見せていました。小野のハーフスペースに立ったボールの引き出し方に関しては、23分や52分が分かりやすいかもしれません。
左サイドで小野が果たした役割は、右サイドにおいては金崎がハーフスペースに顔を出して浦和のストッパー(槙野)を動かそうという形を取っていました。浦和の最終ラインの動かし方、ボールを受けるエリアは、監督から求められている部分が明確だったのかなと思います。
クエンカと小野との違いが見えたのは、時間の作り方でしょうか。チームにポジションを取る時間をもたらすボール保持をしてくれるクエンカと異なり、小野はアイデアを基にボールをいかに素早くゴール前に送るかというプレイを見せてくれました。前向きのパスでもヒールでのパスでも、ダイレクトでボールを送り込むチャレンジを幾度となく画策しており、ドリブルも前向きにゴールに向かって迫るという、相手にとっては怖さのあるプレイでした。
23分にヒールで三丸に流そうとしたプレイや、28分に中央でカットした原川から受けたボールをダイレクトで中央に待ち構えるドンゴンに流そうとしたプレイなどは、選手全体の配置が見えていますし、その中で生まれたアイデアのあるプレイでした。惜しむらくは、ボールが足につかずにパスミスが多かったこと。これが試合勘なのか何なのかは分かりませんが、シュートのシーンでの蹴りそこないもありましたし、そのひとつのプレイさえ決まれば!という所でうまくいかなかったのは残念でした。
この攻撃的な両サイドハーフを配置することにより、どうしても降りかかってくるのは守備対応のところでありまして、攻撃時に前線に4枚並べるため、浦和のカウンターとなるとどうしても、ブロックを作るのに戻るための時間がかかってしまいます。浦和の同点ゴールの場面でも、岩武に対して、遅れて戻ってきた小野が簡単に岩武に飛び込んでしまったばっかりに、フリーの状態でクロスをあげられてしまいました。
また、ゾーン守備ならではの失点ということも言えまして、ゾーン守備では、手厚くまもるべきゾーンと、相手に渡してしまうゾーンを作らなければなりません。そして、往々にして、明け渡すスペースは逆サイドとなります。
72分のように、サイドから高いボールが逆サイドの宇賀神に来た場合は、ボールの動きも読めますし時間もあるので、ヨンウがスライドして宇賀神につくことができます。しかしながら、失点シーンのように、ブロックの外側からグラウンダーのボールが配球されると、そのボールを中央で受けられるとピンチになるのでステイせねばならず、配球と同時に一斉にスライドする事が出来ません。
さらに、素晴らしかったのは宇賀神がダイレクトであのサイドネットの位置にシュートを放ったことでありまして、トラップなどで時間がかかると、鳥栖が詰めてくる猶予を与えてしまうのですが、その時間を与えずに、ダイレクトで完璧なシュートを放った事です。キックの技術もさることながら、ゾーン守備の肝である「時間」と「空間」を見事に抑え込み、鳥栖のゴールをこじ開けました。
■ ゴール前の配置
主にカウンター攻撃の場面が多かったのですが、今回の鳥栖はゴールの中に入ってくる際の配置がルール化されているなと思うシーンが多々ありました。まず、今回のカウンター攻撃で目をついたのは、まずはかけてくる人数の多さ。フォワード、サイドハーフはもちろん、ドイスボランチも積極的にスプリントをかけてゴール前に迫ってきていました。6人がゴール前に迫る格好になります。クロスを待ち構えるペナルティエリア内の配置において、ニアサイド、中央、ファーサイドと3人が分かれてポジションを取っていました。
チョドンゴンニア、金崎中央、福田ファーサイドというポジショニングが多く見られたでしょうか。それぞれが斜めの動きでゴール前に入ってくるため、浦和のディフェンスとしても捕まえづらく、特にツートップに目が行くのでファーサイドに構える福田に対してのマーキングが甘くなるケースがありました。このポジショニングに関しては、10分の福田のシュートのシーンや、31分の小野が奪ってからのカウンターのシーンがよくわかります。
■ プレッシング守備
前半から、鳥栖は積極的に浦和のボール保持に対してプレッシングをしかけてきました。浦和の最終ライン3枚+ボランチ2枚に対して、鳥栖はフォワード2枚+サイドハーフ2枚+ボランチ1枚を高い位置の上げてからの人数を合わせたプレッシングです。
浦和が攻撃時に両サイドが高いポジションを取るので、前線と最終ラインのビルドアップ隊との間に距離が生まれます。その距離を埋めるように鳥栖がポジションを取り、そして、相手のボール保持に対して同人数をぶつける形を取りました。これにより、浦和がビルドアップの出口を求めて中盤に入れるボールに精度を求める形を作りだし、パスのずれを生じさせて高い位置でボールを奪うことができました。こうなってくると、浦和としてはパスのつなぎ先が段々となくなり、窮屈になって「蹴る」という選択肢をとるシーンも少しずつ出てきました。
ただし、フォワード、サイドハーフ、ボランチが前に出る形を取るので、プレッシングの網をくぐられると、とたんに守りが最終ラインだけという状況が生まれてしまいます。6分はドイスボランチがでたスペースにナバウトが入り込み、中央を縦に通されたことによって興梠のシュートチャンスというピンチを迎えてしまいました。高丘の左手一本のセービングで事なきを得ましたが、プレッシングの網をくぐられるリスクというのは常に抱えたまま積極的なサッカーを展開していました。
ミョンヒ監督がインタビューで答えていた得点後の守備の話がありましたが、それまでは、サイドハーフを上げて3枚で最終ラインにプレッシャーをかける形でしたが、先制点を取った後は、ミドルサードで構えて4-4ブロックで構える形をとるようになりました。おそらく、準備してきたものとしては、
4-3-3でプレッシング ⇒ 4-4-2(4-4-1-1)ブロック ⇒ 5-4-1ブロック
という、浦和のボールの運び方(陣地の取り方)によって、少しずつ自陣に人数をかける形にシフトしていくという形だったのでしょうが、得点後は最初の4-3-3のステップを飛ばしてミドルサードから4-4-2でブロックを組んだところが、準備したものと違うと言われた所だと思います。後半に入ると、再びサイドハーフが高い位置を取るようになりましたので、そのあたりはハーフタイムに修正がはいったのでしょう。
■ アディショナルタイムの失点
不運もありながらの失点でしたし、選手たちが一番悔しいでしょう。ファールででも止められなかった福田、1対1で抜かれてしまった小林、パスをストップできなかった原川、バウンドの処理に合わせる事の出来なかった三丸、シュートストップできなかった高丘、たまたまこのシーンに関与したのは彼らですが、チーム全体の試合の運び方の問題もありますしね。
残酷ではありますが、組織として作り上げた数々の場面で、パスミス、シュートミスという形でチャンスを逸してしまった事が、最終的に、マルティノス、興梠という個人の質で完璧に決めきった浦和との差がでてしまいました。この試合、勝ち試合だったじゃん!って思われた方もいたかもしれませんが、まぎれもなく負け試合です。チャンスの作り方、試合展開の捉え方、そして最後の個の質で勝ち切る強さ、下を向く必要はありませんが、まだまだ鳥栖に足りないことが多いからこその敗北だったのでしょう。
■ おわりに
今節は、試合を見終わったあとに、「面白かった」「次につながる」という感想を持たれた方も多かったかと思います。
試合としては、自分たちでイニシアチブを握るために考えられた選手配置とボールの運び方をベースとして、チームとして連動した動きが見え、選手たちも攻守にアグレッシブな対応で、時折サポーターのボルテージが上がるような素早いカウンターも見せてくれました。選手たちもある程度の手ごたえを感じたのではないでしょうか。コテンパンにやっつけられたのではなく、サッカーの質としての手ごたえを感じたからこそ、悔しさも増しているのではないかと思います。
鳥栖は、アウェーとなると往々にしてリトリートしてからのカウンターになりがちで、サッカーが「よそいき」仕様になることが多かったのですが、この日ばかりは、積極的で躍動感のある、ホームで見せてくれるような戦いだったと思います。これもゴール裏で選手たちを支えてくれたサポーターの皆様の声援が力を授けたという事もあるでしょう。当日参戦の皆様、本当におつかれさまでした。
■ひとりごと
中断期間にハードディスクの整理をしてたら、ウェブサイトを運営していたときのSAgAN Reportのファイルがでてきまして、こんなツイートを。
子育て期間はなかなかサッカーを見れずに更新頻度が落ちてしまったとはいえ、戦術レビューを20年近くも続けるなんて、我ながらよっぽどの「物好き」なんだなと思います(笑)
いまは、昔に比べると様々な戦術本とかも発刊されていますし、他チームにおいてもブログによるレビューとかたくさんありますし、深い視点でサッカーを見るには環境が整ってきていると思います。
サッカー観戦も戦術だけでなく、グルメ、応援、イベントなど、いろいろな楽しみ方があるので、今サッカーを見られている皆様にとって、是非とも長く続けられる楽しい趣味となってくれたらなと思います。
■ Appendix
< ざっくり用語解説 >
ビルドアップ ・・・ ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
トランジション ・・・ 攻守の切り替え
ポジトラ ・・・ ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
ネガトラ ・・・ ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
ハーフスペース ・・・ 4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
デュエル ・・・ 相手との1対1のマッチアップ
ディフェンシブサード ・・・ フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
ミドルサード ・・・ フィールドを3分割したときの中央
アタッキングサード ・・・ フィールドを3分割したときの相手ゴール側
リトリート ・・・ 自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
レイオフ ・・・ ポストプレイからの落としのパス
オーガナイズ … 組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
■ システムとスタメン
鳥栖は、怪我人や代表召集などによって、スタメンに若干の変更がはいりました。まず、クエンカが(おそらく)負傷によりスタメンから外れ、代わりに負傷から復帰した小野が左サイドハーフに入ります。トゥーロン国際で松岡が抜けた右サイドハーフには、アンヨンウがはいりました。守備で力を発揮していた松岡に比べると、攻撃に重きを置いた布陣となります。トップはこれまた負傷の豊田に代わってチョドンゴンが入りました。ベンチに今季初となる石井と本田がスタンバイとなったのはちょっと驚きでしたね。
システム的には、鳥栖の4-4-2に対して、浦和3-4-2-1とかみ合わない状況が発生する組み合わせです。浦和も監督が代わり、中断期間を経てどのようなサッカーを見せるのかが着目点でしたが、前節の川崎戦と同じく、3バックシステム継続となりました。浦和がボールを保持すると、両サイドのウイングが大きく張り出して、3-2-5の形を作り、アタッキングサードに入り込むと、ストッパーも攻撃に参画して2-3-5のような形を取り、鳥栖がボールを保持すると、ウイングバックがサイドのスペースを消すようにリトリートして5-4-1でブロックを形成します。特に鳥栖としては、浦和が5枚並べるラインに対してどのようにしてこじ開けるのか(守るのか)、局所的に生まれる数的優位(不利)をどのように対処するのかという所が焦点となる戦いでした。
■ 攻撃の仕組み
鳥栖のこの試合の攻撃は、基本戦略としてはボール保持。スペースを見つけたら蹴ることも全くいとわないよという、ここ数試合のコンセプトを継続していました。この試合で鳥栖が準備してきた攻撃のパターンとしては、3パターンによる攻撃が主にみられました。
(1) 最終ラインでボールを保持しながらプレッシングに出てきた選手が空けたスペースを狙う
(2)ストッパーやウイングバックを動かして(前におびき寄せ)長いボールを使って3バックの両脇のスペースに入りこむ
(3)浦和ボール保持時に、縦に入れるパスを狙ってショートカウンターを図る
前線にツートップ+サイドハーフを並べ、最終ラインはボールを保持しつつ、そこから相手を動かして空いたスペースを効果的に使うシーンが多く見られました。
チームの躍動感を感じられたのは、スペースに入る人を固定して決めているのではなく、様々な選手がその時の配置に応じてスペースを狙ったランニングが出来ていたからでしょう。
サイドバックの裏のスペースに入り込むのはチョドンゴンであったり、金崎であったり、小野であったり。交代したトーレスも左サイドの裏に入り込んでいたので、チームとしてのコンセプトが浸透で来ていたのがうかがわれます。
ボールの送り込みも、祐治、秀人、原川もこなしていました。負けはしたものの、面白いサッカーであるように見えたのは、特定の選手のプレイに依存するのではなく、チームとしての狙い(コンセプト)に基づいて全体が動いていたからこそだと思われます。
このコンセプトのもと、しっかりとした崩しができたのは16分のシーンです。
最終ラインでのビルドアップですが、このタイミングでは、小林も三丸もボール保持のために低い位置を取っていました。特に、三丸のサイドは、彼が低い位置にいることによって岩武を引っ張るという効果がでています。(三丸のポジションは、試合中も高く上げたり低く下げたり、ボールの引き出しのため、スペース確保のため、ウイングバックを引き付けるため、小野を生かすため、非常に細かく修正されていました。)
攻撃のトリガーとなったのは、武藤のプレッシングです。祐治が武藤のプレッシングをかわしたことによって、左サイドのスペースが空きます。この時、浦和のストッパーとウイングバックを食いつかせるポジションを取っていたのは福田とヨンウでした。彼へのパスコースがあるので、浦和の守備陣も無視するわけにはいかずに、マーキングにつきます。そうすると、裏のスペースが空いてくるという事で、金崎がサイドの背後のスペースを狙い、祐治が裏へのボールを送り込むことに成功しました。クロスからのシュートは惜しくも小野がミートしませんでしたが、冒頭に上げた攻撃パターンの(1)、(2)が完璧に決まった格好で、非常に素晴らしい崩しでした。
■ 福田・原川の配置の変化とカウンターで狙ったスペース
試合が始まって、いつもと異なっていたのは、攻撃時における配置でした。これまではビルドアップ時において、福田がアンカーの位置に立ってディフェンスラインからのボールを引き出す役割を果たし、左サイドの攻撃の起点として原川がクエンカと三丸の間のスペースにポジションを取って、ビルドアップの出口をこなす対応だったのですが、この試合では、原川と福田の立ち位置を変えてディフェンスラインからの引き出しを原川がこなし、右サイドの高い位置に福田を配置しました。福田の配置を高くした狙いは、カウンター時における攻撃のスピードアップ(裏に抜けるスピードアップ)、そして右サイドのアンヨンウを高い位置に置いていたので、福田の守備によるカバーリングが考えられるでしょう。
この試合では、カウンター攻撃における人数のかけ方、配置がかなり整理されていました。浦和が鳥栖陣地に押し込むと宇賀神と槙野が高い位置を取ってくるので、鳥栖にとって右サイドのスペースが空くことになります。その右サイドの裏のスペースが一つのねらい目であり、ボールを奪うと同時に、アンヨンウや福田がスプリントでこのスペースを使っていました。
ツートップ間の関係も、リトリートして守備ブロックを構える際には、前線はチョドンゴンがトップに残って、金崎がやや自陣よりに構える形でポジションを取っていました。これにより、直接スペースを狙える場合はボールを奪った選手がサイドの裏のスペースにパスを送りますし、相手のディフェンスを引き付けたい場合は、ターゲットとして前線に残っているチョドンゴンに一度当てて落としのパスから狙うケースもありました。
攻撃につなげるためのパスのルートは、チーム全体で意識の共通化を図れていたと思います。
■ サイドハーフの配置と個人の質
鳥栖の攻撃は、中盤におけるフィフティのボールの競り合い(ミドルサードでの守備時)でいかにサイドハーフを高い位置に置いた状態で奪いきれるかというのも一つのポイントでした。特に狙い目が右サイドであったため、アンヨンウがゴールに近い位置にいればいるほど、シュート(クロス)までの時間が少なくて済みます。
松岡は守備の意識が高く、見ていて安心感のある守備対応なのですが、いざカウンター攻撃となると、ゴール前に出ていくための時間がかかってしまう傾向にあります。攻撃を取るか、守備を取るかの選択なのですが、この試合のように、右サイドの背後にスペースができることが分かっている場合は、守備のリスクを覚悟でアンヨンウを起用して攻撃重視の布陣というのは、今後も十分に考えられるでしょう。そのためにも、数的不利が生じても守れる小林・福田を右サイドへ配置というのはひとつの理由なのかもしれません。
今節のヨンウと小野は攻撃面において、「配置的な優位」に加えて彼らの「個人の質」でのチャンスメイクを多くこなしてました。
ヨンウの特筆すべき点は、やはり縦に抜ける推進力。ボールを受けてドリブル突破でかわせるだけの技術を持っているのは、彼にサイドで勝負をさせようとするチーム全体の意思決定にもつながります。1対1をかわしてシュートを放った56分のシーンは、配置で優位を取ったうえで最後はヨンウの個人の質で放ったシュートでしたが、同じような形からのクロスもありましたし、幾度となくチャンスメイクに貢献していました。
マッシモさん時代のキムミヌもそうでしたが、ミョンヒさんも、安在、ヨンウと、左利きの選手を右サイドハーフに置くケースがあります。利点はカットインしてからのシュートを利き足で放てることにありますが、ヨンウの先制点もまさにその利点が生きることになりました。前節のレビューで、クエンカのクロスの傾向として、スペースを目がけて放り込むという話をしましたが、先制点のクロスはまさに、人に対してではなく、ストッパーとウイングバックの間に存在したスペースに対して福田が放り込んだわけでありまして、左利きであるヨンウだからこそ、スライディングで飛び込んで強いシュートを蹴ることができました。
先ほどサイドハーフの選手に求める「攻撃」「守備」に関しても言及しましたが、「縦に突破して右足でのクロス」「カットインして左足からのシュート」のどちらをチームの中で優先的に求めるかという所も選手配置における大事な観点です。(もちろん、両方こなせれば最高なのですが、そうなるとそういう選手が鳥栖に来てくれるのかという別の問題が(笑))
小野はビルドアップ時のポジションとしてはクエンカと同じように、ハーフスペースにポジションを取って浦和の2列目と3列目の合間のスペースに顔をだし、最終ラインからのボールの引き出しと、その位置でボールを受ける事によって、浦和のストッパーやボランチ(岩波・柴戸)を動かすという役割を担っていました。加えて、時折、縦横無尽に動いて、中央や右サイドで数的優位を作り出すポジションチェンジも見せていました。小野のハーフスペースに立ったボールの引き出し方に関しては、23分や52分が分かりやすいかもしれません。
左サイドで小野が果たした役割は、右サイドにおいては金崎がハーフスペースに顔を出して浦和のストッパー(槙野)を動かそうという形を取っていました。浦和の最終ラインの動かし方、ボールを受けるエリアは、監督から求められている部分が明確だったのかなと思います。
クエンカと小野との違いが見えたのは、時間の作り方でしょうか。チームにポジションを取る時間をもたらすボール保持をしてくれるクエンカと異なり、小野はアイデアを基にボールをいかに素早くゴール前に送るかというプレイを見せてくれました。前向きのパスでもヒールでのパスでも、ダイレクトでボールを送り込むチャレンジを幾度となく画策しており、ドリブルも前向きにゴールに向かって迫るという、相手にとっては怖さのあるプレイでした。
23分にヒールで三丸に流そうとしたプレイや、28分に中央でカットした原川から受けたボールをダイレクトで中央に待ち構えるドンゴンに流そうとしたプレイなどは、選手全体の配置が見えていますし、その中で生まれたアイデアのあるプレイでした。惜しむらくは、ボールが足につかずにパスミスが多かったこと。これが試合勘なのか何なのかは分かりませんが、シュートのシーンでの蹴りそこないもありましたし、そのひとつのプレイさえ決まれば!という所でうまくいかなかったのは残念でした。
この攻撃的な両サイドハーフを配置することにより、どうしても降りかかってくるのは守備対応のところでありまして、攻撃時に前線に4枚並べるため、浦和のカウンターとなるとどうしても、ブロックを作るのに戻るための時間がかかってしまいます。浦和の同点ゴールの場面でも、岩武に対して、遅れて戻ってきた小野が簡単に岩武に飛び込んでしまったばっかりに、フリーの状態でクロスをあげられてしまいました。
また、ゾーン守備ならではの失点ということも言えまして、ゾーン守備では、手厚くまもるべきゾーンと、相手に渡してしまうゾーンを作らなければなりません。そして、往々にして、明け渡すスペースは逆サイドとなります。
72分のように、サイドから高いボールが逆サイドの宇賀神に来た場合は、ボールの動きも読めますし時間もあるので、ヨンウがスライドして宇賀神につくことができます。しかしながら、失点シーンのように、ブロックの外側からグラウンダーのボールが配球されると、そのボールを中央で受けられるとピンチになるのでステイせねばならず、配球と同時に一斉にスライドする事が出来ません。
さらに、素晴らしかったのは宇賀神がダイレクトであのサイドネットの位置にシュートを放ったことでありまして、トラップなどで時間がかかると、鳥栖が詰めてくる猶予を与えてしまうのですが、その時間を与えずに、ダイレクトで完璧なシュートを放った事です。キックの技術もさることながら、ゾーン守備の肝である「時間」と「空間」を見事に抑え込み、鳥栖のゴールをこじ開けました。
■ ゴール前の配置
主にカウンター攻撃の場面が多かったのですが、今回の鳥栖はゴールの中に入ってくる際の配置がルール化されているなと思うシーンが多々ありました。まず、今回のカウンター攻撃で目をついたのは、まずはかけてくる人数の多さ。フォワード、サイドハーフはもちろん、ドイスボランチも積極的にスプリントをかけてゴール前に迫ってきていました。6人がゴール前に迫る格好になります。クロスを待ち構えるペナルティエリア内の配置において、ニアサイド、中央、ファーサイドと3人が分かれてポジションを取っていました。
チョドンゴンニア、金崎中央、福田ファーサイドというポジショニングが多く見られたでしょうか。それぞれが斜めの動きでゴール前に入ってくるため、浦和のディフェンスとしても捕まえづらく、特にツートップに目が行くのでファーサイドに構える福田に対してのマーキングが甘くなるケースがありました。このポジショニングに関しては、10分の福田のシュートのシーンや、31分の小野が奪ってからのカウンターのシーンがよくわかります。
■ プレッシング守備
前半から、鳥栖は積極的に浦和のボール保持に対してプレッシングをしかけてきました。浦和の最終ライン3枚+ボランチ2枚に対して、鳥栖はフォワード2枚+サイドハーフ2枚+ボランチ1枚を高い位置の上げてからの人数を合わせたプレッシングです。
浦和が攻撃時に両サイドが高いポジションを取るので、前線と最終ラインのビルドアップ隊との間に距離が生まれます。その距離を埋めるように鳥栖がポジションを取り、そして、相手のボール保持に対して同人数をぶつける形を取りました。これにより、浦和がビルドアップの出口を求めて中盤に入れるボールに精度を求める形を作りだし、パスのずれを生じさせて高い位置でボールを奪うことができました。こうなってくると、浦和としてはパスのつなぎ先が段々となくなり、窮屈になって「蹴る」という選択肢をとるシーンも少しずつ出てきました。
ただし、フォワード、サイドハーフ、ボランチが前に出る形を取るので、プレッシングの網をくぐられると、とたんに守りが最終ラインだけという状況が生まれてしまいます。6分はドイスボランチがでたスペースにナバウトが入り込み、中央を縦に通されたことによって興梠のシュートチャンスというピンチを迎えてしまいました。高丘の左手一本のセービングで事なきを得ましたが、プレッシングの網をくぐられるリスクというのは常に抱えたまま積極的なサッカーを展開していました。
ミョンヒ監督がインタビューで答えていた得点後の守備の話がありましたが、それまでは、サイドハーフを上げて3枚で最終ラインにプレッシャーをかける形でしたが、先制点を取った後は、ミドルサードで構えて4-4ブロックで構える形をとるようになりました。おそらく、準備してきたものとしては、
4-3-3でプレッシング ⇒ 4-4-2(4-4-1-1)ブロック ⇒ 5-4-1ブロック
という、浦和のボールの運び方(陣地の取り方)によって、少しずつ自陣に人数をかける形にシフトしていくという形だったのでしょうが、得点後は最初の4-3-3のステップを飛ばしてミドルサードから4-4-2でブロックを組んだところが、準備したものと違うと言われた所だと思います。後半に入ると、再びサイドハーフが高い位置を取るようになりましたので、そのあたりはハーフタイムに修正がはいったのでしょう。
■ アディショナルタイムの失点
不運もありながらの失点でしたし、選手たちが一番悔しいでしょう。ファールででも止められなかった福田、1対1で抜かれてしまった小林、パスをストップできなかった原川、バウンドの処理に合わせる事の出来なかった三丸、シュートストップできなかった高丘、たまたまこのシーンに関与したのは彼らですが、チーム全体の試合の運び方の問題もありますしね。
残酷ではありますが、組織として作り上げた数々の場面で、パスミス、シュートミスという形でチャンスを逸してしまった事が、最終的に、マルティノス、興梠という個人の質で完璧に決めきった浦和との差がでてしまいました。この試合、勝ち試合だったじゃん!って思われた方もいたかもしれませんが、まぎれもなく負け試合です。チャンスの作り方、試合展開の捉え方、そして最後の個の質で勝ち切る強さ、下を向く必要はありませんが、まだまだ鳥栖に足りないことが多いからこその敗北だったのでしょう。
■ おわりに
今節は、試合を見終わったあとに、「面白かった」「次につながる」という感想を持たれた方も多かったかと思います。
試合としては、自分たちでイニシアチブを握るために考えられた選手配置とボールの運び方をベースとして、チームとして連動した動きが見え、選手たちも攻守にアグレッシブな対応で、時折サポーターのボルテージが上がるような素早いカウンターも見せてくれました。選手たちもある程度の手ごたえを感じたのではないでしょうか。コテンパンにやっつけられたのではなく、サッカーの質としての手ごたえを感じたからこそ、悔しさも増しているのではないかと思います。
鳥栖は、アウェーとなると往々にしてリトリートしてからのカウンターになりがちで、サッカーが「よそいき」仕様になることが多かったのですが、この日ばかりは、積極的で躍動感のある、ホームで見せてくれるような戦いだったと思います。これもゴール裏で選手たちを支えてくれたサポーターの皆様の声援が力を授けたという事もあるでしょう。当日参戦の皆様、本当におつかれさまでした。
■ひとりごと
中断期間にハードディスクの整理をしてたら、ウェブサイトを運営していたときのSAgAN Reportのファイルがでてきまして、こんなツイートを。
ディスクの整理をしてたら、ウェブサイト時代のSAgAN Reportを発見!
— オオタニ@SAgAN Report (@ootanirendi) 2019年6月9日
2001年~2006年はホームページ運営でした。懐かしい。
写真は2005年と2006年のレビューです。
なんだか、この頃の方が、表現がシンプルでわかりやすい気がする(笑)
2021年まで続けれてたら、誰か20周年をお祝いしてください(笑) pic.twitter.com/kvWTpKTEOi
子育て期間はなかなかサッカーを見れずに更新頻度が落ちてしまったとはいえ、戦術レビューを20年近くも続けるなんて、我ながらよっぽどの「物好き」なんだなと思います(笑)
いまは、昔に比べると様々な戦術本とかも発刊されていますし、他チームにおいてもブログによるレビューとかたくさんありますし、深い視点でサッカーを見るには環境が整ってきていると思います。
サッカー観戦も戦術だけでなく、グルメ、応援、イベントなど、いろいろな楽しみ方があるので、今サッカーを見られている皆様にとって、是非とも長く続けられる楽しい趣味となってくれたらなと思います。
■ Appendix
< ざっくり用語解説 >
ビルドアップ ・・・ ゴール前にボールを運ぶための仕組みづくり(パス交換の仕組みづくり)
トランジション ・・・ 攻守の切り替え
ポジトラ ・・・ ポジティブトランジションの略。守から攻への切り替え。
ネガトラ ・・・ ネガティブトランジションの略。攻から守への切り替え。
ハーフスペース ・・・ 4バックだとセンターバックとサイドバックの間。3バック(5バック)だと両ストッパーの位置
デュエル ・・・ 相手との1対1のマッチアップ
ディフェンシブサード ・・・ フィールドを3分割したときの自陣ゴール側
ミドルサード ・・・ フィールドを3分割したときの中央
アタッキングサード ・・・ フィールドを3分割したときの相手ゴール側
リトリート ・・・ 自陣に引いている状態、もしくは自陣に下がる動き
レイオフ ・・・ ポストプレイからの落としのパス
オーガナイズ … 組織化されていること。チームとして秩序が保たれている事
Posted by オオタニ at
18:42
│Match Impression (2019)